07.守られるのは幸せだから
キオの手を借り船に引き上げられたムーは、甲板にペタンと座り込んでしまった。まだ肩で息をしている。そんなムーをジロジロと、全身を確認するようにチタとサガンが見下ろした。
「うわーっ王子! 一気にすっごいレベル上がってない? 15……16、いや17!」
「クラーケンは中ボスだからな。相当な経験値が王子に入ったようだ」
エウロも加わり、何が起こったのかとそのまま詮議が始まる。キオもムーも放置したまま。
「しかし何故王子が勇者の剣を? これを扱えるのはこの世で勇者キオ1人のはずです」
「扱えたわけじゃねえんだろうな。たまたま握った剣の切っ先にクラーケンが倒れ込んで来ただけだろう」
「だけどそれって王子がキオの剣を抜いて構えてたってことでしょ? やるじゃん王子ー!」
まだぼんやりしているムーのほうへ、3人の視線が一斉に飛んだ。水分を含んだ睫毛をパチパチと瞬かせ、ムーは遠慮がちに首を振って見せる。いつになく殊勝に。
「……わ、分からない夢中で、必死で……。なんか動いたとき、コイツの剣の柄が手に当たった感触はあった、けど……」
そのとき咄嗟に引き抜いたというのか。クラーケンに背を向け、その衝突に備えることしか考えなかったキオの腕の中で、レベル1のムーが剣を? おおよそ考えてやったとは思えないが、結果としてキオは、ムーに救われたことになる。
カッコ悪い。
しかしさらに不甲斐無いことに、おもむろに腕を組み仁王立ちしたエウロに、キオは説教を受ける羽目になってしまう。
「……キオ。そもそもあの場面で海に飛び込むなんて、愚の骨頂でした。王子なら私が牽引魔法ですぐに海中から引き上げれば済んだんですよ」
「……あ」
「あじゃありません! あなたが戦線を離脱したおかげでそれもできなくなったばかりか、想定外の苦戦を強いられてしまいました。結果、今際の際にクラーケンの逃亡を許しそちらへ近づかせることに……。我々の力不足は申し開きできませんが、冷静さを欠いたキオにも原因はあります。存分に反省してください」
「……うう、ハイ……」
ガックリと項垂れて、キオは消え入りそうな返事を絞り出した。ムーがじっとこちらを見上げていて恥ずかしい。
こんなはずじゃないのに。これまではいつも完璧な勇者でいられた。回数を重ねるごとに判断を誤ることも無くなり、パーティメンバーは入れ替わっても、誰もがキオのクレバーでスマートな言動を称え、信じてついて来てくれた。
それがよりによってムーの前で、ムーを危機に巻き込んで、こんな失態を演じてしまうとは。
チラリとムーの顔を覗き見るように確かめる。勇者の平身低頭をさほど興味も無さそうに眺めていたムーだったが、ようやく自身のレベルアップに実感が伴ってきたのであろうか。視線を両手へ移し、指を曲げたり伸ばしたりしながら、段々と口もとを弛ませ始めた。
「17……。……ふひひ」
おかしな忍び笑いを隠せないムー。鼻の穴がヒクヒクと膨らんでまあまあ不細工だ。
それにしてもレベル17とは。せいぜい3~4で茶を濁そうとしていたというのに、幾ら何でも上がり過ぎだ。勿論キオに敵うほどでは到底無いが、悪役王子に稼がせてやる経験値としては実に大盤振る舞いである。
「…………ムー」
面白くない面持ちで声をかける。しかしキオは、言い訳をしようとしたのかせめて詫びようとしたのか、不覚にも二の句を失念してしまい目を見張った。
「んくくっ」
笑い声のバリエーションを増やしながら、悪戯に成功した子供のように頬を上気させたムーの表情が、キオの瞳孔をいっぱいに占拠する。
太陽光を反射してキラキラと煌めいていたのは果たして、海水の滴る鎧だけであったろうか。
「おい貴様、これからはもっとオレ様を頼って構わないからな!」
とっくに拭い切ったはずの海水が、またしてもキオの涙腺を刺激する。
