「ちょっと、気持ち悪い」
アンケートの残り時間がゼロになり、配信画面に集計結果が表示された。
『Sランク冒険者同士の模擬戦を見たい?』
見たい:90%
どうでもいい:5%
お散歩配信継続:5%
結果が表示された瞬間、コメント欄の流れる速度が一気に上がった。
『90%www』
『圧倒的すぎる!』
『そりゃこの流れになったら見たいだろ』
『どうでもいい5%も正直で草』
『お散歩を楽しみにしてた人もいるんだぞ!』
『俺はお散歩も見たかったんだが、これはこれで見たい』
『鈴木さん、もう逃げ道ないじゃんw』
『本人があれだけ自信満々なんだから、見せてもらおうぜ!』
『Sランク同士の模擬戦とか、普通に考えたら貴重な映像だぞ』
『しかも片方はティンカーベルの乙羽ちゃんたちと仲良しの梓ちゃん!』
『お散歩配信から急にイベントが発生したんだがwww』
視聴者たちが盛り上がる中、スーパーチャットの通知も次々と画面の端に表示され始めた。
『ダンジョン大好き:まさかお散歩配信で模擬戦が見られるとは! 楽しみにしてます!(1,000円)』
『梓ちゃん応援団:梓ちゃんの実力を見せてくれー!(2,000円)』
『今日もリアタイ:この展開、予想してなかったw 配信ありがとう!(500円)』
『冒険者の卵:Sランク同士の戦いなんて、勉強になることばかりだろうな!(3,000円)』
『散歩も好き:本当はお散歩の続きも見たかったけど、これは見逃せない!(500円)』
『ティンカーベル箱推し:乙羽ちゃんも梓ちゃんも頑張れー!(1,000円)』
「なるほどぉ~」
乙羽は集計結果を確認すると、鈴木のほうへ振り返った。
「鈴木さんだったっけ? えーっと! 見たい90%だよぉ」
「……鈴木太郎です!」
名前をもう一度訂正させられた鈴木だったが、今度は気にした様子もなく、満足げに頷いた。
「ほぅ! 90%ですか。いいでしょう!」
鈴木は胸を張り、配信カメラにもよく見えるように姿勢を正した。
「皆さんも、Sランク冒険者の戦いを見たいということですね! いやぁ、期待されるというのは悪くないものです」
その表情には、すっかり機嫌をよくした様子が表れていた。
どうやら鈴木は、今回の結果を自分への期待だと受け取ったらしい。
そもそも、視聴者が選んだのは「Sランク冒険者同士の模擬戦を見たい」という選択肢だ。誰と誰が戦うのかまでは指定していない。
だが、鈴木の頭の中では、いつの間にか自分が主役になっていた。
『いや、梓ちゃんの戦いが見たいんだが』
『誰と戦うかは重要だろ』
『鈴木、都合よく解釈しすぎw』
『90%が全員お前のファンだと思ってそう』
『選択肢に鈴木さん応援枠はなかったぞw』
『模擬戦が見たいのであって、鈴木さんを見たいとは言ってない』
『この自信、どこから来るんだよwww』
コメント欄では早くも鈴木の解釈に突っ込みが入っていた。
それでも、本人は視聴者の反応を都合よく受け流しているようだった。
スーパーチャットの通知が目に入るたび、期待されているのだとますます気分をよくしている。
『剣と魔法:Sランク同士の模擬戦、ぜひお願いします!(5,000円)』
『今日の配信は当たり回:乙羽ちゃんたちの判断に期待! 何が起こるか楽しみです!(2,000円)』
『勝負の行方:鈴木さん、口で言った以上は頑張ってくださいね!(1,000円)』
「いやぁ、皆さんも楽しみにしているようですね!」
鈴木は通知を見て、満足そうに笑った。
どうやら、応援の言葉も牽制の言葉も、全部まとめて自分への期待だと受け取っているらしい。
その様子を見た梓は、ふんっと鼻を鳴らした。
「ふふん! その大口、止めてあげるわ!」
「おやおや、ずいぶん威勢がいいですねぇ」
鈴木は梓を見下ろし、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「ですが、Sランクとしての経験には差がありますからね。あとで泣いても知りませんよ?」
