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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「うん! なんだか急にわかったんだよぉ!」

 タイムジェイルでの訓練も、残すところあとわずかとなっていた。


 政宗たちやアリスたちがレベル上げと実戦経験を積んでいる一方、ティンカーベルの3人は少し違った方向に力を入れていた。


 新しい魔法を覚え、それらを組み合わせて使いこなすこと。


 特に乙羽は、これまで習得してきた属性魔法を組み合わせる練習に夢中になっていた。


「よぉし、今日もやってみようねぇ」


 訓練場の中央で、乙羽が両手を前に出す。


 その隣には琴と柳、そしてリーゼロッテがいた。


「乙羽、今日はどんな組み合わせを試すのですか?」


「んぅー、まずは水と雷かなぁ」


「前にも使っていた組み合わせですね」


「うん。でも、もっと同時に展開できるようになりたいんだよぉ」


 乙羽はそう言うと、訓練場の向こうにいるモンスターたちへ視線を向けた。


 リーゼロッテが用意した召喚魔法陣からは、次々とモンスターが現れている。


 倒しても、しばらくすれば新たな群れが召喚される。


 この訓練場では、モンスターがいなくなって終わりということはない。魔法を試す相手には困らなかった。


「では、始めましょうか」


 リーゼロッテが告げる。


 その言葉を合図に、乙羽は魔法を発動させた。


「まずは、水!」


 モンスターたちの足元に水が広がる。


 続いて、乙羽の指先から雷が走った。


「雷も、同時に!」


 水と雷がほぼ同時に展開され、前方のモンスターたちへと襲いかかる。


 雷光が水面を走り、複数のモンスターをまとめて捉えた。


 やがて光が収まると、モンスターたちは次々と消えていった。


「おぉ、できたぁ!」


「成功ですね。ただし、水を広げてから雷を放つまでの間隔は、もう少し短くできます」


「そっかぁ。じゃあ、次はそこを意識してみるねぇ」


 乙羽は素直に頷いた。


 今までなら、水を展開してから雷を放つまでに、わずかな間が生じていた。


 それを縮めれば、敵に対応する隙を与えにくくなる。


 単に威力を上げるだけではなく、発動の速さや魔法同士の連携を磨く。それが今回の訓練の目的だった。


「次は、風と火!」


 乙羽が両手を広げる。


 前方に炎が生まれ、そこへ風が吹き込んだ。


 炎は風に乗って勢いを増し、モンスターの群れを包み込むように広がっていく。


 単独で放つ火魔法よりも攻撃範囲が広く、風の向きを変えることで炎の進路も調整できる。


「わぁ、これもいいねぇ!」


「ただ、周囲への影響も大きくなります。味方が近くにいる場合は、炎がどこまで広がるかを考えて使いなさい」


「はぁい」


 乙羽は炎を消し、次の組み合わせを考え始めた。


 水と風を合わせて水流を広げる。


 土と風を組み合わせて土砂を巻き上げる。


 火と土を合わせ、熱を帯びた岩を飛ばす。


 それぞれの魔法には、単独で使う場合とは違った特徴があった。


 もっとも、すべての組み合わせが簡単に成功するわけではない。


 魔法を同時に展開すると、制御する対象が増える。威力を上げようとすれば、そのぶん魔力の調整も難しくなる。


 乙羽は何度も試しながら、自分に合った制御方法を探っていた。


「先生、これって3つ同時でもいけるかなぁ?」


「試すこと自体は構いませんが、最初から威力を大きくしすぎないようにしてください」


「わかったぁ」


 乙羽は水、風、雷を順番に展開する。


 水を広げ、風で流れを作り、最後に雷を重ねる。


 3つの魔法が連動し、先ほどよりも複雑な動きを見せた。


 しかし、最後の雷を加えた瞬間、制御がわずかに乱れた。


「あっ」


 乙羽がすぐに魔法を解除する。


 リーゼロッテは、その様子を見て頷いた。


「今のは悪くありません。無理に完成させようとせず、まずは2つの魔法を安定して同時に使えるようにしましょう。その先に、3つ以上の組み合わせがあります」


「そっかぁ。じゃあ、もう少し練習だねぇ」


 乙羽は気を取り直し、再び魔法を展開した。


     ◇


 一方、琴と柳も、それぞれ新しく習得した力を試していた。


「柳、そっちはどう?」


