「……結構よ」
鈴木は、ティンカーベルの4人を見回すと、どこか得意げに笑った。
「こんな浅い階層なんてつまんないでしょ? 俺がもっと奥まで連れて行こうか?」
どうやら、彼女たちが低層を歩いていることが気になったらしい。
自分ならもっと深い階層へ案内できる。危険な場所でも安全に導ける。そんな自信が、言葉の端々から伝わってくる。
しかし、ティンカーベルの反応は鈴木の予想とは違っていた。
「……今日は、そういう配信じゃないんだけどぉ」
乙羽はカメラを意識しながらも、少しだけ眉を下げた。
「せっかく梓ちゃんと初めて一緒に配信してるんだよぉ。今日は道を覚えながら、ゆっくりお散歩する予定なの。急に奥へ行こうって言われても、困っちゃうんだけどぉ」
声こそ普段どおり柔らかいが、歓迎している様子はなかった。
柳も腕を組み、鈴木を眺める。
「そもそも、あんた誰なんだよ。いきなり現れて、俺が案内してやるって言われても、こっちは予定を決めて動いてるんだぜ?」
「柳、言い方」
琴が軽くたしなめたものの、彼女自身も鈴木に対して困惑していた。
「申し訳ありませんが、今日は梓にダンジョンの道を覚えてもらうことが目的です。深い階層を攻略する予定はありませんし、わざわざ予定を変更する必要もないと思います」
丁寧な説明だったが、断る意思は明確だった。
鈴木の笑顔が、ほんのわずかに引きつる。
『いきなり来て案内してやるは草』
『今日の配信内容、告知に書いてあったよね?』
『低層のお散歩配信なのに、なんで深層攻略に変更しようとしてるんだ』
『初コラボに乱入して仕切ろうとするの、なかなかすごいな』
『ところでこの人、誰だっけ? 名前は見たことある気がする』
『Sランク冒険者じゃなかった?』
『Sランクなのは知ってるけど、今ここで何をしたいのかはわからん』
コメント欄が早くも盛り上がり始める。
「おやおや、新米の皆さんは、俺のことをご存じないようですね?」
鈴木はわざとらしく肩をすくめた。
「このSランク冒険者、鈴木太郎を知らないとは。ははーん、さては冒険者登録したばかりで、先輩の顔を覚える暇もなかったのかな?」
自分で名乗りながら、勝手に納得したらしい。
どうやら彼は、ティンカーベルが自分を知らないのは、彼女たちがまだ経験の浅い冒険者だからだと考えたようだ。
「……なんか、一人で話が進んでるんだけどぉ」
乙羽は琴と柳を見比べた。
「有名な人なのかなぁ。私、聞いたことないんだけどぉ」
「いや、Sランクって言ってたじゃん!」
柳がすかさず突っ込む。
「うん。それは聞いたよぉ。でも、名前は知らなかったんだもん」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
柳も言い返せず、結局は肩をすくめた。
乙羽は相手を馬鹿にしようとしているわけではない。ただ本当に知らないのだ。突然現れた男性冒険者が、話を進めている。その状況に、少し困惑しているだけだった。
琴はもう一度、鈴木の顔をじっと見た。
「……ああ、思い出した。確か、冒険者協会の資料で名前を見たことがある気がする」
「そうでしょう、そうでしょう!」
鈴木は、ようやく自分の知名度が認められたと思ったのか、満足げに頷いた。
「Sランク冒険者ともなれば、協会でも名前が出るものですからね。君たちも、これから冒険者として活動していくなら、先輩とのつながりは大切にしたほうがいいですよ。実績のある冒険者から学べることは多いですから」
「資料で名前を見たことがあるだけで、何をしている人なのかまでは知らないけどね」
琴が落ち着いた口調で付け加えた。
「……え?」
鈴木の笑顔が止まった。
『琴ちゃん、きっちり追撃してて草』
『名前を見たことがあるだけで、尊敬してるとは言ってないからな』
『協会の資料に載ってるのと、本人が有名なのは別問題』
『先輩風吹かせようとして、まったく通じてないの面白い』
『そもそも今日のお散歩配信に何しに来たんだ?』
『案内役が欲しいなんて誰も言ってないんだよなぁ』
「ま、まあ、いいでしょう!」
鈴木は咳払いを一つして、再び乙羽たちに向き直った。
「これから覚えていけばいい話ですからね。それで、どうです? 俺が案内してあげれば、もっと深い階層まで効率よく進めますよ。君たちもSランクを目指しているのでしょう?」
「んぅ?」
乙羽は不思議そうに首を傾げた。
「私、もう暫定Sランクだよぉ?」
「……は?」
「琴と柳も、Aランクだよ」
琴が補足する。
