「おぉ~、ここで撮るんだねぇ」
広告の撮影日。
ティンカーベルの5人は、横浜にある撮影スタジオを訪れていた。
霧ヶ峰家から正式に依頼された、冒険者向け装備の広告撮影。そのために、今日は普段の装備とは少し違う衣装も用意されている。
「おぉ~、ここで撮るんだねぇ」
乙羽はスタジオを見回した。
広い室内には撮影用の照明やカメラが並び、背景を変えるためのセットも用意されている。スタッフたちが忙しそうに準備を進める中、5人は案内された控室へ向かった。
「皆さん、本日はよろしくお願いします」
撮影スタッフが頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
琴が代表して挨拶した。
衣装に着替えた5人が戻ってくると、スタッフたちの視線が一斉に集まった。
「おお……!」
思わず感嘆の声が漏れる。
乙羽は、白っぽいジャケットとスカートを合わせた、すっきりとした可愛らしい衣装。手には、金具がアクセントになった軽い革手袋を着けている。
「乙羽さん、よく似合っていますね」
「そうかなぁ? かわいいねぇ」
乙羽は衣装を軽く見下ろして、のんびりと笑った。
琴は落ち着いた紺色を基調とした和装で、腰には鞘に収めた刀を差している。普段の穏やかな雰囲気に、凛とした印象が加わっていた。
柳は動きやすそうなトレジャーハンター風の衣装。腰の左右には短剣を携え、いかにも探索を楽しみそうな格好だ。
「おおっ、これいいな! なんか冒険者って感じがするぜ!」
「柳は普段から冒険者でしょう?」
「いや、そうだけどさ! こういう衣装って気分が上がるだろ!」
琴に突っ込まれ、柳は楽しそうに笑った。
梓は赤と黒を基調とした中華風の衣装に身を包んでいた。金色の装飾が目を引く一方で、動きやすさも感じられるデザインだ。
「梓さんも、とてもお似合いですよ」
「そ、そう? まあ、悪くないわね!」
褒められた梓は、少し得意げに胸を張った。
そして、最後に現れたリーゼロッテは、白と淡い青を基調とした妖精サイズの衣装を着ていた。小さな体によく似合う、可愛らしく上品な装いである。
「先生、かわいいねぇ」
「ふふっ。ありがとうございます」
リーゼロッテは満足そうに頷いた。
その足元では、フェンちゃんも撮影用の小さな鞍を着けて待機している。可愛らしい見た目ながら、体にしっかり合うように作られていた。
「わふっ!」
「フェンちゃんも準備万端だねぇ」
乙羽が頭を撫でると、フェンちゃんは嬉しそうに尻尾を振った。
◇
最初は、個人ごとの撮影から始まった。
背景にはダンジョンを思わせる岩場が設置され、照明が調整されていく。
「では、乙羽さん。こちらを向いて、少しだけ手を前に出してみてください」
「はぁい」
乙羽はスタッフの指示に従い、カメラの前に立った。
まずは衣装がよく見えるように、自然な立ち姿で撮影する。それから、少しずつ魔法を使ったポーズへと移っていった。
「次は、魔法を使っているところをお願いします」
「わかったよぉ」
乙羽が手をかざすと、指先に小さな炎が灯った。
炎はふわりと浮かび上がり、青白い光を混ぜながら、手の周囲をゆっくりと巡る。続けて風が吹き、火の粉が小さな光の粒となって舞い上がった。
派手に周囲を吹き飛ばすような魔法ではない。
けれど、複数の属性が滑らかに重なり合う様子は美しく、カメラ越しにも乙羽の魔法の巧みさが伝わってくる。
「いいですね! そのまま、少し視線をカメラへお願いします!」
乙羽は言われたとおりに顔を向けた。
シャッター音が続く。
「はい、素晴らしいです! 次は魔法を放つ瞬間を撮りましょう!」
乙羽が手を振ると、炎と風がまとまり、小さな光弾となって前方へ飛んでいった。
用意された標的に命中すると、光が弾けて消える。
周囲のセットには、ほとんど影響がない。
「おぉ~、きれいに撮れたねぇ」
「ええ。とてもいい映像になりそうです」
リーゼロッテも、モニターを見ながら頷いた。
続いて、手袋を見せるための撮影も行われた。
