「……ふふ。面白くなってきたじゃない」
「先生、固有魔法って、具体的にはどういうものなの?」
梓の問いに、リーゼロッテは小さく頷いた。
「そうですね。簡単に説明しましょうか」
リーゼロッテは会議室にいる全員を見渡してから、話を始めた。
「地球には存在せず、地球の人間には発音も理解もできない言語を使って発動する魔法、と考えていただければいいでしょう」
「発音も理解もできない?」
梓は眉を寄せた。
「ええ。魔法を発動させるためには、こちらの世界の言語を理解し、正しく扱う必要があります。ですが、地球で暮らしている人間には、その言語を理解することも、正しく発音することもできません」
「じゃあ、仮に誰かがその魔法を教えてもらったとしても、地球では使えないってこと?」
「そのままでは、そうなりますね」
リーゼロッテはあっさりと答えた。
「ただし、私が招待すれば話は別です」
「招待?」
「はい。私が皆さんを招待しているのは、タイムジェイルと呼んでいる、私の世界にある妖精界です。そこへ入ると、異世界の言語を理解し、発音できるようになります」
「……えっ?」
梓は目を丸くした。
「異世界に行くだけで、言葉がわかるようになるの?」
「正確には、私の世界に招待された方には、こちらの言語を理解して扱えるようになる効果が働くのです。ですから、魔法の発動に必要な言葉も習得できます」
リーゼロッテは指を一本立てた。
「そして、一度こちらの世界で魔法を習得すれば、地球へ戻ってからも使えます。言葉を理解できない地球の人間から見れば、その魔法は本人にしか使えない、オリジナルの魔法のように映るでしょう」
「なるほど……」
梓は考え込んだ。
つまり、魔法そのものが本人専用というわけではない。
異世界の言語を理解できない人間には、発動方法を再現できない。そのため、結果として個人固有の魔法のように扱われるわけだ。
「もちろん、地球にも似たようなスキルや魔法は存在するかもしれません。ですが、仕組みや発動方法まで同じとは限りません。厳密には別物と考えてください」
「じゃあ、私たちが使っている魔法とは、根本的な部分から違う可能性があるのね」
「そういうことです」
リーゼロッテは頷いた。
梓はしばらく黙っていた。
Sランク冒険者として、これまでさまざまな魔法やスキルを見てきた。珍しい能力を持つ冒険者にも会ったことがある。
しかし、異世界の言語を使って発動する魔法など、聞いたこともなかった。
「……待って。それって、かなりすごい話じゃない?」
「そうですね。ただ、誰にでも教えられるわけではありませんし、習得にも時間がかかります。覚えればすぐに強くなれる、というものでもありませんよ」
「それはわかっているわ。でも……」
梓は、乙羽たちへ視線を向けた。
「あなたたちは、そんな魔法を実際に覚えてきたのよね?」
「うん。いろいろ覚えたよぉ」
乙羽はいつもの調子で答えた。
「私は、覚えた魔法を組み合わせる練習もしてるんだよねぇ」
「私は防御に使える技術を身につけたし、柳は影を利用する魔法を学んだわ」
琴が補足する。
「そうそう! 影を使った移動も、前よりずっと便利になったぜ!」
柳も得意げに頷いた。
「……あなたたち、さらっと言っているけどね」
梓は額を押さえた。
「異世界で魔法を習得して帰ってきたって、普通はそんな話にならないのよ!」
「でも、実際にそうなんだよぉ?」
「それはそうだけど!」
乙羽ののんびりした返答に、梓は思わず声を上げた。
アリスはそんな梓を見て、苦笑する。
「まあ、私たちも最初は驚いたよ。今では先生の指導を受けられることが、どれだけ貴重なのかもわかっているけどね」
「だからこそ、タイムジェイルをもっと多くの冒険者に利用させてほしいとお願いしていたんですね……」
梓は先ほどの話を思い出した。
アリスたちは、確定順位の上位者にも修行の機会を与えられないかと考えていた。
だが、リーゼロッテは断った。
時間をかけて修行できるだけでなく、地球にはない魔法や技術まで習得できるのなら、協会や学園が利用したがるのも理解できる。
それでも、リーゼロッテに協力する義務はない。
「そういうことです。私の世界や知識を、地球の組織に無条件で提供するつもりはありません」
リーゼロッテは念を押した。
「誰に教えるかは、私が決めます。今回、皆さんを招待したのも、私自身が協力したいと思ったからですよ」
「……なるほどね」
梓はゆっくりと頷いた。
自分もSランク冒険者として、強くなる機会があるのなら興味はある。
けれど、先生が誰にでも同じ機会を与えるわけではないことも理解できた。
「それで、先生。さっき、私にも固有魔法を覚えてもらうのはありだって言っていたわよね?」
「ええ。あなたの戦闘技術に、新しい魔法を組み合わせれば、戦い方の幅を広げられる可能性がありますから」
「……それは、ちょっと興味があるわね」
梓の表情が変わった。
知らないものを知ることも、新しい技術を身につけることも、冒険者としては魅力的だ。
ただし、すぐに飛びつくつもりはない。
「でも、まずはどんな魔法があるのか、ちゃんと説明してちょうだい。それから考えるわ」
「もちろんです。あなたの適性を確認したうえで、何を学ぶのがよいか検討しましょう」
「適性まで調べられるのね……」
「ええ。先ほども言ったとおり、鑑定魔法も使えますから」
「そこはもうわかったわよ!」
梓は思わず突っ込んだ。
会議室に小さな笑いが広がる。
異世界の言語、時間の異なる修行空間、地球では使えないはずの魔法。
今日だけで、梓の知らない事実がいくつも明らかになった。
けれど、彼女は不思議と怖いとは思わなかった。
むしろ、これからどんなことを学べるのか、興味が膨らんでいた。
「……ふふ。面白くなってきたじゃない」
梓は小さく笑った。
転校してきた目的は、ティンカーベルと知り合うことだった。
しかし、どうやらそれだけでは終わりそうにない。
この学園には、自分がまだ知らない世界への入口がある。
そして、その入口を開く鍵を持っているのが、目の前に浮かぶ小さな妖精だった。




