「私だって、Sランク冒険者なんだから!」
霧ヶ峰梓が神奈川校への転校を決めてから、数日が経過した。
転校に必要な手続きは、父親が驚くほどの速さで進めてくれている。
梓自身も荷物をまとめたり、学校に提出する書類を確認したりと、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
ただ、1つだけ気になることがあった。
幼馴染の綾小路政宗と、しばらく直接会えなくなることだ。
今までは、家同士の交流もあって、顔を合わせる機会がそれなりにあった。電話やメッセージで連絡を取ることはできても、実際に会って話すのとは違う。
「……まあ、転校すれば会えるんだし、今さら気にしても仕方ないわね」
梓はそう呟き、スマートフォンを手に取った。
ちょうど政宗からメッセージが届いていた。
『転校の準備、順調?』
『ええ。そっちはどうなの?』
『こっちは序列戦の準備で忙しいかな』
『序列戦ね。そういえば、あなたの順位はいくつなの?』
梓は何気なく尋ねた。
政宗は昔から、頭の回転が速く、状況を冷静に判断できる人物だった。けれど、冒険者としての実力については、梓の中ではそれほど高い評価ではなかった。
もちろん、弱いとは思っていない。
ただ、Sランク冒険者である自分と比べれば、まだ差がある。そんな認識だった。
ところが、返ってきた答えは予想外のものだった。
『4位だよ』
「……は?」
梓は思わず声を漏らした。
画面を見直す。
4位。
見間違いではない。
『ちょっと待って。4位って、学園全体の順位よね?』
『そうだよ』
『あなたが?』
『うん』
「……どういうことなの!?」
思わず大きな声が出た。
政宗が強くなっていること自体は、別に不思議ではない。冒険者として活動している以上、成長する機会はいくらでもある。
しかし、学園全体で4位というのは話が違う。
梓はすぐに政宗へ電話をかけた。
◇
「もしもし、政宗! ちょっと説明しなさい!」
『開口一番それ?』
「当たり前でしょう! あなた、いつの間にそんなに強くなったのよ!」
電話の向こうで、政宗が少し困ったように笑った。
『ああ、修行したんだ』
「修行?」
『うん。序列戦の上位10人、十席って呼ばれてるんだけど、そのメンバーで合宿したんだよ』
「……合宿?」
梓は聞き返した。
上位10人で合宿。
言葉だけなら、珍しい話ではないのかもしれない。強い生徒同士で集まって訓練すれば、それぞれに得るものがあるだろう。
だが、政宗が4位に入るほど成長したというのなら、普通の合宿ではなかったはずだ。
「それで、そんなに強くなったっていうの?」
『まあ、かなり集中して修行できたからね』
「何をどうしたら、そんな短期間でそこまで変わるのよ……」
『それは、いろいろあってね』
「いろいろって何よ!」
梓は問い詰めたが、政宗は詳しい説明を避けた。
別に梓を信用していないわけではない。
ただ、合宿には普通では説明しにくい事情もあった。リーゼロッテの協力を得て行われた特別な修行について、どこまで話していいのか、政宗自身も判断しかねていたのだ。
『とにかく、今は以前より強くなった。それは確かだよ』
「……そう」
梓は納得しきれない様子で答えた。
幼馴染が成長したこと自体は喜ばしい。
しかし、自分が知らない間に、これほど大きな差が縮まっていたというのは少し複雑だった。
それに、十席という集団にも興味が湧いてくる。
「それで、その十席には誰がいるの?」
『乙羽、琴、柳の3人が1位から3位。僕が4位で、アリス、龍太、ヒカル、祐樹、瑠奈、翔が続いているよ』
「……ちょっと待って」
梓は指で数えた。
1位、2位、3位。
その上位を占めているのが、ティンカーベルの3人だという。
「ティンカーベルも、その中にいるのね?」
『そうだよ。1位から3位まで、みんなティンカーベルだね』
「へ、へぇ……」
梓は、思わず声を抑えた。
配信で見た戦いぶりを思い出す。
乙羽の魔法。琴の剣術と物質操作。柳の影を利用した戦い方。そして、リーゼロッテの的確な解説と実際の戦闘での活躍。
ただ強いだけではない。
それぞれが異なる能力を持ち、互いの長所を生かして戦っている。
梓は、そんな彼女たちに興味を持っていた。
「それは当然ね! ティンカーベルは多分、私でも足元にも及ばないんだから!」
『……もう、そこまで調べたんだね』
