「お、俺は比嘉楽斗! 沖縄で活動しているSランク冒険者だ!」
沖縄最難関ダンジョン。
その攻略は、順調に進んでいた。
探索を始めてから、乙羽たちは何度もモンスターの群れと遭遇している。
しかし、攻略メンバーが苦戦する場面はなかった。
もちろん、出現するモンスターが弱いわけではない。
最初の階層から、一般的なダンジョンとは明らかに違う強さの敵が現れていた。初めて映像を見た視聴者なら、これが本当に一層のモンスターなのかと疑いたくなるほどだ。
それでも、乙羽たちにとっては対処できる相手だった。
「んぅ~、右から来てるねぇ」
乙羽が進行方向を見たまま、軽く手を振る。
その周囲には、氷の結晶がゆっくりと浮かんでいた。
氷モード。
冷気をまといながら、乙羽は後方の仲間たちを気にすることもなく、前方の敵を見据えている。
次の瞬間、指先から複数の魔法弾が放たれた。
火、水、雷、風、土、そして氷。
六属性の魔法が状況に応じて使い分けられ、遠距離からモンスターを次々と撃ち抜いていく。
敵が接近する前に、数を減らす。
それが、今回の乙羽の基本的な戦い方だった。
「おぉ、また倒したな!」
柳が声を上げる。
乙羽の魔法が一体を仕留めた直後、別のモンスターが岩陰から飛び出してきた。
しかし、琴の周囲に浮かぶ剣が即座に動く。
数本の剣が敵の進路を塞ぎ、残りが横から斬り込んだ。モンスターは勢いを失い、そのまま地面へ倒れる。
「琴ちゃん、そっちお願いねぇ」
「うん。こっちは任せて」
琴は落ち着いた声で答えた。
一方、柳は影を伸ばし、別の群れの動きをまとめて止めていた。
「ほらほら、こっちに来いって!」
影に足を取られたモンスターが体勢を崩す。
そこへフェンちゃんが駆け込み、群れの中央へ勢いよく突っ込んだ。
大きな体が敵を押しのけ、散らばったモンスターたちが次々と進路を乱す。
「わふっ!」
「フェンちゃん、いい感じだよぉ」
乙羽は笑いながら、動きの止まった敵へ魔法を放った。
遠距離からの攻撃で敵を減らし、琴の剣で動きを封じ、柳の影とフェンちゃんで残った敵をまとめる。
役割分担は、すでに自然なものになっていた。
その後方では、梓と静が周囲を警戒しながら進んでいる。
「……本当に、余裕があるわね」
梓が前方を見ながら呟いた。
「ええ。敵の強さ自体は低くないけれど、こちらの連携がうまく機能しているわ」
静はそう答え、近づいてきた一体のモンスターを剣で受け流した。
相手の突進をわずかに逸らし、体勢が崩れたところへ一撃を入れる。
モンスターは、それだけで動きを止めた。
「静さんも、相変わらずですね」
リーゼロッテが声をかける。
「長年やっているもの。これくらいはね」
静は何でもないことのように答えた。
彼女は無理に前へ出ようとはしていない。
乙羽たちの戦い方を確認しながら、必要なときだけ手を貸す。自分がすべて倒してしまえば、妹たちの経験にならないからだ。
もっとも、助けが必要な場面がなかなか訪れないのも事実だった。
◇
配信画面には、次々と戦闘の様子が映し出されていた。
視聴者たちも、普段のダンジョン配信とは違う雰囲気に気づき始めている。
『一層から敵が強いって話だったけど、普通に強いな』
『あの狼型、前に見たダンジョンなら中層に出てくるやつじゃないか?』
『しかも複数で来てるぞ』
『乙羽ちゃん、遠距離から一体ずつ処理してるのか』
『氷モードのまま、ほかの属性も使ってるのがすごい』
『琴ちゃんの剣、敵の進路まで制御してるな』
『柳ちゃんの影、群れ相手だとかなり便利だな』
『フェンちゃん、敵の隊列を崩すのうますぎるw』
『梓ちゃんと静さん、あんまり前に出てないけど、必要なところはちゃんと押さえてるね』
コメント欄では、戦闘の内容についてさまざまな感想が流れていた。
このダンジョンの敵が強いことは、映像からも十分に伝わっている。
ただし、攻略メンバーの動きには余裕があった。
敵の攻撃を受けて慌てることもなければ、無理に大技を使うこともない。
乙羽は遠距離から魔法を放ち、琴と柳が敵の動きを制御する。フェンちゃんが前線を崩し、梓と静が必要に応じて対応する。
それぞれが自分の役割を理解しているからこそ、戦闘が滞らないのだ。
『これ、普通の冒険者が来たら大変そうだな』
『そりゃ沖縄最難関って呼ばれるわけだ』
『でも、このメンバーだと苦戦してる感じが全然ない』
『強い敵が出てるのはわかるのに、戦闘があっさり終わるんだよな』
『乙羽ちゃんが遠くから倒してくれるから、敵が近づく前に減ってる』
『六人とフェンちゃんの役割分担がきれいだ』
配信を見ている者たちにとって、今回の攻略は十分に見応えのあるものだった。
普段より強いモンスターが現れている。
それなのに、攻略メンバーは落ち着いて対処している。
その差こそが、彼女たちの実力を物語っていた。
◇
探索を続けること、しばらく。
乙羽たちは十層を越え、十一層へ続く転移陣にたどり着いた。
「ここが十一層への入口ですね」
リーゼロッテが転移陣を確認する。
「おぉ~。ここまで来たねぇ」
乙羽は周囲を見回した。
今回の沖縄遠征では、全国大会に向けた合宿場所を探すことも目的の一つだった。
