「えへへ。いっぱい練習したからねぇ」
タイムジェイルでの修行も、終わりが近づいていた。
この日、訓練場には静とティンカーベルの3人が集まっていた。
静は剣を手に、乙羽たちの様子を眺めている。
「今日は、あなたたちが修行で身につけたものを見せてもらうわ」
「はぁい。楽しみにしててねぇ、お姉ちゃん」
乙羽はいつもどおり、のんびりと答えた。
「琴も柳も、ずいぶん新しいことができるようになったんだよぉ」
「そうだね。せっかくだから、実戦で試してみよう」
琴が頷く。
「おう! 今まで練習してきた技を、まとめて見せてやるぜ!」
柳もやる気十分だった。
その様子を見守っていたリーゼロッテが、訓練場の召喚魔法陣を起動する。
魔法陣が光り、モンスターの群れが次々と現れた。
数体倒せば終わるような訓練ではない。モンスターは途切れることなく召喚され、戦闘が続けられるようになっている。
「それでは、始めましょうか。静も含めて、今日は全員で連携を意識してくださいね」
「ええ。よろしく頼むわ」
静は剣を構えた。
◇
「じゃあ、まずは私からいくねぇ!」
乙羽が前へ出る。
迫ってくるモンスターに向けて、水魔法を展開した。
地面に広がる水。その水面に、青白い光が走る。
「水と雷、同時に!」
次の瞬間、水と雷が一体となってモンスターの群れへ襲いかかった。
複数の敵をまとめて捉え、動きを止める。
「なっ……!」
静は思わず目を見開いた。
水と雷を別々に使うのではない。2つの魔法を同時に展開し、互いの効果を生かしている。
乙羽はさらに魔法を切り替えた。
「次は、風と火!」
炎が生まれ、そこへ風が吹き込む。
風に乗った炎が広がり、モンスターたちの進路を塞いだ。炎の勢いは強いが、乙羽は風向きを細かく調整し、仲間のいる場所へ影響が及ばないよう制御している。
「魔法の制御まで……。前に見たときとは、ずいぶん違うわね」
静が呟く。
乙羽はそれだけでは終わらなかった。
「今度は、氷も使ってみようかなぁ」
水が生まれ、瞬く間に凍りつく。
鋭い氷の結晶が空中に浮かび、乙羽の意思に合わせてモンスターへ飛んでいった。
「氷魔法まで使えるの!?」
「うん。修行中に覚えたんだよぉ」
乙羽はあっさりと答えた。
静は一瞬、言葉を失った。
これまで乙羽が多くの属性魔法を使えることは知っていた。しかし、新しい属性まで習得しているとは思っていなかった。
しかも、今の乙羽はそれぞれの魔法を単独で使うだけではない。
「それじゃあ、まとめていくよぉ!」
乙羽が両手を広げる。
水が広がり、風が流れを作り、雷が重なる。そこへ火の魔法が加わり、さらに氷の結晶が敵の進路を塞いだ。
複数の魔法が同時に展開され、モンスターたちを一気に包み込む。
それぞれの属性が無秩序にぶつかっているわけではない。乙羽は魔法の流れを制御し、攻撃する場所やタイミングを調整していた。
やがて、光と風が収まる。
その場にいたモンスターの大半が消え、残った敵も動きを乱されていた。
「……すごいわね」
静は率直に感想を漏らした。
単純な威力だけではない。複数の魔法を同時に扱いながら、戦場全体を制御している。
これだけのことを実戦で行えるようになるには、相当な練習が必要だったはずだ。
「まだ練習中なんだけどねぇ」
「これで練習中なの……?」
静は苦笑した。
◇
「次はあたしだな!」
柳が前へ出る。
足元の影が伸び、地面を滑るように広がった。
「いくぜ!」
影が盛り上がり、人型の姿を取る。
生まれた影は柳の隣に立つと、彼女の意思に従ってモンスターへ向かっていった。
影が敵の攻撃を引きつけ、その隙に柳自身が別方向から攻撃を仕掛ける。
「影を実体化させて、戦わせているの……?」
静は驚きながらも、柳の動きを追った。
影はただ形を作っているだけではない。敵の動きに合わせて攻撃を仕掛け、柳の行動を補助している。
そして、柳はさらに踏み込んだ。
「こっちも見せてやるよ!」
敵の足元に伸びた影へ、柳の姿が沈み込む。
次の瞬間、彼女は離れた場所にいるモンスターの影から現れた。
「なっ、転移した!?」
「正確には、影を経由した移動だな。どこへでも行けるわけじゃないけど、敵の影を利用すれば、こんなこともできるんだぜ!」
柳はそう言って、再び影を操った。
正面から攻撃するだけではなく、敵の死角へ回り込む。影を実体化させて注意を引きつけ、自分は別の位置から攻める。
これまでの柳の戦い方に、まったく違う選択肢が加わっていた。
「これは厄介ね……。相手にしたら、どこから攻撃されるかわからないわ」
「だろ? まだ制限はあるけど、もっと練習すれば使いこなせるようになるはずだ!」
柳は得意げに笑った。
◇
「それじゃあ、私もいくね」
琴が静かに前へ出た。
彼女の体を、魔力が包み込んでいく。
腕、肩、胴体。必要な部分に魔力が集まり、装甲のような形を作り上げた。
以前よりも明確な形を持った魔力の防具だった。
「魔力を物質化して、体を守っているのね」
「うん。今回は、硬さと維持のしやすさを中心に練習したんだ」
琴はモンスターの攻撃を待ち受ける。
