「ええ。今夜は、少し本気を出してみましょうか」
沖縄遠征、最後の夜。
宿泊施設の一室では、乙羽と静が並んで横になっていた。
ほかのメンバーは、明日の帰還に備えてすでに眠っている。
今日までのダンジョン攻略は順調だった。全国大会に向けた合宿場所の選定も終わり、あとは帰るだけ。
普通なら、疲れを取るためにゆっくり休むところだろう。
しかし、静は天井を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……暇ね」
「んぅ~? お姉ちゃん、どうしたのぉ?」
隣で半分眠っていた乙羽が、もぞもぞと寝返りを打った。
「起こしちゃったかしら?」
「ん~ん。まだ起きてたよぉ。それで、どうしたのぉ?」
「今日までみんなとダンジョンを攻略してきたでしょう? あれはあれで楽しかったのだけど……」
静は少しだけ言葉を切った。
「敵が弱すぎるのよね」
「あぁ~、なるほどねぇ」
乙羽はすぐに納得した。
現在、ティンカーベルと静が攻略しているのは第22層まで。出現するモンスターの平均レベルは75程度だった。
琴や柳、梓にとっては、連携を確認しながら戦うのにちょうどいい相手だ。新しい技術を試すにも、経験を積むにも、適した環境だった。
けれど、レベル100を超えている乙羽と静にとっては事情が違う。
仲間たちに合わせて戦うことはできる。実際、これまでの攻略でも二人は周囲に気を配り、必要以上に力を使わないようにしていた。
ただ、それでは本気で戦う機会が少ない。
「私も、もう少し強い相手と戦ってみたいんだよねぇ」
「でしょう?」
静は少し嬉しそうに乙羽を見た。
「せっかく沖縄まで来たのだし、もう少し奥まで行ってみない?」
「いいねぇ!」
乙羽はぱっと表情を明るくした。
「じゃあ、先生も誘おうよぉ。先生なら、先の階層にどんなモンスターがいるか調べられるしぃ」
「そうね。リーゼロッテなら、私たちだけでは気づかないことも教えてくれるでしょうし」
「うんうん。じゃあ、先生のところに行こうかぁ」
乙羽は起き上がり、ベッドから降りた。
静も続いて身支度を整える。
「……ところで、先生はまだ起きているのかしら?」
「たぶんねぇ」
「どうしてそう思うの?」
「んぅ~……ゲームしてるかもしれないからぁ」
「……あの先生なら、ありそうね」
二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。
◇
共有スペースへ向かうと、案の定、リーゼロッテは起きていた。
小さな妖精は、テーブルの上に置いたノートパソコンの前でゲームをしている。画面を見つめる表情は真剣そのものだった。
「先生ぇ」
「はい? どうしました、乙羽?」
リーゼロッテは画面から目を離さずに返事をした。
「今、ちょっといいかなぁ?」
「少々お待ちください。今、ちょうど大事な場面なので……」
そう言って、リーゼロッテはしばらく操作を続けた。
やがてゲームが一区切りつくと、ようやく二人へ向き直る。
「それで、どうしましたか?」
「静お姉ちゃんと、もう少しダンジョンの奥まで行きたいんだけどぉ。一緒に来てくれる?」
「……なるほど」
リーゼロッテは静を見上げた。
「第22層では物足りなくなったのですね」
「ええ。みんなと攻略するのは楽しいのだけど、私には少し簡単すぎるのよ。せっかくなら、もっと強い相手と戦ってみたいわ」
「私も同じだよぉ。もっといろんな魔法を試してみたいしねぇ」
乙羽も頷いた。
リーゼロッテは少し考えてから、二人の希望を受け入れた。
「わかりました。私も同行しましょう」
「やったぁ!」
乙羽が嬉しそうに声を上げる。
「ただし、いくつか条件があります」
リーゼロッテは指を一本立てた。
「まず、無理に先へ進もうとしないこと。敵が想定以上に強ければ、その時点で撤退します」
「わかったわ」
「それから、帰還時刻は厳守です。明日は遠征の最終日ですから、攻略に夢中になって帰る時間を忘れないでくださいね」
「もちろんだよぉ」
乙羽は素直に頷いた。
「あと、ほかの皆さんを起こさないように。せっかく休んでいるのですから、静かに出発しましょう」
「それは気をつけないとねぇ」
静も同意した。
今回の目的は、あくまで二人が強敵と戦い、自分たちの実力を試すことだ。
ほかのメンバーを無理に連れていく必要はない。彼女たちには彼女たちの訓練があり、今は十分に休んでもらうほうがいい。
「では、準備をしましょうか。第22層の転移陣から始めれば、すぐに攻略を再開できます」
「うん。そこから先は、まだ行ったことがないんだよねぇ」
「ええ。どんな相手がいるのか、楽しみね」
静は剣の柄を確かめ、軽く笑った。
先ほどまでの退屈そうな表情は、もう消えている。
これから待っているのは、仲間たちに合わせるための戦いではない。
自分の実力を存分に試せる、姉妹二人だけの攻略だ。
◇
準備を終えた三人は、宿泊施設の外へ出た。
夜風が頬を撫でる。
周囲は静まり返っており、遠くから聞こえる虫の声だけが、夜の訪れを感じさせていた。
「それでは、行きましょうか」
リーゼロッテが二人を見上げる。
「はぁい!」
「ええ。よろしく頼むわね」
乙羽と静は、それぞれ返事をした。
リーゼロッテが魔法を発動させると、三人の足元に淡い光が広がる。
行き先は、沖縄のダンジョン、第22層。
その先には、まだ見ぬ強敵たちが待っている。
「ふふっ。楽しみだねぇ、お姉ちゃん」
「ええ。今夜は、少し本気を出してみましょうか」
姉妹は顔を見合わせた。
次の瞬間、三人の姿が光に包まれ、夜の宿泊施設から消えた。
こうして、沖縄遠征最後の夜。
みんなが眠る中、乙羽と静、そしてリーゼロッテによる、秘密の深夜攻略が始まったのだった。




