04.なんか、カワイーかも
「ハイディヒルドザイオス国のムーゼルヴァニエツィア王子ですって?!」
笑顔で突っ立っているだけのキオに代わり、エウロが律儀に復唱をしてくれた。さすが頭脳派魔導士だ。
「……貴様……!」
だが王子は咳払いで乗り切ろうとしたキオを許すつもりは無いようだ。
「この……、オレ様の名を! 覚えていないのか?!」
「ん? えー、アハハハ」
「いつもいつも笑ってはぐらかそうとするな! ずっと君としか言わないからおかしいと思ってたんだ! いつ……、いつ呼ばれるのかと……!」
黒目を覆っていた水分が目尻に溜まってゆく。そんなに屈辱だったのだろうか。そうはいっても幾ら何でも長過ぎだろう。そもそもこちらの本名だってこの世界の誰にも満足に呼んでもらえていないのだ。あまつさえほぼ悪口として発音されたことは根に持っている。お互い様ではないか。
「……君も、ね?」
キオは意図して甘い声で王子に語りかけた。頬に手を添え、親指でそっと目尻を拭ってやる。黒目が小刻みに揺れた。怯える小動物のようだ。
「……何だ……?」
「君も、呼んでくれたこと無いよね、僕のこと。いつも貴様って言ってたの、あれわざと? 君も僕の名前、覚えてないんじゃない?」
「……っ、バカにするな! それくらい知ってる!」
キオの手を払いのけ、王子は叫んだ。しかしここぞとばかりに顔を近づけ、キオはさらに微笑む。
「呼んで?」
真っ直ぐに彼の瞳に自分の整った顔を映し込み、息がかかるほどの位置にまで、距離を詰めてやった。
ところが怒りで赤くなっていたはずの王子の顔色は、スッと凪いでしまった。すっかり涙も引っ込んで、フンと拗ねたような鼻息を吐きながら身を躱される。
「貴様ら下々の者の名なんぞどうだっていい」
「えー?」
キオは逆さの弓なりに口を曲げて首を傾げた。「下」のつく言葉5つ目だ。……いや、そんなことよりも。これほど至近距離で放った微笑みも囁きも効かないなんて、本当にこの王子だけはどうしてなのか筋書き通りに動いてくれない。それが面白くはあるのだが、時折意表を突かれてしまう。
しかしそうしている間にも、王子の名乗りを聞きつけたギルド内の者たちは、妙なざわめきと視線とで周囲を取り囲んでいた。
「……あの、ハイディヒルドザイオスの……?」
「王子って、確か……」
「……まさか例のあの王子か……?」
「噂には聞くが……」
ああ、悪名でしょうね、とキオは密かに頷いた。何せこの王子の評判は、過去8回一貫してすこぶる悪い。魔王との内通が判明する前から、国内外で見事に毛嫌いされていた。何も口の悪さのせいだけではない。思いつきの愚策で王政に首を突っ込んでは国民を振り回し、他国の要人をことごとく激高させ国交に支障をきたし、湯水の如く国費で放蕩する。これまでの冒険で立ち寄ったさまざまな町や村で耳にした風聞だ。要するに、人の上に立つ器ではないのだ。
さらにこの王子には、王族として致命的な欠陥がある。
それは毎回ラスト間近で初めて明かされる事実であり、まだ誰も知り得ない秘密なのだけれど。
なんと愚かで弱く、憐れな悪役王子であることか。
現に今も、明らかに反感の目を向けられているにもかかわらず、皆が自分を知っているという部分のみをピンポイントで察し、渋面を弛めて段々とニヤつき始めている始末。どこまでバカなんだろう。
キオは頭を押さえ、ハーッと大きく深呼吸した。仕方がない。
「……僕がね、どうしてもってお願いしていっしょに来てもらったんだよね」
「え?」
「お願いして?」
「何で??」
聞き返す仲間たちと、聞き耳を立てるギャラリーたち。
その全員に聞こえるようになるべくハッキリと、そして見せつけるようにゆっくりと、キオは王子の肩を引き寄せた。彼の頭に自分の頭をコツンと乗せる。
「愛してるんだ♡」
「「「…………?!?!」」」
誰の驚きも明確な単語にはならなかった。静寂ののちのどよめきが、ギルドの古びた建物を大きく揺らして膨れ上がったが、キオは1人、腹を押さえて大笑いしていた。
自分でもうっかり忘れかけていたが、9回目はそういう設定で行くことにしたんだった。どうせ10回目には誰も覚えていないんだし、どうせ王子はその前に処刑されるんだし。
横目でチラリと王子の様子を窺ってみる。怒っているにしろ照れているにしろ、さぞ狼狽えているだろうと期待したのだが、実際にはそのどちらでもないようだ。
有名な自分に喜んでいた先ほどよりも尚一層、彼は得意満面で口もとをムズムズと動かしていた。キオに肩を抱かれたまま、大きく胸を張って。嬉しいのか? 意外だ。単に注目を浴びるのが好きなだけかもしれないが。
