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殴り賢者はバレている  作者: 七風


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「よかったねぇ、祐樹くん」

 翌朝、タイムジェイルの家では、朝食を終えた参加者たちが訓練場へ向かう準備を進めていた。


 午前8時。


 昨日は施設の案内や教師たちとの顔合わせで終わったが、今日からはいよいよ本格的な修行が始まる。


 目標は、レベル50への到達。そして、それぞれが自分の適性に合った魔法を身につけることだ。


「いよいよ今日からだね」


 琴が身支度を整えながら言った。


「おう! どんな魔法が使えるようになるのか、楽しみだぜ!」


 柳はやる気に満ちた様子で答える。


「私は召喚魔法だからねぇ。どんな子たちを呼べるようになるのか楽しみだよぉ」


 瑠奈も、すでに自分が召喚する魔物の姿を想像しているようだった。


「見た目がかっこいい召喚獣とか、かわいい召喚獣とか、いろいろ選べるようになるのかな? 配信映えも狙えそうだし!」


「召喚する対象を自由に選べるかどうかは、これから学ぶこと次第でしょうね」


 アリスがそう指摘すると、瑠奈は「それもそうか」と頷いた。


 一方、祐樹は少し違うことを考えていた。


 錬金術。


 名前だけでも興味を引かれるが、もし異世界の錬金術を習得できれば、地球の冒険者活動にも役立つ知識が得られるかもしれない。


 魔道具や便利な道具を作れるようになれば、冒険者としての活動だけでなく、商売にも応用できる可能性がある。


 何を作れるようになるのか。どんな材料が必要なのか。


 考えるほど、期待が膨らんでいた。


「それじゃあ、そろそろ行こうか」


 政宗の声を合図に、全員が訓練場へと向かった。


     ◇


 午前9時。


 訓練場には、魔法教師のエレノアが待っていた。


「おはようございます。皆さん、準備はできていますね?」


「はい!」


 アリスが代表して答え、ほかの参加者たちも頷いた。


「では、さっそく魔法の授業を始めましょう。ただし、実際に魔法を練習する前に、皆さんに理解しておいてほしいことがあります」


 エレノアの表情が、少し真剣になる。


「この世界の魔法と、皆さんが暮らしている地球の魔法は、同じものではありません」


 参加者たちは互いに顔を見合わせた。


「地球にも魔法はあるんですよね? それでも違うんですか?」


 翔が尋ねる。


「はい。魔力を使うという点では共通する部分もありますが、魔法の仕組みや発動方法、術式を構成する言葉が異なります。これから皆さんが学ぶ魔法は、基本的にこちらの世界の言語を用いて発動するものです」


「言語……?」


 ヒカルが聞き返した。


「そうです。魔法を発動するには、術式を理解するだけでなく、決められた言葉を正しく発音する必要があります。こちらの世界では、それが魔法を扱うための基本となっています」


 エレノアは、参加者たちを順番に見渡した。


「そして、皆さんにはもう1つ、覚えておいてほしいことがあります」


 そこで彼女は、少しだけ声を強めた。


「今、皆さんはこの世界の言葉を理解し、発音することができますね?」


「はい。普通に聞き取れますし、話すこともできます」


 政宗が答えた。


「それは、皆さんに翻訳魔法のような効果が常に働いているからです。こちらの世界へ来たことで、その効果が皆さんに付与されています。ですから、こちらの言語を知らなくても会話ができますし、魔法の発動に必要な言葉も発音できるのです」


「なるほど。こっちに来たときから、ずっと翻訳されているような状態なんですね」


「その理解で構いません」


 エレノアは頷いた。


「ただし、その効果が地球へ戻ったあとも、皆さん以外の人に働くわけではありません」


 その言葉に、参加者たちの表情が変わった。


「……それって、どういうことですか?」


 祐樹が尋ねる。


「皆さん自身は、こちらで覚えた魔法を地球へ戻ったあとも使えます。発動に必要な言葉を、すでに自分で理解し、発音できるようになっているからです。しかし、こちらの世界を訪れたことのない人には、その言葉を理解することも、正しく発音することもできません」


「つまり、俺たちは使えるけど、地球にいる人たちは同じようには使えないってことか?」


 龍太が確認する。


「そのとおりです。皆さんが魔法を使うところを見せたり、仕組みを説明したりすることはできるかもしれません。しかし、発動に必要な言葉を再現できなければ、同じ魔法を習得することはできません」


