「かわいいのもあるといいねぇ」
翌週。
放課後の学園では、ティンカーベルの4人が会議室に集まっていた。
乙羽、琴、柳、梓。
机の上には飲み物とお菓子が並び、いつものように和やかな雰囲気が漂っている。少し離れた場所では、リーゼロッテが小さな椅子に座り、タブレットでゲームの情報を確認していた。
「それで、今日は何の会議なのぉ?」
乙羽が首を傾げる。
「梓のお父さんから連絡があったんだって」
琴が答えた。
「ええ。父からね」
梓はスマートフォンを机に置いた。
「先日、ティンカーベルの活動について話をしたの。そのときに、父が広告企画を提案してみたいと言っていたでしょう? あれについて、正式に学園を通して打診があったそうよ」
「おぉ、広告!」
柳が身を乗り出した。
「つまり、あたしたちに宣伝をしてほしいってことか?」
「そういうことね。霧ヶ峰家が扱っている冒険者向けの装備品について、私たちに広告へ出演してほしいそうよ」
「へぇ……。装備品かぁ」
乙羽は少し考え込んだ。
「ダンジョンで使う服とか、武器とか?」
「ええ。冒険者向けの衣類や装備品を中心に考えているみたい。今すぐ高性能な戦闘装備を完成させて、それを宣伝するという話ではないわ。まずはデザインや使いやすさを重視した製品を用意して、私たちに実際に着用してもらうんだって」
梓は父から聞いた内容を説明した。
「それなら、私たちの普段の活動にも合わせやすそうだね」
琴が頷く。
「そうですねぇ。私たちは普段からダンジョンに入っていますし、装備を身につけている姿を見せること自体は自然ですから」
リーゼロッテも話に加わった。
「ただし、広告に出演するとなれば、契約内容の確認は必要です。撮影した映像や写真をどこで使うのか、契約期間はどれくらいなのか。そのあたりは最初に決めておいたほうがいいでしょう」
「そうだね。私たちの活動に影響が出ないことも大事だし」
琴は同意した。
広告に出演すること自体に抵抗はない。
しかし、契約を結んでしまえば、宣伝に使われる写真や映像の扱いなど、確認しておかなければならないことがある。
それに、ティンカーベルは冒険者としても活動している。広告の撮影や宣伝活動が、ダンジョン攻略や学校の予定を圧迫するようでは困る。
「父も、そこは理解しているわ。こちらの希望を聞いたうえで、契約内容を調整するつもりらしいから」
「おぉ、梓ちゃんのお父さん、話がわかるねぇ」
乙羽はのんびりと笑った。
「それで、報酬はいくらくらいになるんだ?」
柳が率直に尋ねた。
「そこも今回の話に含まれているわ。まだ最終的な契約額ではないけれど、広告制作と出演料を合わせて、総額八千万円を想定しているそうよ」
「……は?」
柳の動きが止まった。
「八千万円?」
琴も聞き返す。
「ええ。もちろん、企画の規模や契約条件によって変わる可能性はあるけれどね」
「いやいやいや! 待て待て! 広告に出るだけで八千万円なのか!?」
柳が思わず声を上げた。
「広告の制作費も含まれているんでしょう? 出演料だけで八千万円というわけではないと思うよ」
琴が落ち着いて指摘する。
「そ、それでも十分すごいだろ!」
「うん。かなり大きな金額だね……」
琴も、さすがに驚きを隠せない様子だった。
一方、乙羽は金額を聞いても、すぐには実感が湧かなかったらしい。
「八千万円って、いっぱいだねぇ」
「いっぱいどころじゃないだろ!」
柳が即座に突っ込む。
「乙羽、もう少し驚いてくれよ!」
「んぅ~? だって、私たちが直接もらえる金額じゃないんでしょう?」
「それは……そうだけどさ」
柳は言葉に詰まった。
今回の契約は、学園を通して正式に結ぶことになる。制作費や事務手数料なども含まれているため、提示された金額がそのまま全員の報酬になるわけではない。
