「そんなお気軽な異世界転移、知らないわよーーーー!」
「さて、それじゃあ会議を始めよう」
アリスがそう告げると、会議室に集まっていた面々が席についた。
新たに十席入りした梓も、興味深そうに周囲を見回している。
競技会に向けた会議と聞いていたが、いったいどんな話をするのだろうか。
そんなことを考えていると、アリスが小さな妖精へと視線を向けた。
「まず先生。タイムジェイルの件ですが」
「……残りの確定序列メンバーにも利用させてほしい、という件でしたら嫌ですね」
リーゼロッテは即答した。
「もう、あなたたち7人はレベル50から55まで上がりました。十分な成果は出ていますし、これ以上、同じような要望に応じるつもりはありません」
「やはり、20位までの確定者にはダメですか」
「ダメですね」
あまりにもあっさりした返答だった。
アリスは予想していたのか、特に驚くことなく頷いた。
「そうですか……。わかりました。先生の協力がなければ成立しない話ですから、無理にお願いするつもりはありません」
「理解していただけて助かります」
リーゼロッテは満足そうに頷いた。
その一方で、梓は話についていけず、首を傾げていた。
「……ねえ。さっきから言っているタイムジェイルって何なの?」
梓の問いに、会議室の視線が集まる。
「あなたたち、当たり前のように話しているけど、私には何のことだかさっぱりわからないわよ?」
「おや?」
リーゼロッテは梓を見つめ、少しだけ目を細めた。
「……梓さん、あなたはレベル62ですね」
「――っ!?」
梓の表情が固まった。
「な、何でわかるのよ!? 私、レベルなんて一言も言ってないわよ!?」
「伊達に数千年生きていませんよ」
リーゼロッテは、さも当然というように答えた。
「魔力の質や流れを見れば、おおよその実力は把握できます。もちろん、レベルを正確に読み取るには鑑定が必要ですが、私使えますし」
「数千年……?」
梓は一瞬、そちらにも反応しかけたが、すぐに首を振った。
「いや、今はそこじゃないわ!?鑑定・・・とんでもないわね・・・!」
「それよりも、梓さんにタイムジェイルは必要ないでしょうね」
「だから、そのタイムジェイルって何なのよ!?」
梓の声が、会議室に響いた。
リーゼロッテは小さくため息をつく。
「おや。配信での修行内容はご存じのようですが、正式名称までは知らなかったのですね」
「ああ、そういうことか」
アリスが納得したように頷いた。
「梓は、私たちが短期間で成長したことや、修行をしていたことは知っているんだね。でも、具体的な仕組みまでは知らなかったのかな」
「そうよ! 配信で訓練していたことは話していたのは知っているわ。でも、タイムジェイルなんて言葉は初めて聞いたわよ!」
「そこまで広げたい話ではありませんからね」
リーゼロッテは淡々と答えた。
「ただ……そうですね。梓さんにも固有魔法を覚えてもらい、今後の戦力になってもらうのはありかもしれません」
「……は?」
梓の目が点になった。
「話を進めないでほしいわ!? 固有魔法って何!? 私、そんなものを覚えるなんて一言も言ってないんだけど!?」
「まだ提案しただけですよ」
「提案の前に説明してちょうだい!」
梓は思わず机に手をついた。
さっきから、知らない単語が次々と飛び出してくる。
しかも、周囲の人間は誰一人として驚いていない。
まるで自分だけが、重大な話から置いていかれているようだった。
梓は助けを求めるように政宗を見る。
「政宗! あなた、何か知っているんでしょう!?」
「うん。知っているよ」
「だったら説明しなさいよ!」
「先生、詳細を話しても?」
政宗がリーゼロッテに確認した。
リーゼロッテは少し考えたあと、あっさりと頷いた。
「十席に入った時点で、そこまで秘密にしろとは言いませんよ。本人が知りたいのであれば、説明しても構いません」
「わかりました」
政宗は梓へ向き直った。
「では、説明するよ」
そして、いつもどおりの落ち着いた口調で話し始めた。
「僕たち10人は、先生の世界にある修行空間で訓練をしてきたんだ。地球での時間は1日でも、向こうでは最大で3か月ほど修行できる場所だよ」
「……は?」
「そこで専門の教師から指導を受けて、地球とは違う技術や魔法を教わったんだ。僕たちが短期間でレベルを上げられたのも、その環境で訓練したからだね」
