「わかったわ! さっそく申請する!」
ホームルームが始まる少し前。
神奈川校の1年生の教室では、転校生の話題で盛り上がっていた。
「今日、転校生が来るんだって?」
「そうそう。霧ヶ峰梓っていうらしいぞ」
「霧ヶ峰って、あの財閥の?」
「それだけじゃない。Sランク冒険者だってよ!」
「えっ、Sランク!? なんでわざわざうちの学校に?」
「やっぱりティンカーベル目当てじゃないか? 最近、乙羽たちは全然来てないけどな」
「確かに。せっかく同じ学校なのに、ほとんど会えないしな」
生徒たちがそんな会話を交わしていると、教室の扉が開いた。
「おーし、席につけー。ホームルームを始めるぞー」
入ってきたのは、担任の伊達先生だった。
その後ろには、小柄な少女が立っている。
「今日は転校生を紹介する。入ってこい」
伊達先生に促され、少女が教壇の横へ進み出た。
銀色と黒色が半分ずつ混ざった髪に、年齢よりも幼く見える顔立ち。しかし、その目には自信が宿っていた。
「霧ヶ峰梓よ。今日からよろしくね!」
堂々とした自己紹介に、教室がざわつく。
「本当に霧ヶ峰だ……」
「Sランク冒険者が同じクラスって、すごくないか?」
「おい、静かにしろー」
伊達先生が軽く注意すると、生徒たちは慌てて口を閉じた。
「まあ、そういうわけだ。霧ヶ峰、空いている席に座ってくれ」
「はい!」
梓は教室を見回し、空いている席へ向かった。
そして、席に着く前に、ふと気づいた。
……あれ?
教室の中を見渡しても、探していた顔が見当たらない。
音無乙羽。
柳生琴。
桜庭柳。
ティンカーベルの3人だ。
梓は席に座ると、隣の生徒に小声で尋ねた。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「ん? 何?」
「乙羽たちは、今日は休みなの?」
「ああ、ティンカーベル? 今日は来てないみたいだな」
「……え?」
梓は思わず聞き返した。
「来てないって、どういうことよ?」
「いや、あの3人は結構自由に登校してるからな。毎日来るわけじゃないんだよ」
「自由に登校?」
梓の眉がぴくりと動いた。
そんな制度があるなんて、聞いていない。
自分は転校の手続きを済ませ、今日から新しい学校生活を始めるために来たのだ。
それなのに、肝心の目的の相手がいない。
「……まあ、あとで先生に聞けばいいわね」
梓は自分に言い聞かせるように呟いた。
別に、乙羽たちに会いたくて転校してきたわけではない。
強い冒険者が集まる学校で、自分の実力を試したいと思っただけだ。
……それも理由の一つではあるけれど。
◇
ホームルームが進み、連絡事項を一通り伝え終えた伊達先生は、教壇に肘をついた。
「そういや、霧ヶ峰。お前、ティンカーベルに興味があるんだってー?」
「えっ!? な、なんでそれを……!」
梓は思わず立ち上がりかけた。
「いや、転校の理由を聞いたときに、そういう話も出てたからなー」
「べ、別にそれだけが理由じゃないわよ! 私は自分の実力を伸ばすために来たんだから!」
「はいはい。まあ、そういうことにしておくかー」
「先生!?」
伊達先生は、気にした様子もなく続けた。
「そりゃー、あいつらもお前と同じSランクでもあるからなー」
「……え?」
梓はきょとんとした。
「乙羽たちもSランクなのは知ってるだろ? あいつらは実力も実績も十分だ。だから、ある程度の自由登校が認められてるんだよー」
「自由登校……」
「東京校では、そこらへん厳しいみたいだけどなー。神奈川校では、実力のある冒険者については、必要な授業や課題をこなすことを条件に、ある程度の自由を認めてるんだー」
伊達先生は、いつもの気の抜けた調子で説明した。
「もちろん、学校に来なくていいって意味じゃないぞー。やることはちゃんとやってもらう。課題も試験もあるし、必要な行事には参加してもらう。そこをサボったら、普通に指導が入るからなー」
「なるほど……。実力が認められているから、活動に合わせて登校日を調整できるってことね」
「そういうことだー」
梓は腕を組んで考え込んだ。
東京校では、そうした自由はあまり認められていないらしい。
しかし、神奈川校では、実力のある冒険者が学校外で活動することも考慮されている。
確かに、Sランク冒険者ともなれば、普通の生徒と同じ時間割で動くのが難しい場合もあるだろう。
ダンジョン攻略や依頼、訓練など、学校の授業だけでは経験できないことも多い。
それらを制限するより、必要な学業をこなすことを条件に、活動の幅を広げたほうが合理的なのかもしれない。
「それなら、お前も申請したらいいんじゃないかー?」
伊達先生が、さらりと言った。
「お前もSランクなんだろ? 冒険者活動をするなら、そのほうが都合がいいこともあるだろうしなー」
「……私も?」
「そうそう。もちろん、学校側の確認は必要だけどな。申請して、認められればお前も同じようにできるぞー」
梓の表情が明るくなる。
これなら、序列戦や冒険者活動に時間を使いやすくなる。
そして何より、ティンカーベルが学校に来る日を待つだけでなく、自分の予定を調整しながら会う機会を探せるかもしれない。
「わかったわ! さっそく申請する!」
「おー、やる気があるのはいいことだなー。ただし、さっきも言ったけど、やることはやってもらうぞー。課題を出さなかったり、試験を受けなかったりしたら、自由登校を認める意味がなくなるからな」
「当然よ! Sランク冒険者として、その程度のことはきちんとこなしてみせるわ!」
梓は胸を張った。
伊達先生は、そんな彼女を見て小さく笑う。
「なら、まずは学校生活に慣れるところからだなー。わからないことがあったら、クラスの連中に聞けばいい。困ったことがあれば、俺のところに来てもいいぞー」
「ありがとうございます、先生!」
梓は素直に頭を下げた。
……もっとも、彼女の頭の中では、すでに別の計画が動き始めていた。
自由登校の申請。
序列戦への参加。
そして、十席に入ること。
そうすれば、ティンカーベルにも堂々と声をかけられる。
「ふふん……待ってなさいよ、乙羽たち!」
梓は小さく呟いた。
もちろん、友達になりたいから、などという理由ではない。
ただ、強い相手と話してみたいだけだ。
……本当に、それだけなのだから。




