「雷神モードぉ~」
乙羽は集められた食材を眺めていた。
「んぅ~……」
少しだけ首を傾げる。
「思ったより、少ないねぇ」
「……え?」
楽斗が顔を上げた。
「いや、結構集めたと思うんだけど……」
「うん。いっぱいあるのはわかるんだけどぉ、みんなで食べるには、もうちょっと欲しいかなぁって」
乙羽は食材を見回した。
「せっかく沖縄のダンジョンまで来たんだし、もっといっぱい食べたいよねぇ」
「乙羽、勝負はもう終わったんだよ?」
琴が苦笑する。
「うん。だから、これは別のお話だよぉ」
乙羽は、にこにこと笑った。
「先生ぇ、ちょっと雷神モードになってもいい?」
「……食材を集めるためですか?」
「うん。魚がいっぱいいるみたいだからねぇ」
リーゼロッテは一瞬だけ考え、それから頷いた。
「周囲への影響を抑えられるなら、構いませんよ。ただし、必要以上に水場を荒らさないこと。生態系やダンジョンの環境にも配慮してくださいね」
「はぁい」
乙羽は元気よく返事をした。
そして、水場のほうへと歩いていく。
◇
「それじゃあ、いくよぉ」
乙羽が、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間。
バチッ――!
小さな雷光が、彼女の周囲を走った。
青白い光が指先から腕へ、腕から肩へと広がっていく。空気が震え、周囲の魔力が一気に集まった。
乙羽の髪がふわりと浮き上がる。
瞳には、稲妻のような光が宿っていた。
彼女の周囲を、無数の雷光が巡る。
その姿は、普段ののんびりした乙羽とはまるで違っていた。
雷をまとい、静かに立つその姿は、まさに雷神そのもの。
「雷神モードぉ~」
乙羽が静かに呟いた。
その声とともに、周囲の空気が震える。
『……え?』
『ちょっと待って』
『今、何て言った?』
『雷神モード!?』
『雷神モードきたああああああ!!』
『出た! 雷神様だ!!』
『我が待ち望みし雷の化身……!』
『ついに真名を口にしたか……』
『封印されし雷の力が解放される……!』
『雷鳴よ、天を裂け!!』
『ククク……これが本当の姿か……』
『中二病患者が大量発生してて草www』
『コメント欄が闇の儀式会場になってるぞw』
『待って、俺も今ちょっと「雷の審判」とか考えた』
『わかる。なんか必殺技の名前を叫びたくなる』
『雷神降臨! 天罰執行!』
『我が右手に宿りし雷よ、すべてを浄化せよ!』
『誰かこいつらを止めろwww』
コメント欄が、一瞬にして中二病の巣窟と化した。
普段から乙羽の魔法を見ている視聴者たちでさえ、この演出にはテンションが上がってしまったらしい。
スーパーチャットの通知まで、どこかおかしなことになっていた。
『雷の使徒:我が魂も雷神に捧げよう……!(1,000円)』
『黒き稲妻:封印されし力の解放を見届けました!(2,000円)』
『闇の観測者:ついに真の姿を現したか……!(500円)』
『雷鳴の継承者:我が右手も疼いてきた……!(1,000円)』
『漆黒の堕天使:これが雷神の力……圧倒的だ……!(3,000円)』
『普通の視聴者:みんな落ち着けwww(500円)』
『冷静になれない人:無理です。今のは名前がかっこよすぎます。(1,000円)』
『厨二病同盟:本日、我々は一つの真理に到達した……!(2,000円)』
『先生の解説待ち:これ、正式名称が雷神モードなんですか!?(1,000円)』
『名前が強い:氷モードもよかったけど、雷神モードは反則だろ!(3,000円)』
梓は、コメント欄を見て呆れたように呟いた。
「……何なの、この人たち」
「ふふっ。みなさん、こういう演出が好きなのですね」
琴は笑いをこらえながら言った。
「いや、演出っていうか、乙羽が本当に雷をまとってるんだけどな!?」
柳が突っ込む。
「わふっ!」
フェンちゃんも、何かに反応したように吠えた。
「んぅ~? みんな、楽しそうだねぇ」
乙羽はいつもの調子で首を傾げた。
雷光をまとったまま、いつもの声で話す。
そのギャップもまた、視聴者たちの心を刺激していた。
『この姿で「んぅ~?」は反則www』
『雷神様がのんびりしてるの、逆に怖い』
『神々しいのに普段どおりなの草』
『雷をまとった乙羽ちゃん、かっこいい!』
『我らが雷神……!』
『お前ら、もう完全に信者じゃねえかw』
リーゼロッテは、乙羽の魔力の状態を確認した。
「制御は安定していますね。それでは、周囲の魚型モンスターを集めてみましょうか」
「はぁい」
乙羽は水場へ向き直った。
そして、指先を軽く水面へ向ける。
バチッ――!
