第八十五章 晃と精霊王の武器 黒幕
命令の発生源が神殿である事ははっきりした。でも、それだと、神殿での戦闘とそこにいた土地神たちの状況がおかしいと言う事になる。
「グラウ? あの土地神たちって……」
「うむ。あの神モドキたちが、全ての原因かも知れぬのぉ」
神モドキ、って。妖魔扱いされた事を、まだ根に持っているんだね。
とにかく、ここで敵の作り出すモンスターと戦ってやる必要は無い。戦うなら、直接、原因たるモノと、って事だよね。
俺は、これからが本格的な戦いになるだろうという予感に体が固くなるのを感じた。大きく呼吸を繰り返し、余分な力を抜いていく。
「引力の精霊には、引き続き俺の体を軽くしてもらうように言っておいて」
「どうじゃ? もう少し軽くするか? と聞いてきておるぞ?」
「確かに楽にはなりそうなんだけど、俺のイメージと体の動きが合わなくなりそうなんで、今の状態を均一に維持って感じで」
「判った」
屈伸運動。その場駆け足。超振動ブレードを抜いて素振り。そして、ナイフ、拳銃、スタンガンを再確認して準備完了。
転移魔法の紋様を描き、神殿の入り口前に転移先を合わせて転移を起動させた。
いつものようなバランスの崩れを一瞬だけ感じて転移終了。直ぐ目の前に神殿のデカイ入り口が見える。
「よし!」
気合いを一発入れてから、ゆっくりと歩き出した。ある意味、敵の口の中に入るようなモノだから、一瞬の油断も出来ないよね。
階段を上り、巨人用に見える巨大な入り口をくぐり、神殿の中に入っていく。
中には、十二の土地神の神像が……。
無かった。
ついさっき、俺が修復したはずの石像が、今度は瓦礫も残さずに消えている。
「逃げたかな?」
「いや、気配はあるぞ」
今更気づいたけど、グラウって、緊張すると体が膨らむんだねぇ。羽毛も立っているみたいで、モコモコの毛玉状態だ。
「グラウ。緊張しすぎじゃない?」
「相手は、腐っても土地神じゃからのぉ。お主も油断するでないぞ」
なんか、腐っても、って所をかなり強調してた。
そんなグラウにちょっと和んじゃって、周りを見る余裕が出てきた。
「マジックハンドで放り投げて壊した壁がそのままだね」
次々襲いかかってくるモンスターが、実は幻覚ではないのか? という疑惑が発生した時に、手の届かない位置に穴を開けて確認してみた跡がそのまま残ってる。
あれ? ちょっと瓦礫が多いような。
「あ、小さい方の石像がまとめて投げられているんだ」
駆け出して、近くに寄ってみる。石像は粉々というわけではないけど、バラバラ程度には壊され、残骸として散らばっている。
「どれかを修復して、話しでも聞いてみようか?」
「全てに気配があるから、修復すれば話しぐらいは出来そうじゃが」
「うん。もう、消滅寸前って感じだね。もしくは抜け出て行っちゃったのかな?」
修復魔法を使って直し、マジックハンドで壁に穴が開いた所の近くに立たせ直す。
すると、ヴァーレだけが出てきた。他は気配だけだ。残りの力をヴァーレに託したかな?
「せ、精霊王におかれましては……」
「あぁ。そう言うのいいから、本題!」
「は、はい!
え、えっと。実は、精霊王と知らずにお招きしようとした所からですが、あの時、お招きしようとしたのは、人の粛正のためではなく、我らが主神をお諫め願うためでした」
俺が精霊王と知って、口調が辿々しいものになっているけど、ヴァーレは全てを話してくれた。
俺の所に来た時点で、主神である太陽神と、夜の神である鳥頭の神が邪なる闇に染まっていたそうだ。
特権階級がブヨブヨモンスターになったのも太陽神からの影響で、実際は日に三度、太陽神に祈りを捧げるようにしてあったそうだ。その事を知って行動を起こしたのはヴァーレとカーシャだけで、他の土地神は太陽神を信じ切るだけで外を見る気も無かったらしい。
そこで、他から太陽神を止めるか、街の特権階級を治して貰えそうな俺を見つけ、強い魔法力と、実際に魔法を使っている姿を見て、この世界で唯一の希望と感じたと言う事だ。
だが、実際は俺の機嫌を損ね、出直しを考えていた時に主神に計画を知られ、精神の精霊の力によって思考を縛られてしまった。
それは他の土地神も同じで、短絡思考で詳しく考える気が削がれるようにされ、自らの石像に籠もり続けるように思考誘導されていた。
そして、俺がここに到着した後、その石像も壊され、あの茶番劇を演じるように命令された。
「なるほどね。何らかの事情で精神の精霊を捕らえる事が出来て、調子に乗りすぎ、暴走したってわけだ」
「はい。夜の神ムーイーも荷担し、まさか、我々が捨てられるとは思いもよりませんでした」
「そこがまた疑問だねぇ。元々、同じ起源の土地神なんでしょ?」
「いえ、元々は、侵略され、併合された国の神でした。ですが、長い年月でその歴史を覚えている者はいなくなり、いつしか、主神に従う従属神の一つとして認識されるようになった神々です」
「じゃ、奴隷たちの神だった?」
「その当時は、併合時こそ蔑まれて来ましたが、代を重ねるごとに混じり合い、同じ国の民となりました。おおよそ、二百年ほど前になります」
「催眠魔法は使われて無かったんだね」
「あれは、十数年前に太陽神が神託にて授けられたモノです。それ以前にも奴隷は居りましたが、掟を犯した者が落ちるモノでしかありませんでした。太陽神がいつ、あれを知ったのか、我らには……。
更に、何故、我らが催眠魔法にかけられていたのかも不可思議な事なのです」
「え? 普通に太陽神がかけたんじゃないの?」
アレ? ちょっと、引かれちゃった。驚いている?