「誰が泣くですって!?」
梓が声を上げた。
彼女はもともと、鈴木の態度を快く思っていなかった。せっかくの初コラボ配信に割り込んできた挙げ句、こちらの予定を勝手に変えようとし、先輩風を吹かせながら一方的に指導してやると言い出したのだ。
そのうえ、今度は自分の経験が上だと決めつけてくる。
梓としては、一度きちんと実力を示してやりたいところだった。
「いいわよ。そこまで言うなら、私が相手になってあげる!」
「ええ、もちろん。あなたにも、先輩として教えてあげることはありますからね」
「その先輩って言い方、やめてくれない!?」
『梓ちゃん、完全に怒ってるw』
『そりゃ怒るだろ。ずっと上から目線だもん』
『梓ちゃん、やっちゃえー!』
『鈴木さん、相手を怒らせる才能だけはありそう』
『先輩って言えば何でも通ると思ってるのかw』
『これ、もう模擬戦というより説教返しでは?』
コメント欄が盛り上がる中、乙羽が小さく手を挙げた。
「んぅ~? 私がしてもいいよぉ?」
「……え?」
鈴木が乙羽を見る。
「模擬戦だよぉ。私が相手をしてもいいよぉ?」
乙羽は、いつもののんびりとした調子で続けた。
「ちょっと、気持ち悪い」
「…………は?」
鈴木の表情が固まった。
梓も一瞬、言葉を失う。
柳は口元を押さえ、琴は思わず乙羽を見た。
「お、乙羽……。今のは、さすがに直球すぎない?」
「んぅ? だって、さっきからずっと自分のことばっかり話してるんだもん~」
乙羽は不思議そうに首を傾げた。
「それに、私たちの予定を聞かないで勝手に決めようとするしぃ。ちょっと気持ち悪いなぁって」
声の調子は普段と変わらない。
怒鳴っているわけでも、わざと相手を煽るような口調にしているわけでもない。
だからこそ、言葉だけが妙にはっきりと鈴木へ突き刺さった。
乙羽は、もともと誰かに対して露骨に嫌悪感を示すことは少ない。相手の話を聞き、必要ならば自分の意見を伝える。合わない相手でも、普段なら適当に受け流すことが多かった。
しかし、今回は違った。
梓が楽しみにしていた初めてのコラボ配信に、鈴木は勝手に割り込んできた。ティンカーベルの3人がすでに企画を用意していると説明しても、自分の考えを押し通そうとした。
それだけではない。
視聴者が楽しんでいるかどうかを気にすることもなく、先輩だから、経験があるから、自分が教えてやるからと、何度も自分の立場を主張していた。
乙羽は、その態度がどうしても好きになれなかった。
『乙羽ちゃん、直球すぎるwww』
『鈴木、とうとう乙羽ちゃんにまで言われたぞ』
『これは効くw』
『普段の乙羽ちゃんから出る言葉だから余計に重い』
『梓ちゃんとの模擬戦の話だったのに、乙羽ちゃんが参戦表明してて草』
『いや、乙羽ちゃんが出たら別の意味で大変なことになるだろ!』
『乙羽ちゃん、怒ってる? 声はいつもどおりだけど』
『これは怒ってるときの静かなやつでは……』
コメント欄の流れがさらに速くなる。
そして、スーパーチャットの通知が続けて表示された。
『直球勝負:乙羽ちゃん、言いたいことをちゃんと言うの大事!(1,000円)』
『梓ちゃんの味方:初コラボを邪魔されたら嫌だよなぁ。乙羽ちゃんの気持ちもわかる!(2,000円)』
『空気を読もう:鈴木さん、まずは人の話を聞くところから始めましょう!(500円)』
『配信を楽しむ人:今日はお散歩配信のはずだったんですよね……? でも今のやりとりは面白いです!(1,000円)』
鈴木は、しばらく乙羽を見つめていた。
先ほどまでの余裕は、もうほとんど残っていない。
「……音無さん。君は、自分がSランクだからといって、誰にでも勝てると思っているのかな?」
「んぅ~? そんなこと思ってないよぉ?」
乙羽はあっさりと答えた。
「でも、鈴木さんが私たちの実力を見ないで、ずっと先輩だからって言ってるからぁ。じゃあ、私が相手でもいいのかなぁって」
「…………」
