「えーっと……序列1位、音無乙羽。対戦相手は、序列4位、霧ヶ峰梓……だってぇ」
学園の会議室では、全国大会に向けた打ち合わせが続いていた。
沖縄合宿の計画や、各競技への出場方針。話し合うべきことはまだ多く、十席のメンバーは資料やスマートフォンを確認しながら意見を交わしていた。
「それで、合宿先のダンジョンについては、もう少し詳しい情報が欲しいね。実際に見てみないと、訓練内容も決めにくいし」
政宗がそう話していた、そのときだった。
ピコンッ。
会議室に、メールの着信音が響いた。
「んぅ?」
乙羽がスマートフォンを手に取る。
「学校からだねぇ。えーっと……」
画面を開いた乙羽の目が、わずかに動いた。
「おぉ?」
「どうしたの、乙羽?」
琴が尋ねる。
「序列戦のお知らせだよぉ。次の試合が決まったみたい」
「おっ、誰と誰の試合だ?」
柳が身を乗り出した。
乙羽は画面を確認し、ゆっくりと読み上げる。
「えーっと……序列1位、音無乙羽。対戦相手は、序列4位、霧ヶ峰梓……だってぇ」
「……え?」
梓の動きが止まった。
会議室にいた全員が、彼女へ視線を向ける。
「ちょ、ちょっと待って! 私と乙羽が試合をするの!?」
「そうみたいだねぇ」
「いや、私も聞いていないんだけど!?」
梓は慌てて自分のスマートフォンを取り出した。通知を確認すると、確かに序列戦の対戦決定メールが届いている。
開催日時も、対戦相手も、正式に記載されていた。
「本当だわ……。今日の放課後、会場に集合って書いてある」
「今日なのか!?」
柳が驚いた声を上げた。
「ずいぶん急だね。学園側も、注目度の高い試合を早めに組んだのかな」
アリスがメールの内容を確認しながら言った。
「乙羽の試合は、観戦希望者も多いだろうからね。公式配信も予定されているみたいだよ」
「うわぁ……。もう告知まで出てるじゃん」
瑠奈が画面を見て声を上げた。
「『序列1位と4位の対戦』って、絶対盛り上がるやつじゃん! しかも乙羽と梓だよ? これは見逃せないでしょ!」
「そうね……」
梓はメールを見つめながら、少しだけ表情を引き締めた。
乙羽と戦うこと自体は、望んでいなかったわけではない。
むしろ、いつかは正面から実力をぶつけてみたいと思っていた相手だ。
ただ、まさか今日、その機会が巡ってくるとは考えていなかった。
「梓ちゃん、だいじょうぶぅ?」
乙羽が首を傾げる。
「も、もちろんよ! 試合が決まったからには、ちゃんと戦うわ!」
梓はすぐに顔を上げた。
「せっかくの序列戦だもの。私だって、簡単に負けるつもりはないわよ!」
「おぉ~。楽しみだねぇ」
乙羽はいつもの調子で笑った。
その反応に、梓は少しだけ拍子抜けしたような顔をする。
「……乙羽、緊張していないの?」
「試合だからねぇ。いつもどおりだよぉ」
「いつもどおりって……」
梓は小さく息を吐いた。
乙羽がこういう人物だということは、よく知っている。
普段はのんびりしていて、試合が決まっても慌てたりしない。だが、実際に戦いが始まれば、こちらの想像を超える力を見せてくる。
だからこそ、油断はできない。
「まあ、梓なら大丈夫だろ!乙羽が相手だからって、最初から気負う必要はないぜ。梓は梓の戦い方をすればいいんだ!」
「そうだね。梓の武術がどこまで通用するのか、楽しみだよ」
政宗も頷いた。
「ただし、相手は乙羽だからね。無理に技を仕掛けるより、状況を見ながら判断したほうがいいと思う」
「ええ。わかっているわ」
梓は素直に頷いた。
乙羽の魔法や身体能力については、これまでの配信や実戦で十分に知っている。
