「そ、そんなことはない!ただ、視聴者にも楽しんでほしいだけだ!」
沖縄最難関ダンジョンの入口。
乙羽たちが探索へ向かおうとしていたところ、一人の青年が前に立ちはだかった。
「おい、霧ヶ峰梓!」
「……え?」
梓は足を止め、声をかけてきた青年を見た。
年齢は十八歳ほど。冒険者らしい装備を身につけ、自信ありげな表情を浮かべている。
しかし、梓にはまったく見覚えがなかった。
「……誰?」
「なっ……!?」
青年は、目に見えてショックを受けた。
「お、俺は比嘉楽斗! 沖縄で活動しているSランク冒険者だ! 十七歳でSランクに認定された、元最年少記録保持者だぞ!」
「へぇ……そうなのね」
「反応が薄い!?」
楽斗は思わず声を上げた。
自分が十七歳でSランクになったことは、沖縄ではそれなりに知られている。最年少記録を持っていたことも、地元の冒険者たちの間では話題になっていた。
そして、その記録を更新したのが目の前の梓だ。
だからこそ、楽斗は彼女が自分のことを知っていると思っていた。
ところが、当の本人は名前すら聞いたことがないという。
「ちょ、ちょっと待て! 俺は君に記録を抜かれたんだぞ!?」
「……そう言われても、知らないものは知らないわよ」
「そんな……!」
楽斗は頭を抱えた。
まさか、記録を更新した相手に存在すら知られていなかったとは。
その衝撃は、思っていた以上に大きかった。
『えっ、梓ちゃん本当に知らないの?』
『沖縄のSランクらしいぞ』
『十七歳でSランクって、普通にすごいんだが』
『元最年少記録保持者なのか!』
『それを抜いた梓ちゃんもすごいけどな』
『楽斗さん、登場して早々に精神ダメージ受けてるw』
配信のコメント欄にも、楽斗への同情と梓へのツッコミが流れ始めた。
乙羽は楽斗を見上げ、のんびりと首を傾げた。
「んぅ~? 沖縄では有名なんだねぇ」
「そうだ! 少なくとも、沖縄ではそれなりに知られている!」
「そっかぁ。じゃあ、私たちが知らなかっただけなんだねぇ」
「……そういうことだな」
楽斗は少しだけ落ち着きを取り戻した。
だが、まだ納得しきれていない様子だった。
「それにしても、君たちは……」
楽斗は改めて一同を見渡した。
梓の隣には、乙羽、琴、柳がいる。少し後ろには小さな妖精のリーゼロッテと、大きな狼のフェンちゃん。そして、静も一緒だった。
「……もしかして、ティンカーベルか?」
「うん。そうだよぉ」
乙羽が答える。
「私は音無乙羽。こっちは琴ちゃんと柳ちゃん、梓ちゃんだよぉ」
「柳生琴です。よろしくお願いします」
「桜庭柳だ! よろしくな!」
「……霧ヶ峰梓よ。さっきも言ったけど、君のことは本当に知らなかったの。そこは悪かったわね」
梓は少し気まずそうに付け加えた。
「それから、こちらが先生のリーゼロッテ。こっちはフェンちゃんだよぉ」
「リーゼロッテと申します。よろしくお願いいたします」
「わふっ!」
フェンちゃんも、挨拶するようにひと声鳴いた。
楽斗は順番に顔を確認していく。
ティンカーベルの名前は知っていた。配信で活躍していることも、乙羽がSランク冒険者として認められていることも聞いている。
しかし、実際にこうして顔を合わせると、また違った印象を受けるものだ。
「……なるほど。君たちがティンカーベルか」
「そうだよぉ」
「そして、こちらが音無乙羽さんのお姉さんですね!」
楽斗は静に気づくと、急に背筋を伸ばした。
「静さん! お会いできて光栄です! 以前から静さんのご活躍は拝見しています。長年、第一線で戦い続けている姿は、俺にとって目標の一つでした!」
「あら、ありがとう。そこまで言ってもらえると嬉しいわね」
静は柔らかく微笑んだ。
「私は静よ。今日は妹たちと一緒に沖縄のダンジョンを探索しているの。よろしくね」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
梓は、その様子を見て眉をひそめた。
「……ちょっと。私のときと態度が違わない?」
「当然だろう! 静さんは、俺が冒険者になる前から活躍されている大先輩なんだぞ!」
「私だってSランク冒険者なんだけど!?」
「それはわかっている! だからこそ、俺の記録を更新した君とは一度勝負してみたいんだ!」
「結局、そこに戻るのね!」
梓が声を上げる。
