「じゃあ、もう一度アンケートを取ろうねぇ」
「じゃあ、もう一度アンケートを取ろうねぇ」
乙羽は配信画面に向かって、のんびりとした声で呼びかけた。
「視聴者さ~ん、集計まで30秒ね~。どっちが戦った方がおもしろい~? 乙羽、梓。ボタン押してね~」
画面に、二つの選択肢が表示される。
『乙羽 vs 鈴木太郎』
『霧ヶ峰梓 vs 鈴木太郎』
鈴木は一瞬、意外そうな顔をした。
「おいおい、俺と戦うのは霧ヶ峰さんで決まったんじゃないのか?」
「まだ決まってないよぉ?」
乙羽は首を傾げる。
「せっかくみんな見てくれてるんだから、見たい方にしようよぉ」
「……ふん。まあ、いいでしょう。どちらが相手でも、Sランク冒険者として恥ずかしくない戦いを見せてあげますよ」
鈴木は余裕たっぷりに胸を張った。
その言葉を聞いた梓は、半ば呆れたように目を細める。
「本当に、どこまでも自信満々ね……」
「当然です。私はSランク冒険者ですから」
「それ、さっきも聞いたわよ」
梓が即座に返す。
乙羽は二人のやり取りを聞きながら、配信画面に目を向けていた。
視聴者の希望を聞くのは、単なる演出ではない。
最初は梓とのコラボ配信として始めたのだから、乙羽としても勝手に予定を変えたくはなかった。鈴木に腹を立てているからといって、視聴者のことまで置き去りにするつもりはない。
模擬戦を見たいという声が多いのなら、せっかくなら誰と誰の戦いが見たいのかも聞いてみる。
それで乙羽が選ばれたなら、相手をしてあげればいい。
乙羽はそう考えていた。
ただし、鈴木に自分たちの実力を見せるつもりがあるのも事実だった。
先輩だから、経験があるからと繰り返すだけで、相手の話を聞こうともしない。
そんな態度を改めてほしい。
少なくとも、これから一緒に活動する可能性のある冒険者に、いつまでもあの調子でいてもらっては困る。
乙羽はそのことを、言葉だけではなく、実際にわかってもらうつもりだった。
コメント欄には、投票を知らせる声が次々と流れていく。
『乙羽ちゃんに一票!』
『梓ちゃんの戦いも見たい!』
『いや、乙羽ちゃんが出たらどうなるんだ?』
『鈴木さん、どっちが来ても勝てる自信あるんですか?』
『さっきから鈴木さんが選ぶ側みたいな顔してるの草』
『乙羽ちゃんに決まったらどうするんだろうなぁ』
『梓ちゃんも強いけど、乙羽ちゃんの戦闘は別格なんだよな』
『俺は梓ちゃん推しだけど、今回は乙羽ちゃんに入れた』
『乙羽ちゃんと鈴木さんの組み合わせ、何が起きるのか気になりすぎる』
『鈴木さん、まだ余裕そうなのが逆に不安なんだがw』
スーパーチャットも続いていた。
『どっちも見たい:正直どちらの試合も見たいです! 贅沢な悩みだ!(1,000円)』
『乙羽ちゃんの魔法が好き:乙羽ちゃんの戦闘、じっくり見たいです!(2,000円)』
『梓ちゃん応援中:梓ちゃんとの模擬戦もいつか実現してほしい!(1,000円)』
『戦闘分析班:鈴木さんの剣技と乙羽ちゃんの魔法、どんな相性になるのか興味があります!(3,000円)』
『見届け人:投票結果がどうなっても、最後まで見ます!(500円)』
鈴木はコメントをちらりと見て、鼻を鳴らした。
「ふっ。視聴者の皆さんも、強者同士の戦いを見たいのでしょう。どちらが選ばれても、手加減はしませんよ」
「おぉ~、頼もしいねぇ」
乙羽は特に感心した様子もなく相槌を打つ。
隣の梓は腕を組んだまま、配信画面をじっと見つめていた。
「……私だって、やるからには負けないわよ」
「もちろんですよ、霧ヶ峰さん。ですが、実戦経験の差というものがありますからね」
「へぇ。まだ結果も出てないのに、ずいぶん自信があるのね」
「当然です。私はSランク冒険者ですから」
『その肩書き何回言うんだよw』
『Sランクなのは知ってるって!』
『梓ちゃんもSランクなんですがそれは』
『乙羽ちゃんもSランクなんですがそれは』
『むしろ今の発言で乙羽ちゃんに入れたくなった』
『肩書きじゃなくて、戦いを見せてくれw』
鈴木はコメント欄の突っ込みを気にする様子もなく、投票の残り時間を眺めていた。
30秒。
20秒。
10秒。
残り時間が少なくなるにつれ、視聴者たちのコメントも一段と勢いを増す。
『どっちだ!?』
『乙羽ちゃんに入れた!』
『梓ちゃんごめん、今回は乙羽ちゃんで!』
『梓ちゃんの戦いも見たいから次回お願いします!』
『鈴木さん、どっちでもいいって言ったんだからな!』
『100%乙羽ちゃんだったら面白すぎる』