「正式登録の手続きはまだ残ってるけどな!」
柳も胸を張った。
鈴木は3人を交互に見た。先ほどまでの余裕ある笑顔が、ほんの少しだけ崩れる。
「……君たちが、SランクとAランク?」
「うん。そうだよぉ」
乙羽はあっさりと頷いた。
「私たちのランクは、協会で確認してもらって決まったものだからねぇ。まだ正式な登録手続きは残ってるけど、だからって、今の活動ができないわけじゃないんだよぉ」
わざわざ誇るつもりはなかったが、誤解されたまま話を進められるのも面倒だった。
鈴木は一瞬だけ言葉を失ったものの、すぐに表情を取り繕った。
「なるほど……。最近、君たちの名前を耳にすることが増えたと思っていましたが、そういうことでしたか」
そう言いながらも、その目にはまだ値踏みするような色が残っていた。
「ですが、ランクと実力が必ずしも一致するとは限りませんからね。特に若い冒険者は、自分の力を過信しがちです。深い階層には、君たちがまだ経験していない危険もたくさんあります。実力があると思っていても、経験不足が原因で取り返しのつかない失敗をすることだってあるんですよ」
言葉だけを聞けば、後輩を心配する先輩の忠告にも聞こえる。
しかし、彼女たちの話をきちんと聞く気がないまま、自分の経験こそが正しいと決めつけているのが問題だった。
「それでぇ?」
乙羽が尋ねた。
「……え?」
「鈴木さんが強いのはわかったよぉ。Sランクなんだもんねぇ。でも、私たちは今日はお散歩配信をするって決めてるの。だから、私たちに何をしてほしいのか、ちゃんと教えてくれる?」
乙羽の口調は穏やかだった。
けれど、さっきよりも少しだけ声が低い。
初めてのコラボ配信なのだ。梓は今日を楽しみにしてくれていたし、乙羽自身も、新しい友達と一緒に配信する時間を楽しみにしていた。
そこへ突然現れた相手が、こちらの予定を聞こうともせず、自分の提案を押し通そうとしている。
乙羽としては、そろそろ話を終わらせたかった。
「いや、だからですね! 俺が君たちをもっと奥まで案内してあげようと言っているんですよ!」
「ふぅん……」
乙羽は特に感心した様子もなく、転移陣のほうへ視線を戻した。
「でも、今日は梓ちゃんに道を覚えてもらうお散歩配信だからぁ。奥まで行くことが目的じゃないんだよぉ」
「そうそう。別に深い階層に行かなきゃいけないわけじゃねぇしな」
柳もあっさりと続けた。
「せっかくの申し出だけど、今日は遠慮しておくね」
琴が丁寧に断る。
鈴木の口元がぴくりと動いた。
Sランク冒険者である自分が、わざわざ声をかけてやったのだ。
それなのに、彼女たちはまるで興味を示さない。
しかも、配信中である。ここで露骨に不機嫌な態度を見せるのは、さすがに得策ではないと考えたのだろう。鈴木はカメラの存在を意識しながら、なんとか笑顔を保った。
「……そうですか。それは残念ですね」
そして、ふと梓へ視線を向ける。
「ところで、そちらのお嬢さんは?」
梓は、それまで黙ってやり取りを見ていた。
鈴木のことは知っている。Sランク冒険者としての実績もあるし、実力があることも否定しない。
ただ、目の前で繰り広げられているやり取りを見て、なんとも言えない気分になっていた。
――この人、こんな調子で大丈夫なのかしら。
自分が提案を断られている理由を理解していないのか。それとも、理解していても、自分の立場を使えば押し切れると思っているのか。
どちらにしても、今のところ好印象とは言い難かった。
「霧ヶ峰梓よ。Sランク冒険者。今日はティンカーベルとコラボ配信をしているの」
「ほう、君もSランクですか!」
鈴木は、ここぞとばかりに笑顔を見せた。
「それなら話が早い。Sランク同士、先輩としていろいろ教えてあげてもいいですよ? 同じランクでも、経験の差は大きいものですからね。君も、もっと上を目指したいでしょう?」
「……結構よ」
「え?」
「私は今日、ティンカーベルと一緒に配信をするために来ているの。あなたに教えてもらうためじゃないわ」
梓はきっぱりと言った。
「それに、今の話を聞いている限り、あなたは私たちが何をしたいのか、確認すらしていないでしょう? 私たちが必要としているのは、頼んでもいない指導でも、予定にない攻略でもないの。今日の目的に付き合ってくれる人なら歓迎するけれど、勝手に予定を変えようとする人には、ついていくつもりはないわ」
鈴木の笑顔が、今度こそ固まった。
『梓ちゃん、きっぱり言った!』
『今日のゲストはティンカーベルとコラボしに来てるんだよな』
