08.お姫様と王子様
勇者一行の華々しい凱旋に、王国は沸き返っていた。脆い装備と少ない路銀で追い立てられたあの日から今日まで、どれほどの時間が流れただろうか。最短最速を目指していたはずなのに、これまで以上にさまざまなことがあった。
こうしている間にも魔王は勢力を広げ、モンスター共が跋扈し、人々は明日をも知れぬ暮らしを迫られている。早くこの世界を救わなければならない。大詰めだ。
けれども、真に追い詰められているのはキオのほうであった。だってこのあと、ムーは……
声援や拍手へ愛想だけで手を振りながら、キオは歓迎する民衆ではなくムーの横顔ばかりを見ていた。
あのあと何度かまた戦闘に貢献したムーは、21にまでレベルを上げていた。玉座の後ろからただキオに悪態をついていただけの頃とは、その佇まいからして見違えるまでの成長を遂げている。
だが、懐疑もまた否めない。というのもムーはこの旅の間ずっと、バカでドジでカワイくて、カワイく多少頑張ったりもしつつ、つまり大変にカワイイのだが、それよりも何よりも、魔王と内通して侵入の手引きを企てられるような気配が、露ほども感じられないのである。そんな余地は微塵も無かった。
こんなにも先の展開が読めなかったことは無い。キオは虚空を睨んだ。
「勇者様っ!」
そこへ、凛と高く軽やかな声が鳴った。
「……ああ」
「ご無事を心よりお祈りいたしておりましたわ。良かった、本当に……っ!」
大きな碧の瞳、長い金髪をたなびかせたお姫様だ。彼女はドレスの裾をつまみ小股で駆け寄って来ると、キオにひしともたれかかった。
「わたくしっ……、心配で心配で、毎日貴方様のことばかり……!」
泣きじゃくるお姫様は、ガラス玉よりも透き通った大粒の涙をほろほろと零している。相変わらず美しい。そして一途だ。おっぱいは小ぶりだが、全体的にふんわりと柔らかくて良い匂いで白くて細くて優美で嫋やかで、エトセトラ。
かつては何度も愛し合い将来を誓った相手である。……つい。そう、ついうっかりだ。キオは鼻の下を伸ばして、お姫様の肩に手を置いてしまった。こればかりはやむを得ない男の性だと釈明させてもらいたい。
しかしハッとしたときにはもう、ムーはプイと顔を背けて城の奥へ去って行ってしまっていた。
「ま、待ってムー!!」
「あーあ、王子怒っちゃった」
「キオが悪いな」
「だらしのない顔をするからですよキオ」
思わず差し伸ばした手はどこへも届かず、キオは仲間たちから謗られながら半泣きになっていた。ピッタリとお姫様が張りついているものだから、動くにも動けない。
「……申し訳ございません。兄は昔からああして誰も寄せつけないところがあるのですわ。けれども本当は、心のやさしい人なのです」
お姫様の言葉には、裏も打算も無かった。彼女はいつも純真無垢で真っ直ぐであることを、キオはよく知っている。
だがそれ以上に今は、ムーにやさしいところもあるだなんてこと、誰に言われるまでもなくこっちだってとっくによくよく知っている。
「ハイ、おっしゃる通りです」
どういう反発心なのかは不明だが、キオはニッコリとやや強めにお姫様に微笑んだ。そしてしなだれかかる軽い体を支えて直立させ、首だけで会釈を済ませると、直ちに取り乱した様相でバタバタとムーのあとを全速力で追いかけて行った。
残されたお姫様をどう取り成せば良いのかと、内心冷や汗にまみれているサガン、エウロ、チタを置いて。
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日は落ち、城では晩餐会が催されていた。労いのご馳走が長過ぎるほど長いバンケットテーブルに並ぶ。ちなみに国王やお姫様、王妃や大臣など、ムーを除く王族の面々はテーブルの遥か遠くに座っている。
キオはムーの隣の席に陣取り、甲斐甲斐しく料理を取り分けていた。ムーの機嫌が直るにはあと1歩といったところだろうか。
しかしムーはつれなくもキオを軽く受け流し、一行をもてなすためホール中を動き回っている給仕たちへ、王子として号令していた。
「おい、神官にもっと料理を盛ってやれ。体の割に1番食うんだ。あと魔導士にはあまり酒を勧めるな。ジュースも用意しろ。そいつは顔の割に飲めない。戦士は見たまんまだ。肉と酒を切らすな」
「ハッ!」
「かしこまりました!」
ムーの指示通りに、各席へ料理や飲み物が運ばれてゆく。キオはまじまじとムーを見つめた。
「……何だ」
「ううん。よく見てたんだなーと思って、皆のこと」
「……別に」
「フフフ、ムーはやさしいね」
昼間のお姫様の言葉を思い出しつつ、頭を大きく傾けてムーの照れた顔を間近で堪能してやった。モグモグと動かしながらもいつものように唇の先を尖らせていてカワイイ。
体の割、顔の割、見たまんま、と評された彼らは何やらそれぞれ不満を述べていたようだけれど、満更でも無さそうに笑っていた。
「勇者キオよ」
夜も更けた頃、離れた席から国王に呼ばれた。ムーと酒ですっかり締まりの無くなっていた顔に、僅かばかりの気合いを入れ直す。
「皆の者も明日の朝、儀式の間に集まるが良い」
「ありがとうございます」
「あっ……、あの、勇者様!」
そこへ遠慮がちにお姫様が立ち上がった。大変に少食で、晩餐会でもほとんど食べず酒も飲まずでニコニコとこちらを見ていただけであったが。
「ハイ」
「あのっ……、明日の儀式ですけれど、勇者様の加護は、わたくしにやらせていただけませんでしょうか?」
緊張気味に頬を染め、上目遣いでこちらを窺うお姫様。可憐だ。
「こらクレアネーラ」
「でしゃばってしまい申し訳ございませんお父様。ですがわたくしどうしても、勇者様のお役に立ちたいのですわ」
うるうると娘に見上げられて、国王は相好を崩し仕方ないと頷くしかできない。キオのほうも流れは承知しているため、ただ頭を下げるのみである。
国王やお姫様が退席したあと、名残惜しそうにしつこく残った料理をつまみながらチタが言った。
「加護の儀式って、王族なら誰でもできるんでしょ? キオの分は王子にやってもらえばいいじゃん」
「お姫様は勇者様にご執心のようだがな」
「ですが期待を持たせても気の毒ですしね……」
一応ムーの存在を気遣っているのだろう。酒とジュースを手にしたサガンとエウロも付け足す。
そう、祠での神託を受け遥々王国へ戻ってきたのは、その加護の儀式のためであった。王族には、魔王に対抗する「加護の力」という特殊な能力がある。それを王族直々に授けられた者は1度だけ、魔王の「死の呪い」を免れることができるのだ。授けてもらっておかなければ戦闘序盤であっさり死んでしまうので、このイベントは外せない。
「いいよ、お姫様で」
キオは努めて軽く首を振った。ムーが傷つかないように、気づかれないように。
「なんか張り切ってたみたいだしね。ムーの手を煩わせるほどじゃないよ、ねー?」
隣の椅子に両腕を回し頬擦りしようとしたキオだったが、スルリとそれを躱し、ムーはそのまま立ち去ってしまった。
「ムー!」
「……また拗ねちゃったよ王子。キオがお姫様にデレデレするからー」
せっかく普段通り笑ってくれるまでに持ち直していたというのに。だがムーは単に、妬いたり拗ねたりしているわけではないのだ。それを知っていてキオは、ムーの出て行った扉を見つめ溜め息を落とした。
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