 エレノアは、そこで一度言葉を区切った。


「ですから、皆さんが地球へ戻ったとき、こちらで覚えた魔法は、皆さん個人の『固有魔法』として扱われることになるでしょう」


「固有魔法……!」


 瑠奈の顔がぱっと明るくなった。


「ってことは、私だけのオリジナル魔法になるってこと!? それ、配信でもすごく目立ちそう!」


「まあ、他の人が簡単に真似できないという意味では、そうなるでしょうね」


 アリスが苦笑する。


「ただ、使えることと、うまく使いこなせることは別よ。まずは習得することを考えないと」


「わかってるって! でも、やっぱり楽しみじゃん!」


 瑠奈は期待を隠そうともしなかった。


 一方、祐樹は明らかに残念そうな顔をしていた。


「せっかく錬金術を覚えても、地球の人たちには教えられないのか……」


 異世界の技術を持ち帰り、地球でも研究を進める。


 そんなことを考えていた祐樹にとって、今の説明は少なからず痛手だった。


 錬金術の知識を広め、地球の冒険者たちが使える道具を開発できれば、大きな可能性があると思っていたのだ。


 しかし、魔法の発動そのものを再現できないとなれば、話は変わってくる。


「少なくとも、こちらの魔法をそのまま教えて広めることは難しいでしょうね」


 エレノアは、祐樹の落胆を見て補足した。


「ですが、皆さんがこちらで学ぶことのすべてが、地球で役に立たないという意味ではありません。知識をどのように応用するかは、皆さん自身の工夫次第です」


「応用、ですか……」


 祐樹は考え込んだ。


 魔法の発動方法を教えられなくても、理論や考え方から何かを得られる可能性はあるのだろうか。


 もっとも、今の説明だけでは判断できなかった。


「確認してもいいですか?」


 政宗が手を挙げた。


「僕たち自身は、地球に戻っても覚えた魔法を使える。でも、こちらの世界の言語を理解していない人は、発動に必要な言葉を再現できない。だから、同じ魔法を使えるようにはならない。そういう理解で合っていますか?」


「はい。正確には、こちらの世界の言語を理解し、発音できるようになれば話は別ですが、今の地球の人々には、そのための効果がありません」


「わかりました。個人の能力としては持ち帰れるけれど、技術として普及させるのは難しいんですね」


「そのとおりです」


 政宗は納得したように頷いた。


「では、学園や冒険者協会には、どこまで説明できるのでしょうか?」


 今度はアリスが尋ねた。


「魔法を使えるようになったことや、どのような効果があるかを説明するのは問題ありません。ただし、発動の仕組みを説明したところで、相手が再現できるとは限りません。皆さんが地球でどのように扱うかについては、帰還後に所属先と相談するとよいでしょう」