そんな横顔を覗き見ながらキオは少しだけ思案すると、また王子に顔を近づけた。
「……ムー」
「あ?」
ニッコリと微笑んで、もう1度。
「ムー、って呼ぶね、これから。よろしくね」
パアアッと、ムー……何とかかんとか王子……、の顔が輝いた。ムーゼ? ムーディ? 国名と混じったか? ムー以降は自信が無かったのだ。それでも喜んでいるらしいのがますます意外だった。
「フハハハハ! 先に呼びやがったな貴様! オレの勝ちだ!! 高尚な由来のある名を勝手に省略しているのは気に食わないが、目こぼししてやってもいい!」
「え? いつ、何の勝負してたの?」
腰に手を当てて高笑いしているムー王子。名を呼ぶとか呼ばないとか、先とか後とか、急にヘソを曲げたのはそんな理由だったのか。
「…………おい、あー……、2人で笑ってるところすまないんだが、その……」
このくだらない事態にどうにか割って入ってきたのは、サガンだ。
「……愛って何だ……?」
ともすれば哲学のようでもある現状への質問は、笑ってスルーすることにする。
さあ、順調?にパーティも組めたところで、それでは今回は特にサクサクと冒険を進めてゆくことにしよう。
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「えーっ! また野宿なのか?! いい加減にしろ!」
情けない顔と声で、ムーは異議を申し立てた。これまでは王都の隣町付近までにしかあえて行動範囲を広げず、1日の終わりには必ず宿へ戻りベッドで休んでいたのだが。しかしとっとと9回目を終えるには、いつまでもグズグズしてはいられない。目当ての装備は大陸を渡った先の離れた村々にしか売っていないし、途中こなさなければならない必須イベントも各種ある。効率良く世界各地を回るには、いちいち宿など探していられないのだ。
「当たり前じゃん! 言っとくけど女性の冒険者だって山ほどいるんだからね。皆野宿くらい普通にしてんのー」
焚き火で焼いた肉を串ごと手渡しながら、チタがムーを諭した。チタはこう見えて面倒見が良い。口では色々言うけれど、ムーの細かな不平不満にもこうしてわざわざ反応を返してくれる。しかし一言の感謝も無くその肉を奪うようにして掴み取り、ムーは不機嫌に唇を尖らせている。
「ゴメンねムー、不便な思いをさせちゃって」
さも申し訳なさそうにキオはムーを宥めた。このところいつもだ。キオは悪くない、そうやって甘やかすのは良くない、とチタにはよく叱られるけれど、心のこもっていない謝罪くらい幾らでもしてやれるので問題は無い。
このあとも、ソースが欲しいだの焼き過ぎだのとブツブツ言われるたびに、「ゴメンね」とおざなりに頭を撫でておくのだ。
そして就寝時には、体の上にムーを乗せてやったまま眠る習慣が出来上がってしまっている。地面が硬く眠れないとムーが大騒ぎをするからだ。勇者を下敷きにするのはさすがにどうかとサガンやエウロにも苦言を呈されたけれど、何も最初からそうだったわけではない。
お姫様と旅をしていた頃、何度か調子に乗って腕枕なんかをしてみたことがあった。緩衝材に、なんて言い訳しながら下心しか無かった。なので今回も渋々ながら、ムーにも腕を差し出してやったのだ。それが眠っているうちにゴロゴロと転がり、キオの真上に全身を乗せたところで落ち着いてしまった。何度振り落としてもまた無意識に這い上がってきやがるのでもう諦めた。今や夜な夜な敷布団に甘んじている。
スースーと人の上で寝息を立てているムーの顔をチラ見する。猫のようにうつ伏せになり、キオの胸板で頬を潰して。寝顔だけはどこかお姫様と似ている気もする。
お姫様に対しては、起こさないように寝苦しくないようにとあれこれ気を遣ったりしたけれど、コイツはいいだろうと割と自分の都合で動いたりもしている。それでもまったく目を覚まさないところを見ると、意外にも野宿の素質はあるのかもしれない。警戒心の欠片も無いのは困りものだが。
なんか、カワイーかも。
…………ん??
一瞬、良くない感情が脳をよぎってしまったような。寝惚けていたのだろうか。きっとそう。むしろ寝言だ。悪夢だ。
「んがーーーんんっん!!」
ブンブンと首を振り、長い手足を四方へ伸ばし、いびきを装って大声を出す。己れの思考を吹き飛ばすべく。
「……ん……、キオうるさ……」
「何かあったか?」
「……いえ、眠ってますね……」
すぐに目を覚まし、声をかけてくる仲間たち。
一方寝息が乱れもしない胸の上のムー。
……本当に、一体何なんだこの男は。勘弁してくれ。
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