支部長室
翌日。
冒険者協会の支部長室には、ひどく不機嫌そうな顔をした鈴木太郎がいた。
支部長の机の前に立ち、納得がいかないとばかりに拳を握りしめている。
その顔には、昨日の模擬戦で受けた屈辱がありありと浮かんでいた。
「支部長! 昨日の配信を見ていましたか!?」
「ああ、見ていたよ」
支部長は手元の書類から顔を上げ、落ち着いた声で答えた。
「でしたら、わかりますよね!? 僕は暴力を振るわれたんですよ!?」
「……暴力、ねぇ」
支部長は椅子の背もたれに体を預け、鈴木をじっと見た。
「私は、あれは君が悪いのではないかと思うがね」
「なっ!?」
予想外の返答に、鈴木の表情が固まった。
「どうしてそうなるんですか! 僕は後輩に指導をしてあげようとしただけですよ!?」
「指導?」
支部長は、わずかに眉を上げた。
「君は、彼女たちの予定を確認したのかね?」
「それは……」
「彼女たちが何をしたいのか、話を聞いたのかね?」
「いや、しかし、僕は先輩として――」
「聞いていないのだろう?」
支部長は淡々と続けた。
「配信を見ていたが、彼女たちは最初から散歩配信をするつもりだったようだね。それを君が一方的に仕切り、勝手に予定を変えようとしていた。しかも、相手の話を聞かず、自分の実績や立場ばかりを語っていたじゃないか」
「そ、それは彼女たちに冒険者としての心構えを教えるためで……!」
「明確に悪意を持って接していたようにしか見えなかったがね」
「悪意!? 僕にそんなものはありません!」
「自覚がないのか。なお悪いな」
支部長は小さく息を吐いた。
鈴木はSランク冒険者だ。実力があることは認めているし、これまで協会に貢献してきた実績もある。
しかし、だからといって、何をしても許されるわけではない。
ましてや、相手も同じSランク冒険者であり、配信を通して多くの視聴者に見られている人物だ。
自分の立場を笠に着て一方的に振る舞えば、どう受け取られるかくらい、考えるべきだった。
「そもそもだね、鈴木君」
支部長は机の上で指を組んだ。
「君は、彼女たちの実力をどの程度把握していたのかね?」
「それは、配信で見た限りでは……」
「配信を見ていたのなら、なおさら疑問だよ」
支部長の声が、少しだけ低くなる。
「君は、3時間で5階層分を移動し、複数の魔物の群れと戦い、素材まで回収することができるのかね?」
「そ、それは……あの狼が運んでいたからでしょう!?」
鈴木は、待っていましたとばかりに声を張り上げた。
「あの大きな犬ですよ! フェンちゃんでしたか? あれが敵を倒したり、彼女たちを運んだりしていたじゃないですか! だから攻略が早かったんです!」
「フェンちゃんが戦闘に参加していたのは、私も見ているよ」
「だったら――」
「だが、君は本当に配信を見ていたのかね?」
「……は?」
支部長は、今度ははっきりと呆れた表情を浮かべた。
「フェンちゃんが戦っていたのは事実だ。しかし、琴君が剣を複数同時に操っていたことも、柳君が影を使って敵の動きを止めていたことも、乙羽君が魔法を組み合わせて戦っていたことも、画面には映っていたはずだ」
「それは……見ましたよ」
「見ていたのに、理解できなかったのかね?」
「そんなことはありません!」
鈴木は即座に反論した。
「ただ、あの程度なら、僕だって対処できます! 実際の戦闘では、状況が違うだけで――」
「では、なぜあの模擬戦で、乙羽君の攻撃を一度もまともに捉えられなかったのかね?」
「ぐっ……!」
支部長の指摘に、鈴木は言葉を詰まらせた。
昨日の映像は、すでに協会内でも確認されている。
鈴木が剣を振るうたび、乙羽は最小限の動きで攻撃を避けていた。
そして、乙羽が軽く腹部を叩いた瞬間、鈴木の体は大きく吹き飛んだ。
それだけではない。
鈴木が本気の攻撃を仕掛けたとき、乙羽は魔法で剣を止めた。鈴木がどれほど力を込めても、刃は乙羽の手前から先へ進まなかった。
最後には、六属性の魔法陣が闘技場の上空を埋め尽くした。
あれを見て、乙羽の実力を軽く見られる者など、そう多くはないだろう。
「それにだね」
支部長は、机の上に置いていたタブレットを手に取った。
「君は、あの火力を見て、何も疑問に思わなかったのかね?」
「火力……?」
「昨日の配信で、乙羽君は火属性だけでなく、水、雷、風、土、そして氷の魔法まで使っていた」
支部長は画面を操作し、該当する映像を表示させた。
「私は昨日の配信を見ていたが、彼女はまた属性を増やしたのだよ」
「……また?」
「そうだ。これまで確認されていた属性だけでも、十分に異常だった。ところが、今回は氷まで使ってみせた」
支部長はタブレットの画面を鈴木へ向けた。
そこには、乙羽が水と氷を組み合わせ、魔物の動きを封じた場面が映っていた。
