「賢者かぁ」
土曜日、午前9時。
乙羽の家には、学園十席の10人と静、そしてリーゼロッテが集まっていた。
「みんな、準備はできたかなぁ?」
「うん。必要なものは持ってきたよ」
琴が自分の鞄を確認して答える。
「あたしも大丈夫! 異世界で合宿なんて、なかなかできない経験だよな!」
柳は楽しそうだった。以前にもリーゼロッテの世界で修行した経験があるため、初めて訪れる場所というわけではない。それでも、今回は仲間たちと一緒だ。楽しみにしているのが伝わってくる。
「僕も準備はできています」
政宗も荷物を確認してから、周囲を見渡した。
「それにしても、本当に今日からなんだね」
アリスがリーゼロッテに視線を向ける。
「ええ。予定どおりですよ」
「向こうでは長い時間を過ごせるんだよね? なんか、まだ実感がないなぁ」
瑠奈はスマートフォンを片手に、どこか落ち着かない様子で周囲を見ていた。
「でもさ、異世界で修行できるってだけでもすごいのに、何か月も過ごせる可能性があるんでしょ? 普通に考えてヤバくない?」
「そうですね。まずは、どんな場所なのか見てみたいです」
ヒカルも頷いた。
真面目に話を聞いてはいるものの、必要以上に緊張しているわけではない。未知の環境に興味があるのは、彼女も同じだった。
「ところで、向こうで手に入る素材って、地球に持ち帰れるんですか?」
祐樹がすかさず尋ねた。
「いきなりそこですか」
「いや、重要ですよ! 異世界の素材なんて、こっちでは手に入らないものもあるでしょう? 魔道具の材料になるなら研究する価値はありますし、うまくいけば商売にも……」
「祐樹、まだ出発もしてないよ?」
ヒカルが苦笑する。
「だからこそ、事前に確認しておくんだよ」
「それはそうだけど……」
ヒカルはそれ以上、何も言わなかった。
そんなやり取りを聞きながら、翔は少し離れたところから周囲を見回していた。
これから異世界へ行くという話も、時間の流れが違うという話も、聞けば聞くほど現実離れしている。
けれど、目の前にいるのは、いつも学校で顔を合わせている仲間たちだ。
そのせいか、かえって実感が湧きにくかった。
「はいはい。みなさん、そろそろ説明を始めますよ」
リーゼロッテが手を叩くと、全員の視線が集まった。
「今回、地球側で過ごす時間は24時間です。今日の午前9時に出発し、明日の午前9時には帰還します」
「向こうでどれだけ時間が経っても?」
アリスが確認する。
「ええ。帰還時刻はあらかじめ設定してあります。修行が終わっていなくても、時間になれば帰ります」
「じゃあ、帰る時間を気にしながら修行する必要があるんだね」
「そういうことです。タイムジェイルの内部では、最大で約3か月ほど過ごせる計算になります。ただし、必ず3か月間修行するという意味ではありません。進み具合によっては、もっと早く切り上げることもできます」
リーゼロッテは、全員の顔を順番に見た。
「それから、スマートフォンは向こうでもネットと通話以外のダウンロード済みの物は使えます。表示される時刻は地球側の時間ですから、帰還時刻の確認に利用してください。内部の時間と混同しないように」
「スマホが使えるのは助かるねぇ」
乙羽が自分のスマートフォンを取り出す。
「帰る時間も確認できるし、安心だねぇ」
「ええ。もっとも、確認するのを忘れないでくださいね」
「はぁい」
「さて、今回の目標についても確認しておきましょう」
リーゼロッテは続けた。
「十席のうち、乙羽、琴、柳の3人は、現在のレベルをさらに上げながら、新しい魔法の習得と応用を進めます。残る7人は、ひとまずレベル50を目標にしましょう」
「レベル50か……」
龍太が腕を組んだ。
「ただし、レベル50に到達したら、それ以上成長してはいけないという意味ではありません。時間が残っていて、まだ訓練を続けられるなら、そのまま続けて構いません。反対に、目標に届かなかったとしても、帰還時刻は変わりません」
「つまり、時間いっぱいまでやれることをやるってことね」
アリスが確認する。
「そのとおりです。無理をして倒れられても困りますが、せっかくの機会ですからね」
静も頷いた。