それでも、実際に対峙してみなければわからないことはある。
武術の技術で対応できる部分があるのか。
どこまで動きを見切れるのか。
そして、自分の攻撃がどこまで通用するのか。
確かめたいことは、いくらでもあった。
◇
そのころ、学園公式チャンネルでは、序列戦の告知が公開されていた。
『本日の注目試合! 序列1位・音無乙羽 VS 序列4位・霧ヶ峰梓』
告知が出ると、SNSやコメント欄は一気に盛り上がった。
『乙羽ちゃんと梓ちゃんの試合きたあああ!』
『この2人が正式な序列戦で戦うのか!』
『梓ちゃん、武術が得意なんだよね? どんな戦い方をするのか楽しみ』
『乙羽ちゃんの魔法に、梓ちゃんの技術がどこまで通用するんだろう』
『鈴木さんとの模擬戦を見たあとだと、乙羽ちゃんの実力が気になりすぎる』
『あれは相手になってなかったよな……』
『でも、梓ちゃんもSランクだぞ! 簡単な試合にはならないはず!』
『これはリアタイするしかない!』
鈴木との模擬戦を見ていた視聴者たちは、乙羽がどれほどの力を隠しているのか、改めて気になっているようだった。
一方、梓の実力を知る視聴者からは、彼女の武術に期待する声も上がっていた。
『梓ちゃんの格闘術、実際に見てみたかったんだよな』
『構えが綺麗だし、技術面ではかなりのものがあるはず』
『乙羽ちゃんの大雑把な攻撃を、梓ちゃんがどう捌くのか見たい』
『技術と魔法の対決って感じだな!』
試合開始前から、期待は高まる一方だった。
◇
放課後。
序列戦の会場には、大勢の生徒が集まっていた。
観客席はほぼ埋まり、会場の大型モニターには本日の対戦カードが表示されている。
乙羽と梓が会場へ姿を現すと、観客席から歓声が上がった。
「乙羽ちゃーん!」
「梓様、頑張ってー!」
「いい試合を見せてくれよ!」
2人はそれぞれ手を振り、試合会場の中央へと向かった。
梓は歩きながら、周囲の様子を確認していた。
足取りは落ち着いている。肩の力を抜き、必要以上に体を揺らさない。会場の中央へ着くと、軽く足元を確かめ、自然な姿勢で構えを整えた。
その動きには、日頃から武術を磨いてきた者ならではの無駄のなさがあった。
『梓ちゃん、構えが綺麗だな』
『さすがSランク。動きに無駄がない』
『これは格闘術に期待できそう』
『乙羽ちゃん、相変わらず気楽そうだなw』
一方の乙羽は、軽く腕を伸ばしてから、のんびりと梓を見た。
「梓ちゃん、よろしくねぇ」
「ええ。こちらこそ、よろしく」
梓は真剣な表情で答える。
乙羽の魔法は強力だ。
それでも、最初から勝てないと決めつけるつもりはなかった。
自分が積み重ねてきた技術を信じ、相手の動きを見極める。
梓は静かに息を整えた。
◇
やがて、審判が2人の間に立った。
「これより、序列戦を開始します。両者、準備はいいですね?」
「はい」
梓が答える。
「はぁい」
乙羽も、いつもどおりの調子で返事をした。
「それでは――始め!」
開始の合図が響いた。
梓はすぐには飛び込まず、相手の動きを見ながら距離を測る。
対する乙羽は、軽く両手を上げただけだった。
構えというには、あまりにも気の抜けた姿勢。
それでも梓は、見た目だけで相手を判断するつもりはない。
そして、最初に動いたのは乙羽だった。
「えいっ」
乙羽が気軽な調子で踏み込む。
その拳は、武術の型に沿ったものではなかった。ただ相手に向かって、まっすぐ伸ばしただけの大雑把な一撃。
しかし、梓の目つきが変わる。
技術は粗い。
けれど、身体能力まで同じとは限らない。
梓は拳の軌道を見極め、最小限の動きで応じようとした。
ここからが、本当の勝負だった。