「五属性を扱えるだけでも、世界的に見て極めて珍しい。それなのに、六属性だ。しかも、ただ使えるというだけではない。状況に合わせて組み合わせ、周囲への被害を抑えながら、十分な威力を出している」
支部長は映像を一時停止した。
「はっきり言って、異常なんだがね」
「…………」
「それすら理解できないのか、君は」
鈴木の顔が引きつった。
反論したい。
自分の実力が劣っているなど、認めたくない。
しかし、支部長の指摘は、どれも昨日の配信で実際に起きたことだった。
乙羽は、六属性の魔法を扱った。
琴は複数の実体を持つ剣を操った。
柳は影を使い、敵の動きを封じていた。
そして、三人はそれらの技術を組み合わせ、次々と階層を攻略していった。
フェンちゃんの力だけで説明できる話ではない。
「そ、それは……あの妖精がいるからですよ!」
鈴木は、急に思い出したように声を上げた。
「ああ、そうだ! あの妖精です! あの妖精がチートを授けたんだ!」
支部長は、しばらく無言で鈴木を見つめた。
「……チート?」
「そうです! あの小さな妖精ですよ! リーゼロッテとかいう! 彼女が特別な力を与えたから、あんな異常なことができるんです! 本人たちの実力というより、妖精の力に頼っているだけでしょう!?」
鈴木は、ようやく見つけた答えにすがるように続けた。
「そうでなければ、あんなことができるはずがありません! 僕だってSランクですよ!? 普通に考えて、あれはおかしいでしょう!」
「……鈴木君」
支部長は、ひどく疲れた声で名前を呼んだ。
「君は、乙羽君が魔法を発動するたびに、リーゼロッテ君が代わりに魔法を使っていたとでも言うつもりかね?」
「そ、それは……」
「琴君の剣も、柳君の影も、本人たちが操作していた。乙羽君の魔法も同じだ。リーゼロッテ君が補助している場面はあったが、彼女たち自身が戦っていたことは映像からも明らかだろう」
支部長はタブレットを机に戻した。
「それに、仮にリーゼロッテ君が彼女たちに技術を教えたのだとして、何が問題なのかね?」
「何がって……!」
「努力して技術を身につけた者に、指導者がいた。それだけのことだろう?」
鈴木は口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。
「君だって、これまで誰かに教わったことがあるはずだ。剣術の師匠も、魔法の指導者も、いなかったわけではあるまい。それとも、君は誰にも教わらず、独力だけでSランクまで上り詰めたとでも言うのかね?」
「それは……違いますが……」
「なら、彼女たちだけを特別扱いする理由にはならない」
支部長は、きっぱりと言い切った。
「大切なのは、誰から教わったかではなく、何を身につけ、どう使えるようになったかだ。昨日の映像を見る限り、彼女たちは自分の能力を理解し、戦闘の中で使いこなしていた。少なくとも、君が考えているような、ただ力を与えられただけの存在ではないよ」
「…………」
鈴木は、何も言い返せなかった。
支部長は小さく息を吐き、最後にもう一度だけ告げた。
「君が彼女たちに指導をしたいと思うのなら、まず相手の意思を確認することだ。頼まれてもいないのに勝手に仕切り、相手を見下した態度を取る。それでは、誰も君の話を聞こうとは思わないだろう」
「……わかりました」
鈴木は、不満を隠しきれない表情で答えた。
それでも、これ以上反論しても意味がないことくらいは理解したらしい。
「もういいですか?」
「ああ。今日は帰って、昨日の映像をもう一度見直すといい」
「……失礼します」
鈴木は一礼すると、足早に支部長室を出ていった。
扉が閉まる。
支部長は、しばらくその扉を見つめていた。
「……まったく」
深いため息が、静かな部屋に落ちた。
鈴木の実力そのものを否定するつもりはない。彼は確かにSランク冒険者であり、相応の経験も実績もある。
だが、実力があることと、他人を正しく評価できることは別だ。
自分より若い冒険者が、自分の知らない技術を身につけている。
それを見たとき、まず学ぼうとするのか。それとも、相手を認めず、誰かの力に頼っているだけだと決めつけるのか。
その違いは大きい。
支部長はタブレットを手に取り、再び昨日の配信映像を再生した。
六属性の魔法陣が闘技場を覆い尽くす場面。
そして、発動寸前ですべての魔法を消し去る乙羽の姿。
「……あれだけの魔法を、あの精度で制御するか」
支部長は思わず呟いた。
脅威であることは間違いない。
しかし、それ以上に興味深い存在でもある。
あの三人が、これからどこまで成長していくのか。
冒険者協会としても、注目していく必要があるだろう。
そして何より。
「鈴木君には、もう少し相手の話を聞くところから学んでもらわないとな……」
支部長はそう呟き、再び書類へと視線を戻したのだった。




