「ちょっとだけ寝ようかぁ」
沖縄ダンジョン、第26層。
転移陣を抜けた先には、空中に大小さまざまな岩が浮かぶ、不思議な空間が広がっていた。
足場となる岩は一定の高さに浮遊しているものもあれば、ゆっくりと移動しているものもある。岩と岩の間には深い空間が広がり、下を見ても底は見えなかった。
「わぁ、今度は空中の足場なんだねぇ」
乙羽は浮かぶ岩を見上げながら、楽しそうに声を上げた。
「足場が移動していますね。普通に歩いて進むのは、少し面倒そうです」
リーゼロッテが周囲を確認する。
「敵の反応もあります。岩の陰に隠れているものと、空中を巡回しているものがいるようですね」
「じゃあ、私たちも空から行きましょうか」
静はそう言って、背中に光の翼を広げた。
セラフィムモードと呼ばれるようになった聖魔法の飛行術式。光の翼がゆっくりと羽ばたくように揺れ、静の体を浮かび上がらせる。
「うん。私も迅雷天翔モードで行くねぇ」
乙羽の全身に青白い雷が走った。
風が巻き起こり、雷光がその流れに沿って弾ける。
次の瞬間、乙羽は空中へと飛び出した。
ゴォォォッ!
風を切る音が響き、青白い残光が空中に残る。
「乙羽、先に行きすぎないでちょうだい!」
「はぁい!」
返事だけは素直だった。
もっとも、乙羽はすぐに次の岩へ向かって加速していた。
『迅雷天翔モード、やっぱり速いな!』
『静さんは優雅に飛んでるのに、乙羽ちゃんだけ速度がおかしいw』
『同じ飛行でも全然違うのが面白い』
『セラフィムモードは安定性重視、迅雷天翔は速度重視って感じか?』
『並んで飛んでる絵面が最高すぎる!』
静は光の翼を動かしながら、乙羽の進路を追っていた。
乙羽の飛行は、速いだけではない。
空中で急停止し、鋭く方向を変え、岩の隙間をすり抜ける。そのたびに風が渦を巻き、雷光が複雑な軌跡を描いた。
一方、静は大きく無駄のない軌道で移動していた。飛行速度では乙羽に及ばないものの、空中で剣を扱う際の安定感は抜群だ。
そんな二人の前に、空中を巡回していた蛇型のモンスターが現れた。
長い体に薄い翼を持ち、岩の間を縫うように飛んでいる。口元には鋭い牙が並び、体表には魔力を帯びた鱗が光っていた。
「空中戦向けのモンスターですね」
リーゼロッテが告げる。
「複数います。正面の三体だけでなく、右側の岩陰にも隠れているようです」
「じゃあ、私が正面をやるねぇ!」
乙羽が加速した。
蛇型のモンスターが口を開き、魔力の弾を放つ。
乙羽は風を使って軌道をずらしながら、そのまま敵の懐へ飛び込んだ。
「えいっ!」
雷光をまとった拳が、蛇型のモンスターの頭部へ命中する。
敵の体が大きく揺れ、そのまま浮力を失って落下していった。
乙羽は速度を落とさず、次の敵へ向かう。
蛇型のモンスターは体をくねらせ、長い尾を振り回して迎撃しようとした。
しかし、乙羽は尾が届く前に上昇し、その頭上を通り過ぎる。
直後、風が渦を巻いた。
乙羽の後方から押し寄せた風が、蛇型のモンスターの体を横へ押し流す。そこへ雷が走り、敵の動きが一瞬止まった。
乙羽はその隙を逃さず、もう一撃を打ち込んだ。
「よしっ」
短い声とともに、二体目も落下していく。
一方、静は右側から迫ってきた蛇型のモンスターと対峙していた。
敵が翼を広げ、鋭い突進を仕掛ける。
静は光の翼をわずかに傾け、体を横へ滑らせた。
相手の牙が空を切る。
すれ違いざま、静の剣が淡い光を帯びた。
一閃。
聖なる光をまとった刃が、蛇型のモンスターの胴を正確に捉えた。
敵は体をくねらせながらも、そのまま力を失って落ちていった。
「次!」
静はすぐに体の向きを変え、別の個体へ向かう。
空中での姿勢制御と剣術が、きれいに噛み合っていた。
『静さん、空中でも剣技が綺麗だな』
『翼で体勢を整えてから斬ってるのか』
『あの光の翼、ただ飛ぶためだけじゃないんだな』
『セラフィムモード、戦闘向きの飛行術式として完成度高そう』
『乙羽ちゃんは速さで押し切って、静さんは技術で仕留める感じだな!』
残る蛇型のモンスターも、二人の連携によって次々と倒されていった。
乙羽が敵を誘導し、静が隙を突く。
静が攻撃を受け流して敵の体勢を崩せば、乙羽が一気に距離を詰めて仕留める。
互いの動きを見なくても、どちらが何をするのか理解しているかのようだった。
やがて、周囲から敵の反応が消えた。
「第26層、周辺の敵は片づきましたね」
リーゼロッテが確認する。
「素材も回収しましょう。空中の岩に引っかかっているものもありますから、見落とさないようにしてください」