「いい感じだぜ! 影を使うの、だいぶ慣れてきた!」


 柳は自分の足元を見下ろした。


 床に伸びた影が、彼女の意思に合わせて形を変えていく。


 やがて影は人型に近い姿となり、柳の隣に立ち上がった。


「おおっ、ちゃんと動くな!」


 影は柳が腕を動かすのに合わせて、同じように腕を動かした。


 さらに柳が意識を向けると、影は独立した動きを見せ始める。


「これなら、あたしが前に出てる間に、別の方向から攻撃させられるな!」


「影にどこまで細かい指示を出せるかも重要そうだね」


 琴がそう言いながら見守る。


「そうなんだよな。まだ複雑な動きは難しいけど、練習すればもっと使えるようになりそうだぜ」


 柳は影を動かし、訓練用の標的へ向かわせた。


 影の腕が標的を打つ。


 物理的な攻撃とは少し違う、不思議な感触だったが、標的は確かに揺れていた。


 柳は満足そうに頷く。


「よし。次はこっちだ!」


 彼女は標的の足元に伸びた影へ目を向けた。


 次の瞬間、柳の姿がその場から消えた。


 そして、少し離れた標的の影から姿を現す。


「おっ、成功!」


「今のは……転移?」


 琴が目を丸くした。


「完全な転移とは違うらしいけどな。影を伝って移動する感じだ。距離や条件には制限があるけど、使いこなせればかなり便利だと思うぜ」


 柳はそう説明しながら、元の場所へ戻った。


 敵の影へ移動できれば、正面から攻める必要がなくなる。相手の死角へ回り込んだり、包囲を抜けたりすることも可能になるだろう。


 ただし、どこへでも自由に移動できるわけではない。


 影の位置やつながり方を意識する必要があり、無理に使おうとすると制御が難しくなる。


「これは、実戦で使うのが楽しみだな!」


 柳は、影を消してから拳を握った。


     ◇


 琴は、少し離れた場所で自分の魔法を確認していた。


 彼女が身につけたのは、魔力を物質化して体を覆う技術だ。


 以前から防御に使っていた魔法だが、今回の訓練では、より硬く、より安定した形で維持することを目指していた。


「……これくらいかな」


 琴の体を、薄い装甲のような魔力が覆っていく。


 腕や肩、胴体など、必要な部分を中心に形成された防具は、以前よりもはっきりとした形を持っていた。


 琴は訓練用の武器を受け取り、教師の指示に従って防御を試す。


 打ち込まれた攻撃が、魔力の装甲に当たった。


 鈍い音が響く。


 しかし、琴の体はほとんど揺れなかった。


「……うん。これなら大丈夫そう」


 琴は装甲を解除し、状態を確認する。


 魔力の消費量を抑えながら、必要な部分を硬くする。


 以前よりも効率よく防御を維持できるようになっていた。


「琴も、かなり安定してきたねぇ」


 乙羽が声をかける。


「うん。全部を覆うより、攻撃を受けそうな場所を重点的に固めた方が使いやすいみたい」


「なるほどな。あたしの影とは全然違うけど、こっちも便利そうだぜ」


 柳も感心したように頷いた。


「2人とも、ずいぶん使いこなせるようになってきましたね」


 リーゼロッテが3人を見渡した。


「ただし、まだ習得したばかりの技術です。できることが増えたからといって、何でもできると思わないこと。実戦では、相手の動きや周囲の状況を見て判断してください」


「はぁい」


「わかってるぜ!」


「うん。無理のない範囲で使い分けてみるね」


 3人はそれぞれ頷いた。


     ◇


 午後の訓練が始まると、訓練場には再びモンスターの群れが現れた。


 今度は、習得した魔法を実際の戦闘で試す時間だ。


「じゃあ、いってみようかぁ!」


 乙羽が前に出る。


 水と風を同時に展開し、モンスターたちの動きを乱す。そこへ雷を重ねようとしたが、今回は無理に3つを同時に使わず、まずは水と風だけで敵の位置を崩した。


「今だよぉ!」


 柳が影を伸ばす。


 影から生まれた分身のような存在が、別方向から敵へ攻撃を仕掛けた。


 敵の注意がそちらへ向いた瞬間、柳自身も影を伝って移動し、側面から攻撃を加える。


「おお、うまくいったな!」


「柳、次が来るよ!」


「わかってる!」


 琴は魔力の装甲を展開し、接近してきたモンスターの攻撃を受け止めた。


 硬い防御に弾かれた敵が体勢を崩す。


 その隙を逃さず、乙羽が火と風を組み合わせた魔法を放った。