「私も自分の修行をしながら、みんなの様子を見ておくわ。困ったことがあったら相談してちょうだい」
「静さんも一緒なら心強いね」
琴が微笑む。
「よし、じゃあ行こうよぉ!」
乙羽が声を上げた。
「それでは、転移しますね」
リーゼロッテが魔法を発動させる。
足元に淡い光が広がり、周囲の景色が揺らいだ。
次の瞬間、全員の姿はリビングから消えていた。
◇
目を開けると、そこは見慣れない世界だった。
周囲には広い敷地が広がり、遠くには森や山が見える。建物の周辺には整えられた道があり、少し離れた場所には訓練に使うための広場も設けられていた。
「おぉー!」
乙羽が声を上げた。
「ここ、前に来たところだよぉ」
「乙羽は来たことがあるんだよね?」
アリスが尋ねる。
「うん。前に先生と一緒に来たことがあるよぉ。でも、そのときはすぐに帰っちゃったから、お泊まりするのは初めてなんだよねぇ」
「へえ、そうなんだ」
アリスは周囲を見渡した。
琴と柳も以前に訪れたことがあるため、初めて見る景色に驚く様子はない。それでも、今回は大勢で滞在することになる。以前とは違う過ごし方になりそうだった。
「ちょっと待って。ここ、景色だけでも結構いい感じじゃない?」
瑠奈がスマートフォンを構える。
「写真撮りたいんだけど!」
「瑠奈、まだ着いたばかりだよ」
「わかってるって。でも、こういう場所って記録しておきたくなるじゃん?」
瑠奈は何枚か写真を撮った。
異世界の景色をそのまま公開できるかどうかは、また別の話だ。投稿するなら、リーゼロッテや学園とも相談する必要があるだろう。
「ここが先生の世界かぁ……」
政宗は遠くの山を眺めていた。
話には聞いていたが、実際に目にすると不思議な感覚がある。
「本当に、地球とは全然違うんですね」
「環境も生息している生物も違いますからね。もっとも、今は周囲を見て回るより、先に荷物を置いておきましょう」
リーゼロッテが建物へと案内する。
宿泊用の建物には十分な広さがあり、全員に個室が用意されていた。静は乙羽と同じ部屋を使うことになっている。
「お姉ちゃん、一緒のお部屋だねぇ」
「ええ。せっかくだから、ゆっくり話す時間も欲しいもの」
「やったぁ」
乙羽は嬉しそうに頷いた。
全員が荷物を置き、必要なものを確認したところで、リーゼロッテが再び声をかける。
「それでは、訓練場へ行きましょう」
「もう訓練?」
瑠奈が聞き返した。
「いえ、今日は準備の日です。本格的な訓練は明日の朝から始めます。その前に、みなさんの適性を確認しておきたいのです」
「適性って、魔法の?」
アリスが尋ねる。
「はい。どのような魔法に向いているのかを調べ、本人の希望も踏まえて、明日からの指導方針を決めます」
「なるほど。それなら、先に確認しておいたほうがいいね」
アリスは頷いた。
全員で訓練場へ向かう。
そこには、鑑定のための魔法陣が用意されていた。
「では、順番に鑑定していきましょう」
リーゼロッテは十席の面々を見渡した。
「魔法の適性だけでなく、職業や能力の傾向も確認します。ただし、適性があるからといって、必ずその魔法を選ばなければならないわけではありません。最終的に何を学ぶかは、本人の希望も考慮して決めます」
「自分に向いている魔法と、実際に覚えたい魔法は別でもいいってことね」
アリスが確認した。
「そのとおりです。適性は、選択肢を考えるための情報ですから」
「わかった。みんなも、自分が何を覚えたいのか考えながら聞こう」
アリスがそう声をかけると、周囲から頷きが返ってきた。
最初に鑑定を受けたのは、綾小路政宗だった。
魔法陣の中央に立つと、足元から淡い光が広がる。
リーゼロッテは表示された結果を確認し、説明を始めた。
「重力に関する魔法との相性が良いようですね。対象にかかる力を変化させたり、動きを制限したりする方向で適性が見られます」
「重力か……。使い方次第で、かなり応用が利きそうですね」
政宗は少し考え込んだ。
単純に相手を押さえつけるだけでなく、敵の動きを妨害したり、自分や仲間の移動を補助したりすることもできるかもしれない。
「僕は、そういう魔法を覚えたいです。実戦でどう使うかも考えてみたいですね」