「はぁい」
乙羽は空中に浮かぶ岩の間を飛び回り、倒したモンスターの素材を集めていった。
静も光の翼を使って岩場を巡り、落下しかけた素材を回収する。
リーゼロッテは二人が集めた素材を鑑定し、価値の高いものから順番に収納魔法へ入れていった。
「この鱗は、かなり品質がいいですね。こちらの翼膜も、魔法具の素材として使えそうです」
「おぉ~。いっぱい取れたねぇ」
「ええ。これだけあれば、沖縄支部での売却額も期待できそうです」
『先生、戦闘が終わった瞬間に査定モードw』
『素材回収の手際がよすぎる』
『先生の魔法袋、どれだけ入るんだよw』
『ガチャ資金を着実に積み上げる妖精』
『この調子だと帰還時には大金になってそう』
「ふふっ。無駄なく集めるのは大切なことですよ」
リーゼロッテは満足そうに頷いた。
素材の回収が終わると、三人は第27層へ続く転移陣へ向かった。
◇
第27層。
転移した先に広がっていたのは、古代遺跡を思わせる広大な空間だった。
崩れかけた石柱が立ち並び、地面には複雑な模様が刻まれている。建物の残骸らしき石壁も残っており、長い年月を経て風化したような雰囲気があった。
「ここは、遺跡型の階層なんですねぇ」
静が周囲を見渡す。
「ええ。魔力反応は複数あります。石柱の陰にいるものと、遺跡の奥から近づいているものがいますね」
リーゼロッテの説明が終わると、石柱の間から人型のモンスターが姿を現した。
全身が石でできているような巨体。腕には刃のように尖った岩が生え、目の部分には赤い光が灯っている。
一体、二体、三体。
さらに遺跡の奥から、別の個体が姿を現した。
「今度は石の人形かぁ」
乙羽は首を傾げた。
「動きは遅そうだけど、硬そうだねぇ」
「外殻はかなり頑丈そうです。正面から力任せに攻撃するより、関節や魔力の通り道を狙うほうが効率的でしょう」
リーゼロッテが助言する。
「なるほどね。じゃあ、私が相手をするわ」
静が一歩前へ出た。
光の翼が広がり、静の体が地面から浮かび上がる。
石の人形たちは、静の姿を認識したように一斉に腕を振り上げた。
その腕から、鋭い岩の刃が飛び出す。
静は空中で体を傾け、飛んできた刃をかわした。
そのまま石柱の間を抜け、敵の背後へ回り込む。
剣が光った。
関節部分へ正確に刃を通し、石の人形の動きを止める。
重い音を立てて、一体が崩れ落ちた。
「一体!」
静はすぐに次の敵へ向かった。
別の石の人形が腕を振り下ろす。
静は光の翼を広げて上昇し、攻撃をかわしたあと、真上から剣を振り下ろした。
聖なる光をまとった刃が、頭部に刻まれた魔力の核を捉える。
石の人形は動きを止め、そのまま崩れ落ちた。
『セラフィムモード、攻撃にも防御にも使えてる!』
『飛行で攻撃を避けて、急所を狙うのが上手い』
『石の装甲を正面から壊さずに倒してるぞ』
『静さんの剣術、かなり実戦的だな』
『聖魔法と剣術の組み合わせ、相性よすぎる』
一方、乙羽は残りの石の人形へ向き直った。
「じゃあ、こっちは私がやるねぇ」
手をかざすと、地面がわずかに盛り上がった。
石の人形たちの足元に土の壁が生まれ、動きを制限する。さらに風が吹き込み、敵の体を壁際へ押しやった。
石の人形が腕を振り回して抵抗するが、乙羽はすでに空中へ飛び上がっていた。
雷神モードが発動する。
青白い雷が全身を走り、風が乙羽の体を押し上げた。
迅雷天翔モード。
乙羽は空中を一気に駆け、石の人形の背後へ回り込む。
「えいっ!」
雷光をまとった一撃が、敵の背中にある魔力の核へと打ち込まれた。
石の人形の体が大きく揺れ、そのまま崩れ落ちる。
乙羽は速度を落とさず、次の敵へ向かった。
風で敵の攻撃を逸らし、雷をまとった拳で魔力の核を狙う。
大きな爆発は起きない。
石の装甲も、必要以上に砕けることはなかった。
敵だけを正確に無力化し、遺跡の構造物にはほとんど被害を与えずに戦闘を進めていく。
『迅雷天翔モード、空中戦でも便利すぎる!』
『速いだけじゃなくて、狙った場所に攻撃を通してるのがすごい』
『石の人形を粉々にせず、核だけ狙ってるのか』
『乙羽ちゃん、魔法の制御がさらに上手くなってない?』
『遺跡を壊さずに攻略できてるのもすごいな』
静も、残る敵を相手に剣を振るっていた。
光の翼を使って空中から接近し、石の人形が腕を振り上げる前に関節を斬る。動きが止まったところへ、聖魔法をまとわせた剣を突き込み、魔力の核を破壊する。
乙羽と静は、それぞれ違う戦い方をしながらも、互いの邪魔をすることはなかった。
