第三話:クラスメイトたちは(テンプレを)堪能する
コハルが遥か遠くの崩壊神殿で「お腹すいたー!」と叫びながら、よちよちと歩き始めたその頃。
彼女がいたはずの教室のメンバーは、全く別の場所にいた。
コハルの現在地から、距離にして徒歩で1ヶ月以上は離れた大国――そのきらびやかな王宮の召喚の間に、彼らは無事に降り立っていた。
もちろん、コハルのように12歳前後に若返っている者は一人もいない。16歳の女子高生・男子高生のままである。
「うおおおおおっ! まじで異世界召喚だああああ!」
「見ろよあの石造りの天井! 魔法陣! 完全にファンタジーじゃねえか!」
こういう事態に無駄に詳しいオタク連中は、床に残る光の残滓を見て狂喜乱舞していた。完全にラノベとゲームの知識だが、彼らにとっては今ここが聖地だった。
「みんな、大丈夫かい? 怪我はない?」
真っ先に周囲に声をかけたのは、やはりクラス一のイケメン、ヒカルである。
その完璧な王子様スマイルに、周囲の女子たちが一瞬で色めき立つ。
「ヒカルくん優し〜い! 私、全然平気!」
「ちょっと怖かったけど、ヒカルくんが隣にいてくれたから安心しちゃったぁ」
キャーキャーとうるさく群がるバカ女子連を、ツヤツヤの黒髪をなびかせたメガネの女子生徒が冷ややかな目で見据えた。クラスの委員長である。
「静かにしなさい、あなたたち。状況が把握できるまで騒ぐんじゃないわ。……それにしても、私の脳内に『賢者』という役割の通知が来たのだけれど。これは一体……」
「おっ、委員長は賢者か! 俺らは『格闘家』って出たぜ! 空手部補正キタなこれ!」
拳をパキパキと鳴らしているのは、数人の脳筋体育会系男子たちだ。
そんな騒がしい空間の中で、一際目を引く超美人の女子生徒が一人、ぽつんと立ち尽くしていた。男女問わず学校中で大人気の彼女は、どこか神秘的なオーラを纏っている。
「……『聖女』……? 私が、ですか……?」
「うおおお! 聖女様! ぴったりすぎる!」
「あ、ちなみに俺『神官』っす……」
隅っこの方で陰キャ男子がボソッと呟いたが、バカ女子たちの黄色い声にかき消されて誰も聞いていなかった。
そこへ、カツ、カツ、と静かな足音が響く。
現れたのは、息をのむほど美しい金髪の王女様だった。背後にはいかにも強そうな重騎士たちを従えている。
「異界の勇者様方、ようこそ我が国へ。私はこの国の第一王女、エリザベートと申します。どうか驚かないで聞いていただきたいのです。現在、我が国は恐るべき脅威に直面しており――」
「キタキタキタ! 王女様からの世界説明!」
「テンプレ通りすぎて最高だな!」
ヒソヒソと盛り上がるオタクたちを王女は優しく見つめ、「まずは皆様の『ステータス』をご確認ください」と微笑んだ。
それぞれが念じ、目の前に浮かび上がる半透明の画面に一喜一憂する。これぞ、ありきたりな異世界召喚の醍醐味であった。
そんな中、一人のオタクが首を傾げて呟いた。
「あれ? そういえばさ、パーティの基本の『魔法使い』って誰かいる?」
「え? 賢者がいるじゃん、委員長が」
「いや、賢者とは別に『魔法使い』が必要だろう、テンプレ的にさ。アタッカーとしての純粋な魔術師がさ」
「いいじゃん、賢者がいれば魔法なんて何とかなるって。細かいこと気にすんなよ」
「あ、あの……俺、一応『魔法使い』って出たんだけど……」
恐る恐る手を挙げたのは、さっきのオタクグループの一人だった。
「へ? うそ? お前が? ……でも、その魔力値低くね?」
「う、うるせえな! レベルが上がれば魔力も増えるんじゃないの? ゲーム的にさぁ!」
ワイワイと盛り上がるクラスメイトたち。
残念ながら、この場にいるクラスメイトは誰一人として、コハルがいないことに気づいていなかった。元からスペースが空いていたせいもあるが、神様のアフターケア(記憶処理)が完璧に働いているせいでもあった。
しかし――。
クラスメイトたちの背後で、深くフードを被り、豪華な魔法のローブを羽織ったおじいちゃんが、一人眉をひそめていた。
この大召喚魔法を行使した、王宮の宮廷魔術師長である。
「……おかしい」
魔術師長は、床に描かれた巨大な魔法陣の端を凝視していた。
そこには、ほんの僅かな、本当に目を凝らさなければ分からないレベルの「掠れ(欠け)」があった。
「これはいったい……。魔法陣は、一線でも欠ければ正常に作動せぬはず。召喚の負荷で、どこか一筋の魔力が別の座標へと弾かれたか……?」
しかし、目の前には異界の人間がこれほど大勢、無事に揃っている。王女の説明を興奮気味に聞いている。
「……私の気にしすぎであろうか。いや、しかし……」




