「……べ、別に緊張してるわけじゃないんだから!」
神奈川校へ転校してきて数日。
霧ヶ峰梓は、学園の序列戦について詳しい説明を受けていた。
序列戦は、生徒同士が挑戦し合い、勝敗によって順位を変動させる制度だ。
ただし、挑戦できる相手は誰でも自由に選べるわけではない。通常は順位に応じた挑戦範囲が定められている。
ところが、梓の場合は少し事情が違った。
「……え? 21位までの好きな相手に挑戦していいの?」
説明を聞いた梓は、思わず聞き返した。
「そうだ。お前はSランク冒険者だからな。実力を考慮して、特例として21位までの生徒に挑戦できることになっている」
担当教師は、特に不思議なことでもないように説明した。
通常の生徒なら、自分の順位から大きく離れた上位者に挑戦することは難しい。
しかし、Sランク冒険者は別だ。
学園内の測定だけでは実力を正確に評価しきれない場合もあるため、一定の範囲内で自由に挑戦先を選べるようにしているらしい。
もちろん、勝てば順位が上がる可能性がある一方、負ければ相応の評価を受けることになる。
それでも、梓にとっては十分すぎるほどの好条件だった。
「へぇ……。ずいぶん思い切った制度ね」
「これについては、学園内でも賛否両論があるんだがな」
教師は苦笑した。
「Sランクというだけで優遇しすぎじゃないか、という意見もある。逆に、実力があるなら挑戦の機会を与えるべきだという意見もある。まあ、最終的には本人が試合で実力を示すしかない」
「ふぅん……」
梓は口元を緩めた。
自分が特別扱いされていることに、申し訳なさを感じる様子はない。
むしろ、せっかく用意された機会なのだから、利用しない理由がなかった。
「いいじゃない! 実力を見せれば、文句を言ってる人たちも黙るでしょ!」
「……そういう考え方もあるな」
教師は、それ以上何も言わなかった。
梓はさっそく序列表を確認する。
1位から3位はティンカーベル。
4位は幼馴染の綾小路政宗。
その下にも、実力者たちが並んでいる。
もちろん、最初から上位に挑戦するという選択肢もあった。
しかし、梓はまず自分の現在の実力を確かめることにした。
「そうね……。いきなり上位に行くより、まずは21位からでいいわ」
挑戦相手を決め、申請を送信する。
これで準備は整った。
◇
序列戦当日。
試合会場には、朝から多くの生徒が集まっていた。
今回は学園公式チャンネルでの配信も予定されている。注目試合として取り上げられることになり、観客席だけでなく、配信の待機画面にも視聴者が集まっていた。
そして、会場の話題は当然、新しく転校してきたSランク冒険者にも向けられていた。
『今日の注目は転校生の霧ヶ峰梓か』
『Sランクが序列戦に参戦するのか』
『21位に挑戦するって聞いたぞ』
『いきなり上位に行かないのは様子見かな?』
『いや、相手が誰でもSランクなら注目されるだろ』
そんなコメントが流れていく。
やがて、梓が試合場に姿を現した。
銀と黒が半分ずつ混ざった髪が揺れる。
小柄な体格に、堂々とした立ち姿。対戦相手の生徒は、彼女を見て少しだけ表情を引き締めた。
「よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ」
梓は軽く頭を下げる。
相手を侮っているわけではない。
ただ、自分がどこまで通用するのかを確かめたいだけだった。
開始の合図が鳴る。
対戦相手が先に仕掛けた。
距離を詰め、正面から攻撃を繰り出す。
梓はそれをまともに受けず、わずかな動きで軌道を外した。
相手の体勢が崩れた瞬間、梓は一歩踏み込む。
指先から流し込んだ魔力が、相手の動きを一瞬だけ鈍らせた。
「なっ……!?」
驚いた相手が立て直そうとする。
しかし、その時にはすでに梓が間合いを支配していた。
次の動きを読んで足を運び、相手の攻撃を受け流す。さらに体勢を崩したところで、勝敗を決める一撃を繰り出した。
大きな破壊も、派手な魔法も必要なかった。
相手の動きを見極め、必要なところにだけ力を使う。
それだけで十分だった。
勝負は、梓の勝利で終わった。
『おお、勝った!』
『動きがきれいだな』
『Sランクって聞いてたけど、力任せじゃないんだ』
『相手の動きを読むのが上手い』
配信コメントにも、梓の戦い方を評価する声が増えていく。
試合後、梓は対戦相手に手を差し伸べた。
「いい試合だったわ。ありがとう」
「……こちらこそ。強いな、霧ヶ峰」
「ふふん。これでもSランクだからね!」
梓は得意げに胸を張った。
勝利によって順位は更新されることになったが、彼女自身は数字だけを気にしているわけではなかった。
自分の動きに大きな問題はない。
魔力の扱いも、戦闘中の判断も、十分に通用している。
ただし――。
「……悪くはないけど、ちょっと物足りないわね」
試合場を離れながら、梓は小さく呟いた。
勝てたことは嬉しい。
けれど、もっと強い相手と戦いたい。
自分がまだ知らない技術や、自分の想像を超える戦い方を見てみたい。
そのために、この学校へ来たのだ。
そして、その相手として真っ先に思い浮かぶのは、やはりティンカーベルだった。
◇
試合が進むにつれて、会場の熱気は高まっていった。
配信画面には、次々と試合の様子が映し出される。
梓の試合も、Sランク冒険者の転校初戦ということで、かなりの注目を集めていた。
しかし、彼女の関心は、試合が終わったあとも会場の別の場所へ向いていた。
観客席の一角。
そこに、見覚えのある少女たちがいた。
「……あっ!」
梓は思わず足を止めた。
乙羽。
琴。
柳。
そして、小さな妖精のリーゼロッテ。
ティンカーベルの面々だった。
「……あれが、ティンカーベル……!」
梓の目が輝く。
配信で何度も見てきた相手だ。
戦闘の映像も、攻略の様子も、できる限り調べてきた。
それでも、実際に目の前にいる姿を見ると、やはり印象が違う。
「やっと会えたわね……!」
梓は思わず拳を握った。
――まだ話しかけていないけど!
