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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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131/205

「ちょっと、気持ち悪い」

 アンケートの残り時間がゼロになり、配信画面に集計結果が表示された。


 『Sランク冒険者同士の模擬戦を見たい?』


 見たい:90%


 どうでもいい:5%


 お散歩配信継続:5%


 結果が表示された瞬間、コメント欄の流れる速度が一気に上がった。


『90%www』


『圧倒的すぎる!』


『そりゃこの流れになったら見たいだろ』


『どうでもいい5%も正直で草』


『お散歩を楽しみにしてた人もいるんだぞ!』


『俺はお散歩も見たかったんだが、これはこれで見たい』


『鈴木さん、もう逃げ道ないじゃんw』


『本人があれだけ自信満々なんだから、見せてもらおうぜ!』


『Sランク同士の模擬戦とか、普通に考えたら貴重な映像だぞ』


『しかも片方はティンカーベルの乙羽ちゃんたちと仲良しの梓ちゃん!』


『お散歩配信から急にイベントが発生したんだがwww』


 視聴者たちが盛り上がる中、スーパーチャットの通知も次々と画面の端に表示され始めた。


『ダンジョン大好き:まさかお散歩配信で模擬戦が見られるとは! 楽しみにしてます!(1,000円)』


『梓ちゃん応援団:梓ちゃんの実力を見せてくれー!(2,000円)』


『今日もリアタイ:この展開、予想してなかったw 配信ありがとう!(500円)』


『冒険者の卵:Sランク同士の戦いなんて、勉強になることばかりだろうな!(3,000円)』


『散歩も好き:本当はお散歩の続きも見たかったけど、これは見逃せない!(500円)』


『ティンカーベル箱推し:乙羽ちゃんも梓ちゃんも頑張れー!(1,000円)』


「なるほどぉ~」


 乙羽は集計結果を確認すると、鈴木のほうへ振り返った。


「鈴木さんだったっけ? えーっと! 見たい90%だよぉ」


「……鈴木太郎です!」


 名前をもう一度訂正させられた鈴木だったが、今度は気にした様子もなく、満足げに頷いた。


「ほぅ! 90%ですか。いいでしょう!」


 鈴木は胸を張り、配信カメラにもよく見えるように姿勢を正した。


「皆さんも、Sランク冒険者の戦いを見たいということですね! いやぁ、期待されるというのは悪くないものです」


 その表情には、すっかり機嫌をよくした様子が表れていた。


 どうやら鈴木は、今回の結果を自分への期待だと受け取ったらしい。


 そもそも、視聴者が選んだのは「Sランク冒険者同士の模擬戦を見たい」という選択肢だ。誰と誰が戦うのかまでは指定していない。


 だが、鈴木の頭の中では、いつの間にか自分が主役になっていた。


『いや、梓ちゃんの戦いが見たいんだが』


『誰と戦うかは重要だろ』


『鈴木、都合よく解釈しすぎw』


『90%が全員お前のファンだと思ってそう』


『選択肢に鈴木さん応援枠はなかったぞw』


『模擬戦が見たいのであって、鈴木さんを見たいとは言ってない』


『この自信、どこから来るんだよwww』


 コメント欄では早くも鈴木の解釈に突っ込みが入っていた。


 それでも、本人は視聴者の反応を都合よく受け流しているようだった。


 スーパーチャットの通知が目に入るたび、期待されているのだとますます気分をよくしている。


『剣と魔法:Sランク同士の模擬戦、ぜひお願いします!(5,000円)』


『今日の配信は当たり回:乙羽ちゃんたちの判断に期待! 何が起こるか楽しみです!(2,000円)』


『勝負の行方:鈴木さん、口で言った以上は頑張ってくださいね!(1,000円)』


「いやぁ、皆さんも楽しみにしているようですね!」


 鈴木は通知を見て、満足そうに笑った。


 どうやら、応援の言葉も牽制の言葉も、全部まとめて自分への期待だと受け取っているらしい。


 その様子を見た梓は、ふんっと鼻を鳴らした。


「ふふん! その大口、止めてあげるわ!」


「おやおや、ずいぶん威勢がいいですねぇ」


 鈴木は梓を見下ろし、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「ですが、Sランクとしての経験には差がありますからね。あとで泣いても知りませんよ?」