「当たり前でしょう? 転校先のことを調べるのは当然よ」
『それはそうだけどね』
政宗は苦笑した。
『ただ、配信で見せているのは、見せてもいい部分だけだよ』
「……どういう意味?」
『そのままの意味だよ。配信で見られる戦い方は、彼女たちの実力の一部でしかない。僕たちも、まだ知らないことが多いからね』
梓は黙り込んだ。
政宗の声は、いつもの落ち着いたものだった。
だが、その言葉には実際に彼女たちと訓練を重ねた者だからこそわかる実感があった。
『彼女たちは底がしれないよ』
「……ふうん」
梓は口元を緩めた。
ますます興味が湧いてきた。
自分より強いかもしれない相手。
しかも、ただ強いだけでなく、まだ知られていない技術や能力を持っている。
そんな相手が同じ学校にいるのなら、退屈している暇などなさそうだった。
「いいじゃない……。ますます楽しみになってきたわ」
『そう言うと思ったよ』
◇
転校の手続きが進むにつれ、梓は神奈川校について、さらに詳しく調べるようになった。
学園の公式サイト。序列戦のルール。上位陣の情報。そして、十席のメンバーが参加した過去の活動記録。
調べれば調べるほど、気になる情報が増えていく。
しかし、肝心の本人たちに会う機会はなかった。
転校前に一度くらい、ティンカーベルの3人に挨拶しておきたい。
そう思って政宗に尋ねたところ、返ってきたのは予想外の答えだった。
『ああ、彼女たち? 最近はあまり学校に来ないよ』
「……は?」
『自由登校が認められているからね。授業や出席については学校と調整できているし、冒険者活動もあるから』
「ちょっと待ちなさい。学校に来ないって、どういうことよ!」
『そのままの意味だよ。今だと、序列戦の開催配信があるときくらいしか来ないんじゃないかな』
「……何なのよ! それじゃ会えないんだけど!」
梓は思わず声を上げた。
転校先には面白そうな相手がいる。
そう思って、わざわざ環境を変えることにしたのだ。
なのに、当の本人たちが学校にほとんどいないという。
『まあ、冒険者としての活動があるからね。学校側も、そのあたりは柔軟に対応しているよ』
「それなら、先に言いなさいよ!」
『今、言ったじゃないか』
「そういうことじゃないわよ!」
梓は頬を膨らませた。
もっとも、政宗に怒っても仕方がないことはわかっている。
ティンカーベルが学校にいないのは、梓を避けているからではない。彼女たちはもともと、冒険者としての活動を優先できる立場にあるのだ。
それでも、会いたいと思ったときに会えないのは困る。
「……序列戦ね」
梓は、ふと呟いた。
『うん?』
「序列戦に出ればいいんでしょう?」
『そうだね。試合がある日は、注目選手も学校に来るだろうし』
「いいじゃない!」
梓は勢いよく立ち上がった。
「私が十席に入れば、堂々と声をかけられるってことね!」
『……梓?』
「何よ?」
『いや、別に……。相変わらず行動が早いなと思って』
「当然でしょう! 会いたい相手がいるのに、待っているだけなんて時間の無駄よ!」
梓は胸を張った。
もっとも、本人はまだ認めていない。
ティンカーベルと話してみたいこと。
十席のメンバーとも仲良くなってみたいこと。
そして、できれば一緒に訓練して、もっといろいろなことを知りたいと思っていること。
そんな気持ちは、梓の中ではまだ「興味がある」という言葉に置き換えられていた。
(……友達がほしいし)
心の中でだけ、小さく本音を漏らす。
もちろん、電話の向こうの政宗には聞こえていない。
『まあ、転校してきたら、学校のことは僕も説明するよ』
「ええ。よろしく頼むわね!」
『はいはい』
「それじゃ、また連絡するわ!」
梓は通話を終えた。
スマートフォンを置き、部屋の鏡の前に立つ。
銀と黒が半分ほど混じったショートヘアを整え、制服をハンガーから取り出した。
転校まで、あと数日。
神奈川校には、政宗がいる。
そして、ティンカーベルをはじめとする十席の面々もいる。
序列戦で結果を出せば、彼女たちに近づく機会も増えるはずだ。
「ふふっ……。待ってなさいよ、みんな」
梓は小さく笑った。
「私だって、Sランク冒険者なんだから!」
こうして、霧ヶ峰梓は転校後の目標を決めた。
まずは十席に入ること。
そして、興味を持った相手たちと、堂々と話せる立場を手に入れること。
その本当の目的が、友達を作ることにあるのは、まだ本人だけの秘密だった。