「ほっほう。お主は精霊王となったとは言え、元は人間じゃったしなぁ」
「元は、ってのは止めてくれないかな。現役で人間のつもりだよ?」
「そうじゃったか? それよりもじゃ、人の身であれば、相性もあるんじゃが複数の精霊の魔法を使う事ができる。じゃが、精霊自身は他の属性の精霊の力を使う事はできんのじゃ」
「属性って言うと、土の属性に金属だとか、鋼だとか、引力の精霊が入っているって言うヤツ?」
「そうじゃ。土のノームなら、金属の精霊の力も借りられるし、その逆もあるじゃろうな。まぁ、土だけじゃなく、火と相性がいい、というのもあるが」
「精神の精霊は何処に属するのかな?」
「闇の精霊じゃ。闇には、迷いの精霊や眠りの精霊なども居る。知識の精霊も闇属性じゃよ」
「闇かぁ。太陽神とは属性が合わなそうだよね。あ、そう言えば夜の神も居たよね、それじゃない?」
「それ以前の話しじゃ。ここの土地神たちは精霊との繋がりがほとんど無い。ワシの、知識の神の象徴よりも、精霊とは縁遠い存在じゃな。
ワシの知識の神の象徴は、お主のおかげで知識の精霊と直接繋がれたから、しっかりと闇属性に入れて貰えたという所じゃがな」
「ここの夜の精霊は闇属性じゃ無い?」
「夜や暗闇を象徴して居るじゃろうが、人の祈りが作り出したモノじゃからな。
言ってみれば、人のみの祈りの精、と言う所じゃ。属性は人の祈りを糧にする、と言う所かの」
「祈る人が多ければ力を付けて、居なくなれば消えていく妖精って事でいいのかな?」
「そうじゃな。じゃから、精霊の属性とは違うモノというわけじゃ。人でも相性の悪い精霊の魔法は使えんじゃろう。縁もないここの土地神じゃったら、使うどころか、触れただけでも消し飛んでしまう事もあるやもな」
「それで、催眠魔法が使われたみたいだから不思議って事なんだねぇ。じゃあ、催眠魔法を使える人に命令してやらせた、って事は?」
「消え入りそうな土地神と言えど、人の魔法力で心を操るなぞ、考えられんよ」
「つまり、もう一つの勢力がありそう、って事かな?」
「ほっ? ふむ。そうじゃの。それが一番ありそうじゃのぉ」
「ヴァーレ、心当たりは?」
「は、………、はい………」
あれ? 苦しそう。限界ってことか?