 炎が敵の進路を塞ぎ、柳が影から追撃する。


 琴は防御を維持しながら、別の敵の接近を阻んだ。


 それぞれの能力は違う。


 しかし、互いの魔法を理解して動けば、戦い方の幅は大きく広がる。


「いいですね。今の連携を覚えておきなさい。乙羽さんが敵の動きを乱し、柳さんが側面から攻め、琴さんが防御と位置取りを支える。役割が自然に分かれています」


 リーゼロッテの言葉に、3人は顔を見合わせた。


「なるほどねぇ。毎回こうやって組み合わせを考えるのも面白そうだよぉ」


「状況によって役割を変えられれば、もっと対応できる相手が増えそうだね」


「よし、もっと試してみようぜ!」


 柳の声に、乙羽と琴も頷く。


 モンスターは倒しても、また新たに現れる。


 3人はそのたびに、魔法の組み合わせや動き方を変えていった。


 乙羽は複数属性を扱う感覚を磨き、柳は影を使った攻撃と移動を繰り返す。琴は魔力の装甲を維持しながら、仲間を守る位置取りを練習していく。


 そうして訓練を重ねるうちに、乙羽はふと、これまでとは違う魔力の感触に気づいた。


「……んぅ?」


 水を操っていたはずなのに、そこから別の何かへつながるような感覚がある。


 冷たい。


 ただ水が冷えているのとは違う、魔力そのものが別の形を求めているような感覚だった。


 乙羽は手のひらを見つめる。


「先生、ちょっと試してみてもいい?」


「何をですか?」


「まだわかんないけど……なんか、新しい魔法が使えそうなんだよねぇ」


 リーゼロッテは興味深そうに乙羽を見た。


「いいでしょう。周囲に注意して、少しずつ試してください」


「うん」


 乙羽は魔力を集中させた。


 手のひらの上に、小さな水の球が生まれる。


 そこへ、いつもとは違う魔力を流し込んだ。


 水の表面が白く曇る。


 次の瞬間、球体が凍りついた。


「……あれ?」


 乙羽は目を瞬かせた。


 水が凍っただけではない。


 自分が今まで使ってきた水魔法とは、魔力の流れそのものが違っていた。


 乙羽は慎重に魔力を調整する。


 すると、手のひらの上に小さな氷の結晶が生まれた。


「おぉ……!」


 乙羽の声が弾む。


「先生、これって……!」


 リーゼロッテは結晶を見つめ、少しだけ目を細めた。


「……氷魔法ですね」


「氷魔法!」


 乙羽は嬉しそうに結晶を眺めた。


 水を凍らせるだけなら、水魔法でもできる。しかし、今の魔法はそれとは違う。氷そのものを生み出し、操るための新しい属性だった。


「乙羽、また新しい魔法を覚えたの?」


 琴が驚いたように尋ねる。


「うん! なんだか急にわかったんだよぉ!」


「おお、すげえな! これで属性が増えたってことか?」


「そうみたいだねぇ」


 乙羽は小さな氷の結晶を、そっと浮かせてみた。


 結晶は彼女の意思に従って、ゆっくりと空中を移動する。


 まだ大きな氷を作ったり、複雑な操作をしたりすることはできない。


 けれど、新しい属性を習得したことは間違いなかった。


「これは興味深いですね」


 リーゼロッテは、いつになく真剣な様子で結晶を見つめていた。


「複数の属性魔法を扱う訓練が、新しい魔法への理解につながったのでしょうか。いずれにしても、今の感覚を忘れないようにしてください」


「はぁい!」


 乙羽は元気よく返事をした。


 土、水、火、雷、風。


 そして、新たに加わった氷。


 乙羽が扱える属性は、これで6つになった。


 まだ氷魔法を十分に使いこなせるわけではない。けれど、今までの魔法と組み合わせれば、できることはさらに増えるはずだ。


「次は、氷も組み合わせてみたいねぇ」


「まずは基礎からです」


「わかってるよぉ、先生」


 乙羽は笑いながら答えた。


 訓練場では、今もモンスターたちが次々と現れている。


 3人の修行は、まだ終わらない。


 新しい魔法を身につけ、使い方を考え、仲間と連携する。


 レベルを上げるだけでは得られない成長が、ここにはあった。


 そして、3か月の修行を終えて地球へ戻るとき、ティンカーベルの3人は、以前とは違う戦い方を身につけていることだろう。


 その成果を、まだ知らない静に披露する日も近づいていた。

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