「うんうん。競技会、頑張ろうねぇ」
タイムジェイルでの合宿も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
地球では、出発してからまだ24時間しか経過していない。
しかし、この世界で過ごした時間は約3か月。朝の座学、午後の実戦訓練、夕食後の復習。それを繰り返した10人は、出発前とは比べものにならないほど成長していた。
もっとも、全員が同じように成長したわけではない。
琴と柳はレベル75。乙羽はレベル125。そして静はレベル107に到達している。
一方、アリスたちと政宗たちは、レベル50から55ほどにまで成長していた。
それぞれの適性や戦い方に違いがあるため、レベルには多少のばらつきがある。それでも、全員が当初の目標を十分に上回る成果を得ていた。
そして、帰還を翌朝に控えた最後の日。
10人はリーゼロッテに呼ばれ、施設の広間に集まっていた。
「さて、そろそろ帰還の時間が近づいてきましたね」
リーゼロッテは、いつもどおりの落ち着いた声で言った。
「えっ、もう帰る時間かぁ」
乙羽が少し名残惜しそうに呟く。
「3か月もいたんだものね。長かったような、あっという間だったような……」
琴が振り返るように言った。
「訓練ばっかりだったけどな! いや、楽しかったけどさ!」
柳はそう言って笑う。
実際、毎日の訓練は決して楽なものではなかった。特に午後の集団戦では、大量のモンスターを相手に何度も戦うことになった。
しかし、仲間と相談し、戦術を試し、うまくいかなければ修正する。
その繰り返しは、確実に彼らの力になっていた。
「先生、今回の合宿で本当にお世話になりました」
アリスが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「教師の手配から訓練環境、生活の面倒まで見ていただいて……。これだけの機会を用意していただけたこと、感謝しています」
「そうですね。こちらも、なかなか興味深い時間でしたよ」
リーゼロッテは淡々と答えた。
その言葉に嘘はなかった。
生徒たちがどのような魔法を身につけ、どのように戦い方を変えていくのか。指導を受けながら試行錯誤する様子を見るのは、彼女にとってもそれなりに面白かったらしい。
「それで、帰還する前に皆さんへ渡しておくものがあります」
「渡しておくもの?」
政宗が首を傾げた。
「ええ。こちらです」
リーゼロッテが小さな手を動かすと、10人の前に10個の袋が現れた。
見た目は、少し大きめの革袋だ。装飾も控えめで、一見しただけでは特別な品には見えない。
「これはマジックバッグです」
「マジックバッグ!?」
祐樹が、すぐさま反応した。
「物を収納できる魔法道具ですよね? しかも、見た目よりもはるかに多くの物を入れられるという……!」
「そのとおりです。細かい仕様は袋によって多少違いますが、皆さんが冒険者活動で使う分には十分でしょう」
リーゼロッテは、まるで日用品を配るかのように説明した。
「暇潰しに作っていたものが、ちょうど10個ほど余っていましたので。帰還のお土産として差し上げます」
「暇潰しで作ったんですか……?」
祐樹は袋を手に取りながら、複雑そうな顔をした。
彼にとっては、研究対象として喉から手が出るほど欲しい魔法道具だ。それを暇潰しで作ったと言われれば、驚くのも無理はない。
「先生、これって地球でも使えるのぉ?」
「使えるようにしてありますよ。少なくとも、皆さんが地球へ戻ったあと、普通に使う分には問題ありません」
「おお、ありがてえ!」
龍太がさっそく袋を受け取った。
「これならダンジョンで荷物を運ぶのも楽になるな!」
「素材や採取した物も収納できますか?」
祐樹が尋ねる。
「もちろんです。ただし、何でも無制限に入るわけではありません。収納できる量には限りがありますし、生き物を収納することもできませんからね」
「なるほど……。それでも十分すぎますね」
祐樹は袋をじっと見つめていた。
仕組みを調べてみたいという気持ちはある。だが、これはリーゼロッテからの贈り物だ。勝手に分解して壊してしまうわけにもいかない。
まずは実際に使い、どのような機能があるのかを確かめることにしよう。
「先生、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「ええ。冒険者活動に役立ててください」
アリスも、受け取った袋を確かめてから頭を下げた。
マジックバッグは、これからのダンジョン攻略で役に立つはずだ。荷物を運ぶ負担が減れば、その分だけ探索や戦闘に集中できる。
10人にとって、ありがたい贈り物だった。
◇
「それでは、皆さんの成長についても確認しておきましょうか」
リーゼロッテがそう言うと、10人はそれぞれ自分のステータスを表示した。
レベル50から55。
当初の目標を達成しただけでなく、そこからさらに成長した者もいる。
「この3か月で、かなり強くなれたな」
政宗がステータスを確認しながら言った。
「特に実戦訓練が大きかったと思う。自分たちの能力をどう組み合わせるか、以前よりもずっと考えられるようになった」
「だな! あたしら、前より連携がよくなったと思うぜ!」
柳が元気よく答えた。
「それぞれが自分の役割を理解できるようになったのも大きいね」
琴も頷いた。
レベルが上がったことだけが成果ではない。
魔法を使うタイミング、仲間との距離、敵の動きを見て行動を変える判断力。そうしたものが積み重なり、パーティーとしての完成度が上がっていた。
アリスも、仲間たちの様子を見て満足そうに頷く。
「これなら、競技会に向けても十分に準備ができたと思います」
「ええ。皆さん、よく頑張りましたね」
リーゼロッテは、特に大げさに褒めることもなく、自然にそう言った。
そして、少し考えるように首を傾げた。
