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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「べ、別にそういうわけじゃないわよ!」

 ティンカーベルの公式配信チャンネルに、告知が掲載された。


『本日配信! 1層から始めるお散歩配信! 特別ゲストはなんと――!?』


 告知は短いものだったが、それだけでコメント欄やSNSは盛り上がった。


『お散歩配信ってなんだ?』


『ダンジョンで散歩するのか?』


『いつもの攻略配信とは違う感じ?』


『特別ゲスト!? 誰だろう』


『Sランク冒険者の誰か?』


『まさか静さん!?』


『いや、なんとって言うくらいだから意外な人かもしれないぞ!』


『1層からってことは、初心者向けの解説もあるのかな?』


『ティンカーベルが本気で散歩したら、何分で何層まで行くんだろうな』


『それは散歩じゃなくて競技だろw』


 配信開始前から、視聴者たちの予想は飛び交っていた。


 そして、配信開始時刻。


 画面に映し出されたのは、横浜ダンジョンの入り口だった。


「みんなぁ、こんにちはぁ!」


 乙羽がカメラに向かって手を振る。


「おっす! 今日も見に来てくれてありがとな!」


 柳も元気よく声を上げた。


「こんにちは。今日はいつもと少し違う配信になるよ」


 琴が穏やかに続ける。


「今日はねぇ、横浜ダンジョンのお散歩配信だよぉ!」


『こんにちはー!』


『待ってました!』


『お散歩配信って何するんだ?』


『ほんとに歩くだけ?』


『ダンジョン内を観光するのかw』


「そうそう。今日は攻略が目的じゃなくて、あちこち歩きながら紹介していく配信だよ」


 琴が説明を補足した。


「転移陣の場所を確認したり、通路の特徴を紹介したりする予定なんだ。普段の攻略配信とは違って、今日は戦闘よりも探索そのものを楽しんでもらえたらいいなと思ってるよ」


「それに、今日は特別ゲストもいるからねぇ」


『きた! ゲスト発表!』


『誰だ誰だ!?』


『もったいぶるなー!』


『まさか本当に静さん?』


「じゃあ、さっそく紹介するね」


 琴がカメラの横へ視線を向けた。


「今日のゲストは、Sランク冒険者の霧ヶ峰梓さんです!」


「……こんにちは。霧ヶ峰梓です。今日はよろしくお願いします」


 梓が少し緊張した様子でカメラに向かって頭を下げた。


 その瞬間、コメント欄が一気に流れ始める。


『えええええ!?』


『霧ヶ峰梓!? あのSランクの!?』


『本当にSランク冒険者じゃん!』


『最近、学園に転入してきたっていう子?』


『ティンカーベルと同じクラスになったって聞いたぞ!』


『まさかコラボが梓ちゃんとは!』


『意外だけど、めっちゃ豪華だな!』


「そうなんだよぉ。梓ちゃん、今は私たちと同じクラスなんだよねぇ」


 乙羽がのんびりと説明する。


「ええ。せっかく同じ学校になったんだから、一緒に何かできたらいいなと思ってね」


 梓はそう答えたものの、どこか落ち着かない様子だった。


 カメラを意識しているのか、それともコメント欄に流れる大量の反応に驚いているのか。普段の自信たっぷりな姿とは、少し違って見える。


「梓ちゃん、ちょっと緊張してる?」


 乙羽が尋ねる。


「べ、別に緊張なんてしてないわよ! ただ、コメントが思ったより多いなって……」


 琴が微笑んだ。


「今日はいつもどおりに話してくれれば大丈夫だよ。視聴者の皆さんも、梓さんがどんな人なのか知りたいと思っているはずだから」


「そ、そうね。わかったわ」


『梓ちゃん、ようこそ!』


『同じクラスなら仲良くなってほしい!』


『Sランク冒険者の話も聞きたい!』


『今日はよろしくお願いします!』


『緊張してるのかわいいw』


「……みんな、ずいぶん歓迎してくれるのね」


 梓はコメント欄を見つめ、少しだけ目を丸くした。


「うん。みんな、面白そうなことが好きなんだよぉ」


 乙羽はのんびりと答える。


「それに、梓ちゃんも強い冒険者だからねぇ。どんなお話が聞けるのか、楽しみにしてるんじゃないかなぁ」


「なるほどね……」


 梓は納得したように頷いた。


