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第二話 掲示板に出る前の依頼

「おはよう、エリナ」


 ラヴィは、ギルドの真ん中あたりで足を止め、振り向き直した彼女に応えた。


「ところで、まだ掲示板も見てないんだけど。……なにか面倒な依頼?」


 呆れたように笑うラヴィの抗議を、エリナはあっさり受け流した。


「見たところで、依頼はほとんど残ってませんよ。それに、ラヴィさんのことですから、どうせ()()()()()()を選ぶでしょう」

「信用されてるね」

「褒めてませんよ」


 エリナは短く返し、一枚の依頼書を置いた。


「詳細不明の、獣か小型魔獣の調査と討伐依頼です。損害は、荒らされた畑と家畜小屋の破損。負傷者も、家畜の被害もなし。導魔士のラヴィさんにお願いするには、かなり不釣り合いな内容なのですが」

「それを朝一番に勧めてくるんだ」

「勧めているわけではありません。七等級の依頼ですし……」

「大丈夫。聞かせて」


 ほっと軽く息を吐いてから、エリナは依頼書を指し示す。


「バルタ村からの依頼です。カルミラ大森林の周辺にある集落ですね。ここからは半日近くかかる距離です」

「聞いたことない村だな。──で、俺に先に見せた理由は?」

「備考に気になる箇所がありまして」

「気になる箇所?」

「畑や家畜小屋の被害が出るより前から、森の方で、たまに聞き慣れない〝音〟が響いていた、とあります」


 一息置いてからエリナが続ける。


「森と村は多少は離れた場所にあります。その村から聞こえるとなると……」

「そこそこ大きい、謎の音ってことか」


 エリナは軽く頷いて、依頼書の余白の一文を細い指で示した。


「カルミラ大森林は、森の中でも特にマナが濃いと聞きます。今までは魔獣の報告も全くなかったこともあり、調査が入ったこともない。この大陸屈指の未開地です」

「未開地、ね」

「そんな場所からの依頼です。ご存知の通り、最近は各地で魔蝕体の発生や魔獣の異変も続いてます。最悪の事態が起きる前に、対処するに越したことはないでしょう」

「なるほど。エリナのそういうところ、俺は信頼してるよ」


 ラヴィの視線は、依頼書からエリナの目に移る。


「……そんな言い方は、やめてください」


 一拍だけ、返事が遅れた。

 エリナは咳払いをひとつ置いてから、依頼書の余白に指を置く。


「あとは、日ごとに痕跡が近づいている。報告時点では、生活圏のすぐ近くです」


 ラヴィは依頼書の端に目を落とした。


「確かに、今日明日にでも人的被害が出てもおかしくはない、か」

「そうです。けれど、今の情報だけでは等級を上げることもできません。それに──」

「それに?」


 エリナは、そこで少しだけ口元を上げた。


「何より、こういうの。ラヴィさん好みの依頼かと思いまして」

「それがエリナの考え?」

「いえ。ギルド受付としての、現場判断です」


 確かに、そうかもしれない。

 ラヴィは口元に笑みを浮かびかけ、依頼書の下段へ視線を移した。

 書かれている条件だけ見れば確かに、掲示板に貼りだされても簡単に受注される類の依頼ではない。

 いや、そう判断したからこそ、彼女は掲示板に回さなかったのか。


「受けるよ」

「いいんですか?」

「俺好みの依頼、だからね」


 エリナは微かに笑みを浮かべて小さく息を吐いた。指先で依頼書を押さえ直し、彼女は受付台の奥から登録用の帳簿を引き寄せた。

 帳簿を開く前に、エリナは片手を差し出した。


「握手?」

「正式に受注処理へ移ります。魔銘登録証の提示をお願いします」


 ラヴィの軽口は、処理の外へ流される。


「はいはい」


 ラヴィは肩をすくめ、外套の内側から薄い金属状の板を取り出した。手のひらに収まる大きさのそれには、ギルドの紋章と、所有者の魔力を読むための細い溝が刻まれている。


「はい、は一回で足ります」

「出してるから許して」

「確認が済めば、許してあげます」


 登録証に魔力を通すと、表面に淡い光が走る。陽光が差した海原のような、少し青みを帯びた色。

 エリナはそれを確認してから、帳簿に羽根ペンを走らせる。


「受注者、ラヴィオン=フロストヴェイル。資格階位、導魔士。依頼内容は、バルタ村周辺における獣、または小型魔獣の調査および必要時の討伐を要請」


 奥の窓口にいた若い術師が、書類から顔を上げた。

 すぐに視線は戻ったが、羽根ペンを持つ手だけが、少し止まっている。

 ラヴィは気づかないふりをして、帳簿へ視線を落とした。


「では、署名をお願いします」


 差し出された帳簿に、ラヴィは慣れた手つきで名を書いた。エリナはその筆跡を確認し、登録証を返す。


「無理はしないでください」

「エリナが俺に回してきた依頼でしょ」

「だから言っているんです。あなたは変なところで仕事熱心ですから」

「心配してくれてるの?」

「……人的被害発生した時の、その更新処理が面倒なだけです。不可解な音のこともありますし、無事に帰ってきてください」

「そこはほら、冒険者の現場判断で」

「危険と思ったら深追いせず、ギルドに報告してください。依頼等級を上げれば、ギルドとして出来ることも増えます」


 エリナは小さくため息をついた。

 けれど登録証を返す手つきは、いつもより少しだけ丁寧だった。

 手続きを終えると、エリナは依頼書の控えを整え、ラヴィへ差し出した。


「東門の乗合を使えば、水車宿まで行けます。バルタ村はそこから北へ徒歩二刻程です」

「馬車は村まで入らない?」

「さすがに、この街から村まで行く人はほとんどいないでしょうから」


 それだけ言うと、エリナは受付台の上の書類へ戻った。まだ朝の業務が始まったばかりで、彼女の前には処理すべき案件がいくつも積まれている。

 ラヴィは改めて依頼書を確認する。

 報酬は五百エルク。馬車代や食事・その他経費まで考えれば、全然稼げない案件だ。魔獣の素材か魔石が手に入れば、どうにか帳尻が合うだろうか。


 大したことが無ければそれでいい。最近は重たい依頼が続いていたし、その場合は息抜きになるだろう。

 でも、何かあるなら、早い方がいい。

 何よりも、|優秀な受付嬢≪あのエリナ≫がわざわざ掲示板に出す前に見せてきた依頼だ。用心すべきだろう。念のため、ラヴィは預金を多少引き出してからギルドを後にした。


 扉を押し開けると、肌寒い風と街のざわめきが戻ってくる。

 東門へ向かう通りには、すでに荷車と人の流れができていた。

 乗合馬車の出る時刻までは、まだ少し余裕がある。


 ラヴィは依頼書の入った外套を軽く押さえ、歩き出した。

 その時、胸の奥が、再び小さく揺らいだ。

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