「やばそうだね。グラウ? なにかいい手はない?」
「ほっ。こんなヤツらを助けようと言うのか? 後で寝首をかかれる事になるやも知れんぞ?」
「助ける方法を持っているのに見殺しにする、って方が気持ち悪いよ」
「そうじゃのぉ。今使える方法は、精霊王の宝珠を使い、精霊王の下僕という属性と力を得るという方法じゃな」
「下僕、って……」
「なに。ワシも、エルダードラゴンの長老も、ゼンもまた、己の属性と共に、精霊王の下僕という属性を得て居るぞ」
「宝珠って、そう言う事なの?」
「下僕でなくともかまわん。現に、ガジェットとメイは下僕の属性は持っておらんしの。見てはおらんが、エイプリルも下僕の属性を持っておらんじゃろう」
『はい。服従すべきは艦長のみとなりますので、下僕としての属性は拒否されているようです』
「なら、ヴァーレたちも下僕属性を付けなくてもいいんじゃない?」
「精霊との繋がりが無いのじゃ。そのままじゃと精霊王の宝珠の力を受け入れられんじゃろう」
「他の方法は?」
「人の信仰を復活させる事じゃな。今は奴隷たちしか居らんから、心を操って祈らせる事ぐらいか」
「だ、そうだよ。このまま消えていくか、俺の下僕になるか、奴隷たちに祈らせるか。どれにするか選んで。でも、奴隷たちに祈らせるのは、時間もかかるし現実的じゃなさそうだけどね」
俺からヴァーレにそう提案する。もっとも、奴隷の方を選択したら、俺としては協力するつもりはないんだけどね。
その時は、じゃあ、好きにやって。俺はやりたくないから。って言い捨てるつもりだ。
「精霊王の下僕となれるのであれば、これ以上の喜びはありません」
「え? グラウ? そう言うモンなの?」
「エルダードラゴンの態度を思い出してみぃ」
うっ、そうなのかも。誰かの下僕になるのが喜びだなんて、俺にはちょっと判らないんだけどねぇ。
「じゃあ、下僕属性になるって事で、宝珠は十個用意した方がいいのかな?」
「一つで充分じゃよ。こやつらには、このまま一つの土地神として成り上がって貰えばいいじゃろ」
「ゴメン。そこら辺の理屈がよく判らない」
「気にしなくてもよい。とにかく、こやつらの力じゃと宝珠の力に負けてしまうでな。今のように一つになった状態でようやく使えるようになるじゃろ」
それなら、と、俺は製作途中でカバンに仕舞い込んでいた精霊王の宝珠のなりかけを取り出した。そこに、第二段階の全力の力を注ぎ込む。
第三段階にした方が良かったかな、と、ちょっとだけ後悔しつつ、約三分ほどで完成した。
「コレでいいかな?」
「ふむ。ならば精霊王の下僕として生まれ変われよ」
グラウに言われるがまま、ヴァーレは宝珠を受け取った。半透明で、しかもフラフラ、半死半生という体で、本当に受け取れるのかと思ったけど、宝珠を渡した時の感触は強かった。
そして、一度、土地神の全てが宝珠に吸収されたように見え、ヴァーレが消えた。
宝珠がその場に転がり、俺の中で、何かが繋がったような気持ちになる。
しばらく後、宝珠は白く輝きながら、やがて膨らみ、立ち上がり、人の姿をとっていった。
十の土地神たちの集合体。いや、今は、精霊に最も近い一体の妖精と言える存在が居た。
男でも女でもなく、特徴的なモノが何も無い、没個性という感じの、人型のモノ。
「なんか、のっぺりしちゃったねぇ」
「のっぺり? どういう意味じゃ?」
「あ~、言葉としては起伏が乏しいって事で、意味も同じなんだけど、この場合は見る所もない、特徴が無いって意味を含めたって感じ」
言葉としては起伏が乏しいって意味だけなんだろうけどね。
「なるほどのぉ。まぁ、それも、その通りじゃな。こやつら、お主のために古き器を捨て、新しき器を作るつもりのようじゃ。今は、一時的に何ものでもない存在という所じゃな」
「ど、どうゆう事?」
「ふむ。精霊王の守りはワシが担って居る。あまり戦いに向いたモノではないがの。じゃで、精霊王の武器となってみぬか?」
グラウが元ヴァーレたちに向かって、よく判らない事を提案したみたいだ。
すると、のっぺりが頷いて目を閉じ、何かに集中しているように見えた。そして、その体が輝き出し、直ぐに光が収まると、そこには一本の槍だけがあった。
「なに?」
「それが、あの土地神たちの新しい器というわけじゃ」
「こういうのって有りなの?」
「何を言っておるんじゃ。ほら、下僕を受け入れるのなら、お主の武器として握ってやれ」
人の形をして、個別の顔を持ち、性格も持っていた土地神たちが、一本の武器として俺の前に在る。
あの個性を、俺に仕えるために捨てちゃったってこと? 人間なら、一度死んで、魂が武器に乗り移ったって感じになるんじゃないの?
それでも、精霊王に仕えたいと思うモノなんだろうか?