 彼女がティンカーベルに興味を持っていたことは事実だ。けれど、こうして実際に配信へ参加し、視聴者から歓迎されると、思っていた以上に嬉しさを感じる。


 もちろん、そんな気持ちは簡単には口にしない。


「ま、まあ、今日はお散歩配信なんでしょう? そろそろ行きましょうよ!」


「おっ、梓、やる気だな!」


「べ、別にそういうわけじゃないわよ!」


「ふふっ。じゃあ、出発する前に、今日の予定をもう少し説明しておこうか」


 琴がカメラに向き直る。


「まずは1層を歩きながら、通路の分岐や転移陣の場所を確認していくよ。途中でモンスターに遭遇しても、基本的には戦わずに進む予定です」


「必要のない討伐で、低層の冒険者の邪魔をするわけにはいきませんからね」


 リーゼロッテが補足した。


「もちろん、危険な状況があれば話は別ですが、今日は道を覚えることを優先しましょう」


『なるほど、ダンジョン紹介回か』


『転移陣の位置がわかるのは助かる』


『横浜ダンジョンに行く予定あるから、普通にありがたい』


『低層の冒険者に配慮してくれるのありがたいな』


『でもティンカーベルのお散歩って、普通の冒険者のお散歩と同じなのか?』


『そこが一番怪しいw』


「おいおい、今日はちゃんと普通に歩く予定だぞ?」


 柳がコメントを見ながら笑った。


「予定って言ったwww」


『予定は未定』


『柳ちゃん、自分でフラグを立てるなw』


「ちょっと、柳。視聴者の皆さんを不安にさせないの」


 琴が呆れたように言う。


「いや、あたしは普通に歩くつもりだって!」


「柳ちゃんが普通に歩くって言うと、逆に心配になるんだよぉ」


「乙羽まで!?」


 柳が声を上げると、琴も笑った。


「まあまあ。今日は道を覚えてもらうのも目的だから、あまり寄り道しすぎないようにしようね」


「わかってるって!」


 その後ろでは、ダンジョンの入り口を行き交う冒険者たちの姿が見えていた。


 今日は1層からのスタートということもあり、入り口付近にはティンカーベルの配信を見ているらしい人たちもいる。


「あっ、ティンカーベルだ!」


「本物だ! 配信してる!」


「こっち向いてー!」


 気づいたファンが手を振ると、乙羽たちもそれに気づいて手を振り返した。


 中にはカメラに向かってピースサインをする人までいる。


「おぉ、みんな元気だねぇ」


 乙羽もカメラの前でピースを返す。


「お、あっちもピースしてるぞ! じゃあ、あたしも!」


 柳が両手でピースサインを作ると、周囲から笑い声が上がった。


「柳、あんまりはしゃぎすぎないの」


「いいじゃん! せっかく応援してくれてるんだからさ!」


「ふふっ。まあ、そうだね」


 琴も笑顔で手を振った。


 乙羽の足元では、子犬姿のフェンちゃんが尻尾を振っている。


「わふっ!」


「あ、フェンちゃんもご挨拶だねぇ」


 乙羽がしゃがんで頭を撫でると、フェンちゃんは嬉しそうに彼女の手へ鼻先を押しつけた。


「かわいい!」


 梓も思わず声を上げた。


「ちょっと撫でてもいい?」


「もちろんだよぉ」


 梓がそっと頭を撫でると、フェンちゃんは彼女のほうへ体を寄せた。


「わぁ……ふわふわ」


「くぅん♪」


「ふふっ。すっかり気に入られたみたいですね」


 リーゼロッテが微笑ましそうに眺めた。


「そ、そうなの?」


「ええ。フェンちゃんは、気に入った相手には素直ですから」


「……そっか」


 梓は少しだけ頬を緩め、フェンちゃんの頭から背中まで優しく撫でた。


「よしよし。いい子ねぇ」


「わふっ!」


「……っ!」


 自分の口から自然に出た言葉に、梓は一瞬固まった。


 まるで昔から飼っている犬に話しかけているような口調になってしまったのだ。


「な、何よ。かわいいんだから仕方ないでしょう?」


「うんうん。かわいいもんねぇ」


 乙羽も隣からフェンちゃんを撫でる。


「えへへぇ。フェンちゃん、ふわふわ~」


「くぅん♪」


「梓ちゃん、もうちょっと撫でるぅ?」


「……いいの?」


「もちろんだよぉ」


「じゃ、じゃあ、少しだけ……」


 梓は再びフェンちゃんを撫で始めた。


 その様子を見て、柳がにやにやと笑う。


「おーい、梓。そろそろ配信の紹介に戻ってきてくれよー」


「わ、わかってるわよ! ちょっと撫でていただけでしょう!」


