「というわけで、みんなにアンケートだよぉ」
鈴木の口元が、わずかに歪んだ。
その様子を見て、梓はふっと顔を上げた。
「そうね! だったら、Sランク同士の模擬戦配信に切り替えたらどうかしら?」
「えっ?」
乙羽が梓を見る。
梓は鈴木から視線を外さず、はっきりと言った。
「このまま話を続けても、私たちの考えは平行線でしょう? それなら、実際に戦ってみればいいじゃない。鈴木さんも私たちの実力を確かめたいみたいだし、ちょうどいいと思うわ」
「……なるほど。そういうことですか」
鈴木は満足そうに頷いた。
どうやら、梓の提案を自分への挑戦だと受け取ったらしい。
「いいでしょう。Sランク冒険者として、実力の違いを教えてあげるのも先輩の役目ですからね。若い冒険者が自分の実力を正しく理解するためにも、こういう機会は必要でしょう」
自信たっぷりに胸を張る鈴木。
梓は、そんな彼を見て眉をひそめた。
「……まだ、受けると決まったわけじゃないでしょう?」
「君から提案したんじゃないですか」
「だから、配信の企画としてどうするかを相談しているのよ! 私はあなたに挑戦状を叩きつけたわけじゃないわ」
「ははは。ずいぶん慎重ですねぇ」
鈴木は、梓の言葉をまともに取り合うつもりがないようだった。
乙羽はそのやり取りを見ながら、内心で小さく息を吐いた。
(んぅ……。梓ちゃんと仲良く配信するはずだったのに、なんでこんなことになっちゃったんだろうねぇ)
せっかく梓が初めてコラボ配信に参加してくれたのだ。
お散歩をしながら街を案内して、好きなものや普段の生活について話して、ゆっくり仲良くなっていく。乙羽は、そんな配信を楽しみにしていた。
それなのに、鈴木は自分の都合で話に割り込み、勝手に先輩としての助言を始めた。
しかも、こちらが必要ないと伝えても、引き下がろうとしない。
(……ちょっと、困った人だねぇ)
乙羽は表情こそ普段どおりだったが、内心ではかなり腹を立てていた。
ただ、ここで感情的に言い返しても、話が余計にこじれるだけだろう。
梓が模擬戦を提案したのなら、それを利用する方法もある。
鈴木は、自分の実力に相当な自信があるようだ。
ならば、その自信が本物なのか、実際に確かめてもらえばいい。
もちろん、ただ腹いせに戦わせればいいというわけではない。配信を楽しみにしてくれている視聴者のことも考える必要がある。
乙羽はカメラへ向き直った。
「でも、その前に視聴者さんの意見も聞こうねぇ」
穏やかな声で、乙羽は続けた。
「今日は梓ちゃんとのお散歩配信を楽しみにして、わざわざ見に来てくれた人たちもいるんだもん。私たちだけで勝手に予定を変えちゃうのは、ちょっと違うよねぇ」
「そうだね。せっかく楽しみにしてくれているんだから、みんなの意見も大切にしたいね」
琴も頷いた。
「模擬戦を見たい人もいるだろうし、今日は予定どおりのお散歩配信を楽しみたい人もいると思うよ。だから、ちゃんと聞いてから決めよう」
「おう。あたしとしては模擬戦も面白そうだけどな! ただ、見に来てくれたみんながどう思ってるかは大事だよな」
柳も同意した。
乙羽は嬉しそうに頷いてから、改めてカメラへ話しかける。
「というわけで、みんなにアンケートだよぉ。急に話が変わっちゃってごめんねぇ。でも、せっかく来てくれたみんなの意見を聞いてから決めたいんだぁ」
配信画面の操作を始めると、すぐにコメント欄が反応した。
『アンケートきた!』
『乙羽ちゃん、ちゃんと視聴者に聞いてくれるのありがたい』
『お散歩配信を楽しみにしてたけど、Sランク同士の模擬戦も見たい!』
『これは悩むなぁ』
『梓ちゃんがどんな戦い方をするのか気になる』
『鈴木さん、本当に受けるんだよね?』
『自分から先輩風吹かせてたんだから、今さら断らないよな?』
『いやいや、そもそも今日はお散歩配信なんだぞw』
『企画変更の理由が急すぎるw』
『でも、こうなったら模擬戦も見てみたい』
『乙羽ちゃんたちが無理して変更する必要はないからね』
さまざまな意見が流れるなか、画面の中央にアンケートが表示された。
『このあと、どうする?』
選択肢は二つ。
『Sランク冒険者同士の模擬戦を見たい!』