「そろそろかなぁ?」
乙羽は画面を眺めながら、ゆったりと待っていた。
そして、集計終了。
画面に大きく結果が表示された。
乙羽 100%
梓 0%
「……は?」
鈴木の口から、間の抜けた声が漏れた。
コメント欄は、一瞬でお祭り騒ぎになった。
『100%www』
『圧倒的すぎるだろ!』
『梓ちゃんごめん、乙羽ちゃんに入れた』
『そりゃ乙羽ちゃんと鈴木さんの戦いは見たいよな』
『鈴木さん、選ばれましたよ! よかったですね!』
『自信満々だったんだから当然受けるよなぁ?』
『0%はさすがに草』
『梓ちゃん、次回は絶対お願いします!』
『全員乙羽ちゃんに入れてるの面白すぎるwww』
『ここまできれいに100対0になることある?』
スーパーチャットも、集計結果を待っていたかのように続けて届いた。
『100%記念:こんな投票結果、初めて見たw 模擬戦楽しみにしてます!(2,000円)』
『乙羽ちゃんの本気が見たい:ついに乙羽ちゃんとSランク冒険者の模擬戦! 応援してます!(5,000円)』
『梓ちゃんはまた今度:梓ちゃんの試合も楽しみにしてるけど、今回は乙羽ちゃんに期待!(1,000円)』
『視聴者の総意?:100%ってすごいなw 鈴木さん、頑張ってください!(3,000円)』
『お散歩配信どこ行った:最初はお散歩を見るつもりだったのに、気づいたら模擬戦に投票してました!(500円)』
乙羽は結果を見て、ぱちぱちと拍手した。
「おぉ~、乙羽100%だってぇ」
「……どういうことですか?」
鈴木は納得できないといった顔で、画面を見つめている。
「私と戦う方が見たいってことじゃないかなぁ?」
「いや、そういう意味ではなく……!」
言いかけて、鈴木は口をつぐんだ。
ここで不満を言えば、視聴者が望んだ対戦を自分から拒否することになる。
先ほどまで、どちらが相手でも構わないと大口を叩いていたのだ。今さら梓と戦いたいと言い張るわけにもいかない。
それに、ここで乙羽との戦いを拒否すれば、先ほどの「Sランク冒険者として格の違いを見せてあげますよ」という発言まで、ただの口先だけだったと受け取られかねない。
「……いいでしょう」
鈴木は、なんとか表情を取り繕った。
「そこまで望まれているのなら、乙羽さんのお相手を務めましょう。Sランク冒険者として、格の違いを見せてあげますよ」
「はぁい。よろしくねぇ」
乙羽はいつもどおり、のんびりと返事をした。
その様子に、梓は呆れたようにため息をつく。
「……あんた、本当に何もわかってないのね」
「何がですか?」
「別に。戦えばわかるわ」
梓はそう言って、乙羽の隣へ移動した。
彼女にはわかっていた。
乙羽が普段どおりの調子で話しているときほど、周囲が思っている以上に考えていることがある。
もちろん、今回の乙羽が何を考えているのか、梓にもすべてわかるわけではない。
ただ、鈴木が相手の実力を知ろうともせず、自分の立場ばかりを主張していたこと。そして乙羽が、その態度に腹を立てていることは伝わっていた。
琴と柳も、配信画面に向かって笑顔を見せる。
「それじゃあ、対戦相手は乙羽に決まりだね」
「おう! 視聴者のみんな、楽しみにしててくれよな!」
『楽しみすぎる!』
『乙羽ちゃん、無理しないでね!』
『鈴木さん、今のうちに準備運動しておいた方がいいですよ』
『先生の解説も聞きたい!』
『梓ちゃん、隣で解説してくれないかな』
『今日の配信、どこまで伝説になるんだろうw』
乙羽は画面の端に届いたコメントを読み、視聴者に向かって手を振った。
「みんな、ありがとぉ。危ないことはしないから、安心して見ててねぇ」
「そうですね。乙羽なら問題ないでしょう」
リーゼロッテも、いつもの調子で頷いた。
鈴木はその言葉を聞き、内心で少しだけ不満を覚えた。
問題ない。
乙羽なら大丈夫。
周囲はまるで、自分が負ける可能性など最初から考えていないかのようだった。
だが、鈴木はまだ、自分が優位に立っているつもりだった。
相手は若いSランク冒険者。多少の実力はあるのだろうが、経験を積んできた自分が指導してやればいい。
そう考えていた。
しかし、乙羽はそんなことを気にする様子もなく、配信画面に向かって手を振っている。
「じゃあ、ちょっと準備してくるねぇ」
その声は、あまりにもいつもどおりだった。
視聴者たちは、すでに何が起きるのかを期待している。
そして鈴木だけが、まだ自分の置かれた状況を理解していなかった。