柳は二人を見比べて、楽しそうに笑った。
「なるほどなぁ。楽斗君は梓に記録を抜かれたのが悔しいんだな!」
「そ、そうだ! 俺だって努力してSランクになったんだ! それなのに、次々と若い冒険者に記録を更新されて……!」
「君も頑張ってきたんだねぇ」
乙羽が、ぽつりと言った。
楽斗は思わず乙羽を見る。
「……ああ。もちろんだ」
「うん。じゃあ、君が頑張ってきたことと、梓ちゃんが強いことは別のお話だよぉ。記録を抜かれたからって、君が今まで頑張ってきたことがなくなるわけじゃないんだよねぇ」
「…………」
楽斗は言葉に詰まった。
悔しい気持ちがあるのは事実だ。
だが、それを梓にぶつけても、何かが変わるわけではない。
乙羽の言葉は、思った以上にまっすぐ胸に響いた。
◇
楽斗は一度深呼吸すると、改めて梓へ向き直った。
「……とにかく、君とは一度勝負がしたい。俺が十七歳でSランクになったことも、君がその記録を更新したことも事実だ。だからこそ、実際に戦って、互いの実力を確かめたいんだ」
「気持ちはわかったわ。でも、今から?」
「ああ。せっかく会えたんだからな!」
梓は、じっと楽斗を見つめた。
彼の態度には少々引っかかるところもある。だが、鈴木のときのように、相手の都合を無視して勝手に話を進めようとしているわけではない。
勝負をしたいという希望を、正面から伝えているだけだ。
その違いは、梓にもわかった。
「……そうね。勝負そのものは構わないわよ。ただ、私たちはダンジョン攻略を楽しみに来ているの。何をするにしても、そこは忘れないでちょうだい」
「もちろんだ!」
楽斗は力強く頷いた。
その様子を見ていた乙羽が、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえばぁ、今って配信中なんだよねぇ」
「……あっ!?」
楽斗が勢いよく配信カメラを振り返った。
画面には、ここまでのやり取りがしっかり映っていた。
『今さら気づいたwww』
『自己紹介から全部流れてますよ!』
『Sランク同士の初対面、なかなか面白いな』
『静さんへの態度だけ急に丁寧になるの草』
『梓ちゃんへの対抗心が強すぎるw』
『沖縄のSランク、覚えたぞ!』
「うわっ……!」
楽斗は思わず顔を覆った。
だが、乙羽は特に慌てる様子もなかった。
「んぅ~? でも、まだ本格的には始まってないから、配信事故にはならないよねぇ?」
「……え?」
梓が乙羽を見る。
「鈴木さんのときは、もう企画が始まっていたでしょう? 今日はまだ始まる前だから、少しくらい予定が変わっても大丈夫なんだよぉ」
乙羽はいつもの調子で説明した。
「鈴木さんのときは、梓ちゃんが初めてコラボする予定だったのに、勝手に話を進められちゃったから困ったんだよねぇ」
その名前が出た途端、乙羽の声から柔らかさが少しだけ消えた。
「私、鈴木さんは嫌いだよぉ」
「……乙羽、はっきり言うね」
琴が苦笑する。
「だってぇ、あの人、こっちの話を全然聞かなかったんだもん。梓ちゃんの初コラボだったのに、自分が勝負したいっていう話ばっかりして、勝手に企画を変えようとしたでしょう?」
「そうだな。あれは本当に面倒だったぜ」
柳も腕を組んだ。
「こっちは最初からお散歩配信をする予定だったのに、気づいたら鈴木の模擬戦をやる流れになってたんだからな」
「私も、あのときは困ったわね」
静も穏やかな声で口を開いた。
「せっかく楽しみにしていた初コラボだったのに、予定をめちゃくちゃにされたでしょう? しかも、都合を聞かずに話を進めようとしていたし。あれは私も視聴者側として迷惑だったわ」
「静さんまで……」
楽斗が驚いたように目を瞬かせる。
「ええ。それだけじゃないのよ」
静は、少し困ったようにため息をついた。
「実は、鈴木さんには以前から何度も絡まれていてね。会うたびに食事に誘われたり、しつこく口説かれたり……。断っても、なかなか引き下がってくれなかったの」
「えっ……」
梓たちも、改めて静を見た。
「一度や二度なら、適当に断れば済む話だったかもしれないわ。でも、何度も繰り返されると、さすがに困るでしょう? 冒険者としての付き合いもあるから、あまり強く言いすぎるのも面倒だったし」
静は苦笑した。
「だから、あの配信でまた自分の都合を押し通そうとしているのを見たときは、正直うんざりしたわね」
