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天狼の星  作者: 神箭花飛麟
冒頓本紀

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15/18

終焉

呂后が死んだのは、書状の事件から八年後だった。

ソンコが報告に来た。顔に疲れがあった。長距離を急いで戻ってきた顔だった。

「呂太后、崩御。漢の宮廷は今、呂氏と劉氏が争っています」

「どちらが勝つ」

「劉氏です。諸将の多くが劉氏につきました。呂氏は血族ごと滅ぼされるとのことです」

「早いな」

「呂后が生きている間は誰も逆らえなかった。死んだ途端にこれです」

ボグドは頷いた。

「劉恒が立つか」

「おそらく」

「どんな男だ」

「穏やかな男だと聞きます。争いを好まない。民を大事にする」

「手強いな」

ソンコが首を傾けた。

「穏やかな男が、なぜ手強いんですか」

「争いを好まない男は、負けない戦しかしない。民を大事にする男は、民がついてくる。民がついてくる国は、簡単に崩れない」

テムルが言った。

「劉邦は水の強さだとおっしゃいましたね」

「劉恒は土の強さだ。水は流れる。土は積もる」


チュルンが病になったのは、その年の冬だった。

最初は咳だった。

次に熱が出た。

三日で下がったが、また出た。

アンゴトが言った。

「南の医者を呼びましょう」

「いらない」

チュルンが言った。

「草原の医者で十分だ」

「草原の医者では」

「うるさい。これくらいで南の医者など呼んだら、笑われる」

チュルンは笑おうとした。咳が出た。

ボグドは黙って見ていた。

一本腕のチュルンが、毛布の中で咳をしていた。

李牧の包囲を逃げた夜も、一緒だった。

月氏の都で弓を引く練習をした日も、一緒だった。

白登山の前夜も、一緒だった。

「南の医者を呼べ」

ボグドは言った。

「いらないと言った」

「俺が呼べと言っている」

「単于命令ですか」

「そうだ」

チュルンは黙った。

しばらくして言った。

「わかりました」


南の医者は三人来た。

漢の国境から連れてきた。

三人が口を揃えた。

「肺の病です。休養が必要です。馬に乗ってはいけません」

チュルンは笑った。

「馬に乗れない草原の民に、何の意味がある」

「命が大事です」

「馬に乗れない命より、馬に乗って死ぬ方がましだ」

医者たちは困った顔をした。

ボグドは医者に言った。

「薬を置いていけ。金は払う」

医者たちが去った後、チュルンが言った。

「無駄金を使わせました」

「うるさい」

「本当に」

「うるさいと言った」

チュルンは少し間を置いた。

「怖いか」

ボグドは答えなかった。

「俺が死ぬのが」

「うるさい」

「正直に言え。命令だ」

ボグドは窓の外を見た。

冬の草原が広がっていた。雪が降っていた。

「怖い」

チュルンは黙った。

「お前が死んだら、李牧の夜を一緒に覚えている者がいなくなる」

「アンゴトがいます」

「アンゴトは別だ。お前は俺が一番最初に怖いと言った相手だ。次も怖いと言えるかわからない」

チュルンは笑った。

咳が出た。

「そうですか」

「ああ」

「では、もう少し生きます」

「そうしろ」


チュルンは春まで生きた。

雪が溶けて、草が芽吹いた頃に死んだ。

馬の上で死んだ。

「馬に乗るな」という医者の言葉を無視して、久しぶりに馬に乗って、草原を少し走って、そのまま馬の上で眠るように死んだ。

アンゴトが知らせに来た。

目が赤かった。

「チュルンが」

「知っている」

「どこで」

「草原の東の方で」

「一人だったか」

「馬と一緒でした」

ボグドは立ち上がった。

外に出た。

草原を見た。

春の風が吹いていた。

南から来た風だった。

チュルンが好きだった風だ、と思った。

南の風が吹くと、チュルンはいつも暖かくなると言った。一本腕を空に向けて。

「馬鹿な男だ」

小さく言った。

涙は出なかった。

月氏で三年生き延びた。鳴鏑の訓練を見届けた。白登山を一緒に囲んだ。呂后の書状を読んで天を仰いだ。

十分に生きた。

「十分すぎるくらいだ」


翌年、漢が国境を侵してきた。

文帝の代だったが、将軍が動いた。

ボグドは迎え撃った。

勝った。

しかし、追わなかった。

アンゴトが言った。

「追いましょう」

「追わない」

「なぜ」

「文帝は謝ってくる。そして和親を続ける。それでいい」

「しかし」

「アンゴト」

「はい」

「お前は、まだ戦いたいか」

アンゴトは黙った。

「俺は、もう十分だ」

「十分とは」

ボグドは南を見た。

長城が遠くに見えた。

「草原は守った。漢は屈服させた。北も東も西も、匈奴の旗が立った。これ以上、何が要る」

「もっと強く」

「強さに終わりはない。どこかで止めなければ、死ぬまで戦い続けることになる」

アンゴトは長い間黙っていた。

「チュルンが死にましたね」

「ああ」

「テムルも、去年死にました」

「ああ」

「ソンコも、体が弱ってきました」

「知っている」

「俺とトルゲルは、まだいます」

「知っている」

「それだけで、十分ですか」

ボグドはアンゴトを見た。

幼馴染の顔だった。月氏で一緒に弓を引いた顔だった。白登山を一緒に囲んだ顔だった。

「十分だ」


その夜、ボグドは久しぶりに星を見た。

天狼星が輝いていた。

ずっとそこにあった。

李牧の包囲を逃げた夜も。トゥメンに単于の座を譲られた夜も。東胡を倒した夜も。白登山の夜も。

ずっとそこにあった。

「もう少しだ」

ボグドは言った。

何がもう少しなのか、自分でもわからなかった。

ただ、そう思った。

草原の風が吹いた。

北から来た風だった。

冷たい風だった。


翌年の春、ボグドは息子のジーユを呼んだ。

「次はお前だ」

ジーユは驚かなかった。

「わかりました」

「一つだけ言う」

「はい」

「漢と戦うな。貢物をもらい続けろ。漢が強くなる前に、草原を固めろ」

「強くなる前、とは」

「今の文帝は土の強さだ。しかし文帝の次、あるいはその次の代に、必ず強い皇帝が出る。その時に備えろ」

「どれくらい先ですか」

「わからない。五十年か、百年か」

ジーユは黙った。

「備えられるかどうかもわからない」

ボグドは言った。

「しかし、備えろと言い続けることが大事だ。俺がお前に言う。お前が次に言え。そうやって続けていけば、いつか役に立つ」

「わかりました」

「それだけだ。行け」

ジーユが出て行った。

ボグドは一人になった。

アンゴトが入ってきた。

「新単于、誕生ですね」

「まだ死んでいない」

「もうすぐでしょう」

「うるさい」

アンゴトは笑った。

「ゲレルに会えませんでしたね、結局」

「うるさい」

「借りを返せないままですよ」

「わかっている」

「向こうは覚えているでしょうか」

ボグドは答えなかった。

西の空を見た。

月氏が逃げていった方向だった。

「覚えていればいい」

小さく言った。

レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!

※ 冒頓単于は紀元前一七四年頃に死んだとされる。在位三十五年。東胡を滅ぼし、月氏を西へ追い、草原を統一し、漢の高祖を白登山に包囲した。息子の老上単于(稽粥)が跡を継ぎ、月氏をさらに西へ追いやって西域への道を開いた。天狼星(シリウス)は今夜も輝いている。

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