「わかりました。では、重力魔法を中心に学ぶ方針で考えましょう」
続いて、如月アリスが鑑定を受けた。
結果を確認したリーゼロッテは、少し考えてから説明する。
「あなたは、自分の分身を作り出す魔法と相性が良いようですね。分身をどこまで独立して動かせるかは、訓練してみないとわかりませんが」
「分身か。自分が2人になったら、できることも増えそうだね」
アリスは素直に興味を示した。
「数を増やすだけじゃなくて、連携も大事になりそう。自分がどう動くかも考えないといけないし」
「ええ。分身を作ること自体より、使いこなすことのほうが難しいでしょう」
「面白そう。私はこれを覚えてみたいな」
アリスは迷わず答えた。
続いて、大門龍太が鑑定を受ける。
結果には、身体強化に関する適性が示されていた。
「身体能力をさらに高める方向ですね。力や速度だけでなく、反応や耐久性などにも応用できる可能性があります」
「おお、やっぱりそういう方向か!」
龍太は嬉しそうに声を上げた。
「体を強くする魔法なら、今までの戦い方にも組み込みやすそうだな。よし、それを覚えたい!」
「基礎を身につけてから、どの能力を重点的に伸ばすか考えましょう」
「了解!」
龍太は勢いよく頷いた。
次は、藤堂ヒカルの番だった。
鑑定結果を確認したリーゼロッテが、説明する。
「ヒカルは、魔力を遠距離へ飛ばすことに適性があるようですね。特に、魔力を矢の形にして射出する魔弓との相性が良さそうです」
「魔弓か。普通の弓とは違うんですよね?」
「ええ。魔力を矢として形成し、放つ技術です。どの程度の威力や射程を出せるかは、これからの訓練次第ですね」
「なるほど。遠距離から攻撃できる手段が増えるのは便利そうですね」
ヒカルは鑑定結果を確認しながら、説明された内容を頭の中で整理した。
「まずは、どんなことができるのか、基礎から覚えてみたいです」
「わかりました。では、魔弓を中心に指導してもらいましょう」
ヒカルは頷いた。真面目に取り組む姿勢は変わらないが、必要以上に気負っているわけでもない。新しい技術を覚えることには、素直に興味があるようだった。
続いて、五代瑠奈が鑑定を受けた。
結果を確認したリーゼロッテは、召喚魔法との相性が良いことを説明する。
「召喚魔法ですか?」
瑠奈の表情がぱっと明るくなった。
「えっ、めっちゃいいじゃん! いろんな召喚獣を呼び出せるようになるってこと?」
「召喚できる対象や数は、習熟度や魔力によって変わります。最初から何でも呼び出せるわけではありませんよ」
「そりゃそうだよね。でもさ、見た目が派手なのとか、かっこいいのとか、かわいいのとか、いろいろ使えるようになったら最高じゃん!」
瑠奈はすっかり乗り気になっていた。
「戦闘で強いのはもちろんだけど、配信でも絶対映えると思うんだよね。大きい召喚獣が出てきたり、見た目がめっちゃ華やかだったりしたら、絶対盛り上がるじゃん!」
「瑠奈らしいね」
アリスが笑う。
「だって、せっかく覚えるなら見てる人にも楽しんでもらいたいじゃん? 強くなれるし、配信も盛り上がるし、一石二鳥でしょ!」
「その考え方自体は悪くありません。ただ、召喚魔法は呼び出した存在との連携も大切です。見た目だけで選ぶと、実戦で困るかもしれませんよ」
「そこはちゃんと考えるって! かっこよくて強くて、配信映えする召喚獣を目指すから!」
瑠奈は自信満々に宣言した。
リーゼロッテは小さく頷いた。召喚魔法をどう使うかは、これからの訓練で考えていけばいい。
次は、羽生翔だった。
鑑定が終わると、リーゼロッテは表示された結果を確認した。
「翔は、結界魔法に適性がありますね。防御や保護に関する術式を学ぶとよいでしょう」
「結界ですか。壁みたいなものを作る魔法?」
「基本的にはそうですね。ただ、形や範囲、強度を変えたり、特定の対象を守ったりと、応用の幅はあります」
「へぇ……。魔法って、そんなことまでできるんだ」
翔は説明を聞きながら、訓練場をちらりと見回した。
異世界に来て、魔法の適性を調べてもらい、専門の教師から教わる。しかも、これから長い時間をかけて修行できるという。
改めて考えると、なかなかすごい状況だった。