「ところで、競技会には何人で参加する予定でしたか?」
「基本となる十席は、今ここにいる10人です。ただ、競技会には十席以外にも、追加の確定枠が10人と、さらに選出されるメンバーが参加することになっています」
アリスが答えた。
学園の十席は、現在ここにいる10人で構成されている。
しかし、競技会に出場するのは十席だけではない。追加の確定枠として10人が選ばれ、そのほかにも種目や役割に応じて出場者が加わる予定だった。
「なるほど。では、追加の確定枠の10人も鍛えてほしい、という話になりそうですね」
「ええ、まあ……。できれば、そうしたいところではありますが」
アリスは少し言いにくそうに答えた。
今回の合宿で10人が得たものは大きい。もし同じ環境で追加のメンバーも訓練できれば、競技会に向けてさらに準備を整えられるだろう。
だが、リーゼロッテはあっさりと首を横に振った。
「ふむ。さすがに、あと10人まで私が面倒を見るのは大変ですからね。今回はここまでにしておきましょう」
「……あ、はい」
アリスは、少しだけ言葉に詰まった。
先生なら何とかしてくれるのではないか。そんな期待が心のどこかにあったのかもしれない。
しかし、ここまでの3か月を振り返れば、これ以上を求めるのはさすがに無理がある。
時間の流れが異なる訓練空間を用意し、教師を手配し、生活環境まで整えてくれた。おまけに、マジックバッグまで10個も譲ってくれたのだ。
これ以上の協力を当然のように求めるわけにはいかなかった。
「いえ、先生。今回だけでも、本当にありがたいことでした。これ以上、無理をお願いするつもりはありません」
アリスは素直にそう答えた。
「追加のメンバーについては、私たちでできる限りの準備をします。今回学んだことを共有して、十席の10人と追加のメンバーが、それぞれの得意分野を活かせるように考えていきます」
「それがよいでしょう」
リーゼロッテは満足そうに頷いた。
「競技会では、必ずしも全員が同じように戦う必要はありません。出場する種目を見極め、勝てる競技に集中することも大切です」
「はい。今回の訓練で、自分たちに何ができるのかも、かなりわかってきました」
アリスの表情には、迷いがなかった。
十席の10人は、今回の合宿で大きく成長した。残りのメンバー全員を同じレベルまで鍛えることはできなくても、学んだ知識や戦術を共有することはできる。
競技会は、個人の強さだけで決まるものではない。
10人で力を合わせ、追加のメンバーとも連携し、確実に勝てる種目を取る。
それが、今のアリスたちにできる最善の準備だった。
「うんうん。競技会、頑張ろうねぇ」
乙羽が、いつもの調子で応援する。
「私たちも、できることは協力するよ」
琴が続けた。
「おう! せっかく強くなったんだから、いい結果を出そうぜ!」
柳も拳を握る。
「ええ。皆さんなら大丈夫でしょう」
リーゼロッテはそう言うと、広間の中央へ移動した。
「それでは、帰還の準備を始めましょう。地球では、出発から24時間しか経過していません。戻れば、すぐに普段の生活へ戻れるはずです」
「もう帰れるんだねぇ」
乙羽は、少しだけ名残惜しそうに施設を見回した。
3か月間過ごした場所。
ここで身につけた魔法も、仲間と積み重ねた訓練も、これからの冒険者活動に活きてくるだろう。
静も、静かに頷いた。
「ここで学んだことを、地球でも活かしていくわ」
「そうですね。せっかく身につけた技術です。忘れないうちに、実戦でも試してみてください」
リーゼロッテが手をかざす。
足元に魔法陣が広がり、淡い光が10人を包み込んだ。
「それでは、また会いましょう」
「先生、ありがとうございました!」
アリスが礼を言う。
「ありがとぉ、先生ぇ」
「またな、先生!」
それぞれの声が重なった。
次の瞬間、視界が白い光に覆われた。
◇
目を開けると、そこは出発したときと同じ場所だった。
地球の時間は、ちょうど翌朝。
スマートフォンを確認すると、出発から24時間が経過した時刻を示している。
「……本当に、1日しか経っていないんだね」
琴が驚いたように呟いた。
「こっちは1日だけど、あっちでは3か月だもんなぁ……」
柳は、まだ少し不思議そうな顔をしている。
「なんだか、変な感じだねぇ」
乙羽も頷いた。
だが、ステータスを開けば、成長したことはすぐに確認できる。身につけた魔法も、鍛えた技術も、夢や幻ではない。
確かな成果が、そこに残っていた。
「よし。帰ってきたことだし、まずは休みましょう」
アリスが全員を見渡した。
「そのあと、競技会に向けて作戦を立てよう。今回の合宿で学んだことを整理して、追加のメンバーとも共有しないとね」
「賛成!」
ヒカルが頷き、祐樹もマジックバッグを確かめながら同意した。
「この道具についても、使い方をきちんと確認しておきたいですね。競技会だけでなく、その後の冒険者活動でも役立ちそうです」
「俺は早く、実際のダンジョンで試してみたいぜ!」
龍太が笑う。
「まずは休息を優先しよう。3か月分の訓練をしたんだから、地球に戻ったからといってすぐに動き回るのもよくない」
政宗が落ち着いて釘を刺した。
「そうだね。まずは体調を整えてから、改めて準備を進めよう」
アリスも頷いた。
こうして、タイムジェイルでの合宿は幕を閉じた。
十席の10人は、それぞれの魔法と戦い方を身につけ、レベルも大きく上がった。
追加の確定枠となる10人をどう鍛えるかという課題は残っている。
それでも、競技会に臨むための道筋は見えてきた。
あとは、今回の成果を活かし、全員で本番に向けて準備を進めるだけだ。
そして、彼らの知らないところで、リーゼロッテは新たなゲームを起動していた。
「さて……次は何をしましょうかね」
3か月分の訓練を終えた生徒たちとは対照的に、彼女の日常は、いつもどおりマイペースに続いていくのだった。




