「そんなこと聞いたら、断る理由ないでしょ!」
「……いいわ。鑑定の日程は、あとで相談させてもらうから」
「はい。都合が合えば対応しますよ」
リーゼロッテは軽く頷いた。
その返事を聞いて、梓は小さく息を吐く。
まずは、自分にどんな可能性があるのかを知ることだ。固有魔法がどのようなものなのか、まだ完全には理解できていない。
けれど、少なくとも今まで知らなかった力が、この世界には存在している。
梓はその可能性に、確かな興味を抱いていた。
「ところで、先生。もし私がタイムジェイルに行くとしたら、どのくらいの時間を修行に使うことになるの?」
梓が尋ねると、リーゼロッテは少し考えるように首を傾げた。
「もちろん、今回は丸一日いればいいというわけではありませんよね」
「え?」
「大体、あなたたちが以前に使った時間の大半は、モンスター討伐に費やしたものですから。すでにレベル62である彼女なら……そうですね。こちらの時間で15日ほどあれば十分でしょう」
「15日!?」
梓が驚きの声を上げた。
「ええ。魔力操作の精度を上げる訓練で、少しもたつく可能性はありますが、そのくらいを目安にすればいいと思います」
「私たちが成功したときは、10日くらいだったし!」
瑠奈が身を乗り出して説明した。
「元々レベルが高くて、魔力操作にも慣れてる梓ちゃんなら、もっと早いかもしれないよ!」
「まあ、そうなるだろうね」
アリスも頷いた。
「彼女はもうすでに地球では有名だからね。冒険者としての経験も十分にあるし、新しい技術を身につけるための基礎もできているんだろう」
「……つまり、地球では2時間くらいしか経過していないのに、あちらではかなりの時間を練習に使えるということ?」
梓は確認するように尋ねた。
「そうなるねぇ」
乙羽がのんびりと答える。
「でも、やる気がないと無理かもぉ。それだけ時間が過ぎていくんだよぉ」
「……それは、そうね」
梓も納得した。
いくら時間を確保できるといっても、本人が真面目に取り組まなければ意味がない。
逆にいえば、集中して訓練に取り組む覚悟さえあれば、短い地球時間で大きく成長できる可能性があるということだ。
「そういえば、前回のドライアドは優しかったけどよ」
柳が、何かを思い出したように口を開いた。
「あたしと琴が行ったときは、ドライアドがすごいキツい性格してたわ……!」
「メスガキムーブをしていたね。ざぁ~こって、よく言われた……」
琴も、どこか遠い目をしていた。
「……ざぁ~こ?」
梓は思わず聞き返した。
「そうそう! こっちが必死に訓練してるのに、失敗するとすぐにからかってくるんだぜ!」
「いや、それはそれで面白そうじゃねぇか!」
龍太が勢いよく反応した。
「ご褒美じゃねぇか!」
「龍太くん、変態さんだぁ」
「ち、違う! そういうやつもいるんだろうなって思っただけだ!」
龍太は慌てて否定したが、周囲の視線はどこか生温かい。
「ふふっ。もちろん、やりなさいって話ではないよ」
アリスが笑いながら話を戻した。
「先生が、君を戦力として考えて提案してくれただけだからね。行くかどうかは梓が決めればいい」
「そんなこと聞いたら、断る理由ないでしょ!」
梓は即答した。
異世界で修行できる。しかも、自分に合った魔法を学べる可能性があり、地球ではほとんど時間が経過しない。
これだけの条件が揃っているのだ。
わざわざ断る理由など、梓には思い当たらなかった。
「決まりですね。では、行くことになったら準備しておいてください」
リーゼロッテは、あっさりと話を進めた。
「ただし、異世界転移ですからね。地球ではあなたがいないことになります。時間には気をつけてください」
「わかってるわ」
「旅行気分で、着替えなどを用意しておけばいいですよ。必要なものは向こうにもありますが、自分が使いたいものは持っていったほうがいいでしょう」
「なるほど……」
梓はスマートフォンを取り出し、予定を確認するように画面を眺めた。
実際に行くことになれば、学校の予定や家族への連絡も考えなければならない。
どれだけ便利な場所でも、地球側の生活を忘れていいわけではないのだ。
「それと、娯楽も用意しておいたほうがいいですね」
「え?」
梓が顔を上げると、政宗が頷いた。
「向こうでやることって、基本的には授業とモンスター討伐くらいしかないからね。訓練に集中するのは大事だけど、何か息抜きできるものがあったほうがいいよ」
「確かに、ずっと修行ばかりでは疲れましたね」
ヒカルも同意した。
「私も、積んでいた本の消化がすっきり終わりましたよ。まとまった時間が取れたので、読みたかったものを一気に読めました」
「敷地内から出られないから、散歩もできないしね」
翔が付け加えた。
「外に出て気分転換、というわけにもいかないから、部屋で過ごせるものは必要だと思う」
「なるほど。娯楽も大事なのね……」
梓は真剣に考え始めた。
修行のために異世界へ行くのだから、訓練に集中するのは当然だ。
しかし、何日も同じ場所で過ごすとなれば、息抜きの手段も必要になる。
「私は前回、かなりの電子書籍や動画、ゲームを持っていきましたが……やはり、オフラインでは対戦が面白くないですね」
「先生、ゲーム好きだもんねぇ」
「もちろんです。修行以外の時間も必要でしょう?」
「でも、オフラインってオンライン対戦ができないしつまんないかもねぇ」
「そういうことです。対戦相手がいないゲームは、どうしても楽しさが減りますからね」
「先生、そこは我慢するしかないだろ……」
柳が呆れたように言った。
「タイムジェイルの中でネットが使えないのは、どうしようもないんだからさ」
「わかっていますよ。だからこそ、事前に準備する娯楽は重要なのです」
リーゼロッテは真面目な顔で頷いた。
「電子書籍や動画は問題ありませんが、ゲームは内容をよく考えて選んだほうがいいでしょうね。1人で遊べるものなら、比較的長く楽しめますから」
「……なんだか、修行よりも準備の話が盛り上がってない?」
琴が小さく笑った。
「だって、長い時間を過ごすんだから大事だよぉ」
乙羽は、まったく悪びれずに答えた。
「そうね。私も本やゲームを確認しておこうかしら」
異世界で修行するという話だけでも十分に驚くべきことなのに、実際に経験した者たちは、ずいぶんと慣れた様子で準備の話をしている。
それだけ、タイムジェイルが彼女たちにとって身近な場所になっているのだろう。
「……わかったわ。行くことになったら、娯楽もちゃんと準備する」
「うんうん。せっかくなら、楽しく過ごせるほうがいいからねぇ」
乙羽が笑う。
「ただし、修行も忘れないようにしてくださいね」
リーゼロッテが釘を刺した。
「わかってるわよ!」
梓はすぐに答えた。
こうして、梓のタイムジェイル行きは、本人の中ではほとんど決定事項になっていた。
あとは鑑定を受け、自分に合った魔法を確認すること。そして、行く日程と必要な準備を整えることだ。
異世界でどのような力を身につけられるのか。
梓は、これから始まるかもしれない修行に、期待を膨らませていた。