『今日は予定どおり、お散歩配信を続けてほしい!』
「はぁい、これでどうかなぁ。模擬戦を見たい人は上のボタンを、今日はお散歩配信がいい人は下のボタンを押してねぇ」
投票が始まった瞬間、コメント欄の流れがさらに速くなった。
『押した!』
『模擬戦に一票!』
『いや、ここはお散歩配信だろ! 梓ちゃんとのコラボを楽しみにしてたんだ!』
『どっちも見たいんだが!?』
『模擬戦になったら、それはそれで貴重な映像になりそう』
『鈴木さんが本当に戦うなら見たい』
『梓ちゃんの実力も気になる!』
『でも、乙羽ちゃんたちが決めたことならどっちでも応援するよ』
『こういうときに視聴者の意見を聞いてくれるの、いいね』
『お散歩配信の予定が、まさかこんな展開になるとは……』
『今日の配信、最初から最後まで波乱すぎるw』
『まだ投票始まったばかりなのに、コメント欄がすごいことになってるぞ』
「おぉ、もういっぱい投票してくれてるねぇ」
乙羽は画面を眺めながら、のんびりと声を上げた。
梓もアンケートの結果を確認しようと、画面へ視線を向ける。
「みんな、どっちにするか悩んでいるみたいね。私としては、みんなが楽しめるほうを選びたいわ」
「うん。梓ちゃんの初コラボだもんねぇ。せっかくだから、楽しい配信にしたいよねぇ」
乙羽はそう言って、梓に笑いかけた。
その笑顔を見た梓も、少しだけ表情を和らげる。
鈴木は、そんな二人の様子を眺めながら腕を組んだ。
「まあ、どちらになっても構いませんよ。模擬戦をすることになれば、皆さんにSランク冒険者の戦いというものを見せてあげられますからね」
その言い方に、柳が小さく眉を動かす。
「……ずいぶん自信があるんだな」
「当然でしょう。経験の差というものがありますからね」
鈴木は涼しい顔で答えた。
「若い冒険者が勢いだけで戦えるほど、Sランクの世界は甘くありませんよ。もし模擬戦をするのなら、皆さんにもいい勉強になるでしょう」
「へぇ……」
柳は何か言いたそうだったが、琴がそっと視線を送って制した。
今はまだ、アンケートの結果も出ていない。
ここで言い争いを続けても意味はなかった。
乙羽も、鈴木の言葉に言い返すことはしなかった。
ただ、心の中では、彼の態度に対する怒りが消えたわけではない。
(そんなに先輩として教えてあげたいなら、まずは自分の実力を見せてもらおうねぇ)
乙羽は静かに決めていた。
模擬戦をすることになったなら、鈴木には自分の言葉に責任を持ってもらう。
もちろん、配信だからといって無意味に相手を傷つけるつもりはない。
ただ、自分の実力を過信して他人を見下すことが、どれほど恥ずかしいことなのか。
それくらいは、きちんと理解してもらいたかった。
「先生、あとどのくらいで結果が出るのぉ?」
乙羽が隣に浮かぶリーゼロッテへ尋ねた。
「設定した投票時間なら、もう少しですね。集計も自動で行われますから、慌てる必要はありませんよ」
「そっかぁ。じゃあ、もうちょっと待とうねぇ」
乙羽はカメラへ向かって手を振った。
「みんな、投票ありがとうねぇ。結果が出たら、どうするか決めるよぉ。もう少しだけ待っててねぇ」
『はーい!』
『結果が気になる!』
『どっちになっても楽しみだ』
『鈴木さん、ちゃんと準備しておけよ!』
『梓ちゃん、応援してる!』
『乙羽ちゃんたちも頑張って!』
コメント欄は、投票の締め切りを待つ視聴者たちの言葉で埋め尽くされていた。
鈴木は相変わらず余裕のある表情を浮かべている。
自分が模擬戦を受けることになれば、若い冒険者たちに実力の違いを見せつけられる。そう信じて疑っていないようだった。
しかし、乙羽たちの考えは違う。
今回の模擬戦は、ただ強さを競うためだけのものではない。
鈴木が自分の言動を見直すきっかけになるのなら、それも悪くない。
そして何より、配信を楽しみにしてくれている視聴者たちが望む形で進めることが大切だった。
やがて、アンケートの残り時間が少なくなっていく。
乙羽は画面を見つめながら、結果が表示されるのを待っていた。
果たして、視聴者たちはどちらを選ぶのか。
ティンカーベルのお散歩配信は、思いがけない分岐点を迎えていた。




