「ログインボーナスをもらえないような、なんとも言えない残念な気分になるんです」
リーゼロッテの説明を聞き終えた梓は、まだ少し興奮した様子で彼女を見つめていた。
地球では手に入らない魔法を習得できる。しかも、本人の適性次第では、自分だけの固有魔法を身につけられる可能性まであるという。
Sランク冒険者として活動している梓にとって、それは無視できない話だった。
「……それで、私もそのタイムジェイルとやらに連れていってもらえるの?」
「ええ。希望するなら、検討はできますよ」
リーゼロッテはあっさりと答えた。
「ただし、私は連れていったらすぐに帰ります」
「は?」
梓は思わず聞き返した。
今、何と言ったのだろうか。
「今回はずっといるわけではないんだね?」
アリスが確認するように尋ねる。
「ええ。もうすでにレベル62でしょう? モンスターの試し撃ちで召喚陣を使うくらいはいいと思いますが、基本的には教師に任せればいいんじゃないです?」
リーゼロッテは、まるでそれが当然だと言わんばかりに続けた。
「私も、あなたたちには直接教えていないでしょう?」
「確かに、習うまでは教師の皆さんにお任せすればいいですし、先生が無理に残る必要もないですね。帰還の設定をしてもらえれば十分では?」
政宗も納得した様子で頷いた。
「ええ、政宗君の言うとおりですね。わざわざ覚えるまで私がいる意味がありません。自動設定にすれば地球に戻れますから。私、忙しいんですよ。知っていますか? あちらの世界で1日過ごすごとに、毎朝の楽しみであるログインボーナスをもらえないような、なんとも言えない残念な気分になるんです」
「なんとなくわかります……」
祐樹が、ぽつりと呟いた。
「地球では時間が過ぎていないのに、なんだか自分だけ損したような気分になるというか……」
「そうでしょう?」
リーゼロッテは真剣な顔で頷いた。
「もちろん、実際にログインボーナスを取り逃しているわけではありません。地球に戻れば、いつもどおり受け取れます。ですが、毎朝の楽しみがあるのに、それを味わえない期間が続くのは寂しいものです」
「……ああ、そういうことか」
政宗が納得したように頷く。
「地球では時間が経過していないから、ログインボーナスも普通に受け取れる。でも、タイムジェイルの中にいる間はログインできないから、毎朝の楽しみがないような気分になるんですね」
「そのとおりです。理屈では問題ないとわかっていても、気持ちの問題なのですよ」
「いや、気持ちはわかるけどさ……」
龍太が苦笑した。
「それで異世界からすぐ帰ろうとするのかよ」
「毎朝の楽しみは大切ですからね」
リーゼロッテは、少しも譲るつもりがない様子だった。
「特に、連続ログインの報酬がある場合は深刻です。1日でも逃すと、積み重ねてきたものが途切れてしまいますから」
「先生、そういうところは本当にぶれないねぇ……」
乙羽が苦笑する。
「当然です。日々の積み重ねは大切ですから」
「いや、修行の話をしていたはずなんだけど……」
琴が小さく呟いた。
梓は一連のやり取りを眺めながら、こめかみを押さえた。
異世界。
時間の流れが違う修行空間。
地球では習得できない魔法。
そこまでは、まだ理解できる。
だが、異世界への案内役が、ログインボーナスを理由に滞在を断ろうとしている。
「……待って。あなた、何千年も生きているんでしょう?」
「ええ」
「それなのに、ログインボーナスのために帰るの?」
「何千年生きていても、ログインボーナスは毎日1回ですからね。取り返しがつきません」
「取り返しがつかないって……!」
梓は言葉を詰まらせた。
どうやら、リーゼロッテにとっては大真面目な問題らしい。
しかも、政宗や祐樹まで、どこか納得したような顔をしている。
「……あなたたち、これが普通なの?」
「先生は昔からこんな感じだよぉ」
乙羽がのんびりと答えた。
「でも、ちゃんと帰還の設定はしてくれるから大丈夫だよぉ。修行する場所も教師の先生たちも用意してくれるしねぇ」
「そうそう。前に俺たちが修行したときも、教師の人たちにいろいろ教えてもらったんだぜ」
柳も頷いた。
「先生がずっと付きっきりだったわけじゃないし、修行自体は問題なくできたからな!」
「……なるほど」
梓は何とか気持ちを落ち着けようとした。
要するに、リーゼロッテが異世界への案内と帰還の設定をしてくれれば、修行そのものは現地の教師に任せられるということだ。
それなら、彼女がずっと付き添う必要はない。
理屈としては理解できる。
ただ、どうにも納得しづらい部分が残っていた。
「……本当に、そんな理由で帰っちゃうの?」
「そんな理由とは何ですか。毎日の楽しみですよ?」
「わ、わかったわよ……」
梓はそれ以上、追及するのを諦めた。
どうやら、この妖精に常識を求めても仕方がないらしい。
とはいえ、異世界で修行できるという話そのものが消えたわけではない。
梓は気を取り直し、リーゼロッテに向き直った。
「それで、私が固有魔法を覚えられるかどうかは、どうやって判断するの?」
「まずは適性を鑑定してみましょう。どのような魔法と相性がいいのかを確認してから、候補を考えればいいのです」
「なるほど……」
梓は少し考え込んだ。
自分はすでにSランク冒険者だ。今の実力に満足しているわけではないが、何でもいいから新しい力が欲しいというわけでもない。
せっかく学ぶのなら、自分の戦い方に合った魔法を身につけたい。
「……わかったわ。まずは鑑定をお願いする」
「ええ。では、次に会う機会にでも確認しましょうか」
「今じゃないの!?」
梓の声が、再び応接室に響いた。
「私、忙しいんですよ」
「ログインボーナスでしょう!?」
「それもありますが、ほかにも予定はありますからね」
「もうっ……!」
梓は思わず頭を抱えた。
異世界の魔法を学ぶという話は、確かに魅力的だ。
しかし、そこへたどり着くまでに、どうしてこうも調子を狂わされるのだろう。
それでも、梓は諦めるつもりはなかった。
せっかくティンカーベルと知り合い、十席の一員にもなれたのだ。
ここで得られる機会を、簡単に手放すつもりはない。
「……いいわ。鑑定の日程は、あとで相談させてもらうから」
「はい。都合が合えば対応しますよ」
リーゼロッテは軽く頷いた。
その返事を聞いて、梓は小さく息を吐く。
まずは、自分にどんな可能性があるのかを知ることだ。
固有魔法がどのようなものなのか、まだ完全には理解できていない。
けれど、少なくとも今まで知らなかった力が、この世界には存在している。
梓はその可能性に、確かな興味を抱いていた。
そして同時に、心の中でひとつだけ決意する。
(……絶対に、先生の都合に振り回されないようにしないと)
そんな梓の決意など知る由もなく、リーゼロッテはすでに、今日のログインボーナスについて考え始めていた。