「誰が泣くですって!?」


 梓が声を上げた。


 彼女はもともと、鈴木の態度を快く思っていなかった。せっかくの初コラボ配信に割り込んできた挙げ句、こちらの予定を勝手に変えようとし、先輩風を吹かせながら一方的に指導してやると言い出したのだ。


 そのうえ、今度は自分の経験が上だと決めつけてくる。


 梓としては、一度きちんと実力を示してやりたいところだった。


「いいわよ。そこまで言うなら、私が相手になってあげる!」


「ええ、もちろん。あなたにも、先輩として教えてあげることはありますからね」


「その先輩って言い方、やめてくれない!?」


『梓ちゃん、完全に怒ってるw』


『そりゃ怒るだろ。ずっと上から目線だもん』


『梓ちゃん、やっちゃえー!』


『鈴木さん、相手を怒らせる才能だけはありそう』


『先輩って言えば何でも通ると思ってるのかw』


『これ、もう模擬戦というより説教返しでは?』


 コメント欄が盛り上がる中、乙羽が小さく手を挙げた。


「んぅ~? 私がしてもいいよぉ?」


「……え?」


 鈴木が乙羽を見る。


「模擬戦だよぉ。私が相手をしてもいいよぉ?」


 乙羽は、いつもののんびりとした調子で続けた。


「ちょっと、気持ち悪い」


「…………は?」


 鈴木の表情が固まった。


 梓も一瞬、言葉を失う。


 柳は口元を押さえ、琴は思わず乙羽を見た。


「お、乙羽……。今のは、さすがに直球すぎない?」


「んぅ? だって、さっきからずっと自分のことばっかり話してるんだもん~」


 乙羽は不思議そうに首を傾げた。


「それに、私たちの予定を聞かないで勝手に決めようとするしぃ。ちょっと気持ち悪いなぁって」


 声の調子は普段と変わらない。


 怒鳴っているわけでも、わざと相手を煽るような口調にしているわけでもない。


 だからこそ、言葉だけが妙にはっきりと鈴木へ突き刺さった。


 乙羽は、もともと誰かに対して露骨に嫌悪感を示すことは少ない。相手の話を聞き、必要ならば自分の意見を伝える。合わない相手でも、普段なら適当に受け流すことが多かった。