「……それは、かなり迷惑だな」
楽斗は真顔になった。
梓も呆れたように息を吐く。
「鈴木さん、そんなことまでしていたのね……」
「鈴木さんのときは本当に困ったんだよねぇ」
乙羽は、今度は楽斗を見上げた。
「でも、君はまだ企画が始まる前に来て、お話ししているだけでしょう? だから、今のところは問題ないよぉ」
「……なるほど」
楽斗はゆっくりと頷いた。
自分は梓に勝負を申し込んだ。
だが、相手の都合を無視して勝手に勝負を成立させようとしたわけではない。
そこは鈴木とは違う。
『鈴木のときは本当に予定を壊されたからな』
『静さんまで迷惑してたのか……』
『何度も口説かれてたって、そりゃうんざりするわ』
『断っても引き下がらないのは普通に困る』
『今回はまだ企画前だから、話が違うんだな』
『楽斗さんは今のところ、ちゃんと相談してるからな』
『同じ勝負の話でも、相手の都合を聞くかどうかで全然違う』
コメント欄にも、乙羽たちに同意する声が次々と流れた。
楽斗は少し気まずそうに頬をかいた。
「……わかった。俺も、勝負を挑むなら相手の都合を聞くべきだったな」
「うん。梓ちゃんと勝負したいなら、梓ちゃんと相談して決めればいいんだよぉ」
乙羽は頷いた。
「それにぃ、せっかく沖縄に来たんだから、攻略も楽しみたいんだよねぇ」
「……そうだったわね」
梓も思い出したように頷く。
そして、乙羽は少し考えたあと、ぱっと顔を上げた。
「そうだぁ!」
「ん?」
琴が乙羽を見る。
「模擬戦じゃなくて、お昼ご飯の食材を集める勝負にしたらどうかなぁ?」
「……食材?」
楽斗が聞き返した。
「うん。ダンジョンには食べられるモンスターもいるんでしょう? だったら、どっちがたくさん食材を集められるか競争するのぉ!」
乙羽は楽しそうに続けた。
「勝負もできるし、お昼ご飯も豪華になるしぃ。一石二鳥だよねぇ」
「おぉ、なるほど!」
柳が手を叩いた。
「それなら攻略も兼ねられるし、いいんじゃねぇか?」
「確かに。戦闘だけを目的にするより、探索の楽しさも見せられそうだね」
琴も賛成した。
梓は少し考え込んでから、楽斗へ視線を向けた。
「……君はどう? 食材を集める勝負でも構わない?」
「もちろんだ!」
楽斗は胸を張った。
「沖縄のダンジョンには、食材になる水中モンスターも多い。特に十層には、食材として人気のある種類が出る場所があるんだ!」
「へぇ~。そうなんだねぇ」
乙羽の目が輝いた。
「じゃあ、そこに行こうよぉ!」
「案内は俺に任せてくれ!」
楽斗は自信満々に答えた。
「水中での戦闘は地上とは勝手が違う。敵の動きも違うし、食材になる種類を見分ける必要もある。地元の俺なら、そのあたりはよく知っているからな!」
「……ふぅん?」
梓は楽斗をじっと見た。
「それって、自分の得意な場所で勝負したいだけなんじゃないの?」
「そ、そんなことはない!ただ、視聴者にも楽しんでほしいだけだ!」
「怪しいなぁ」
柳が即座に突っ込む。
「おい! 本当だぞ!」
『乙羽ちゃん発案の昼飯争奪戦w』
『模擬戦じゃなくて食材勝負になった!』
『楽斗さん、水中ダンジョンを選んでる時点で得意分野っぽいんだがw』
『いや、地元の案内役としては頼りになりそう』
『Sランク対決、平和なのか激しいのかどっちだw』
『食材の種類も気になるな』
『乙羽ちゃん、料理する気満々じゃんw』
「みんなも楽しみにしてくれてるねぇ」
乙羽はコメント欄を眺めて、嬉しそうに笑った。
「私たち、ずっと沖縄にいるわけじゃないけど、一週間はいる予定だしぃ。今日は梓ちゃんと楽斗君の勝負にしてもおもしろいかもねぇ」
「……まあ、そうね」
梓は少し考えた。
沖縄最難関ダンジョンの探索は、まだまだ楽しみたい。だが、せっかく地元のSランク冒険者が案内してくれるのだから、普段とは違う探索をしてみるのも悪くない。
「いいわ。食材確保の勝負、受けて立つわ!」
「よし! そうこなくては!」
楽斗は嬉しそうに拳を握った。
そのとき、静が穏やかな声で釘を刺した。
「ただし、危険なことはダメよ? 食材を集めるのが目的なんだから、無理に強いモンスターを相手にする必要はないわ」
「はい、静さん! もちろんです!」
楽斗は即座に背筋を伸ばした。
「水中では、地上とは動き方も違いますからね。皆さんが楽しめるように、きちんと案内します」
