「それも充分迷惑だと思うけど!?」
最後の授業が終わり、教室には帰り支度を始める生徒たちの声が広がっていた。
乙羽は、スマートフォンを手にしながら、同じクラスの席で荷物をまとめている梓に声をかけた。
「梓ちゃん、今日配信するけどぉ、コラボする~?」
「え……?」
梓の手が止まった。
今、何と言われたのだろう。
配信。
コラボ。
つまり、ティンカーベルの配信に自分も出演しないか、という誘いだ。
梓は、これまで何度もティンカーベルの配信を見てきた。
ダンジョン攻略の様子はもちろん、三人の雑談や、配信中に起こる予想外の出来事も楽しみにしていた。乙羽たちの活動を間近で見たいという気持ちは、転校してきた理由の一つでもある。
その憧れの配信に、自分が参加できる。
しかも、乙羽本人から誘われたのだ。
「きょ、今日!?」
「うん。今日だよぉ」
乙羽はいつもの調子で頷いた。
「放課後だから、学校が終わってから配信しようと思ってねぇ。梓ちゃんも一緒だったら楽しそうだなぁって」
「い、行くわよ!」
梓は即答した。
あまりにも勢いよく返事をしたせいか、乙羽が少し目を丸くする。
「おぉ~。じゃあ、一緒に配信しようねぇ」
「ええ! もちろんよ!」
梓は嬉しさのあまり、思わず身を乗り出していた。
しかし、すぐに自分の態度を思い出したのか、こほんと咳払いをする。
「べ、別に、あなたたちとコラボしたいわけじゃないけど……。せっかく誘われたんだから、参加してあげてもいいわ!」
「そっかぁ。ありがとぉ」
「……もうちょっと反応してくれてもいいんじゃない?」
思わず本音が漏れた。
乙羽は不思議そうに首を傾げる。
「んぅ?」
「な、なんでもないわ!」
梓は慌てて顔をそらした。
もっと驚いてくれるとか、喜んでくれるとか、そういう反応を期待していたわけではない。決して、期待していたわけではないのだ。
ただ、もう少しだけ。
もう少しだけ、自分が参加することを喜んでくれたら嬉しいと思っただけである。
そんな気持ちを口に出せるはずもなく、梓は鞄のファスナーを閉めた。
すると、机の上にふわりと小さな影が落ちた。
「乙羽、今日は配信をするのですね?」
銀髪の妖精、リーゼロッテが乙羽の肩の近くまで飛んできた。
小さな体に蝶のような羽を持つ彼女は、いつものように落ち着いた様子だった。
「うん。梓ちゃんを誘ってみたんだよぉ」
「なるほど。梓も参加するのですか?」
「ええ! 誘われたからには、参加するわ!」
梓は少しだけ胸を張って答えた。
「そうですか。それはよかったですね」
リーゼロッテは穏やかに頷いた。
「最初に撮影や公開範囲について確認しておくといいですよ。映像に映してはいけないものや、話してはいけない情報もありますからね」
「わかってるわ。学校のことや個人情報には気をつけるつもりよ」
「それなら問題ありません。わからないことがあれば、始める前に確認しておきましょう」
「ええ、お願いするわ」
梓は素直に頷いた。
憧れの配信に参加できると聞いて浮かれていたが、確かに事前の確認は必要だ。
冒険者としての活動を配信する以上、何でも好き勝手に映せばいいというわけではない。ダンジョンの内部情報や、ほかの冒険者のプライバシーにも配慮しなければならないのだ。
その点、リーゼロッテはこうしたことにも詳しい。
梓は、先生が一緒なら安心して参加できそうだと感じていた。
「そういえば、琴と柳は?」
梓が尋ねると、乙羽は教室の入口へ目を向けた。
「もうすぐ来ると思うよぉ。配信の準備をしてから、ここに来るって言ってたからねぇ」
「そう。じゃあ、それまでに今日の内容を決めておきたいわね」
「うん。何をしようかなぁ?」
乙羽が考えるように首を傾げた、そのときだった。
「おーい、乙羽! 梓! 待たせたな!」
教室の入口から、柳の元気な声が響いた。