「今度は、軽く拳を構えていただけますか?」
「はぁい」
乙羽は軽く拳を握った。
手袋の金具が照明を受けて光る。そこから一歩踏み込み、軽く拳を突き出す。動きは短く、あくまで衣装と手袋を見せるためのものだった。
「はい、ありがとうございます! とてもいいです!」
「これで終わりかなぁ?」
「はい。乙羽さんの撮影は以上です!」
「はぁい。お疲れさまでしたぁ」
乙羽は普段どおりの調子で戻ってきた。
「魔法の撮影、楽しかったねぇ」
「手袋の場面も、いい感じだったと思いますよ」
「そっかぁ。よかったぁ」
乙羽は満足そうに笑った。
◇
次は琴の撮影だった。
琴は刀の柄に手を添え、静かにカメラを見据える。
「では、刀を抜いて構えてください」
「わかりました」
鞘から刀を抜く動きは滑らかだった。
刃が照明を反射し、琴が構えを取る。そこから一歩踏み込み、鋭く刀を振るった。
無駄のない動きに、スタッフたちも思わず見入っていた。
「すごい……。本当にきれいな動きですね」
「ありがとうございます」
琴は軽く頭を下げる。
続いて、彼女の周囲に複数の剣が現れた。
剣は琴の動きに合わせて空中を巡り、最後には彼女の背後に整然と並ぶ。
和装と刀、そして浮かぶ剣。その組み合わせは、静かな迫力を感じさせる仕上がりになった。
「こちらも素晴らしいです! 琴さん、ありがとうございました!」
◇
柳の撮影は、最初から元気いっぱいだった。
「よっしゃ、いくぜ!」
「柳さん、まずは落ち着いて、自然な立ち姿からお願いします!」
「あっ、そうだった!」
柳は慌てて姿勢を整えた。
短剣を左右の手に構え、腰を落とす。次の瞬間には、軽快な動きで前へ踏み込み、左右の短剣を使って連続した攻撃動作を見せた。
途中で影を使った演出も加わる。
足元の影が伸び、柳の動きに合わせて形を変える。まるで影そのものが彼女の動きを補助しているかのようだった。
「いいですね! そのまま、少し横を向いてください!」
「こうか?」
「はい、完璧です!」
撮影が終わると、柳は満足そうに短剣を収めた。
「いやー、こういうの楽しいな!」
「柳、まだ撮影は続くよ」
「わかってるって、琴!」
◇
梓の撮影では、空気が少し変わった。
赤と黒の衣装をまとった梓は、堂々とカメラの前に立つ。
「では、武術の構えをお願いします」
「ええ、任せてちょうだい」
梓は静かに腰を落とした。
次の瞬間、鋭い踏み込みとともに腕を繰り出す。続けて体をひねり、流れるような動きで蹴りを放った。
動きは力強いが、無駄がない。
衣装の裾が翻り、金色の装飾が照明を受けて輝く。
「おお……!」
スタッフの一人が思わず声を漏らした。
「梓さん、素晴らしいです! もう一度、今の動きをお願いします!」
「もちろんよ!」
梓は自信たっぷりに頷いた。
何度か撮影を繰り返し、最後はカメラへ鋭い視線を向けて構えを取る。
「はい、ありがとうございます! とても迫力があります!」
「ふふん。これくらい当然よ!」
梓は得意げに胸を張った。
◇
リーゼロッテの撮影は、妖精サイズの小さなセットで行われた。
ミニチュアの岩場や草木が並び、その中をリーゼロッテがふわりと飛ぶ。
「では、こちらで少し止まっていただけますか?」
「はい」
リーゼロッテは空中で静止し、杖を軽く掲げた。
杖の先に小さな光が灯り、周囲に淡い光の粒が広がる。蝶のような羽が照明を受け、きらきらと輝いた。
「とてもかわいいですね……!」
スタッフの声に、リーゼロッテは少しだけ胸を張った。
「当然です。私ですからね」
「先生、そこは否定しないんだねぇ」
「事実ですから」
乙羽がくすくすと笑う。
フェンちゃんも撮影に加わると、スタジオの雰囲気はさらに和やかになった。
小さな鞍を着けたフェンちゃんが、リーゼロッテのそばを歩く。途中でカメラに向かって首を傾げると、スタッフたちから歓声が上がった。
「かわいい……!」
「今の表情、もう一度お願いします!」
「わふっ?」
フェンちゃんはよくわかっていない様子だったが、乙羽が声をかけると、嬉しそうに尻尾を振った。
