「それでしたら、一つ提案があります」
序列戦がひと段落したある日。
学校の生徒会室には、ランキング上位の生徒たちが集まっていた。
集まっているのは、綾小路政宗、大門龍太、藤堂ヒカル、小金沢祐樹、五代瑠奈、羽生翔、そしてティンカーベルの乙羽、琴、柳。
生徒会長の如月アリスも席に着き、全員が揃ったことを確認してから口を開いた。
「今日は、これから開催される全国大会について話をしたいと思います」
アリスが資料を机の上に広げる。
「ランキング戦も終わったし、そろそろ大会の準備を本格的に始める時期だからね。まずは参加条件と競技内容を確認しておこうと思う」
「全国大会か。いよいよって感じだな」
政宗が資料に目を落とした。
彼にとって、強くなることは単なる趣味ではない。将来はプロの冒険者として活動するつもりなのだから、同年代の強者たちと競い合える機会は貴重だった。
全国大会で自分の実力がどこまで通用するのか。それを確かめる意味でも、今回の大会には期待している。
「まず、参加条件についてだけど、ランキング上位20人は原則として全員参加することになっているよ」
アリスが説明を始めた。
「補欠については、21位以下の生徒から選ぶ予定。単純にランキング順で決めるのではなく、実力や適性、競技ごとの役割も考慮して選ぶことになるね」
「なるほど。上位20人は出場が確定していて、補欠はその下から選ぶわけか」
政宗が確認する。
「そういうこと。だから、ランキング上位に入ったからといって、どの競技に出るかまで決まっているわけじゃないよ」
「競技によって必要な能力が違うってことだな」
龍太が頷いた。
「うん。今回の大会では、魔法の命中精度を競う競技や、魔法の破壊力を競う競技、それから一対一の決闘もあるよ」
アリスは資料をめくりながら説明を続ける。
「ほかにもマラソン形式の競技や、チームで協力して戦う競技も予定されている。チーム戦は、エアソフトやサバイバルゲームに近い形式になる予定だね」
「へぇ、マラソンもあるんだぁ」
乙羽が興味深そうに資料を覗き込んだ。
「それなら、私は結構得意かもぉ」
「乙羽は体力もあるし、長距離でも平気そうだね」
琴が言った。
「うん。それに、破壊力を競う競技も得意そうだな」
柳も同意する。
「おぉ、そうだねぇ。大きな魔法を使っていいなら、頑張れそうだよぉ」
乙羽はのんびりと答えた。
その一方で、資料を眺めていたアリスは、少し考えるように首を傾げた。
「ただ、命中精度を競う競技は少し工夫が必要かもしれないね」
「んぅ?」
「乙羽の魔法は威力が高いから。ランキング戦でも、相手を倒すことはできても、威力を細かく調整するのが難しそうな場面があったでしょう?」
「あー……確かにぃ」
乙羽は納得したように頷いた。
「狙った場所に当てることはできても、決められた範囲に決められた威力で当てるのは、また別なんだよねぇ」
「そういうこと。単純な強さだけでは勝てない競技もあるから、そこは練習しておいたほうがいいと思う」
「なるほどな。決闘なら、相手を倒せばいいけど、命中精度の競技はそうもいかないってわけか」
政宗も理解したようだった。
「そうだね。競技ごとに求められるものが違うから、自分の得意な分野を伸ばすだけでなく、苦手な部分も確認しておく必要があるよ」
「じゃあ、あたしは決闘が楽しみだな!」
柳が身を乗り出した。
「全国から強い奴らが集まるんだろ? どんな相手と戦えるのか、今から楽しみだぜ!」
「柳ちゃんは本当に戦うのが好きだねぇ」
「そりゃそうだろ! 強い奴と戦える機会なんて、いくらあってもいいからな!」
柳は楽しそうに笑った。
琴はそんな柳を見て、小さく息を吐く。
「でも、決闘だけじゃないからね。チーム戦では連携も必要になるし、競技によっては普段の戦い方を変えないといけないかもしれないよ」
「分かってるって。あたしだって、何も考えずに突っ込むわけじゃねえし」
「その言葉は、少し前のランキング戦を思い出すと説得力が弱いかな」
「琴ぉ!」
柳が抗議の声を上げ、室内に小さな笑いが広がった。
アリスも微笑みながら、説明を続ける。
「もちろん、個人の実力は重要だよ。でも、全国大会は学校同士の競争でもあるからね。全体として、どの競技で点を取れるのかを考える必要がある」
