「おぉー、お姉ちゃんも来るのぉ?」
金曜日の夕方。
音無家のリビングには、夕食の準備を終えた奏と、テーブルを囲む乙羽、静、そして小さな妖精のリーゼロッテがいた。
「それじゃあ、いただきましょうか」
「いただきまぁす」
乙羽はいつものように、のんびりと食事を始めた。
しばらくは家族で他愛のない話をしながら、穏やかな時間が流れていた。
やがて、乙羽が思い出したように口を開く。
「そうそう、お姉ちゃん。明日から、先生の世界に行ってくるねぇ~」
「……え?」
静の手が止まった。
「明日からって、どこに行くの?」
「先生の異世界だよぉ。みんなで合宿するんだってぇ」
「ちょっと待ちなさい。私、そんな話は聞いていないんだけど?」
「今日決まったからねぇ」
「そういうことは、もう少し早く教えてちょうだい!」
静が思わず声を上げる。
隣でリーゼロッテは、特に気にした様子もなく食事を続けていた。
「先生、ちゃんと説明してあげてよぉ」
「今、説明するところですよ」
リーゼロッテは食事をひと口済ませてから、静に向き直った。
「今回、全国大会に向けて、皆さんでタイムジェイルを利用した合宿を行うことになったのです」
「タイムジェイル……。またあそこへ行けるの?」
「はい。地球側では明日の朝9時に集合し、翌日の朝9時に帰還する予定です」
「地球時間で、たった1日?」
「そうです。内部では最大で3か月ほど修行できる時間を確保できますが、必ず3か月間滞在する必要はありません。修行が十分に進めば、早めに切り上げても構いませんよ」
静は少し考え込んだ。
前回、自分が修行したときは、レベル100に到達することが帰還の条件だった。目標が明確なのはよかったが、いつ終わるのかを自分で決めることはできなかった。
今回は、その点が違うらしい。
「つまり、地球側で帰る時間を先に決めておくのね?」
「そのとおりです。内部でどれだけ修行しても、地球側の予定を優先します。目標に届かなかったからといって、滞在を延長することはありません」
「なるほど……。それなら、気持ちの面でもずいぶん楽ね」
静は納得したように頷いた。
終わりの見えない修行ではなく、終わる時間が決まっている修行。限られた時間の中で、どこまで成長できるかを考えればいい。
それならば、自分のペースで取り組みやすい。
「それで、今回は誰が参加するの?」
「学園十席だよぉ。みんな、それぞれ目標を決めて修行するんだぁ」
乙羽が説明を引き継いだ。
「7人はレベル50を目標にするんだってぇ。でも、50までしか上げちゃいけないわけじゃないよぉ。時間があるなら、もっと上げてもいいんだよねぇ?」
「ええ。レベル50は目標であって、上限ではありません。達成したあとも、時間の許す限り修行して構いませんよ」
「そういうことね」
静の表情が、少しずつ真剣なものへ変わっていく。
「……え、待って。あなたたち、また強くなるの?」
「うん。できるだけレベルを上げたいんだよぉ」
「魔法の練習もするんでしょう?」
「するよぉ。私は魔法を組み合わせる練習をしたいしぃ。」
「新しい魔法まで……」
静は乙羽とリーゼロッテを交互に見た。
自分も、前回の修行でレベル100に到達した。あの経験は大きかったが、そこで成長が終わったわけではない。
むしろ、まだまだ強くなれる余地はあるはずだ。
それなのに、妹たちはまた異世界で修行をするという。
「……私も行くわ!」
静は勢いよく顔を上げた。
「おぉー、お姉ちゃんも来るのぉ?」
「当然でしょう! せっかく強くなれる機会があるのに、見逃す理由がないじゃない!」
その即決ぶりに、奏がくすくすと笑った。
「あらあら。静もすっかりやる気ねぇ」
「お母さん、笑い事じゃないわよ。妹たちがどんどん強くなっていくなんて、私だって気になるもの」
「でも、静は前回レベル100まで上げたんでしょう?」
「それとこれとは別よ。レベルが高くても、まだ身につけられる技術はあるわ」
静は迷いなく答えた。
Sランク冒険者としての実力には自信がある。けれど、それは今の自分に満足していい理由にはならない。
新しい魔法を学ぶことも、戦闘技術を磨くことも、まだできる。
「先生、私も参加させてもらえるかしら?」
「もちろんですよ。静が希望するなら歓迎します」
リーゼロッテはあっさりと頷いた。
「ただし、今回は合宿ですから、帰還時刻は皆さんと同じです。静だけ別の日まで修行を続けることはできませんよ」
「わかっているわ。それで十分よ」
静は即答した。
決まった時間の中で、できる限り成長する。それならば、以前の修行とは違う取り組み方ができるだろう。
「それと、静にはお願いしたいこともあります」
「お願い?」
「皆さんに、個人指導をしていただけませんか? 静はSランク冒険者ですから、実戦経験を踏まえた指導は、皆さんにとって貴重な機会になるでしょう」
「もちろん、それは構わないわ」
静は少しも迷わずに答えた。
「私も自分の修行をするつもりだけど、指導の時間を設けるくらいなら問題ないわ。実戦での判断や剣術の使い方なら、教えられることもあると思うし」
「助かります。もちろん、静自身の修行時間も確保できるように調整しますよ」
「ええ。せっかくの機会だもの。教えるだけで終わるつもりはないわ」
静はそう言って、楽しそうに笑った。
生徒会のメンバーにとっても、Sランク冒険者から直接指導を受けられるのは大きな利点になるだろう。
そして静自身も、これまでとは違った形で成長を目指せる。
「じゃあ、明日の朝9時にここに来てもらうんだぁ。」
「ええ。忘れ物がないように、今夜のうちに準備しておきなさい」
「はぁい」
乙羽は元気よく返事をした。
その横で、リーゼロッテが補足する。
「スマートフォンは持っていってくださいね。地球側の時刻を確認するために必要です。帰還予定時刻になったら、修行の途中でも切り上げますから」
「わかったわ。時間を守ることが大前提なのね」
「そういうことです」
静は頷いた。
明日の朝から、再び異世界での修行が始まる。
今度は自分だけではない。妹たちも、生徒会の仲間たちも、それぞれの目標を持って参加する。
限られた時間の中で、どこまで成長できるのか。
静は、明日が待ち遠しくなっていた。
「ふふっ。明日は忙しくなりそうねぇ」
乙羽が楽しそうに笑う。
「そうね。でも、せっかくの合宿だもの。みんなで有意義な時間にしましょう」
静の言葉に、乙羽とリーゼロッテも頷いた。
こうして、金曜日の夕食の席で、静の合宿参加も決まった。
翌朝9時。
乙羽の家に集まった一同は、全国大会に向けた特別な修行へと出発することになる。




