表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

第八話 森のヌシとの対峙

 樹鎧獣(グラドボルグ)を追いながら、俺はすぐに違和感を覚えた。

 逃げてる、って動きじゃない。

 完全に直進ってわけではないものの、この森のヌシはただ、ひたすらに進んでる。


 餌を探してる感じでもない。

 何かを追っているというより――目的地があるのか?

 そう思った瞬間、胸の奥の揺らぎが更に強くなった。

 森の濃く濁ったマナの奥で、大きく波を打っている。

 俺は剣を握り直して、樹鎧獣の痕跡を追う。


 速い。


 あの巨体で、森の奥へ沈むみたいに遠ざかっていく。俺は剣を握ったまま、森を駆ける。枝が頬をかすめて、足元の根を踏み越えて、苔の浮いた岩を蹴る。視界の端で、マナの流れが少しずつ濃くなっていくのを追う。


 森の中のマナは、濃さの違いはあっても、普通はもっと静かに巡る。葉から葉へ、根から根へ、森全体に染み込むように。

 それが今は、あちこちで乱れていた。踏み荒らされた土のように歪み、折れた枝のように途切れ、ところどころで不自然に淀んでいる。

 あいつが通った跡だ。

 これを、追えばいい。

 追えればいい、んだけど。


「うーん、速いね」


 息の合間に思わず声が漏れた。愚痴半分、感心半分。

 観察すればするほど、あれは森を走るために出来てる、って分かる。枝を避けるんじゃなくて、折っていい枝だけを折ってる。根を踏み抜くんじゃなくて、踏んでも沈まない根だけを選んでる。 あの体格で、あの速度で、それを毎歩やってのける。


 見た目より、ずっと器用。

というか、相当、厄介だ。

低い枝をくぐって、ぬかるみを跨ぐ。気がつくと、森の匂いが変わっていた。


 湿った土の匂いの上に、古い樹液と、苔の匂いが厚く重なる。木の幹はどんどん太くなって、頭上では枝葉が編み合わされたみたいに重なり、朝の光は、その隙間から細い金色の筋になって、ようやく地面に届いている。


 森の、奥。

 あいつの気配はまだ先にある。けど、見失うほどじゃない。濃くなった森のマナの中でも、樹鎧獣(グラドボルグ)が通った跡だけは重く、荒く残っている。


 光。痕跡がふいに歪んだ。

 森そのものの濃さとは違う、不自然な揺れ方だった。

 薄い、膜みたいなものが、森の奥に張られている。


──結界、か?


 こんな森の深部に、なんで。

 いや、なんにしても多分この奥に何かある。集落か、何か――人の住む場所が、あるかもしれない。

 確信はない。けど、何かあるなら、最悪の事態になり得る。

 その時、俺は故郷を思い出していた。

 息を吐いて、剣を握り直す。柄の感触で、思考が一段、落ちる。


 あいつを、このまま進ませたらまずい。

 理屈じゃなく、そう思った。

 音の方へ近づくほど、森の傷が、生々しくなる。


 折れた枝。

 潰れた苔。

 削れた土。


 その奥で、重いものがぶつかる音がした。

 続いて、地面のマナが跳ねる。

 誰かが、ヌシと戦ってる……?


 逃げ遅れたんじゃない。

 樹鎧獣(グラドボルグ)の進路を、正面から塞いでいる。


 木々の向こうで、何かが砕ける音がした。

 次いで、女の子の短い声。


 悲鳴じゃない。気合いの声。それが余計に、まずい、と思わせる。

 地面を蹴った。


 二歩で森が割れて、視界が、ひらく。

 全部、一瞬で飛び込んできた。


 樹鎧獣(グラドボルグ)の巨体。棍を構えた少女。受け止めている前肢とは別の前肢が、横から逃げ道ごと薙ぎ払おうとしている。

 考える時間はない。──間に合わせる。

 剣に、魔力を集める。

 広げない。散らさない。


 刃の、一点に。

 全部を、絞り込む。


 一歩。

 足元の太い根を、踏み越える。


 二歩。

 顔の前に張り出した低い枝を、肩で払う。


 三歩目で――樹鎧獣の前肢の、下に潜り込んだ。


 頭上を、巨大な影が通り過ぎていく。風圧で、髪が後ろに流れる。


 一閃。


 魔力を込め、水をまとった刃が、樹鎧獣の前肢の側面を、下から斜めに叩き上げる。斬る、というより、押す。蓄えた水の重さを、一点に乗せて、ぶつける。

 樹鎧獣の前脚が、女の子から外れた。

 でも、まだだ。崩れた体勢、その一瞬を、逃さない。


 もう半歩、踏み込む。

 外殻の、継ぎ目。肩と胸の、あいだ。

 森の奥でこいつを最初に見た時、動くたびに、ほんのわずかに開いていた場所。

 そこへ切っ先を滑り込ませる。


 斬るんじゃない。

 流し込む。

 蓄えた水の勢いを、継ぎ目の奥へ、一気に。


 巨体が、ぐらり、と内側からよろめく。重心が、さらに奥へずれていく。

 樹鎧獣(グラドボルグ)が、奥へ押し戻される。


「どうにか、間に合ったかな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