心の中でそう付け加え、梓はそっと様子をうかがった。
乙羽たちは、試合を見ながら何かを話している。
どうやら今日は、選手として序列戦に参加するためだけに来ているわけではないらしい。
「先生、次の試合はあっちだよぉ」
「はいはい。では、移動しましょうか」
乙羽の言葉に、リーゼロッテが頷いた。
琴と柳も一緒に歩き出す。
その様子を見て、梓は首を傾げた。
「……あれ? 試合に出ないの?」
少なくとも、今のところ3人が選手として出場する気配はなかった。
代わりに、乙羽たちは会場の運営を手伝ったり、試合の様子を確認したりしている。
どういうことなのかと考えていると、近くにいた生徒の会話が耳に入った。
「ティンカーベルは今日は運営の手伝いもしてるらしいぞ」
「そうそう。乙羽はヒーラーとして待機してるんだって。何かあったときにすぐ対応できるように、だそうだ」
「リーゼロッテ先生も配信の補助をしてるみたいだな。あの人、魔法の説明がわかりやすいからなぁ」
「琴と柳も試合の確認や、必要なところの手伝いをしてるらしい」
なるほど。
梓は納得した。
ティンカーベルは、ただ強いだけの冒険者ではない。
乙羽はヒーラーとして待機し、琴と柳も運営の補助に回っている。リーゼロッテは配信を手伝いながら、試合の内容を確認しているようだった。
実力者だからこそ、任される役割もあるのだろう。
もっとも、梓が気になっているのは、そうした役割だけではなかった。
「……それにしても」
梓は、少し離れた場所にいる乙羽たちを見つめた。
その表情から、さきほどまでの浮かれた雰囲気が薄れていく。
何かがおかしい。
いや、正確には――。
(……規格外ね)
梓は、思わず息を呑んだ。
乙羽たちから感じられる魔力。
それは、普段の冒険者が放つものとは明らかに違っていた。
もちろん、彼女たちは魔力をむやみに外へ漏らしているわけではない。普段の振る舞いも自然で、周囲を威圧するようなことはしていない。
それでも、完全には隠しきれていないのだ。
梓は幼いころから冒険者として訓練を受け、Sランクに到達するまで実力を磨いてきた。
だからこそ、一般の生徒なら気づかないようなわずかな違和感にも気づけた。
あれほどの魔力を、あんなにも自然に扱っている。
しかも、本人たちはまるで気にしていない様子だった。
(普通の人は気づかないでしょうけど……)
梓の喉が、小さく動いた。
(……強すぎる)
自分もSランク冒険者だ。
これまで、同じランクの冒険者と何度も関わってきた。
だからこそ、Sランクという肩書きだけで相手を判断するつもりはない。
だが、目の前の3人は、これまで知っているSランク冒険者とは何かが違う。
配信で見ていた戦闘映像。
あれは、彼女たちが見せてもいいと思った部分にすぎなかったのかもしれない。
そのことを、梓はようやく実感し始めていた。
「……政宗が言っていたのは、こういうことだったのね」
配信で見せているのは、見せてもいい部分だけ。
彼女たちの底は知れない。
その言葉が、今になって現実味を帯びてくる。
梓は乙羽たちを見つめたまま、しばらく動けなかった。
やっと会えた。
ずっと会いたかった相手が、すぐそこにいる。
けれど、いざ目の前にすると、何と声をかければいいのか、急にわからなくなってしまった。
「……べ、別に緊張してるわけじゃないんだから!」
小声で呟き、梓は自分の頬を軽く叩いた。
まずは落ち着くこと。
それから、話しかければいい。
せっかく神奈川校へ転校してきたのだ。
この機会を逃すつもりはなかった。
ただし、梓はまだ知らない。
ティンカーベルの側もまた、彼女の存在に気づき始めていることを。