『話を聞いてないのは本当にそう』
『Sランク同士なら教えてやるって、なんで上から目線なんだ』
『梓ちゃんもSランクなんだから、本人が必要だと思えば自分で頼むだろ』
『初コラボを楽しみに来たのに、知らんおじさんに予定を変えろって言われたら嫌だわ』
『これ、鈴木さんが一番配信の目的を理解してない説』
乙羽は梓の隣に寄り、感心したように頷いた。
「梓ちゃん、はっきり言うねぇ。私も、今日の配信は梓ちゃんと一緒に楽しみたいんだよぉ。せっかく初めて一緒にやってるんだから、途中で別の企画に変えたくないんだよねぇ」
「当然でしょう? 私だって、今日を楽しみにしていたんだから」
梓はそう答えたあと、少しだけ頬を赤くした。
乙羽が自分との配信を楽しみにしていたと言ってくれた。それが嬉しかったのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
鈴木は、カメラに向かって笑顔を作り直した。
「ははは……。いや、若い方は元気があっていいですねぇ。まあ、最初はそう考えるものです。実際に経験を積んでいけば、俺の言っている意味もわかるようになるでしょう」
その声には、先ほどまでの余裕とは違う、わずかな苛立ちが混じっていた。
それでも彼は、まだ帰ろうとはしなかった。
そして、コメント欄には、彼にとってあまり嬉しくない情報が流れ始めていた。
『あれ、この人、静さんに何度も声かけて迷惑がられてた人じゃない?』
『あー! 見たことある。静さんが露骨に相手してなかった人だ』
『そうそう。Sランクだからって、静さんに先輩風吹かせてたとか聞いたな』
『乙羽ちゃんがお姉さんの妹だって知って、近づいてきたのか?』
『静さんと仲良くなりたいから、妹経由でつながろうとしてるとか?』
『いや、単に配信に映って知名度上げたいだけの可能性もあるぞ』
コメントを眺めていた乙羽は、きょとんと首を傾げた。
「お姉ちゃんの知り合いなのぉ? 私、鈴木さんって名前も聞いたことなかったんだけどぉ……」
そこには、探るような含みも、わざと知らないふりをするような意図もなかった。
静は家族に対して隠し事をするタイプではないが、嫌っている相手についてわざわざ話題にすることもない。だから、乙羽が鈴木のことを知らなくても不思議ではなかった。
「興味なかったから、乙羽にも言う必要なかったんじゃねぇのか?」
柳が率直に言った。
「静さんって、嫌な相手のことをいつまでも気にするタイプじゃないだろ。わざわざ家で話題にするくらいなら、さっさと忘れたいって思うんじゃねぇの?」
「そっかぁ……。じゃあ、本当に知らなかったんだねぇ」
乙羽は納得したように頷いた。
『わざわざ嫌ってる相手の話を妹にする必要ないもんな』
『静さん、妹の前では余計な愚痴を言わなそう』
『乙羽ちゃんが知らないのは普通に納得』
『本人の知らないところで過去の話が掘り返されてるの、配信ならではだな』
『ただ、これだけ話題になってるのに本人が気づいてないのはちょっと面白い』
鈴木の笑顔が少しずつぎこちなくなっていく。
まさか、配信中に自分と静の関係を掘り返されるとは思っていなかったのだろう。
「ま、まあ、その話はいいじゃないか!」
鈴木は、わざとらしく咳払いをした。
「過去の個人的なことはともかく、俺が案内してやるって言ってるんだし、せっかくだからコラボでもしないかい? Sランク冒険者が複数集まって探索するとなれば、配信としても見応えがあるでしょう。君たちにとっても、悪い話ではないはずですよ」
「……過去の個人的なこと?」
乙羽は小さく呟いたが、詳しい事情がわからないので、それ以上は尋ねなかった。
代わりに、琴が鈴木を見た。
「コラボ自体を否定しているわけではありませんよ。ただ、今日はすでに予定が決まっています。今から別の内容に変えるのは、視聴者の皆さんにも、梓にも失礼だと思います」
「そうだな。あたしたちも、今日はこのまま歩いて道を覚えるつもりだ。攻略配信をやるなら、別の日に改めて予定を組めばいいだろ?」
柳も続ける。
「今日の配信に無理やり入ろうとするから、話がややこしくなるんだよ。別の日に一緒に潜る企画を考えることまで、断ってるわけじゃないんだからさ」
乙羽も頷いた。
「うん。今日は梓ちゃんとの初コラボだから、このまま続けたいんだよぉ。鈴木さんと一緒に攻略する配信が面白そうなら、また別に考えればいいよねぇ。だから、今日はここまででお願いしたいなぁ」
柔らかい口調のまま、はっきりと線を引く。