そのため、敵の強さだけでなく、地形や移動経路、訓練に使える場所があるかどうかも確認しながら進んできた。
そして、十一層まで来たことで、合宿候補地として必要な条件を満たす場所を見つけることができた。
「この階層なら、みんなの訓練にも使えそうね」
琴が周囲を確認しながら言った。
「そうだね。敵の強さもちょうどいいし、地形も変化がある。連携訓練にも向いていそうだ」
静も頷いた。
「では、合宿場所の候補はここで決まりですね」
リーゼロッテがまとめる。
「うん。あとは、みんなで来るときに使う経路を確認しておけばいいかなぁ」
乙羽はスマートフォンを取り出し、転移陣の位置を記録した。
琴と柳も同じように記録していく。
これで、次に来るときは下層から歩いてくる必要がない。記録した転移陣を使えば、目的の階層まで移動できる。
「よし。これで今回の目的は達成だな!」
柳が満足そうに言った。
「そうね。あとは予定どおり、沖縄にいる間に探索を続けてもいいわけね」
静が確認するように言った。
「ええ。合宿場所の選定は終わりましたから、ここから先は皆さんの自由です。全国大会までに経験を積みたいのであれば、さらに深い階層へ進んでも構いませんよ」
リーゼロッテが答えた。
「おぉ~。じゃあ、まだまだ進めるねぇ」
乙羽は嬉しそうに笑った。
今回の遠征は一週間の予定だ。
合宿場所を見つけるという目的は、すでに果たしている。残りの日程をどう使うかは、彼女たち次第だった。
もちろん、無理に深く潜る必要はない。
それでも、普段とは違う環境で探索できる機会は貴重だ。全国大会に向けて、経験を積んでおくのも悪くないだろう。
「じゃあ、今日はここまでにして、一度戻ろうかぁ」
乙羽が提案した。
「そうだね。記録も済んだし、いったん休憩しよう」
琴も頷いた。
こうして、乙羽たちは十一層への到達を確認し、ダンジョンの入口へ戻ることにした。
◇
翌日。
沖縄最難関ダンジョンの入口には、朝から冒険者たちの姿があった。
地元の冒険者たちが準備を進める中、入口の近くに立っている一人の青年が、何度もスマートフォンの画面を確認していた。
年齢は十八歳ほど。
冒険者としての装備は整っており、腰には使い込まれた武器が下がっている。
彼の名は、比嘉楽斗。
沖縄を拠点に活動するSランク冒険者だった。
十七歳でSランクに認定された彼は、当時、史上最年少でSランクに到達した冒険者として注目を集めた。
その記録を破ったのが、霧ヶ峰梓である。
さらに最近では、ティンカーベルの琴と柳にもSランク認定の話が出ているらしい。
楽斗にとって、それは簡単に受け流せる話ではなかった。
自分が努力して手に入れた記録が、次々と更新されていく。
しかも、その相手は皆、年齢の若い冒険者たちだ。
「……いったい、何なんだよ」
楽斗はスマートフォンを握り直した。
もちろん、若い冒険者が強くなること自体は悪いことではない。
自分だって、十七歳でSランクに認定されたのだから、若い世代が活躍することの難しさも価値もわかっている。
それでも、立て続けに記録を塗り替えられれば、複雑な気持ちにもなる。
そして、霧ヶ峰梓。
彼女は自分よりも若くしてSランクに認定され、最年少記録を更新した。
楽斗は、その事実をどうしても意識してしまっていた。
「一度、話をしてみたいものだな……」
そう呟いたとき、ダンジョンの入口から見覚えのある一団が現れた。
先頭には、銀髪と黒髪が半分ずつ混じったショートヘアの少女。
その近くには、乙羽、琴、柳、そして小さな妖精のリーゼロッテ。少し後ろには、静とフェンちゃんの姿もある。
楽斗は、すぐにその一団へ目を向けた。
「……あれが、ティンカーベルか」
配信で見たことはある。
特に乙羽の戦闘は、最近の冒険者の中でも目立っていた。琴と柳も、短期間で実力を伸ばしていると聞いている。
そして、霧ヶ峰梓。
自分の記録を更新した相手だ。
楽斗は一度深呼吸し、彼女たちの前へ歩み出た。
「おい、霧ヶ峰梓!」
突然声をかけられ、梓たちは足を止めた。
「……え?」
梓は相手を見た。
知らない青年だった。
「……誰?」
「なっ……!?」
楽斗の表情が固まった。
自分は沖縄で活動するSランク冒険者だ。地元では名前を知られているし、十七歳でSランクに認定されたことも、それなりに話題になっていたはずだった。
それなのに、当の梓は自分のことをまったく知らないらしい。
「お、俺は比嘉楽斗! 沖縄で活動しているSランク冒険者だ!」
「……そうなの?」
梓は首を傾げた。
「ごめんなさい。沖縄の冒険者事情には詳しくないから、知らなかったわ」
「そ、そんな……!」
楽斗は、思わず言葉を失った。
自分の記録を更新した相手に、存在すら知られていなかった。
それは、予想していた反応とはまったく違うものだった。
梓は少し困ったように眉を寄せる。
「それで、私に何か用なの?」
楽斗は、拳を握りしめた。
ここまで来た以上、何も言わずに引き下がるわけにはいかない。
自分がどれだけ努力してSランクになったのか。
その記録を更新した梓が、どれほどの実力を持っているのか。
まずは、それを確かめたい。
「……俺と勝負しろ、霧ヶ峰梓!」
楽斗の声が、ダンジョン入口に響いた。