意気揚々とムーは、さらに目を細めた。
「勇者が守られたっていい。守られるのは幸せだからな!」
迂闊にも鼻水まで垂れそうになって、キオは唇を引き結んだ。ムーじゃあるまいし。けれども代わりに理性と本能の両方が、見事に決壊してしまったようだ。
「……ムーううーーっ……ううぅっ……、んカッコイイいぃーー……っ! カワイーのにカッコイイよおぉーー! ヤダもうどうしよーー!」
ガバッと両腕を大きく広げて、得意顔のムーに体重ごと飛びかかる。重いとか痛いとかやめろとか、ムーが体を折り曲げながらいくつも文句をよこしてきたが知るもんか。レベル17なんだからこのくらい受け止められるだろう。
「カッコイイーっ! 今の顔、超絶変なのにカワイーっ! ヤダヤダもうムー大好きーーっ!!」
著しくIQの低い台詞で、キオはゴリゴリと押しつけるようにムーの顔面に頬擦りを繰り返した。辟易した顔の仲間たちが見えないわけではない。それでも何と言えば良いのか、何もかもがたまらなくなってしまったのだ。
勇者は人を守るものだ。それを彼は、そうでなくともいいと言う。考えたことも無かったし、実際に庇われて湧いてきたのは羞恥であった。
しかし、守られるのは幸せだとも彼は告げた。つまりムーは明かしてくれたのだ。キオに守られている日々が、今の自分が、幸せであると。
本当にもう、どうしたらいいんだろう。
君をこの先僕は、どうしたら。
このまま抱き締めて、終わりの無い旅を続けることができればどんなに良いだろうか。
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ムーに対する愛情表現が天元突破したあの日から、キオは半ば開き直っていた。ヤケクソと言ってもいい。ことあるごとにムーに擦り寄り抱きつき撫で回しては、惜しげも無く愛を吐き散らかす。
大体ムーが嫌がる素振りを見せないのも悪いのだ。応えてくれるわけでもないが、あっさりと当然のように受容するものだから、キオが踏み止まる理由などどこにも無かった。
「ねーえ、このカフバングルカッコ良くない? ムーに似合いそうだよ。買ってあげたーい」
「カフバ……? その腕輪か? あまり上等な宝石を使っているようには見えないけどな」
イチャイチャとカップルがアクセサリーを選ぶかのように防具店で戯れている2人に、パーティの良心であるエウロがすかさず釘を刺す。
「キオ、賢者の腕輪は賢者が装備しなければ意味がありません。そんなものに大枚をはたくくらいなら、馬車の部品を新調しましょう」
「えー?」
「キャハハハハ、賢者とは正反対じゃん王子! 王子の賢さ感じたこと無ーい」
不満の声をあげてみるキオだが、チタの慣れた軽口に流されてしまう。王子が言い返してチタがそれをあしらうのも、今では日常風景となっていた。豪快に笑うサガンも、諦観の眼差しで見守るエウロもまた。
このあとは暗黒の祠で、魔王討伐への重大な神託を受けることになっている。そして勇者パーティはいよいよ、魔王との最終決戦地となるハイド……ハイディ……何とか国へと立ち戻ってゆくのだ。始まりの場所、ムーの生まれた王国へ。未だに国名は覚えられないけれど。
「あーっ! キオ!! 結局無駄な腕輪に散財しましたねーっ?!」
「だって見て! ムーに似合ってるもん! カワイー! ホラもうサイコー! ヒューッ!」
「黙りなさい!!」
「キャハハハハ!」
「ワッハッハッハ!」
こっそり買った賢者の腕輪でムーの左手首を飾らせた数分後、キオはエウロから拳骨をもらっていた。こんなにも敬われない冒険は初めてだ。けれどこんなに笑った周回もまた、初めてだった。
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