「まずは、学校側の取り分を確認しておきましょう」
リーゼロッテが提案した。
「学校が窓口になって契約や手続きを管理するのであれば、その費用も必要です。ただ、実際の事務作業に見合った金額であることが大切ですね」
「そうだね。学園にも確認しておこう」
琴がスマートフォンを取り出し、学校から送られてきた資料を開いた。
「ええと……。今回の契約については、学園の管理手数料が五%になっているね」
「五%かぁ」
乙羽が画面を覗き込む。
「八千万円の五%なら、四百万円だね」
「そうなるね。残りは七千六百万円だけど、そこから制作に必要な費用などを精算して、出演者への報酬を決める形になるよ」
琴が説明した。
「ただ、今回の提示額は制作費も含めた総額だから、七千六百万円をそのまま私たちで分けられるとは限らないよ。そこは契約書で確認しないとね」
「なるほど。じゃあ、まずは費用の内訳を出してもらう必要があるわね」
梓も頷いた。
広告を引き受けるかどうかだけでなく、どこまでの仕事が含まれているのかも重要だ。
撮影日数や使用媒体、契約期間、追加撮影が必要になった場合の扱い。それらによって、必要な費用も変わってくる。
「学園側の手数料は五%で、残りの金額については制作費と出演料を分けて提示してもらう。そうすれば、こちらも判断しやすいでしょう」
「うん。その形がいいと思う」
琴は資料に目を通しながら頷いた。
「学校も、今回はかなり協力的だったみたいだね。契約の窓口を引き受けてくれるだけじゃなくて、撮影場所や日程の調整も手伝ってくれるそうだよ」
「そりゃあ、そうなるだろうな」
柳が腕を組む。
「ティンカーベルの広告案件なんて、学校にとっても実績になるしな。あたしたちの名前が出れば、学園の知名度だって上がるんだろ?」
「そういうことだね。もちろん、学校側にも必要な仕事はしてもらうけれど、私たちの活動を妨げない範囲で、できるだけ柔軟に対応してもらえると助かるよ」
琴はそう言って資料を閉じた。
学校としても、ティンカーベルの活動を支援することには十分な利点がある。
冒険者としての実績に加え、配信を通じた知名度もある。広告案件を円滑に進められれば、学園にとっても対外的な評価につながるだろう。
それならば、必要な事務手続きは学校に任せ、撮影や活動の調整についても協力してもらうほうが、双方にとって都合がよかった。
「じゃあ、あとは報酬の内訳と契約条件を確認して、問題がなければ受けるかどうか決めるんだねぇ」
「そうね。私は、内容自体は悪くないと思うわ」
梓は頷いた。
「父も、私たちに無理な要求をするつもりはないと言っていたし。もちろん、契約書はきちんと確認する必要があるけれど」
「私も賛成かな。冒険者向けの装備品なら、私たちの活動とも相性がいいと思う」
琴も前向きだった。
「おう! あたしもいいと思うぜ! どうせなら、かっこいい装備を用意してもらおう!」
「かわいいのもあるといいねぇ」
乙羽が付け加える。
「乙羽は、そこが大事なの?」
「んぅ~? だって、かわいい服も着てみたいもん」
乙羽は不思議そうに首を傾げた。
「いつもダンジョンに行くときの服とは別に、ちょっとおしゃれな服があってもいいよねぇ。髪飾りとかも、かわいいのがあったら見てみたいなぁ」
「なるほど。そういう希望も出してみるといいかもしれないね」
琴は微笑んだ。
「ただ、動きやすさも大切だからね。見た目だけじゃなくて、実際に着て活動できるものにしてもらおう」
「はぁい」
乙羽は素直に頷いた。
広告企画というと、少し堅苦しいものを想像していたが、普段の活動に使える衣類や装備品を用意してもらえるなら、楽しみな部分もある。