アリスは少し表情を引き締めた。
「正直に言うと、うちの学校はこれまで、どの競技でも目立った成績を残せていなかったんだ」
「そうなのか?」
龍太が尋ねる。
「うん。もちろん、強い生徒がいなかったわけじゃないよ。ただ、全国大会全体で見ると、突出した結果を残すことが少なかったんだ」
「でも、今年は違うんじゃない?」
政宗が言った。
「ランキング戦を見ても、今までとは状況が変わっている。少なくとも、去年までと同じとは思えないけどな」
「私もそう思うよ」
アリスは頷いた。
「今年はランキング上位の顔ぶれも変わったし、全体的に実力が伸びている。ほかの学校との差がどれくらいあるかは、実際に競技をしてみないと分からないけどね」
「だったら、やることは決まってるな」
龍太が拳を握った。
「今より強くなればいいんだろ?」
「単純だけど、間違ってはいないね」
アリスが苦笑する。
「全国大会だけじゃなくて、卒業後にプロの冒険者になることも考えれば、今のうちに実力を伸ばしておく意味は大きいと思う」
「だな。強くなれば、受けられる依頼も増えるだろうし」
龍太は真剣な表情で頷いた。
危険な依頼を安全にこなせるようになれば、活動の幅も広がる。将来の仕事として冒険者を考えている龍太にとって、実力を伸ばすことは大会のためだけではなかった。
政宗も同じ考えだった。
「俺も、今のうちにできることは増やしておきたい。大会で勝つことも大事だが、その先のこともあるからな」
「うん。私も、今のうちにしっかり準備しておきたいと思ってる」
ヒカルも静かに頷いた。
普段から真面目な彼女は、話を聞きながら必要なことを整理しているようだった。
「大会のために何をするべきなのか、今の自分に何が足りないのか。そこをはっきりさせておきたいね」
「そうだね。準備するなら、早いほうがいい」
アリスも同意した。
その言葉に、何人かが頷いた。
全国大会までにできることは多い。競技ごとの対策を考えるだけでなく、自分の得意分野を伸ばし、苦手な部分を補う必要もある。普段の授業や訓練を続けながら、それらをすべてこなすのは簡単ではなかった。
「とはいえ、急に強くなれって言われても、何をすればいいのか悩むところだよな」
政宗が資料を見ながら呟く。
「今まで通り訓練するのも大事だけど、全国大会までにどこまで伸ばせるか、って話だしね」
アリスも考え込むように腕を組んだ。
「個人でできることには限界もある。誰かに指導してもらったり、普段とは違う環境で訓練したりする方法も考えたいね」
「そうだな。特に、魔法の使い方を増やせれば、対応できる競技も増えるだろうし」
龍太が言うと、ヒカルも静かに頷いた。
「今の戦い方を磨くだけじゃなくて、できること自体を増やすのも大切だと思う」
そんな話を聞いていたリーゼロッテが、ふわりと乙羽の隣から前へ出た。
「それでしたら、一つ提案があります」
それまで会話を聞いていた一同が、リーゼロッテへ視線を向ける。
「先生、何かあるのぉ?」
「ええ。皆さんが本気で実力を伸ばしたいのであれば、私の世界で訓練をするという方法があります」
「先生の世界って……」
政宗が聞き返す。
「以前、琴さんと柳さんが修行した場所ですよ。時間の流れが地球とは異なる空間――タイムジェイルです」
その言葉に、琴と柳は「ああ」と顔を見合わせた。
「タイムジェイルか。そういや、また行くって選択肢もあるんだな」
柳が思い出したように言う。
「うん。前は半年間、あそこで修行したんだよね。地球では二日しか経っていなかったけど」
琴も頷いた。
初めて聞く者たちは、二人の話に驚いた様子を見せた。
「半年も修行して、こっちでは二日だけなのか?」
政宗が目を丸くする。
「そういうことです。タイムジェイルでは、地球側の時間をほとんど進めずに、長い訓練時間を確保できます」
リーゼロッテは一同を見回した。
「もちろん、内部で過ごす時間は実際の時間です。夢を見ているわけでも、意識だけを飛ばすわけでもありません。皆さん自身の体で訓練し、食事をし、休息を取ることになります」
「本当に、別の世界で過ごすんだね……」
ヒカルが確かめるように呟いた。
「はい。生活するための家もありますし、食事やお風呂の心配もありません。必要であれば、教師を用意して魔法や剣術を学ぶこともできます」