「ええ。よろしくね」
静は頷いた。
梓は、そんな楽斗を見て小さくため息をつく。
「……静さんには本当に礼儀正しいのね」
「尊敬する先輩だからな!」
「はいはい……」
『静さんへの態度だけ急に丁寧になるの草』
『梓ちゃんへの対抗心が強すぎるw』
『楽斗さん、静さんには頭が上がらないんだな』
『乙羽ちゃんの提案で食材勝負に決定!』
『昼飯争奪戦、楽しみすぎるw』
◇
「それじゃあ、さっそく水中ダンジョンへ行こう!」
楽斗が先頭に立って歩き始めた。
「待って。どこの階層に行くつもりなの?」
琴が尋ねる。
「十層だ。あそこには食材になる水中モンスターが多く出る。俺も何度か採取に行っているから、どの辺りに何がいるかは把握しているぞ!」
「十層かぁ」
乙羽はスマートフォンを取り出した。
「そこなら、私たちも転移陣を記憶してあるから、すぐに行けるねぇ」
「……えっ?」
楽斗が足を止めた。
「君たち、十層の転移陣を記憶しているのか?」
「うん。昨日までに十一層まで進んだからねぇ」
「十一層まで!?」
楽斗の声が裏返った。
このダンジョンは、沖縄最難関と呼ばれる場所だ。
地元の冒険者でも、簡単に深い階層まで進めるわけではない。それなのに、ティンカーベルはすでに十一層まで攻略し、転移陣まで記憶しているという。
「……昨日までに?」
「うん。みんなで探索してたんだよぉ」
乙羽は何でもないことのように頷いた。
『昨日から沖縄に来て、もうそこまで攻略したのか』
『やっぱりティンカーベル、進行速度がおかしいw』
『楽斗さん、また知らない情報を食らってるw』
『地元Sランクも知らないうちに、最難関ダンジョンを進められてたのか……』
「……いや、驚いている場合じゃないな」
楽斗は咳払いをした。
「それなら、転移陣で十層まで移動しよう。食材を集めるには、あの階層がちょうどいい!」
「はぁい。じゃあ、みんな行こうねぇ」
乙羽が魔法を発動させる。
足元に淡い光が広がり、次の瞬間、一行の姿はダンジョンの入口から消えていた。
◇
十層。
転移陣の向こうには、広大な水辺と岩場が広がっていた。
澄んだ水の向こうには、青い光を放つ水草が揺れている。岩の隙間には小さな魚型のモンスターが泳ぎ、さらに奥には大きな影がゆっくりと動いていた。
「ここが十層だ。食材になるモンスターが多いのは、この水辺の周辺だな」
楽斗が説明する。
「ただし、水中では動きにくいし、敵の攻撃も地上とは違う。慣れていないと、思ったように戦えないぞ」
「なるほどね。水中戦の経験も必要になるわけだ」
梓は周囲を見渡した。
「じゃあ、準備をしましょうか」
水中での活動に合わせ、梓は普段の装備を外した。
着替えたのは、競泳水着を思わせる、体に沿ったデザインの水中用ウェアだった。下半身は太ももまで覆うスパッツ状になっており、腕や脚を動かしやすい実用的な作りになっている。
装飾は少なく、動きやすさを重視した装備だ。
「……これなら、動きやすそうね」
梓は肩や脚を軽く動かし、可動域を確かめた。
「梓ちゃん、準備できたぁ?」
「ええ。いつでも行けるわよ」
乙羽は梓の装備を確認し、にこにこと笑った。
「おぉ~。水中用なんだねぇ」
「そうよ。普段の装備だと水の抵抗が大きいからね。こういう場所では、動きやすさを優先したほうがいいでしょう?」
「確かに。私たちも装備を確認しておこう」
琴が頷く。
柳も自分の装備を確かめ、フェンちゃんの様子を見た。
「フェンちゃんは水中でも大丈夫なのか?」
「わふっ!」
フェンちゃんは元気よく鳴いた。
「どうやら問題なさそうですね」
リーゼロッテが微笑む。
静も装備を整えながら、全員を見渡した。
「準備ができたら、まずは周囲の様子を確認しましょう。食材を集めるのが目的でも、ダンジョンであることに変わりはないからね」
「わかったわ、それじゃあ、案内をお願いするわ。君がどれくらい水中戦に慣れているのか、見せてもらうわよ」
「望むところだ!」
楽斗は胸を張った。
「沖縄の水中ダンジョンなら、俺に任せておけ!」
こうして、沖縄最難関ダンジョン十層での昼飯食材確保対決が始まろうとしていた。
果たして、地元のSランク冒険者と、ティンカーベルの梓。
どちらがより多くの食材を持ち帰ることになるのか。
配信を見守る視聴者たちも、期待を膨らませていた。




