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第七話 結界の中の少女

七話と八話短いので、同時更新です

 この日、私は日課の薬草取りに出ていた。

 朝から森が騒いでいて、嫌な予感はしていた。

 でも、あんな出会いが待っているなんて、思ってもみなかった──。



 森は、今朝も震えていた。

 低く、深く、地面の下を撫でるような響き。

 最近のヌシは、何かおかしい。


 縄張りから出てくることもないし大人しい子なのに、ここ数日は森のあちこちで暴れている。

 その影響か、他の獣も気が立ってる感じ。


 精霊様の加護はあるけど、万が一があるから気を付けて。

 何かあったら、すぐ戻ってくるのよ。

 お母さんはそう言って、私を送り出した。


 私は、いつもより耳を澄ませながら作業をしていた。

 手は動いていたけれど、半分は森の音に向いている。

 籠の中身は、まだ三割ほど。

 いつもなら、もう半分は埋まっている時間なのに。


「……今日は、捗らないなあ」


 誰にも届かない呟きを森に落として、また屈み込む。

 その時だった。

 森が、少し揺れた。


 え、何の音?

 普通の人なら聞き逃すくらいの大きさ。

 微かに聞こえる葉擦れの奥。川のせせらぎや、鳥の羽音でもない。


 微かな、異質な響き。

 この感じ──、ヌシが集落に向かってきてる!

 そう気付いた時、私は持っていた薬草籠を放り出して駆け出していた。


 背中の棍に手をかけながら、「フォルシル様!」と精霊様に呼びかけてみる。

 ……応答はない。

 少し離れてるし、聞こえてないのかも。

 まあ、どっちにしろやることは変わらない。

 それにもし、これを退けられたら──外に出る話、本気で交渉できるかも。

 摘み取った薬草の青い匂いが残る手を、握りしめた。


 足元の根を跳び越え、低い枝を肩で払いながら、走った。

 音が大きくなってくる。

 地面がビリビリ揺れていた。


 結界のすぐ近くで、でっかい何かが森を押し分けて進んでくる。

 その音が、境目の向こうで止まらない。


 次の瞬間、結界の光が辺りを白く染めた。

 結界が、突破されたんだ。

 木々の後ろに、大きな影が見える。

 ヌシだ。


 木の根が深すぎて、魔法は使いにくい。止められない。

 それなら、やることは一つでしょ!


「よーっし!」


 腹の奥が決まった。


「ぶん殴る!」


 棍を握り直して、思いっきり魔力を込める。

 私は低く踏み込んだ。

 棍の先が、ぶぉん、と鳴る。


「まずは――」


 全身の力をまとめて叩き込む。


「一発!」


 肩に入った。

 硬っ。さすがヌシ。

 手がじんじん痺れる。腕痛ったー。鎧の奥でどくどく鳴ってる。

 太い腕が横から薙いできた。


「っと!」


 地面を蹴って跳ぶ。

 ばきばき、と幹が折れる。さっきまで私がいた場所。

 あー、当たったら死ぬほど痛そう。

 それでも。

 私は着地と同時に棍を構え直す。


「二発目、いくよ!」


 踏み込もうとした足元が、沈んだ。


「え」


 樹鎧獣が地面を叩いていた。


 土が割れる。根が跳ねる。足場が一瞬で変わる。

 ずるい。

 ──いや、ずるくはないか。

 森のヌシが森を使うのは、そりゃそうだ。

 私は棍を地面に突き、倒れかけた体を支える。


 太い前肢が横から薙いでくる。

 頭上に、影。もう一本の前肢が振り上がっていた。

 避ける。


 避けるけど、間に合う?

 耳が嫌な音を拾う。風を裂く音。幹がきしむ音。自分の心臓の音。

 食いしばって、棍に魔力を込め直した。


「まだ、通さない!」


 振り下ろされる腕に向かって、もう一度、真正面から踏み込んだ。

 ぶつかった瞬間、音が消えた。

 次に来たのは、重さ。


「っ……!」


 棍が軋む。腕が沈む。足の裏で、根がめき、と嫌な音を立てた。

 止め、きれない!


 樹鎧獣の腕が、じりじり落ちてくる。

 息がかかる。

 土と樹皮と、濃すぎるマナの匂い。


「この……っ」


 押し返そうとした。

 足が沈む。

 だめ。踏ん張れない。

 棍が鳴る。手が滑る。肩が抜けそうになる。

 受け流す。


 無理。

 下がる。


 いや、間に合わない。

 そこへ、巨獣のもう片方の前肢が、横から振り抜かれる。

 ──まずい。

 まずいまずいまずいまずい!



 ……そう思った瞬間、水の音が走った。

 何が起きたのかは、見えなかった。


 ただ、身体にかかる重さが消えた。

 冷たい飛沫が頬を叩く。

 樹鎧獣の腕が、横へ逸れていた。


 私は反射で振り向いた。

 人の影が踏み込んだ、と思った。


 次の瞬間には、樹鎧獣の巨体がさらに奥へ弾かれていた。

「どうにか、間に合ったかな」



 ──これが、彼との出会いだった。

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