「なるほど。能力として報告することはできても、同じものを教えられるとは限らないわけですね」


 アリスは、学園へ戻ったあとの報告について考え始めたようだった。


「それなら、今は自分たちが使いこなせるようになることが先だな!」


 龍太が明るく言った。


「せっかく教えてもらえるんだ。覚えられるものは覚えて帰ろうぜ!」


「そうだね。今の段階で、応用できるかどうかまで決めつける必要はないと思う」


 ヒカルも同意した。


 琴と柳も頷いている。


 乙羽は、みんなの反応を見ながら、のんびりと口を開いた。


「うーん。私は先生にいろいろ教えてもらってるけど、地球に戻ったら同じようにできる人はいないんだねぇ」


「そういうことになりますね」


 エレノアは答えた。


「ただし、皆さん自身が覚えた技術まで失われるわけではありません。身につけたものは、しっかり自分の力になります」


「そっかぁ。それなら、ちゃんと覚えないとねぇ」


 乙羽は素直に頷いた。


 静も腕を組みながら、説明を聞いていた。


「魔法そのものを広めるのは難しくても、身につけた力をどう使うかは本人次第、ということね」


「はい。皆さんには、ぜひそう考えていただきたいです」


 エレノアは満足そうに頷いた。


「では、前提の説明はここまでにしましょう。これから皆さんが習得する魔法について、順番に確認していきます」


     ◇


 授業が次の段階へ移ろうとしたところで、リーゼロッテがひょいと顔を出した。


「そうそう。祐樹さん、少しよろしいですか?」


「え? 僕ですか?」


「はい。先ほどの話で、少し気になったことがありまして」


 リーゼロッテは、小さな魔法袋からいくつかの素材を取り出した。


 金属の欠片、硬い殻のようなもの、そして淡い色合いの鉱石。


 どれも、ダンジョンで採取される素材に見える。


「これらは、地球のダンジョンで採取したものです」


「……地球の?」


 祐樹は、素材を見つめた。


「はい。そして、こちらが私の世界で採取された同じ素材です」


 リーゼロッテは、もう一組の素材を並べた。


 見た目だけなら、ほとんど区別がつかない。


 祐樹は席を立ち、机の近くへ寄った。


「ちょっと、見せてもらってもいいですか?」


「どうぞ」


 祐樹は素材を慎重に手に取り、表面や断面を確かめた。


 金属の色合い。鉱石の模様。殻の硬さ。


 それぞれを見比べ、手元の資料と照らし合わせる。


 やがて、祐樹の目が大きく開かれた。


「……これ、同じものじゃないですか?」


「ええ。少なくとも、私が確認した範囲では、同じ種類の素材です。性質にも違いは見つかっていません」


「本当に……?」


「地球のダンジョンで採取されたものと、こちらの世界のダンジョンで採取されたものです。採取場所は違いますが、素材としては同じものですね」


 祐樹は、もう一度素材を見比べた。


 先ほどまでの落胆が、少しずつ驚きへと変わっていく。


「ということは……こちらの世界の錬金術で使われる素材が、地球にも存在する可能性があるんですか?」


「すでに同じものが確認できていますからね。ほかにも共通する素材がある可能性は十分にあります。ただし、すべてが同じとは限りませんし、地球で同じ加工ができるかどうかも、実際に試してみなければわかりません」


 リーゼロッテは、期待を持たせすぎないように付け加えた。


「ですが、素材が共通しているのであれば、研究できる余地はあります。こちらの世界の知識を参考にして、地球の素材を調べてみることはできるでしょう」


 祐樹は、しばらく黙っていた。


 そして、手元の素材をそっと机に戻すと、顔を上げた。


「……なるほど。魔法そのものを教えられなくても、素材の性質や加工方法を研究することはできるかもしれない、ということですね」


「そういうことです。ただし、結果を保証するものではありませんよ」


「それでも、十分です!」


 祐樹の声に、先ほどまでの落胆はなかった。


「地球にある素材と同じものがこちらにもあるなら、こちらで学んだ知識をもとに、地球の素材を研究できます。魔道具だって、同じ仕組みを再現できるかどうかは別として、何かしら応用できる可能性はありますよね」


「ええ。可能性はあるでしょうね」


「だったら、覚える価値は十分にあります!」


 祐樹は、素材を見つめながら考え始めた。


 どのような性質があるのか。


 どんな加工を施すのか。


 錬金術で使われる素材の組み合わせには、どんな意味があるのか。


 今すぐ答えが出るわけではない。


 それでも、研究の手がかりがあるとわかっただけで、見える景色は大きく変わった。


「よかったねぇ、祐樹くん」


 乙羽が声をかける。


「はい。まだ何ができるかはわかりませんけど、少なくとも、全部が無駄になるわけではなさそうです」


「うんうん。せっかく覚えるんだから、いろいろ試してみたいよねぇ」


「そうですね。まずは、こちらの錬金術をしっかり身につけるところからです」


 祐樹は、改めてやる気を取り戻した様子だった。


 リーゼロッテは素材を片づけると、何事もなかったかのように浮かび上がった。


「では、説明も済んだようですし、私は見学に戻りますね」


「先生、素材を見せてくれてありがとうございました!」


「いえいえ。研究するのは祐樹さん自身ですからね」


 リーゼロッテは軽く手を振り、訓練場の端へ移動した。


     ◇


「それでは、改めて始めましょう」


 エレノアが参加者たちへ向き直った。


「皆さんには、それぞれ適性のある魔法を学んでもらいます。最初から強力な魔法を使えるわけではありません。基礎を理解し、実際に試し、少しずつ習熟していくことが大切です」


 参加者たちは真剣な表情で頷いた。


 自分たちがこれから学ぶ魔法は、地球へ戻ったあとも使える。


 しかし、それをそのまま他人に伝えることは難しい。


 それでも、身につけた技術を自分の力として活用することはできるし、祐樹のように、学んだ知識を別の形で応用できる可能性もある。


 大切なのは、まず自分が理解し、使いこなせるようになることだ。


「では、最初はそれぞれの魔法の基礎から始めましょう。今日は仕組みを理解することを優先し、実際の発動練習は順番に進めていきます」


「はい!」


 アリスの返事に、全員が続いた。


 こうして、タイムジェイル合宿の本格的な修行が始まった。


 それぞれがどんな力を身につけるのか。


 そして、異世界で学んだ知識を地球へ持ち帰ったとき、何を実現できるのか。


 その答えは、まだ誰にもわからない。


 ただ、参加者たちにとって、この世界で学ぶ時間が大きな意味を持つことだけは確かだった。

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