琴もその後ろから入ってくる。
「ごめんね。配信の機材を確認していたら、少し遅くなっちゃった」
「ううん。ちょうど今、今日の配信について話していたところだよぉ」
「今日の配信って、梓も参加するんだよな?」
柳が梓を見た。
「ええ。乙羽から誘われたのよ」
「おお! ついにコラボか!」
柳は嬉しそうに声を上げた。
「よかったじゃん、梓! せっかく同じクラスになったんだし、一緒に配信する機会があってもいいよな!」
「べ、別に、そんなに喜ぶことでもないでしょう?」
「いや、喜ぶことだろ。なあ、琴?」
「うん。私たちの配信を見てくれていた人が、一緒に出演してくれるのは嬉しいよ」
琴は微笑んだ。
「梓のことを知りたい視聴者もいるだろうし、本人が楽しめる配信にしたいね」
「……そ、そう」
梓は、またしても顔が緩みそうになるのを必死にこらえた。
自分のことを知りたい視聴者がいる。
その言葉だけで、胸の奥が少し温かくなる。
もちろん、配信に出るからには、視聴者に楽しんでもらいたい。自分のことを知ってもらえるのも嬉しい。
けれど、それ以上に、乙羽たちと一緒に活動できることが楽しみだった。
「それで、今日は何をするの?」
梓は気持ちを切り替えるように尋ねた。
「そうそう。それを決めようと思っていたんだよぉ」
乙羽が答える。
すると、柳がふと思いついたように口を開いた。
「そういや、梓って横浜のダンジョンの転移陣、記憶してるか?」
「え? いいえ。まだ記憶していないけど……」
「やっぱりか」
柳は頷いた。
「じゃあ、今日はさ、梓に転移陣を記憶させるために散歩配信にしねぇか?」
「散歩配信?」
梓が聞き返すと、柳は楽しそうに頷いた。
「そうそう。いつもみたいにダンジョンの奥まで潜ってモンスターを倒しまくるんじゃなくて、今日は移動メイン。横浜のダンジョンの中を案内しながら、転移陣を記憶させるんだよ」
「なるほど……」
梓は少し考え込んだ。
転移陣を記憶すること自体は、確かに必要だった。
ダンジョン内にある転移陣を覚えておけば、次からは目的の階層へ移動しやすくなる。ティンカーベルと一緒に活動することを考えても、覚えておいて損はない。
ただし、問題はそこではなかった。
「でも、散歩配信って言っても、ダンジョンの中を歩くんでしょう?」
「そりゃそうだな!」
「それって、普通に冒険者の活動を邪魔することにならない?」
梓は真剣な顔で尋ねた。
ダンジョンは観光地ではない。
冒険者たちが日々依頼をこなし、素材を集め、経験を積む場所だ。浅い階層には、まだ実力の低い冒険者も多い。
そんな場所を高ランク冒険者たちが配信しながら歩き回れば、周囲に影響が出る可能性もある。
「それは大丈夫だと思うよ」
琴が説明を引き継いだ。
「今日は浅い階層でモンスターを狩るつもりはないの。適正レベルの冒険者がいる場所で、私たちが先にモンスターを倒してしまったら、その人たちの経験を奪ってしまうからね」
「そういうことです」
リーゼロッテも頷いた。
「皆さんは高ランク冒険者です。低層のモンスターを相手にする必要はありませんし、今日は転移陣を覚えることが目的ですからね。討伐を優先する必要はないでしょう」
「なるほど。そこまで考えているのね」
梓は納得したように頷いた。
ティンカーベルが普段から高い実力を持っていることは知っている。
けれど、強いからといって、いつでも好きなように行動していいわけではない。ほかの冒険者が活動している場所では、周囲への配慮も必要になる。
そういうことをきちんと考えているのは、梓にとっても好印象だった。
「じゃあ、今日はモンスターを倒さずに、転移陣を巡っていくのね?」
「うん。そういう感じだよぉ」
乙羽が頷く。
「途中で道を覚えたり、景色を見たりしながら、のんびり歩こうねぇ」
「ふふっ。乙羽らしいね」
琴が笑った。