 しかし、今回は違った。


 梓が楽しみにしていた初めてのコラボ配信に、鈴木は勝手に割り込んできた。ティンカーベルの3人がすでに企画を用意していると説明しても、自分の考えを押し通そうとした。


 それだけではない。


 視聴者が楽しんでいるかどうかを気にすることもなく、先輩だから、経験があるから、自分が教えてやるからと、何度も自分の立場を主張していた。


 乙羽は、その態度がどうしても好きになれなかった。


『乙羽ちゃん、直球すぎるwww』


『鈴木、とうとう乙羽ちゃんにまで言われたぞ』


『これは効くw』


『普段の乙羽ちゃんから出る言葉だから余計に重い』


『梓ちゃんとの模擬戦の話だったのに、乙羽ちゃんが参戦表明してて草』


『いや、乙羽ちゃんが出たら別の意味で大変なことになるだろ!』


『乙羽ちゃん、怒ってる? 声はいつもどおりだけど』


『これは怒ってるときの静かなやつでは……』


 コメント欄の流れがさらに速くなる。


 そして、スーパーチャットの通知が続けて表示された。


『直球勝負:乙羽ちゃん、言いたいことをちゃんと言うの大事!(1,000円)』


『梓ちゃんの味方:初コラボを邪魔されたら嫌だよなぁ。乙羽ちゃんの気持ちもわかる!(2,000円)』


『空気を読もう:鈴木さん、まずは人の話を聞くところから始めましょう!(500円)』


『配信を楽しむ人:今日はお散歩配信のはずだったんですよね……? でも今のやりとりは面白いです!(1,000円)』


 鈴木は、しばらく乙羽を見つめていた。


 先ほどまでの余裕は、もうほとんど残っていない。


「……音無さん。君は、自分がSランクだからといって、誰にでも勝てると思っているのかな?」


「んぅ~? そんなこと思ってないよぉ?」


 乙羽はあっさりと答えた。


「でも、鈴木さんが私たちの実力を見ないで、ずっと先輩だからって言ってるからぁ。じゃあ、私が相手でもいいのかなぁって」


「…………」


「梓ちゃんと戦いたいなら、梓ちゃんと戦えばいいよぉ? でも、私が相手でもいいなら、私でもいいよぉ」


 乙羽は、にこにこと笑った。


「どっちがいいのぉ?」


 その問いかけに、鈴木はすぐには答えなかった。


 乙羽は相変わらず、穏やかな顔をしている。


 だが、その目は鈴木の返答を待っていた。少なくとも、これまでのように何も言わず、相手の好きなようにさせるつもりはなさそうだった。


 鈴木からすれば、若いSランク冒険者が自分に勝負を挑んできたように見えたのだろう。


 ここで引けば、先ほどまでの発言と矛盾する。


 それに、乙羽のことを詳しく知らない鈴木は、彼女がどれほどの実力を持っているのか、正確には理解していなかった。


 配信で活躍していることは知っている。


 若くしてSランクに認定されたことも知っている。


 しかし、だからといって、自分が負けるとは考えていなかった。


『選べるの草』


『鈴木、どうする!?』


『梓ちゃんと戦うのか、乙羽ちゃんと戦うのか』


『どっち選んでも配信的には大当たりだな』


『本人に選択権があると思ってる乙羽ちゃん、かわいいw』


『いや、これは鈴木が自分で選ぶって言ったようなもんだろ』


『さっきから実力を見せるって言ってるんだから、断れないよなぁ?』


 柳は鈴木を見ながら、にやりと笑った。


「おいおい、どうした? さっきまで、Sランクの先輩として実力を見せてやるって言ってたじゃねぇか」


「そうですね。せっかく視聴者の皆さんも期待しているのですから、ここで断るのも難しいでしょうね」


 琴も静かに追い打ちをかける。


 普段の琴なら、ここまで露骨に相手を追い込むことはしないだろう。


 けれど、今回は乙羽が怒っている理由も理解していたし、梓の初コラボを台無しにしかけた鈴木の態度にも、思うところがあった。


 梓は腕を組み、鈴木を見据えた。


「さあ、どうするの? 自分からあれだけ大口を叩いたんだから、逃げるなんて言わないわよね?」


 鈴木の額に、ぴくりと青筋が浮かんだ。


 自分はSランク冒険者だ。


 ここで引けば、配信を見ている大勢の視聴者に、口だけの男だと思われかねない。


 しかも、すでに多くの視聴者が模擬戦を望んでいる。スーパーチャットまで届いている状況で、やはり戦いませんと言い出すのは、あまりにも格好がつかなかった。


 かといって、乙羽の申し出を簡単に受けていいものか。


 鈴木は、乙羽の小さな体を見下ろした。


 そして、無理やり笑顔を作る。


「……いいでしょう。そこまで言うのなら、相手をしてあげますよ」


 その言葉に、乙羽は嬉しそうに頷いた。


「はぁい。じゃあ、決まりだねぇ~」


『決まったああああ!』


『乙羽ちゃん対鈴木太郎、成立!』


『言質取ったぞwww』


『鈴木さん、今さら後悔しても遅いですよ!』


『梓ちゃんも見たかったけど、これはこれで見逃せない!』


『今日のお散歩配信、どこへ向かってるんだよw』


『配信タイトル変えた方がいいだろwww』


 さらにスーパーチャットが流れた。


『模擬戦決定おめでとう:この展開、最高です!(2,000円)』


『乙羽ちゃん推し:無理はしないでね! でも戦いは楽しみにしてます!(1,000円)』


『Sランクの本気:鈴木さん、言ったからには頑張ってください!(5,000円)』


『梓ちゃんも見たい:梓ちゃんの出番もいつかお願いします!(500円)』


『今日の伝説を見届ける:この配信、アーカイブ消さないでください!(3,000円)』


 乙羽は画面の端に表示される通知を確認し、視聴者に向かって手を振った。


「みんな、ありがとうねぇ。ちゃんと安全にやるからねぇ」


「……安全に、ですか」


 鈴木が小さく呟く。


「もちろんだよぉ?」


 乙羽は不思議そうに答えた。


 その言葉を聞いて、鈴木は少しだけ表情を緩めた。


 どうやら、乙羽も本格的な戦闘をするつもりはないらしい。


 ならば、こちらが実力を見せるにはちょうどいい機会だ。


 鈴木はそう考え、再び胸を張った。


 ただし、乙羽が言う「安全」の意味を、彼はまだ理解していなかった。

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