05.守らなければじゃなく守りたい
すべてを知るキオの最適化の甲斐あって、パーティのレベルは、あと幾らもすれば魔王討伐に足るほどまでに至っていた。最果ての大陸の森深く隠された滝壺の底に沈む勇者の剣も、難無くゲット済み。万全の体制に近づいている。
勿論、レベル1のムーを除いての話だが。
「王子のことはもう、手荷物だと思うようにします」
防御魔法に毎度MPを削られているエウロの台詞だ。言い得て妙だとキオは大爆笑していた。
ムーはこのままでいい。悪役のレベルなんて上がらないに越したことは無い。悲鳴をあげて走り回った末に勝手に転んで傷を作り、呆れ顔のチタに不承不承回復魔法をかけてもらうところまでが彼の日課。そのたびにキオは、大袈裟に撫でたり腕を広げたりと心配する素振りを見せ続けた。そう、素振りだあくまでも。
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ある日の午後、キオが村娘からの情報収集イベントのために1人しばらく外していたときのことだ。美しい娘だった。おっぱいも大きかった。以前手を出したことがあったんだったかどうだったか。それが今回はずっと貞節を守り慎み深くここまで来ているのだから、この自制心を誰か褒めてくれないだろうか、などと思いながら、キオはムーの待つ……、違う、皆のいる酒場へと足早に向かった。
しかしそこで酒をあおっていたのは、エウロとチタだけ。ムー……、はともかく、大酒飲みのサガンがいないのは釈然としなかった。
「ム……、あー、サガンは?」
「王子とサガンなら外ですよ」
「んっ」
エウロの説明に、チタが親指で後ろの窓を差して補足する。事態が飲み込めないまま急いで窓を開けたキオの目に飛び込んできたのは、中庭で例のやたら長い高級剣を振り回して汗だくになっているムーの姿だった。
「ちょっ……、何してるのムー!!」
窓枠からほとんど上半身を放り出して、キオは思わず叫んだ。
「……ちっ、見つかってしまったか」
舌打ちしつつ、額の汗を防護服の袖口で拭うムー。それは王族御用達だと自慢していた高価なオーダーメイド品ではなかったか? ほんの少しの泥汚れさえ嫌がっていたくせに。そもそも分不相応に立派なその剣が、ムーに満足に扱えるわけもないではないか。
「強くなりたいらしいんだ」
今初めて目に入ったのだが、ずっとムーのすぐ前にいたらしいサガンが笑った。レベルを上げたいそうだ、とも付け加えて。
ムーが強く? いや無理だろう。
レベルを上げる? 必要無い。
キオが反論しようとすると、後ろからほろ酔いのチタがおかしそうに言った。
「こないださあ、戦闘中キオが王子を庇って怪我したことあったじゃん? まあたいした傷じゃなかったけど、結構気にしてるみたいだよー王子」
「バッ……!……言うな神官!! 違う! そういうのじゃない! 違うからな!!」
赤くなってムーは躍起になって否定している。ああ、そんな顔をこんなところで、やめてくれ。
「ただ、強くなってやってもいいかなーって急に思っただけだ! 暇潰しだ! 戯れだ!」
腕を組んで斜め後ろを見上げるムーの照れた顔が、妙に腹立つ。こちらにはこちらの都合や段取りがあるのだ。勝手なことをしないでもらいたい。
もしもムーが強くなり過ぎて、魔王を手引きした際に城を崩壊させるのを止められなくなってしまったら? いつもギリギリのところで悪役王子の企みを阻止することになっているのだ。それを……、いや、今からそこまでムーが強くなれるとはこのへっぴり腰を見る限りとても思えないけれど、それにしたって懸念は増やさないほうがいい。
「……そ、そんなの、僕に言ってくれたら良かったのに。ムーのためならいくらでも剣の練習に付き合うよ?」
キオは珍しく引き攣ったような笑顔でムーに手を伸ばした。しかし後ろからケラケラとチタの笑い声が聞こえてくる。
「キャハハハハ! そんなのキオには絶対無理じゃん!」
「な……」
「そうですね、キオは王子に過保護過ぎますから」
振り向いて言い返す前に、エウロからも駄目出しを重ねられてしまった。だから、過保護にもちゃんとした理由があるというのに。何も知らないくせに。
すると、グラスの酒にチビチビと口をつけながらエウロが続けた。チタは口直しの木の実をいくつも口内に放り込んでは頷いている。
「一方的に守られてばかりでは心苦しく感じる王子の気持ち、私にはよく分かりますよ」
「そうだよ! 王子だってこれでも一応男なんだしさあ。か弱いお姫様ってわけじゃあるまいし」
「…………っ」