すると、柳が自信満々に胸を張る。
「まあ、移動なら任せとけ! あたしなら、壁際でも天井でも走れるぜ!」
「それも充分迷惑だと思うけど!?」
梓が即座に突っ込んだ。
ダンジョンは観光地ではない。
そのうえ、壁や天井を走る冒険者が配信しながら高速で移動していたら、周囲の冒険者が驚くに決まっている。
「大丈夫だって! 人がいたら避ければいいんだし!」
「その避け方が問題なのよ!」
「ふふっ。柳なら、本当に壁際を走っていきそうだね」
琴が笑う。
「おう! 必要なら天井も使うぜ!」
「だから、自慢するところじゃないでしょ!?」
梓は思わず声を上げた。
リーゼロッテは、三人のやり取りを聞きながら小さく頷いた。
「柳、移動能力を生かすのは構いませんが、ほかの冒険者がいる場所では普通に歩いてくださいね」
「えっ、先生まで!?」
「当然でしょう。速く移動できることと、速く移動するべきことは別ですから」
「うっ……。わかったよ」
柳は少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、素直に頷いた。
「まあ、今日は梓の案内が目的だしな。ちゃんと周りを見ながら歩くぜ!」
「最初からそうしてちょうだい……」
梓は深いため息をついた。
ただ、内心では少し楽しみでもあった。
ティンカーベルと一緒にダンジョンを歩き、転移陣を覚えていく。
それだけなら、普段の配信のような激しい戦闘はないかもしれない。けれど、三人と一緒に過ごせる時間は、それだけで貴重だった。
しかも、先生も同行してくれる。
ダンジョン内で何かあったとしても、対応できる人がいるという安心感は大きかった。
「先生も一緒に来てくれるんだよね?」
梓が確認する。
「ええ。私も同行しますよ。転移陣の位置や周囲の状況について、必要なら補足します」
「よかった。よろしくお願いするわ」
「こちらこそ。今日は安全に、楽しく進みましょう」
リーゼロッテは穏やかに微笑んだ。
乙羽は三人を見回して、嬉しそうに手を叩く。
「じゃあ、今日は横浜のダンジョンのお散歩配信だねぇ」
「決まりだな!」
「いいと思う。無理に戦闘を入れなくても、転移陣の情報や道順を紹介するだけで、視聴者にとって役立つ配信になるはずだよ」
琴が頷いた。
「そうですね。普段の攻略配信とは違った内容になりますし、ダンジョンに慣れていない視聴者にも楽しんでもらえるかもしれません」
リーゼロッテも賛成した。
しかし、梓はまだ少し不安そうだった。
「……本当に、普通に歩くだけで済むのよね?」
「うん?」
乙羽が首を傾げる。
「そうだよぉ。お散歩だもん」
「その言葉、あなたたちが言うと信用できないのよ!」
梓のツッコミが教室に響いた。
柳が声を上げて笑い、琴も口元を押さえる。
リーゼロッテは、そんな梓に向かって落ち着いた声で告げた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。少なくとも、今日は最初から戦闘を目的にしているわけではありませんから」
「……少なくとも、って何?」
「言葉どおりです」
「そこは『大丈夫』だけでいいでしょう!?」
梓は思わず頭を抱えた。
乙羽は楽しそうに笑っている。
「まぁまぁ、梓ちゃん。何かあったら先生もいるからねぇ」
「その先生が一番読めないのよ!」
「おや、そうですか?」
リーゼロッテは不思議そうに首を傾げた。
「私は、皆さんが安全に活動できるように同行するつもりですよ?」
「……それなら、いいけど」
梓はひとまず納得した。
もっとも、彼女はまだ知らない。
乙羽たちにとっての「お散歩」が、一般的な冒険者の感覚とは少し違うことを。
そして、今日は散歩配信のまま終わるはずだった時間が、思いもよらない人物の登場によって、大きく変わっていくことになるのだった。