もちろん、何でも好きなだけ用意してもらえるわけではない。
それでも、自分たちの希望を聞いてもらえるのなら、どんなデザインがいいか考えてみるのも面白そうだった。
「そういえば、先月の配信収益についても、学校から報告が来ていたよ」
琴が別の資料を開いた。
「今回の広告とは別の話だけど、今後の活動資金を考えるうえでも、確認しておこうか」
「おぉ、そうだったねぇ」
乙羽は頷いた。
配信の収益については、これまでどおり学校が管理している。必要な機材や活動に使う費用も学校を通して手配できるため、四人が普段から細かく金額を気にしているわけではない。
ただ、活動の規模が大きくなってきた以上、どれくらいの収益が出ているのかを把握しておくことは大切だった。
「先月の配信収益は、四人それぞれの取り分に換算すると、だいたい百万円弱になっているね」
「……やっぱり、何度聞いてもすごいな」
柳が呟いた。
「私たちが配信をして、見てくれる人たちが応援してくれた結果だものね。ありがたいことだよ」
琴も感慨深そうに頷く。
「んぅ~。でも、私たちが使う分はそんなに多くないよねぇ」
「そうだね。必要なものは学校を通して用意してもらえるし、今のところ、活動費に困っているわけではないからね」
琴が答えた。
「だからといって、収益を気にしなくていいわけではないけれど、無理に使う必要もないと思うよ」
「うん。必要なときに使えるようにしておけばいいんじゃねぇか?」
柳も同意した。
乙羽は少し考えたあと、ふと思い出したように口を開く。
「そうだぁ。今度、みんなでかわいい服とかアクセサリーを見に行きたいなぁ」
「おっ、いいじゃん! 買い物か!」
柳がすぐに反応した。
「私もいいと思うよ。せっかくだから、普段着に合わせやすいものを探してみようか」
琴も楽しそうに頷く。
「えへへぇ。楽しみだねぇ」
乙羽は嬉しそうに笑った。
それを見て、リーゼロッテがそっと手を挙げた。
「ところで、乙羽。私のゲーム資金については、いつ相談するのでしょうか?」
「先生、もう考えてたのぉ?」
「当然です。新しいゲームの情報も入っていますし、今後の更新に備えておく必要がありますからね」
「んぅ~。それは広告の契約とは別に、あとで相談しようねぇ」
「わかりました。期待していますよ」
リーゼロッテは満足そうに頷いた。
「先生、そこは期待しすぎないでねぇ」
琴が苦笑する。
「そうですよ。まずは自分たちの使い道を決めてからです」
「……善処します」
リーゼロッテは少しだけ残念そうだった。
会議室に笑い声が広がる。
広告企画の話は、まだ始まったばかりだ。
正式な契約金額や撮影内容、使用する装備品の仕様など、確認すべきことは残っている。それでも、ティンカーベルにとっても霧ヶ峰家にとっても、前向きに検討する価値のある話だった。
「それじゃあ、まずは学園を通して、契約の詳細を確認してもらおうか」
琴がまとめる。
「うん。条件が合えば、ぜひやってみたいねぇ」
「おう! せっかくだから、いい広告にしようぜ!」
「ええ。私からも父に、こちらの希望をきちんと伝えておくわ」
梓も頷いた。
こうして、ティンカーベルは霧ヶ峰家から持ち込まれた広告企画を、正式に検討することになった。
まだ撮影の日程も決まっていない。
どんな装備が用意されるのかも、これからの相談次第だ。
けれど、普段の冒険者活動とは違う形で、自分たちの活動を広く知ってもらえる機会になるかもしれない。
乙羽は、これから用意される衣類やアクセサリーを想像しながら、楽しそうに笑っていた。
そして、この広告企画が、ティンカーベルの活動に新たな広がりをもたらすことになるのだった。