大きな獣型のモンスターが突進し、琴へ前脚を振り下ろした。
鈍い衝撃音が響く。
しかし、琴の体はほとんど揺れなかった。
魔力の装甲が攻撃を受け止め、その衝撃を抑えていたのだ。
「……これなら、かなり強い攻撃にも耐えられそうね」
静が感心したように言う。
「もちろん、何でも防げるわけじゃないよ。でも、前よりもずっと安定して使えるようになったんだ」
琴は装甲を維持したまま、モンスターの攻撃を受け流した。
その隙に柳の影が敵を拘束し、乙羽の魔法が追撃を加える。
琴が前線を支え、柳が敵の動きを乱し、乙羽が広範囲の魔法で攻撃する。
3人の動きは、以前よりも自然につながっていた。
◇
「では、次は静の番ですね」
リーゼロッテが声をかける。
「ええ。ここまで見せられたら、私も負けていられないわね」
静は剣を構え、聖魔法を発動させた。
淡い光が剣を包み込む。
その光は刃に沿って伸び、剣そのものを強化していた。
静が踏み込む。
一閃。
光を帯びた剣がモンスターを捉え、強烈な一撃を与えた。
さらに、静は剣を振り抜くと同時に聖魔法を放つ。
光の衝撃が前方へ広がり、複数のモンスターをまとめて吹き飛ばした。
「お姉ちゃんも派手だねぇ!」
「せっかく覚えた魔法だもの。使えるものは使わないとね」
静は笑いながら答えた。
続いて、別のモンスターが接近してくる。
静は聖魔法を防御に転用し、光の障壁を展開した。
攻撃を受け止めた直後、障壁を解除して踏み込み、剣による反撃へつなげる。
攻撃と防御を切り替える動きに、無駄はなかった。
さらに、身体能力を強化する聖魔法を重ねる。
踏み込みが速くなり、剣の一撃が鋭さを増した。
「なるほど……。聖魔法は、こういう使い方もできるのね」
琴が感心したように呟く。
「ええ。まだ覚えたばかりだけれど、剣術と組み合わせると、できることが一気に増えるわ」
静はそう言って、再び剣を構えた。
聖魔法による強化、光の攻撃、障壁による防御。
それらを状況に合わせて切り替えながら、静は次々とモンスターを倒していった。
◇
その間も、訓練場ではモンスターが途切れることなく召喚され続けていた。
隣のコートでは、政宗たちが戦闘の合間にこちらを覗いていた。
「……なんだ、あれ」
政宗が思わず呟く。
乙羽は複数の属性魔法を同時に展開し、柳は影を実体化させて敵を攻撃している。さらに、敵の影を経由して移動する技まで使っていた。
「影に潜って、別の場所から出てきたぞ……」
翔が目を丸くする。
「琴も、あの攻撃を受けてほとんど動いてなかったぞ。魔力の防具、かなり硬くなってるんじゃないか?」
龍太も驚いたように声を上げた。
彼らもこの3か月、十分に訓練を積んできた。
新しい魔法を覚え、連携を磨き、地球に戻れば上位冒険者として通用するだけの実力を身につけている。
しかし、隣のコートで行われている戦闘は、彼らが想像していたものとは違っていた。
「……あいつら、レベルを上げてるだけじゃない。戦い方そのものを進化させてやがる」
政宗は、乙羽たちの動きを見つめながら呟いた。
その隣では、アリスたちも訓練の手を止めていた。
「乙羽さんの複合魔法も、柳さんの影の使い方も、初めて見るものばかりね……」
アリスは真剣な表情で戦闘を見守っていた。
「私たちもかなり強くなったと思うけれど、あれを見ると、まだまだ工夫できることがありそうね」
ヒカルも頷いた。
誰も、自分たちが弱いとは思っていない。
ただ、同じ3か月の修行でも、ティンカーベルは魔法の応用という点で、さらに先へ進んでいた。
そして、その中心にいる乙羽は、今も新しい組み合わせを試している。
◇
やがて、召喚されたモンスターの群れが一掃された。
静は剣を下ろし、乙羽たちのもとへ歩いていく。
3人とも疲れた様子はあるものの、表情は明るかった。
「お疲れさま。みんな、本当に成長したわね」
「えへへ。いっぱい練習したからねぇ」
「乙羽の魔法は、まだまだ試したい組み合わせがあるんだよ」
琴がそう言うと、柳も頷いた。
「あたしも影の使い方をもっと覚えたいぜ。移動も攻撃も、まだ工夫できそうだからな!」
「そうね。今の技術を磨けば、戦い方はもっと広がると思うわ」
静は3人を見渡した。
乙羽の複合魔法。柳の影を利用した攻撃と移動。琴の強固な魔力装甲。
それぞれが新しい力を身につけただけでなく、それを実戦で使えるように仕上げている。
静自身も、この3か月で聖魔法を学び、剣術と組み合わせられるようになった。
だが、妹たちの成長は、彼女の想像を超えていた。
リーゼロッテが用意した訓練環境と、3人が積み重ねてきた努力。その両方が、今の戦いに表れていた。
静は満足そうに頷いた。
「これは……充分、もっと難しいダンジョン攻略もできるわね」
その言葉に、乙羽たちは嬉しそうに顔を見合わせた。
3か月の修行で得たものは、レベルだけではない。
新しい魔法と、それを組み合わせる技術。そして、互いの力を生かす連携。
ティンカーベルは、以前よりも確実に強くなっていた。
あとは、この力を地球へ持ち帰り、実際のダンジョンで試すだけだった。