キオは思わず言葉を詰まらせた。
お姫様を連れて冒険していたとき、彼女には好きに杖を振らせていた。いちいちすべての戦闘で防御魔法をかけたりはしなかったし、お姫様自身が平気だと笑えば小さなかすり傷を毎回必ず治すことも無かった。道中では魔導士や神官のMP節約も重要だからだ。それがムーに対しては先日、かかとの靴擦れにすらチタに回復を頼んでしまった記憶がよみがえる。
悪役だから? 靴擦れを? 待ておかしい。キオがこれまでの自分の行動に今さらな疑問を持ち始めたとき、窓の外でサガンが笑った。
「いくら愛してる相手でもな、キオ。甘やかすだけが愛じゃないぜ」
「あっ?! ……愛?!」
瞬間、キオの顔面がブワッと高熱に包まれた。炎系モンスターに攻撃されたのかと思った。
「いやっ……、あ、愛なんかじゃ……!」
狼狽して口ごもり、思わずムーと目を合わせてしまう。軽く眉根を寄せて、不思議そうに首を傾げているムー。
愛してる? そうだ自分で言ったんだ。
ムーを? そういう設定だ。
お姫様よりも? …………そんなバカな。
以前旅立ちの日、君は僕が守ると口にしたのは相手がお姫様だったからだ。今回ムーには流れで口走っただけ。お姫様のことは守らなければならないという使命や義務を抱いていたが、ムーなんて端からどうでも良かった。そのはずだった。
なのに何故、一体いつから、「守らなければ」じゃなく「守りたい」と思ってしまっていたのだろう。
赤い顔で下を向き黙り込むキオを一同はさして気にもせず、すぐに各々軽快な喋りを再開させた。キオを蚊帳の外に置いたまま。
「ほらー、手が止まってるよ王子ー」
「うるさい神官! 見てろ、強くなってドラゴンを倒してやるからな!」
「おまえにドラゴンは無理だ。オレたちですら苦戦するんだぞ」
「う……、だったらビーストだ!」
「無理無理無理ー! 最初はお決まりのスライムにしときなってー」
「嫌だカッコ悪い!」
「では間を取ってワームですね。ワームも決して侮れませんよ? もっと素早く動けるようにならなければなりません」
「うう……、魔導士もうるさいっ! おい戦士! 内緒の特訓続けるぞ!」
「もう内緒でも何でもないだろう」
「ギャハハハハバカ王子!」
「うるさいうるさい!!」
ぼんやりと4人の声が耳に入る。いつの間にこれほど気安い会話が成立するまでになっていたのだろう。チタとは初対面から険悪な喧嘩をしていたし、体の大きなサガンのことを怖がっていたのも知っている。エウロになんて手荷物扱いされていたじゃないか。
ジョブ名とはいえ相手に呼びかけてみたり、文句を言いながらも指示には従いアドバイスも素直に受け入れている。これが本当にあの悪役王子か?
グッと唇を噛んでキオは左胸を押さえた。心臓が痛い。
「……あー、伝説の勇者様が妬いてるうー」
キオのいる窓枠のすぐ隣まで来ていたチタが、粘着質な視線でジロリとこちらを見上げてきた。人をからかいたいとき、チタはいつもこの半目になる。
「……は?」
逆側には、グラスを片手に持ったままのエウロも立っている。
「王子と我々だけで話をしていたため嫉妬しているのでしょう」
「……は?」
ポカンと口を開けて聞き返す。交互にチタとエウロを振り返るキオに、体躯に似合わず律儀なサガンが、慌てて左右に大きく手を振った。
「いやっ……キオ、内緒の特訓と言っても別に、心配するようなことは無いんだぞ! 強くなりたいという王子の純粋な心だ。オレたちは別におまえたちの仲をどうこうしようなどと……!」
「……は?」
待て、誤解されている。嫉妬って何だ? これほどの完璧なイケメンが? 無敵の勇者が? ムーごときのことで嫉妬だなんて、そんなわけが無いだろう。
知らず知らず、目が再びムーのほうを向いてしまう。ムーはまたしても眉をしかめてコテンと頭を倒した。
「……? バカなのか貴様は?」
「はあっ?!」
ムーにだけは言われたくない。バカの極み、プリンスofバカはおまえだろう!と怒鳴り返したい衝動が喉の手前までせり上がってきた。
間一髪、先にチタが笑ってくれたおかげで声には出さずに済んだけれど。
「キャハハハ、バカは自分でしょー!」
「バカじゃない! バカって言うなさっきから!」
いいやバカだ、バカ王子だ、バカバカバーーカ。……などと、語彙力の足りないムーと同じような悪態しか脳内に思い浮かべることができないキオは、心臓に手を置いたまま、ひっそりと小さな吐息を漏らした。
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