ティンカーベルは、最初から鈴木を排除しようとしていたわけではない。別の日に攻略配信を企画するという提案までしているのだ。
少なくとも、今日の予定を尊重してくれるなら、話し合う余地はあった。
しかし、鈴木は彼女たちの返事を聞いても、すぐには引き下がらなかった。
「いやいや、そこまで難しく考える必要はないでしょう? 俺が同行すれば、皆さんにとっても勉強になりますし、視聴者の皆さんも普段とは違う探索を見られる。少し予定を変えるだけで、得られるものは多いと思いますよ」
彼はカメラに向けて、同意を求めるような笑顔を見せた。
しかし、コメント欄は鈴木の期待した反応を返さなかった。
『予定を変えるだけって、その予定を楽しみに見に来てる人がいるんですが』
『お散歩配信だから見に来たんだよ』
『攻略配信は別の日にって、ちゃんと代案まで出してくれてるのに』
『人の話を聞かずに自分の提案だけ押し通すの、指導以前の問題では?』
『鈴木さんの実力があるのはわかる。でも、今日は必要ないって言われてるんだよ』
『視聴者を理由にしてるけど、視聴者の反応を見てないのは本人では……』
リーゼロッテは、乙羽の肩のあたりに浮かびながら、ため息をついた。
「鈴木さん。先ほどから皆さんが何度も説明していますが、今日はお散歩配信です。配信の目的も、進む階層も、同行する相手も、すでに決まっています。それを理解したうえで参加したいという話ならともかく、自分が参加するために内容を変えろというのは、少々身勝手ではありませんか?」
穏やかな口調ではあったが、言葉には明確な皮肉が含まれていた。
「それに、案内役が必要なら、こちらからお願いしていますよ。頼まれてもいない指導を一方的に申し出て、断られたら何度も勧め直す。そういうやり方では、せっかくの実績も台無しになってしまうのではありませんか?」
「……あなたは?」
鈴木が初めて、リーゼロッテをまともに見た。
「私はティンカーベルの先生です。今日は配信の進行と安全確認を兼ねて同行しています」
「先生、ですか。なるほど……」
鈴木は、リーゼロッテの小さな姿を一瞥した。
その視線には、相手の実力を確かめるというより、見た目だけで判断しようとするような侮りがあった。
「まあ、皆さんの指導役ということなら、俺の言っている意味も理解していただけると思いますがね。若い冒険者には、実力を伸ばすための機会が必要です。俺はその機会を提供しようとしているだけですよ」
「機会を提供することと、相手の希望を無視して押しつけることは違います」
リーゼロッテは即座に返した。
「本当に皆さんの成長を考えているのであれば、まずは本人たちが何を必要としているのか、聞いてみてはいかがですか?」
『先生、今日ちょっと辛口だw』
『いや、言ってることは正しい』
『先生まで参加してるのに、まだ押し通そうとしてるのか』
『相手の希望を聞く、ってそんなに難しいことかな』
『鈴木さん、Sランクなら実力だけじゃなくて振る舞いも見られるんだぞ』
『ティンカーベル側は一貫して予定を守りたいって言ってるだけなんだよな』
鈴木の表情から、作り笑いが少しずつ消えていった。
彼は自分が親切心で提案しているのだと、本気で思っているのかもしれない。
だが、親切かどうかを決めるのは、提案する側だけではない。相手が必要としていないものを何度も押しつければ、善意のつもりでも迷惑になる。
そして、鈴木はそのことを理解しようとしていなかった。
「……なるほど。皆さんは、ずいぶんと自信がおありのようですね」
鈴木の声から、先ほどまでの愛想のよさが消えた。
視線が乙羽、琴、柳、そして梓へと順番に向けられる。
「そこまで俺の助言が必要ないとおっしゃるのなら、それだけの実力があるということなのでしょう。でしたら、その自信が本物なのか、少し興味が湧いてきましたね」
梓は鈴木を見据えたまま、眉をひそめた。
乙羽も、今度は笑顔を見せなかった。
せっかくの初コラボ配信を、これ以上好き勝手にされるつもりはない。
コメント欄には、次に何が起こるのかを見守る視聴者たちの言葉が、途切れることなく流れ続けていた。
『あ、これ完全に空気変わったぞ』
『最初から予定を尊重してくれれば済んだ話なのに』
『鈴木さん、まさかここから実力を試すとか言い出すのか?』
『梓ちゃん、もう十分怒ってるぞ……』
『乙羽ちゃんもさっきからかなり不機嫌だよな』
『お散歩配信のはずが、なんでこんな展開になってるんだよ!』




