「先生、今、ガチャって言いかけたよねぇ?」
しばらくして。
乙羽が、ゆっくりと目を開けた。
「んぅ~……朝だねぇ」
スマートフォンを確認すると、地球側の時刻は午前6時を過ぎていた。
隣では、静も目を覚ましたところだった。
「もうそんな時間なのね」
「うん。そろそろ帰ろうかぁ」
「そうしましょう。さすがに、これ以上はみんなに心配をかけるかもしれないわ」
「……琴たち、まだ気づいてないよねぇ?」
「おそらくね。私たちがいないことに気づいていたら、今ごろ大騒ぎになっているでしょうし」
二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
もちろん、宿泊施設で眠っている琴、柳、梓たちは、二人が深夜にダンジョンへ出かけたことなど知らない。
乙羽は立ち上がり、軽く体を伸ばした。
「先生、帰ろうよぉ」
「はい。帰還の準備はできていますよ」
リーゼロッテは、収納した素材の一覧を確認してから頷いた。
「今回の成果は十分です。第27層まで攻略できましたし、素材も大量に確保できました。これ以上の探索は、次回のお楽しみにしておきましょう」
「先生、素材のことばっかりだねぇ」
「大切なことですからね」
リーゼロッテは真剣な顔で答えた。
こうして三人は、第27層の転移陣を使って帰還した。
◇
地上へ戻った三人が向かったのは、沖縄の冒険者協会支部だった。
早朝ということもあり、支部内はまだ人が少ない。受付では、出勤してきたばかりの職員が端末を立ち上げていた。
そこへ、乙羽たちがやってくる。
「おはようございますぅ」
「おはようございます。少しお願いがあるのですが、今から素材の査定をしていただけますか?」
静が丁寧に尋ねた。
「はい、承ります。素材の種類と量を確認しますので、こちらへどうぞ」
職員は三人を査定用のカウンターへ案内した。
そして、リーゼロッテが収納魔法を発動させる。
ふわり。
カウンターの上に、次々と素材が現れた。
狼型モンスターの牙や毛皮。
鳥型モンスターの羽根や爪。
甲殻を持つ魔物の外殻。
薬草や魔力を含んだ鉱石。
さらに、空中を飛ぶ蛇型モンスターの鱗や翼膜、遺跡にいた石の人形から回収した魔力の核や特殊な鉱石まで並んでいく。
最初は余裕を持って確認していた職員だったが、素材の山が大きくなるにつれて、徐々に表情が変わっていった。
「……あの、こちらはすべて今回の探索で入手されたものですか?」
「ええ。使えるものは、ほぼすべて回収しましたよ」
リーゼロッテが当然のように答えた。
「破損した素材も、状態を確認して収納してあります。種類ごとに分けていますので、査定しやすいと思います」
「そ、そうですか……。少々お待ちください。担当者を呼んでまいります」
職員は慌てて奥へと引っ込んだ。
「先生、そんなにいっぱい持ってきたのぉ?」
「当然です。使える素材を置いていく理由がありませんからね」
「でも、こんなにあると査定も大変そうだねぇ」
「その分、売却額にも期待できますから」
リーゼロッテは、どこかそわそわした様子で査定用の端末を見つめていた。
静はそんな彼女を見て、思わず笑みをこぼす。
「先生、楽しみなのね」
「ええ。これだけ品質のいい素材が揃っていますから。どのくらいの金額になるのか、気になりますね」
「ガチャ資金がいっぱいになるといいねぇ」
「……乙羽、そこは余計なことを言わなくていいのですよ」
リーゼロッテは一瞬だけ視線をそらした。
しかし、すぐに査定用の素材へ目を戻す。
どう見ても、期待している様子だった。
◇
しばらくして、素材の査定を担当する職員がやってきた。
その人物は素材を一つずつ確認し、端末へ情報を入力していく。
状態、品質、魔力の含有量、需要。
それぞれの項目を調べるたび、画面に表示される評価額が更新されていった。
「こちらの鱗は、かなり品質がいいですね。魔法具の素材として需要があります」
「翼膜も良質です。加工用の素材として十分な価値がありますね」
「こちらの魔力の核も……。これほど状態のいいものが複数あるのですか?」
査定担当者は、何度も素材と画面を見比べていた。
リーゼロッテは、その様子をじっと見守っている。
「……それで、合計はいくらになりそうですか?」
とうとう我慢できなくなったのか、静が尋ねた。
「現在、最終確認を行っています。もう少々お待ちください」
担当者はそう答え、最後の素材を確認した。
そして、すべての情報をまとめ、端末の画面を三人へ向けた。
「査定が完了しました。今回の素材は、合計で――」
金額が表示される。
査定額:八百六十万円。
「……おぉ」
乙羽が目を丸くした。
「はっ、八百六十万円!?」
静も、さすがに驚いたようだった。
今回の探索で倒したモンスターの数は多い。しかも、素材をほとんど取りこぼさず、状態のいいものを大量に回収している。
それを考えれば高額になるとは思っていたが、まさかここまでとは予想していなかった。
「すごいねぇ、先生!」
「…………」
リーゼロッテは、端末の表示をじっと見つめていた。
そして、ゆっくりと両手を握りしめる。
「八百六十万円……」
「先生?」
「八百六十万円です!」
リーゼロッテが、ぱっと顔を輝かせた。
「これだけあれば、ガチャを……いえ、新しいゲーム環境のための資金も、十分に確保できますね!」
「先生、今、ガチャって言いかけたよねぇ?」
「気のせいです!」
「ふふっ。やっぱり、ガチャ資金なんじゃない」
静が笑いながら指摘する。
リーゼロッテは一瞬だけ口をつぐんだが、すぐに胸を張った。
「……何に使うかは、私の自由ですからね!」
「ふふっ。先生、よかったねぇ」
「ええ。とてもよかったです!」
リーゼロッテは満面の笑みで頷いた。
その後、三人は売却手続きを済ませた。
支部の職員からは、今回の探索についても詳しく尋ねられた。沖縄ダンジョンの第27層まで進んだという話には、さすがに驚かれたが、配信映像も残っているため、確認は難しくないだろう。
ただし、三人は必要以上に詳しい説明をすることなく、探索記録の報告を済ませた。
これで、今回の深夜攻略は正式な記録としても残ることになる。
◇
冒険者協会支部を出たころには、朝の街に人通りが増え始めていた。
乙羽は大きく伸びをする。
「ふわぁ……。そろそろ宿に戻ろうかぁ」
「そうね。みんなが起きる前に戻っておきましょう」
静が頷いた。
「先生は?」
「私は、少しだけ今後の資金計画を考えてから戻ります」
「先生、もうガチャのこと考えてるんだねぇ」
「資金の使い道を考えるのは大切なことですからね」
リーゼロッテは、いつもの真面目な顔で答えた。
乙羽と静は顔を見合わせ、また笑った。
こうして、深夜に始まった姉妹のダンジョン攻略は、無事に終了した。
第23層までだった沖縄ダンジョンの最高到達記録は、第27層へと更新された。
セラフィムモード。
迅雷天翔モード。
そして、八百六十万円の素材売却益。
得られた成果は、どれも大きなものだった。
もっとも、宿泊施設で眠っている琴、柳、梓たちは、まだ何も知らない。
乙羽たちは、そんな三人を起こさないように部屋へ戻ると、何事もなかったかのように休むことにした。
次に全員が顔を合わせたとき、どんな話になるのか。
それは、また別の機会のお楽しみだった。
沖縄での夜は、静かに明けていく。
そしてリーゼロッテの頭の中では、すでに八百六十万円の使い道が、着々と組み立てられているのだった。