敵が静へ攻撃を仕掛けようとすれば、乙羽が風で軌道を逸らす。
乙羽が別の敵へ接近する際、静は剣で進路を塞いでいた個体を斬り伏せる。
声を掛け合わなくても、自然と連携が成立していた。
やがて、最後の石の人形が崩れ落ちた。
遺跡に静けさが戻る。
「これで、周辺の敵はすべて倒したようですね」
リーゼロッテが確認した。
「奥にも反応は残っていますが、転移陣までの経路は確保できています。進む前に、素材を回収しておきましょう」
「はぁい」
乙羽は返事をすると、倒れた石の人形の残骸を調べ始めた。
「先生、この石も持っていくのぉ?」
「魔力の核はもちろん、特殊な鉱石が含まれている部分も回収しておきましょう。すべてが売却できるとは限りませんが、使い道のある素材は多いはずです」
「なるほどねぇ」
リーゼロッテは残骸を鑑定し、価値のある素材を選別していく。
魔力の核、特殊な鉱石、装甲の破片。
それぞれを丁寧に分け、収納魔法へと収めていった。
『先生、今回も一切妥協しないw』
『ガチャ資金のためなら遺跡の石まで鑑定する妖精』
『いや、素材として価値があるなら正しいんだけどさw』
『先生、帰ったら沖縄支部で査定してもらうの楽しみだろうな』
『数百万どころか、もっと行くんじゃないか?』
「査定額は、実際に確認してからのお楽しみですね」
リーゼロッテは、コメントに向かってそう答えた。
もっとも、その表情はすでに期待に満ちていた。
◇
素材回収を終えた三人は、遺跡の奥へ進んだ。
そこには、第28層へ続く転移陣が設置されていた。
「これで、第27層まで攻略できましたねぇ」
乙羽が転移陣を見つめる。
「ええ。沖縄ダンジョンの最高到達階層を更新したことになりますね」
リーゼロッテが答えた。
これまで、第23層が沖縄ダンジョンの最高到達階層だった。
複数のパーティーが協力して、ようやくたどり着いた場所。
そこを、今は三人だけで越えている。
もちろん、リーゼロッテの索敵や案内、魔法による支援もある。だが、実際に敵を倒して進んできたのは乙羽と静だ。
二人の実力が、沖縄ダンジョンの攻略記録を大きく塗り替えたのだった。
『27層まで来たのか……』
『沖縄の最高記録って23層だったよな!?』
『それを三人で越えたってこと!?』
『しかも、配信しながら素材回収までしてる』
『乙羽ちゃんと静さん、強すぎるだろ……』
『先生の索敵と支援もすごいけど、姉妹の戦闘能力が規格外だ』
『これ、沖縄ダンジョンの攻略記録が一気に更新されたってことか』
乙羽はコメントを眺めながら、スマートフォンの時刻を確認した。
夜明けが近い。
「んぅ~。もうすぐ朝だねぇ」
「そうね。思っていたより、ずいぶん進めたわ」
静は周囲を見渡した。
疲労はあるものの、まだ動ける。少なくとも、あと数層は攻略できそうな感覚があった。
「まだまだいけたわね」
静がそう言うと、乙羽は嬉しそうに笑った。
「それもそうね。続きは次に来たときにしよぉ?」
「ええ。それがいいわね」
二人は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
リーゼロッテは、収納した素材の一覧を確認している。
「……これだけ集まれば、ガチャ資金もかなり確保できそうですね」
「先生、まだその話してるのぉ?」
「当然です。今回の成果を無駄にするわけにはいきませんからね」
『最後までガチャ資金w』
『先生の目的、最初から一貫してるなw』
『素材回収の成果が気になる』
『沖縄支部の査定額、ぜひ教えてほしい!』
リーゼロッテは満足そうに頷いた。
その後、三人は第27層の安全な場所で短く休むことにした。
乙羽は壁にもたれ、静は隣に腰を下ろす。
「ちょっとだけ寝ようかぁ」
「そうね。帰る前に少し休んでおきましょう」
二人は目を閉じた。
リーゼロッテは周囲の安全を確認しながら、素材の整理を続けている。
地球では、まだ朝を迎えたばかり。
そして、宿泊施設で眠っている琴、柳、梓たちは、姉妹が夜通しダンジョンを攻略していたことを知らない。
彼女たちが目を覚ましたとき、乙羽と静は何事もなかったかのように戻っているだろう。
ただし、沖縄ダンジョンの攻略記録は、もう以前のままではない。
第23層から第27層へ。
わずかな夜の間に、姉妹は五つの階層を進み、新たな飛行技術の呼び名まで手に入れた。
セラフィムモード。
迅雷天翔モード。
そして、沖縄ダンジョン第27層到達。
その夜の配信は、視聴者たちの記憶に残る、特別な攻略記録となったのだった。




