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天狼の星  作者: 神箭花飛麟
老上本紀

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16/18

十六 草原の春

ジーユが単于になって、最初の春だった。


草原に雪が溶けた。

去年の枯れ草の間から、新しい緑が顔を出した。羊が草を食んだ。子馬が母馬の腹の下をくぐった。鷹が空を旋回した。

毎年同じ春だった。

しかしアンゴトには、今年が違って見えた。


父が死んだからだ。


アンゴトは本営の外に立っていた。

風が吹いていた。

南から来た風で、まだ少し冷たかった。


「アンゴト」

トルゲルが来た。

白いものが、髪に混じり始めていた。

「ジーユ様が呼んでいます」

「わかった」

アンゴトは動かなかった。

「すぐに来い、と」

「わかっていると言った」

トルゲルは黙った。

しばらく、二人で草原を見ていた。

「変わりましたね」

トルゲルが言った。

「何が」

「ここが」

「草原は変わらない」

「そうじゃなくて」

トルゲルは本営の天幕を見た。

「あそこに、ボグドがいない」

アンゴトは答えなかった。

「もう慣れましたか」

「慣れていない」

「俺もです」


ジーユの天幕は、父の天幕より小さかった。

本人がそう決めた。

「大きな天幕は要らない。俺はまだ何も成し遂げていない」

そう言って、父の天幕を解体させた。

毛皮と骨と布に戻した。

アンゴトはその作業を見ていた。

骨一本一本が外されるたびに、何かが胸に刺さった。

しかし何も言わなかった。


ジーユは二十代の半ばだった。

顔はボグドに似ていた。目が深く、静かだった。

しかし動き方が違った。

ボグドは常に前を向いていた。ジーユは周りを見ていた。

悪いことではない。しかし、違った。


「アンゴト、座れ」

「はい」

「父上のことを聞きたい」

アンゴトは座った。

「何を聞きますか」

「全部だ。俺が知らないことを、全部」

アンゴトは少し間を置いた。

「全部は、一日では終わりません」

「知っている。毎日来い」

「そうします」


「最初に会ったのは、いつですか」

ジーユが聞いた。

「生まれた時からです。同じ部族の子でした」

「どんな子でしたか」

アンゴトは少し笑った。

「無口な子でした。でも弓が上手かった。十二の時に、大人に混じって狩りをしていた」

「父上らしい」

「怒ると怖かった。しかし滅多に怒らなかった。怒りを溜めて、溜めて、必要な時だけ出す人でした」

「月氏に行った時は」

「一緒に行きました」

「そこで何があったか、聞かせてくれ」

アンゴトは話し始めた。

ゆっくりと、細かく話した。

ゲレルのこと。弓の引き方の話。草原を一緒に走ったこと。

ジーユは黙って聞いていた。

「父上は、ゲレルのことをどう思っていたんですか」

「さあ」

「わかりませんか」

「本人が言わないことは、俺にもわからない。ただ、最後まで西の空を見ることがありました」

ジーユは窓の外を見た。

西の空が広がっていた。

「月氏は今、どこにいますか」

「もっと西です。老上様が在位中に、さらに西へ追いやりました」

「父上の遺言では、月氏をそれ以上追うなとのことでしたが」

「そうです。老上様は少し従いませんでした」

ジーユは頷いた。

「仕方がない。強い男ほど、父の言葉を聞かないものだ」

アンゴトは思わず笑った。

「あなたは聞くんですか」

「聞くつもりだ。少なくとも今は」

「今は、と言いますか」

「状況が変われば、変える」

アンゴトは笑い続けた。

「やはりボグドの息子ですね」

「何がですか」

「言い方が似ている」


三日目に、鳴鏑の話をした。

ジーユは真剣な顔で聞いていた。

「父上が、自分で実演したんですか」

「そうです。鳴鏑を放って、放った方向に全員が矢を向けるまで、何十日も訓練した」

「矢を向けなかった者を、本当に殺したんですか」

「最初の一人を殺しました。それで全員が従いました」

「父上の馬も殺したんですか」

「はい」

「閼氏も」

「はい」

ジーユは黙った。

「信じられません」

「俺も、隣にいて信じられなかった」

「怖くなかったですか」

「怖かった。しかし理解できた」

「なぜ」

アンゴトは少し考えた。

「ボグドは、匈奴を一つにしたかった。部族がばらばらでは、大軍に勝てない。全員が同じ方向を向く、それが鳴鏑の意味でした」

「それは、父上自身も同じ方向を向いたということですか」

「そうです。父上は鳴鏑を放った後、自分でも矢を放った。命令するだけではなかった」

ジーユはしばらく黙っていた。

外で風が吹いていた。

「俺には、そこまでできるかわからない」

「最初からできる人間はいません」

「父上は最初からできた気がします」

「違います」

アンゴトは言った。

「李牧に大敗した夜、ボグドは一人で泣きました」

ジーユが目を上げた。

「見たんですか」

「見てしまいました。本人は見せるつもりはなかったと思います。俺は見なかった振りをしました」

ジーユは黙っていた。

「父上が泣いた話は、初めて聞きました」

「本人は認めなかったでしょう。しかし、泣きました。十四の、子供の顔で」


五日目。

「白登山の前夜、怖かったと言っていましたか」

「はい。俺にだけ、一度だけ言いました」

「父上が怖いと言ったのか」

「はい。樊噲が本当に十万で来たら、やっかいだったと」

ジーユは少し笑った。

「人間らしい」

「そうです。怖くても動く。それがボグドでした」

ジーユは外を見た。

草原に夕暮れが来ていた。

空が赤かった。

「父上に似ていますか、俺は」

アンゴトはジーユを見た。

目が深い。静かだ。

しかし何かが違う。

「顔は似ています」

「顔以外は」

「これから似てくるかもしれません」

「それは答えになっていない」

「似ていない部分もあります。それが悪いとは思いません」

ジーユは頷いた。

「正直に言ってくれ、これからも」

「そうします」

「チュルンのように、俺に怖いと言わせてくれ」

アンゴトは少し驚いた。

ジーユが笑った。

「話を聞いて、チュルンが羨ましかった」

アンゴトは笑った。

草原に夜が来た。

※ 老上単于(稽粥)はボグドの息子である。在位中にさらに月氏を西へ追い、漢との戦いを続けた。アンゴト、トルゲルらの名は史書に残っていない。しかし、こういう男たちがいたはずだ。

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