(なんか、すごいとこ来ちゃったなぁ……)
そんな感想が、ふと頭に浮かんだ。
「まあ、せっかく来たんだし、覚えられるように頑張るか」
翔はそう呟き、ひとまず説明を聞くことにした。
最後は、小金沢祐樹だった。
結果を見たリーゼロッテは、錬金術に関する適性があると説明する。
「錬金術ですか?」
祐樹は身を乗り出した。
「それって、素材を加工したり、魔道具を作ったりする技術ですよね?」
「ええ。扱う素材や技術によって、できることは変わりますが」
「それ、すごくないですか? こっちの世界の素材や技術を学べるなら、地球でも応用できるものがあるかもしれないですよね。魔道具が作れるようになったら、冒険者向けの商品だって……」
「祐樹、またお金の話になってるよ」
アリスが呆れたように言った。
「いや、重要だろ! 自分が強くなるだけじゃなくて、技術を身につければ将来にもつながるんだから!」
「それはそうだけど、まだ何が作れるかもわからないでしょ?」
「だからこそ、今から学ぶんだよ!」
祐樹は力強く言い切った。
「錬金術は、知識と経験が必要な分野です。すぐに商品を作れるとは思わないでくださいね」
「もちろんです! まずは基礎から学んで、使える技術を増やしていきます」
祐樹は真剣な顔で頷いた。
こうして、7人の鑑定が終わった。
それぞれに向いている魔法の方向性が見え、本人たちも何を学びたいのか、少しずつ考え始めていた。
その様子を見届けてから、リーゼロッテは乙羽へ目を向けた。
「そういえば、乙羽はこの世界では鑑定していませんでしたね」
「あ、そうだったねぇ」
乙羽は魔法陣の中央へ移動した。
地球の冒険者協会でも鑑定を受けたことはある。しかし、あちらの装置では乙羽の能力を大まかに把握することしかできなかった。
異世界で学んだ魔法や、こちらの世界の職業体系まで正確に読み取ることはできなかったのだ。
リーゼロッテが鑑定を行うと、魔法陣の光が乙羽を包み込む。
やがて光が収まり、結果が表示された。
リーゼロッテはそれを確認すると、特に驚くこともなく告げた。
「職業は賢者ですね。まあ、あなたなら当然です」
「賢者かぁ」
乙羽は表示された結果を眺めた。
以前から、賢者クラスだとは言われていた。だから、今さら大きく驚くようなことではない。
ただ、この世界の鑑定で正式に職業が判明したことで、自分が身につけてきた力の位置づけが、改めてはっきりしたように感じた。
「地球の鑑定装置では、そこまでわからなかったんだねぇ」
「ええ。地球側の装置は、こちらの世界の職業体系を正確に判定できるようには作られていませんからね。大まかな能力は読み取れても、詳細な職業や適性までは判断できなかったのでしょう」
「そっかぁ」
乙羽は頷いた。
「じゃあ、今まで覚えた魔法を、もっと上手に組み合わせられるようになりたいなぁ」
「それがいいでしょう。あなたの場合、新しい魔法を増やすことだけが成長ではありません。すでに使える魔法を組み合わせ、状況に合わせて応用できるようになることも重要です」
「うん。いろいろ試してみたいねぇ」
乙羽は楽しそうに答えた。
琴も自分の希望を口にする。
「私は、魔力を鎧みたいな形にして、身を守る方法を身につけたいな。今の戦い方に防御の手段を増やせたら、できることも広がりそうだし」
「私は影に潜る魔法を練習したいぜ。うまく使えれば、敵に気づかれずに動けそうだしな!」
柳も自分の希望を伝えた。
「わかりました。では、それぞれの希望と適性を踏まえて、担当する教師と指導内容を決めていきましょう」
リーゼロッテは全員を見渡した。
「今日は準備の日です。実際の訓練は明日の朝から始めます。それまでは、施設を確認したり、必要なものを整理したりして過ごしてください」
「わかった。みんなの希望も聞きながら、明日からの予定をまとめよう」
アリスがそう言うと、十席の面々はそれぞれ頷いた。
異世界での合宿は、まだ始まったばかりだ。
けれど、鑑定によって、それぞれが何を目指すのか、その第一歩は見えてきた。
明日からの訓練で、どこまで成長できるのか。
その答えは、これからの過ごし方次第だった。