青白い雷が、水面へと走った。
その光は、むやみに広がることなく、水中の特定の範囲へと流れ込んでいく。
水面が一瞬だけ輝き、次の瞬間、魚型モンスターたちが次々と水面へ浮かび上がった。
「おぉ~。いっぱい出てきたねぇ」
乙羽が嬉しそうに声を上げる。
水面には、魚型モンスターが次々と浮かんでいた。大きなものから小さなものまで、食材にできる種類がかなり混ざっている。
リーゼロッテが魔法を使い、魚たちを傷つけないように回収していく。
「なるほど。雷撃を使って、対象をまとめて気絶させたのですね。範囲と出力を細かく調整しているので、必要以上の影響は出ていません」
『説明は冷静なのに、やってることがすごいw』
『雷撃漁ってこと!?』
『名前がもう強いんだよwww』
『雷神モードで漁をするなwww』
『神の力の使い道が昼飯なの草』
『天より雷を落とし、魚を得る……』
『我が雷の裁きは、食卓に捧げられる……!』
『お前らまだ続けるのかwww』
『雷神様、今日の夕飯をありがとうございます!』
『雷撃漁、字面が強すぎる』
『これが本当の神の恵みか……』
『厨二病コメントが止まらないwww』
コメント欄は、ますます混沌としていった。
乙羽は、浮かび上がった魚を眺めて満足そうに頷いた。
「これなら、みんなでいっぱい食べられるねぇ」
「そうですね。かなりの量が集まりました」
リーゼロッテは魚を魔法で浮かせながら、種類ごとに仕分けていく。
その間にも、乙羽は水面へ何度か雷を流し、さらに魚型モンスターを集めていた。
もちろん、周囲への影響は必要最小限に抑えられている。水場全体を無差別に攻撃するのではなく、食材となる魚型モンスターが集まっている範囲を選んでいた。
それでも、成果は十分すぎるほどだった。
あっという間に、最初の勝負で集めた食材を大きく上回る量が集まっていく。
「……乙羽、それなら最初から自分で集めればよかったんじゃない?」
梓が呆れたように言った。
「んぅ~? でも、楽斗と梓ちゃんの勝負は面白かったよぉ?」
「それはそうだけど……」
「それに、雷撃漁は勝負とは別のお話だからねぇ」
乙羽はにこにこと笑った。
楽斗は集められた魚の山を見て、しばらく言葉を失っていた。
「……俺たちが水中であれだけ苦労して集めたのに」
「うん?」
「いや、何でもない……」
楽斗は小さく息を吐いた。
梓との勝負には負けた。
そして、そのあとに乙羽が雷撃漁で集めた食材は、二人が集めた量をあっさりと超えてしまった。
もっとも、これは勝負の結果を覆すものではない。勝負はすでに終わっており、梓の勝利も確定している。
それでも、目の前の光景はあまりにも規格外だった。
『楽斗さん、気持ちはわかるwww』
『水中戦で苦労したあとに雷撃漁はずるいw』
『でも勝負とは別だからセーフ!』
『梓ちゃんの勝利は変わらないからね!』
『雷神モードで食材を集める乙羽ちゃん、何度見ても面白い』
『今日の夕飯、豪華になりそうだな』
『沖縄ダンジョン、食材の宝庫だった』
『雷神様、次は肉もお願いします!』
『欲望にまみれた信者がいるぞwww』
『神に夕飯の注文をするなw』
スーパーチャットも、最後まで勢いが衰えなかった。
『雷撃漁の発明者:こんな漁法、初めて見ました!(5,000円)』
『今日の晩ごはん:雷神様のおかげで豪華な食卓になりそうです!(1,000円)』
『神の恵みに感謝:魚が浮かび上がる光景、迫力がすごい!(3,000円)』
『厨二病患者代表:我が魂は今、雷神様に忠誠を誓った……!(2,000円)』
『普通の冒険者:明日から俺も雷神モードって言って魚を捕まえたい(500円)』
『リーゼロッテ先生推し:先生の仕分け作業が一番冷静で好きです!(1,000円)』
リーゼロッテは、回収した魚を整理しながら小さく頷いた。
「これだけあれば、今日の食事には十分でしょうね」
「やったぁ。みんなでいっぱい食べようねぇ」
乙羽は嬉しそうに笑った。
梓は、勝負で手に入れた約束を思い出し、楽斗へと向き直る。
「そうそう。勝負の報酬だけど、約束どおりお願いするわね」
「ああ。沖縄校の強い生徒を紹介するんだったな」
楽斗は頷いた。
「先生たちにも相談してみる。全国大会で面白い勝負ができそうな連中を探してみるよ」
「ありがとう。期待しているわ」
梓は満足そうに頷いた。
「俺も、次に会うときは負けないからな!」
「ええ。次はもっと面白い勝負をしましょう」
二人は互いに笑った。
今回の勝負は梓の勝利に終わった。
しかし、楽斗の水中戦の技術も確かなものだったし、梓にとっても新しい経験になった。
そして、勝負の報酬として、沖縄校の強豪たちを紹介してもらえることになった。
全国大会に向けて、また一つ楽しみが増えたのだった。
◇
こうして、沖縄ダンジョンでの食材集めは、予想以上の成果を上げて終わった。
楽斗との勝負。
梓の勝利。
そして、乙羽の雷神モードによる雷撃漁。
当初は普通の探索の一環だったはずが、配信のコメント欄は最後まで大盛り上がりだった。
特に雷神モードの登場は、視聴者たちの中二病心に火をつけてしまったらしい。
配信終了後も、SNSには「雷神モード」「雷撃漁」「神の恵み」といった言葉が並び、しばらく話題が尽きることはなかった。
そしてティンカーベルの一行は、集めた食材を持って拠点へ戻ることにした。
今日の夕食は、いつもより豪華になりそうだった。