「それはすごいな……」
龍太が感心したように声を漏らした。
「それだけじゃありません。訓練用の召喚魔法陣を使えば、皆さんの実力に合わせたモンスターを呼び出すこともできます。戦闘を繰り返して経験を積み、レベルを上げることも可能です」
「好きなだけ戦えるってことか?」
「訓練用に調整された魔物であれば、そうですね。回数にも制限はありません」
リーゼロッテが答えると、政宗の表情が少し引き締まった。
強くなりたい。そのために何をすればいいのか、ずっと考えていた。
全国大会はもちろん重要だ。しかし、その先にはプロの冒険者として活動する未来がある。今のうちに実力を伸ばせるのなら、試してみる価値は十分にあった。
「……俺は、参加したい」
政宗がはっきりと言った。
「全国大会に向けて強くなりたいのもあるけど、将来プロの冒険者になるなら、今のうちにできることを増やしておきたい」
「俺もだな」
龍太もすぐに続いた。
「強くなれば、受けられる依頼も増えるだろうし、危険な仕事にも余裕を持って対応できるようになる。時間をかけて鍛えられるなら、やってみたい」
二人の意思を聞いて、ヒカルも少し考えてから口を開いた。
「私も参加したいです。せっかく機会があるなら、きちんと挑戦してみたい。自分に何が足りないのかを知って、必要なことを一つずつ身につけたいです」
普段から真面目なヒカルらしい答えだった。
ただ機会があるから参加するのではない。参加する以上は、目標を持って努力するつもりなのだろう。
「なるほど。参加するかどうかは、それぞれが決めればいいということですね」
アリスがリーゼロッテに確認した。
「その通りです。誰かに強制するつもりはありません。長い時間を使う訓練ですから、本人が望んでいないのに連れていく意味はありませんからね」
「それなら安心だね」
アリスは頷いた。
「私も、参加を前向きに考えたいです。生徒会長として大会全体の準備を進める必要もあるけれど、私自身も出場する一人だからね。自分の実力を伸ばすことは、学校全体のためにもなると思う」
アリスはそう言ってから、少しだけ表情を和らげた。
「ただ、訓練するなら、何を身につけたいのかを考えてから参加したいね。時間があるからといって、やみくもに戦うだけではもったいないし」
「それは大切ですね。目標を決めておけば、必要な訓練も組み立てやすくなります」
リーゼロッテも同意した。
その話を聞いていた瑠奈が、ぱっと顔を上げた。
「えっ、ちょっと待って。先生の世界って、こっちにはない魔法とかも覚えられるってこと?」
「適性や習熟度によりますが、可能性はありますよ」
「マジで!? それ、めっちゃ面白そうじゃん!」
瑠奈の目が輝いた。
「だってさ、使える魔法が増えたら、全国大会でも有利になるかもしれないし、配信とかでも見せられることが増えるじゃん? 異世界の魔法を使ってみた、みたいな企画とか、絶対バズりそう!」
「瑠奈は、そこが気になるんだね……」
ヒカルが少し呆れたように言った。
「いやいや、めっちゃ大事でしょ! 強くなれるうえに、話題にもなるんだよ? やる意味ありまくりじゃん!」
瑠奈はまったく気にした様子もなく、身を乗り出した。
「私も参加したい! せっかくなら、こっちじゃできないことをいろいろ試してみたいし!」
「動機はともかく、やる気があるのはいいことですね」
リーゼロッテは淡々と受け止めた。
「動機はともかくって何!?」
瑠奈が抗議すると、周囲から小さな笑いが起きた。
続いて、小金沢が資料を閉じて口を開いた。
「俺も興味がありますね。新しい魔法や技術を覚えられるなら、冒険者としての選択肢が増えるでしょうし」
「選択肢?」
政宗が尋ねる。
「ええ。冒険者として稼ぐにしても、戦闘能力だけがすべてではありませんから。珍しい技術を身につければ、依頼の幅も広がるでしょうし、将来的には商売にも活用できるかもしれません」
商家の息子らしく、小金沢は訓練そのものだけでなく、その先にある可能性まで考えているようだった。
「せっかくの機会です。どんな知識や技術を持ち帰れるのか、実際に確かめてみたいですね」
「なるほどな。小金沢らしい考え方だ」
政宗が納得したように頷く。
その隣で、羽生は少し迷うように視線を落としていた。