「フェンちゃん、人気者だねぇ」
「わふっ!」
◇
個人撮影が終わると、次は5人そろっての撮影となった。
背景はダンジョンの入口を模したセットに変わる。
中央に乙羽、左右に琴と柳。少し後ろに梓とリーゼロッテが入り、フェンちゃんは乙羽の足元に座った。
「それでは、皆さん。カメラをお願いします!」
5人がそれぞれの装備を構える。
乙羽は手の前に小さな光を浮かべ、琴は刀を構え、柳は短剣を交差させた。梓は武術の構えを取り、リーゼロッテは空中で杖を掲げる。
フェンちゃんも、タイミングよく顔を上げた。
シャッター音が連続して響く。
「はい、いいですね! もう少し皆さん、中央に寄ってください!」
スタッフの指示に合わせて、5人は位置を調整する。
「乙羽さん、魔法を少しだけ大きくできますか?」
「はぁい」
乙羽が光を広げる。
炎と風が混ざり合い、5人の周囲を彩った。琴の刀と柳の短剣が光を反射し、梓の衣装が鮮やかに映える。
リーゼロッテの周囲には小さな光の粒が舞い、フェンちゃんが楽しそうに尻尾を振っていた。
「……これは、いいですね」
モニターを確認していたスタッフが、思わず呟いた。
「皆さん、それぞれ個性があるのに、全体としてまとまっています」
「ありがとうございます」
琴が答える。
「次は、実際にダンジョンを歩いているような場面を撮影します。皆さん、移動をお願いします!」
◇
最後は、横浜ダンジョンの浅い階層での撮影だった。
安全を確認した区画で、5人は実際に探索しているような動きを見せる。
琴が前方を確認し、柳が周囲の影に注意を向ける。梓は少し前へ出て構え、乙羽は後方から魔法で小さな光を飛ばした。
フェンちゃんは乙羽のそばを歩き、リーゼロッテは上空から周囲を確認している。
もちろん、本格的な戦闘を行うわけではない。
あくまで広告用の撮影であり、衣装や装備がどのように見えるかを確かめるためのものだ。
「乙羽さん、今度は魔法を使いながら歩いてみてください!」
「はぁい」
乙羽は歩きながら、手の前に小さな魔法陣を浮かべた。
そこから風が生まれ、前方の小石をそっと押しのける。続けて炎の光が灯り、暗がりを照らすように揺れた。
戦闘だけでなく、探索でも魔法が役立つことを示す場面だった。
「いいですね! そのままお願いします!」
スタッフが声を上げる。
撮影は順調に進んでいった。
途中、柳が少し勢いよく動きすぎて撮り直しになったり、フェンちゃんがカメラの前で座り込んでしまったりする場面もあったが、それも含めて現場は終始和やかだった。
「フェンちゃん、こっちだよぉ」
「わふっ!」
乙羽が呼ぶと、フェンちゃんはすぐに戻ってきた。
「はい、今のもかわいいので撮っておきましょう!」
スタッフが笑顔で言った。
最後のカットを撮り終えると、現場から拍手が起こった。
「皆さん、本当にお疲れさまでした!」
「お疲れさまでしたぁ」
乙羽が手を振る。
「いやー、楽しかったな!」
「そうですね。思っていたより、ずっと自然に撮影できました」
琴も頷いた。
梓は少し満足そうに胸を張る。
「当然よ。これだけやったんだから、いい広告になるに決まっているわ!」
「梓ちゃん、すっかり撮影に慣れたねぇ」
「なっ、別に慣れたわけじゃないわよ!」
乙羽の言葉に、梓は慌てて言い返した。
リーゼロッテはスタッフから差し出された撮影後の確認用モニターを覗き込む。
「ふむ。なかなかいい仕上がりになりそうですね」
「先生、気に入ったのぉ?」
「ええ。私の姿も、きちんとかわいく映っていますから」
「そこは譲らないんだねぇ」
「当然です」
また笑い声が広がった。
こうして、ティンカーベルの初めての広告撮影は無事に終了した。
撮影された写真や映像は、これから編集され、広告として公開されることになる。
自分たちの姿がどんな形で世の中に出るのか。
5人はまだ完成した広告を見ていない。
それでも、今日の撮影がうまくいったことだけは、十分に感じられていた。
ティンカーベルの新しい活動は、また一歩先へ進んだのだった。