「梓ちゃんと戦いたいなら、梓ちゃんと戦えばいいよぉ? でも、私が相手でもいいなら、私でもいいよぉ」
乙羽は、にこにこと笑った。
「どっちがいいのぉ?」
その問いかけに、鈴木はすぐには答えなかった。
乙羽は相変わらず、穏やかな顔をしている。
だが、その目は鈴木の返答を待っていた。少なくとも、これまでのように何も言わず、相手の好きなようにさせるつもりはなさそうだった。
鈴木からすれば、若いSランク冒険者が自分に勝負を挑んできたように見えたのだろう。
ここで引けば、先ほどまでの発言と矛盾する。
それに、乙羽のことを詳しく知らない鈴木は、彼女がどれほどの実力を持っているのか、正確には理解していなかった。
配信で活躍していることは知っている。
若くしてSランクに認定されたことも知っている。
しかし、だからといって、自分が負けるとは考えていなかった。
『選べるの草』
『鈴木、どうする!?』
『梓ちゃんと戦うのか、乙羽ちゃんと戦うのか』
『どっち選んでも配信的には大当たりだな』
『本人に選択権があると思ってる乙羽ちゃん、かわいいw』
『いや、これは鈴木が自分で選ぶって言ったようなもんだろ』
『さっきから実力を見せるって言ってるんだから、断れないよなぁ?』
柳は鈴木を見ながら、にやりと笑った。
「おいおい、どうした? さっきまで、Sランクの先輩として実力を見せてやるって言ってたじゃねぇか」
「そうですね。せっかく視聴者の皆さんも期待しているのですから、ここで断るのも難しいでしょうね」
琴も静かに追い打ちをかける。
普段の琴なら、ここまで露骨に相手を追い込むことはしないだろう。
けれど、今回は乙羽が怒っている理由も理解していたし、梓の初コラボを台無しにしかけた鈴木の態度にも、思うところがあった。
梓は腕を組み、鈴木を見据えた。
「さあ、どうするの? 自分からあれだけ大口を叩いたんだから、逃げるなんて言わないわよね?」
鈴木の額に、ぴくりと青筋が浮かんだ。
自分はSランク冒険者だ。
ここで引けば、配信を見ている大勢の視聴者に、口だけの男だと思われかねない。
しかも、すでに多くの視聴者が模擬戦を望んでいる。スーパーチャットまで届いている状況で、やはり戦いませんと言い出すのは、あまりにも格好がつかなかった。
かといって、乙羽の申し出を簡単に受けていいものか。
鈴木は、乙羽の小さな体を見下ろした。
そして、無理やり笑顔を作る。
「……いいでしょう。そこまで言うのなら、相手をしてあげますよ」
その言葉に、乙羽は嬉しそうに頷いた。
「はぁい。じゃあ、決まりだねぇ~」
『決まったああああ!』
『乙羽ちゃん対鈴木太郎、成立!』
『言質取ったぞwww』
『鈴木さん、今さら後悔しても遅いですよ!』
『梓ちゃんも見たかったけど、これはこれで見逃せない!』
『今日のお散歩配信、どこへ向かってるんだよw』
『配信タイトル変えた方がいいだろwww』
さらにスーパーチャットが流れた。
『模擬戦決定おめでとう:この展開、最高です!(2,000円)』
『乙羽ちゃん推し:無理はしないでね! でも戦いは楽しみにしてます!(1,000円)』
『Sランクの本気:鈴木さん、言ったからには頑張ってください!(5,000円)』
『梓ちゃんも見たい:梓ちゃんの出番もいつかお願いします!(500円)』
『今日の伝説を見届ける:この配信、アーカイブ消さないでください!(3,000円)』
乙羽は画面の端に表示される通知を確認し、視聴者に向かって手を振った。
「みんな、ありがとうねぇ。ちゃんと安全にやるからねぇ」
「……安全に、ですか」
鈴木が小さく呟く。
「もちろんだよぉ?」
乙羽は不思議そうに答えた。
その言葉を聞いて、鈴木は少しだけ表情を緩めた。
どうやら、乙羽も本格的な戦闘をするつもりはないらしい。
ならば、こちらが実力を見せるにはちょうどいい機会だ。
鈴木はそう考え、再び胸を張った。
ただし、乙羽が言う「安全」の意味を、彼はまだ理解していなかった。