「いや、ずいぶん夢中だったじゃん!」


「うるさいわね!」


 琴も口元を押さえて笑った。


「まあ、フェンちゃんがかわいいのは事実だからね。梓が夢中になるのもわかるよ」


「琴まで……!」


 リーゼロッテはフェンちゃんの耳のあたりを優しく撫でながら、楽しそうに言った。


「ふふっ。配信が始まったばかりですし、少しくらい寄り道してもいいのではありませんか?」


「先生まで甘いんだから……」


 梓はそう言いつつも、フェンちゃんを撫でる手を止めようとはしなかった。


 コメント欄も、そんな様子を見逃さなかった。


『梓ちゃん、フェンちゃんに陥落してて草』


『もふもふタイム始まったw』


『お散歩配信、まだダンジョンに入ってないぞ!』


『フェンちゃんが強すぎる』


『梓ちゃんの「いい子ねぇ」がかわいかった』


『Sランク冒険者が子犬を撫でているだけの映像、需要しかない』


『今日の配信、平和だなぁ』


『このままフェンちゃんを撫でるだけでもいいぞ』


「んぅ? みんな、フェンちゃんが好きなのぉ?」


 乙羽がコメントを眺める。


「そりゃ、かわいいからな!」


 柳が即答した。


「フェンちゃんは、ティンカーベルの中でも人気があるからね」


 琴が頷く。


「私も、こんなにかわいい子がいたら撫でたくなると思います」


 リーゼロッテも楽しそうに笑った。


「……そ、そう。みんなもそう思うのね」


 梓は少しだけ嬉しそうにしながら、フェンちゃんの頭をもう一度撫でた。


「わふっ♪」


「……ふふっ」


 梓の表情が、自然と柔らかくなった。


 その瞬間、コメント欄にはさらに歓迎の声が流れる。


『梓ちゃん、もう馴染んでるな』


『初コラボでこんなに自然に笑ってるのいいね』


『ティンカーベルとの相性よさそう』


『フェンちゃんが架け橋になってるw』


『今日の特別ゲスト、梓ちゃんで正解だった』


『このまま仲良くなってくれ!』


「……みんな、ずいぶん歓迎してくれるのね」


 梓は画面を見ながら、少し驚いたように呟いた。


「うん。みんな、面白そうなことが好きなんだよぉ」


 乙羽はのんびりと答える。


「それに、梓ちゃんも強い冒険者だからねぇ。どんな話が聞けるのか、楽しみにしてるんじゃないかなぁ」


「なるほどね……」


 梓は納得したように頷いた。


 彼女がティンカーベルに興味を持っていたことは事実だ。けれど、こうして実際に配信へ参加し、視聴者から歓迎されると、思っていた以上に嬉しさを感じる。


 もちろん、そんな気持ちは簡単には口にしない。


「ま、まあ、そろそろ行きましょうよ!」


「おっ、梓、やる気だな!」


「べ、別にそういうわけじゃないわよ!」


「ふふっ。じゃあ、出発しようか」


 琴がカメラに向き直る。


「それでは、改めて今日の予定を説明するね。まずは1層を歩きながら、通路の分岐や転移陣の場所を確認していくよ。途中でモンスターに遭遇しても、基本的には戦わずに進む予定です」


「必要のない討伐で、低層の冒険者の邪魔をするわけにはいきませんからね」


 リーゼロッテが補足した。


「もちろん、危険な状況があれば話は別ですが、今日は道を覚えることを優先しましょう」


『了解!』


『低層の冒険者に配慮してくれるのありがたい』


『初心者向けの解説も期待してます!』


『転移陣の場所、覚えたいから助かる』


『今日はのんびり見られそうだな』


「はぁい。じゃあ、出発だねぇ」


 乙羽が手を振り、フェンちゃんも元気よく鳴いた。


「わふっ!」


「よし、行こうぜ!」


 柳が歩き出し、琴と乙羽が続く。


 梓もフェンちゃんに最後に一度だけ手を伸ばし、頭を撫でてから立ち上がった。


「……よし。今日はちゃんと道を覚えるわよ」


「うん。ゆっくり行こうねぇ」


「ええ。よろしくお願いするわ!」


 こうして、ティンカーベルと梓のお散歩配信が始まった。


 まだダンジョンの入り口を出たばかりだというのに、コメント欄はすでに賑やかだった。


 今日はどんな景色が見られるのか。


 そして、梓は無事に横浜ダンジョンの転移陣を覚えられるのか。


 視聴者たちも、それぞれの期待を胸に、配信を見守り始めた。


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