自分も、強くなりたいという気持ちはある。けれど、ほかの面々と比べれば、まだ足りないものが多いと感じていた。
政宗たちと一緒に活動するなら、いつまでも守られる側でいるわけにはいかない。
「……俺も、参加したいです」
羽生は顔を上げた。
「今のままじゃ、みんなについていくだけで精いっぱいになると思うんです。もっと強くなって、政宗たちの役に立てるようになりたい。だから、ここで鍛えられるなら挑戦したいです」
「羽生……」
政宗が彼を見る。
「いいんじゃないか。せっかくの機会なんだ。お互いに強くなろうぜ」
「……ああ!」
羽生の表情に、少しだけ明るさが戻った。
それぞれの理由は違っていても、タイムジェイルでの訓練に興味を持つ者は着実に増えていた。
そして、今まで黙って話を聞いていた琴と柳は、顔を見合わせて肩をすくめた。
「まあ、あたしたちは経験済みだからな。あそこがどういう場所かは分かってるし」
「うん。大変ではあるけど、集中して訓練できる環境なのは確かだよ」
琴が落ち着いて付け加える。
「ただ、楽ではないからね。半年間の修行は、それなりに大変だったよ」
「そうそう。休憩してたら、ドライアドにすぐ訓練へ戻されたしな……」
柳は当時を思い出したのか、少し遠い目をした。
「休憩していたら、ですか?」
ヒカルが尋ねる。
「休むのは必要だけど、いつまでも休んでいられるわけじゃないってことだよ。食事もお風呂もちゃんとあるし、環境はいいんだけどな」
琴が説明すると、柳も頷いた。
「まあ、終わってみればいい経験だったぜ。だからって、今回も楽勝だとは思ってないけどな」
「二人とも、もう一度行くことになっても大丈夫そうだねぇ」
乙羽がのんびりと口を挟んだ。
「そりゃな。あたしたちは、また頑張るだけだし」
「そうだね。前回よりもできることが増えているかもしれないし、今度は今度で得るものがあると思う」
琴と柳は、すでに経験しているからこそ、過度に騒ぐこともなかった。
一方、乙羽は参加者たちを眺めながら、楽しそうに笑っていた。
琴と柳が以前タイムジェイルで修行したことは知っている。二人がどれほど頑張っていたのかも聞いていたし、そこで大きく成長したことも分かっていた。
今回は全国大会に向けた合宿ということらしい。みんなで異世界に行って、まとまった時間を使って修行する。そう考えると、乙羽自身もなんだか楽しみになってきた。
もちろん、強くなることに興味がないわけではない。
乙羽が今使っている魔法は、すべてリーゼロッテの世界で学んだものだ。今回も、まだ知らない魔法や技術があるなら覚えてみたい。今までとは違う訓練を経験すれば、新しい発見があるかもしれない。
それに、何より今回は琴と柳も一緒だ。
「私も一緒に行くよぉ。みんなで合宿って、なんだか楽しそうだもんねぇ」
「乙羽も、きちんと訓練するつもりですか?」
リーゼロッテが尋ねる。
「うん。せっかくだから、私もいろいろ試してみたいなぁ。それに、琴ちゃんと柳ちゃんが最後まで頑張るなら、私も最後まで付き合うよぉ」
「おっ、乙羽も一緒なら心強いな!」
柳が嬉しそうに笑った。
「そうだね。みんなで一緒に頑張ろう」
琴も頷く。
「ええ、分かりました。乙羽もほかの皆さんと一緒に訓練できるよう、準備しておきますね」
「ありがとぉ、先生」
乙羽は満足そうに笑った。
全国大会に向けて強くなること。そして、仲間たちと一緒に異世界で過ごすこと。
今回の合宿は、乙羽にとっても楽しみなイベントになりそうだった。
アリスは参加を希望する面々を見回した。
「かなり興味を持っている人がいるね。ただ、実際に行くことを決める前に、もう少し詳しい条件を確認したいかな。地球ではどれくらい時間が経つのか、向こうでどのくらい過ごすことになるのか。そのあたりは、きちんと把握しておきたい」
「もちろんです。時間の設定も含めて、皆さんの希望に合わせて調整できますよ」
リーゼロッテは頷いた。
「では、まずは参加を希望する人の人数と、身につけたい能力を整理しましょう。それを踏まえて、訓練内容を考えることにします」
こうして、全国大会に向けた話し合いは、タイムジェイルでの特別訓練という新たな選択肢へと広がっていった。
全国大会までに、どこまで成長できるのか。
それは、これからの本人たちの選択と努力次第だった。