政宗は淡々と説明を続ける。
「もちろん、ただ時間が長いだけじゃない。魔法の適性を調べてもらったり、自分に合った技術を学んだり、訓練用のモンスターと戦ったりもした。今回の合宿では、全員がそれぞれの目標に向けて修行してきたんだ」
「……ちょっと待って」
梓が片手を上げた。
「今、先生の世界って言った?」
「うん」
「地球とは違う技術や魔法?」
「そうだよ」
「地球で1日なのに、向こうでは3か月?」
「最大で、だけどね」
梓はゆっくりと全員を見回した。
乙羽、琴、柳。
政宗、アリス、龍太、ヒカル、祐樹、瑠奈、翔。
誰もが、特におかしな話をしているとは思っていない様子だった。
「……あなたたち、そんな場所で修行していたの?」
「うん。そうだよぉ」
乙羽が、いつもの調子で頷いた。
「楽しかったよぉ。先生の世界には、地球にはない魔法もいっぱいあるんだよねぇ」
「楽しかった、じゃないわよ!?」
梓は思わず声を上げた。
「異世界に行って修行していたってことでしょう!? そんなことができるなんて、普通は知らないわよ!」
「まあ、そうだね」
アリスは苦笑した。
「異世界転移というやつだよ。流行ってるよね?」
「そんなお気軽な異世界転移、知らないわよーーーー!」
梓の絶叫が、会議室いっぱいに響き渡った。
◇
しばらくして。
梓は椅子に座り直し、両手で額を押さえていた。
「……ちょっと情報量が多すぎるわ」
「そうかなぁ?」
乙羽は不思議そうに首を傾げた。
「私たちにとっては、もう何度か行ってる場所だしねぇ」
「あなたたちは慣れているかもしれないけど、私は初耳なのよ!」
「まあ、無理もないね」
琴が苦笑しながら口を開いた。
「私たちも、最初に先生から説明を受けたときは驚いたもの。地球の常識とはかなり違うからね」
「そもそも、異世界が存在すること自体、普通は想定しないでしょう……」
梓は深く息を吐いた。
自分はSランク冒険者だ。
ダンジョンに関する知識も、それなりに持っているつもりだった。魔法やスキルについても、一般の冒険者よりは詳しい。
けれど、時間の流れが異なる異世界で修行できるなど、聞いたこともなかった。
しかも、目の前の面々は実際にそこへ行き、専門の教師から指導を受けてきたという。
短期間でのレベルアップにも、ようやく納得がいった。
「……だから、政宗があんなに強くなっていたのね」
「そういうことだね」
政宗は頷いた。
「僕自身、かなり鍛えられたと思うよ。まだまだ課題はあるけどね」
「それを言えるのがすごいわよ……」
梓は呆れたように呟いた。
そして、ふとリーゼロッテへ視線を向ける。
「それで……私にも固有魔法を覚えさせるって話は、どういう意味なの?」
「そのままの意味ですよ」
リーゼロッテは答えた。
「あなたはSランク冒険者ですし、戦闘技術も十分に身についているようです。そこへ、地球では一般的に学べない魔法を一つ加えることができれば、戦力としての幅も広がるでしょう」
「……それは、確かに魅力的な話だけど」
梓は少しだけ考え込んだ。
強くなれる機会があるのなら、興味はある。
だが、何もわからないまま話を進められるのは困る。
「まずは、きちんと説明してちょうだい。タイムジェイルのことも、固有魔法のことも。それから、私が何を覚えられるのかもね」
「ええ。そこは順番に説明しましょう」
リーゼロッテは頷いた。
「ただし、タイムジェイルを利用できるかどうかは別の話です。先ほども言ったとおり、誰にでも提供するつもりはありませんからね」
「……わかってるわよ」
梓は少し不満そうに頬を膨らませた。
それでも、目の奥には隠しきれない興味が宿っている。
異世界。
時間の異なる修行空間。
地球にはない魔法。
自分が知らなかった世界が、すぐ目の前に広がっていた。
(……やっぱり、この学校に来て正解だったわ)
梓は小さく息を吐き、気持ちを切り替える。
ティンカーベルと仲良くなりたい。
十席の一員として、みんなと一緒に活動したい。
そして、できることなら、自分ももっと強くなりたい。
転校してきた目的は、それだけでは終わらなくなりそうだった。
「……それで、先生。固有魔法って、具体的にはどういうものなの?」
梓は改めて尋ねた。
今度こそ、知らないことを一つずつ理解するために。
会議室では、ようやく本来の議題へ向けて話が進み始めようとしていた。