恐る恐る、目の前に在る槍の柄を握る。すると、まるで始めから知っていたかのように、この武器の使い方が判った。
「この槍の中に、ヴァーレたちの意識を感じる。この槍は、ちゃんと意志を持ってここに居るんだ」
「何を当たり前の事を言っておるんじゃ」
「あ、いや、だって、そうでしょ? 会話をしていた相手が槍になっちゃうんだもん。驚くって」
「ふむ。そう言うモンかのぉ。ワシから見れば、別に前とそう変わったようには見えんがな。役割を大きく変えただけじゃろうが」
「いや、いや、いや、だけ、って事はないでしょ。大きいよ、そこん所は」
精霊や妖精の存在の在り方って所の認識が、根本からズレているような。これって、単に、俺の知識が足りないだけなのかなぁ。
「まぁ、よいじゃろ。でじゃ、その槍の使い勝手はどうじゃ?」
「コレは、投擲槍として投げても、俺の所に帰ってきたり、俺が寝てても、近づいてきた敵に打ち掛かっていくみたいだね。しかも、槍先の刃物の部分は攻撃の仕方で形を変えるし、全体の大きさや長さも、ある程度は変えられるみたい」
「その程度では、精霊王の武器とは名乗れんのぉ」
「あぁ、あと、俺の中にいる精霊の属性を乗せる事も出来るみたいだね。炎の槍とか、雷の槍とか出来そう」
「それぐらい、精霊王の武器としては最低条件じゃろう。まぁいい。使い潰すつもりで使って、使えなくなったら捨てればいいじゃろ」
「グラウ? 妖魔扱いされたのを、まだ怒ってる?」
「そっ、そんな事はないぞ?」
ボス戦の前に、使えそうな武器が手に入った。これって、なんてゲーム?
「さて、これで落ち着いて話しを聞けるね。太陽神が他の何かと共謀していた形跡はある?」
俺は、自分の持つ槍に話し掛けている。正直ちょっと痛い。でも、この一回で済みそうだ。ヴァーレたちは、自分たちの持つ太陽神に関する記憶を大方見せてくれた。
今回の騒動に関係しない記憶が抜かれているのも判ったけどね。
それによると、太陽神ミサラは元々尊大な性格で、従属神を奴隷のように扱っていた。実際、侵略戦争に負けて併合された立場であるため、歴史的に滅せられていてもおかしくない状況なので当然かもしれない。しかし、人口が増えて物流が増え、経済的に余裕が出始めると様々な欲望が蠢き始める。特に、併合された人民の抑圧は暴力的なモノとなっていき、随所で大きな諍いを起こすようになっていった。
そこで、併合された国にあった神を崇める事を許し、神殿にも神像を置く事で少しずつだが、意識を変えていこうという神殿の意向が実を結んでいった。
その裏で、併合された側の神々も、無駄な争いによっての不幸が起こらないようにと尽力していき、この土地の神としての意識と力も育っていった。
そんな経緯から、ヴァーレたちにとっては主神として太陽神がメインになるのも当たり前だけど、自分たちもこの土地の土地神だという意識が強くでるようになった。それは、神殿を運営する人間の設置により、主神の横に二回り小さいけれど同じ神殿内に並ぶ事で、土地神という立場が確立されたと思っていた。
でも、太陽神ミサラには我慢が出来なかったようだ。
同じ神殿に並ぶのは、人間の意向なので自分には何も出来ない。神託をもって命令する事も出来るけど、実際、人心の乱れは国の崩壊に繋がる事なので無理強いはできない。
そんな状況が、尊大な性格のミサラを、さらに尊大に振る舞わさせ、それで歪んでいったんだろうという結論に至った。
「今は、人間を操り、国の体裁さえもどうでも良くなっているみたいだね。本当に目の前の状況しか見えていないようだ」
「せいぜい、お主の実力を計るために雑魚モンスターを送り出すぐらいじゃな」
「まぁ、その雑魚モンスターの出所が、太陽神と接触している第三勢力だろう、って事ぐらいしかヴァーレたちには判らなかったみたいだけどね」
「なんじゃ。結局は役に立たんじゃないか」
「でも、太陽神が隠れていても、それを暴く事ぐらいはできるって言ってるよ」
「同じ土地神じゃったんじゃから、出来て当然じゃ」
「まぁまぁ。じゃ、一生懸命隠れていると思うんだけど、さっさと出てきて貰おうか」
「お主。ここの太陽神をどうするつもりじゃ?」
「あっ、考えてなかった。いつも通り、出たとこ任せじゃ駄目かな?」
「い、いつも通り、じゃと?」
「は、ははははは」
フクロウのジト目って迫力あるねぇ。
「まぁよい。ただ、言って置くが、その槍に精霊王としての魔法力を注ぎ込み、太陽神を討ったとしよう。その時、槍に込めた力と同じ分だけ太陽神の力を削る事ができる。
つまり、始めから、太陽神の全ての力と同等の力を込めて打ち込めば、その一度で太陽神を滅する事も出来るからの。
しかも、その槍なら、魔法力を込めても、敵に当たるまでは消失しない。一回流し込めば、当たるまで一回分で済むし、戻す事も出来るじゃろう」
「太陽神との戦いって、対消滅の消耗戦、ってわけかぁ」
「つい? 対消滅? ほう。なるほど、上手い事言ったのぉ。そのとおりじゃ。それと、その槍には精霊王の宝珠が使われて居るからのぉ。魔法力を注ぎ込まなくとも、ある程度は削れるじゃろう。もし、滅するつもりがないのなら、魔法力をあまり込めないようにした方が良いじゃろうな」
「うう、微妙な力加減って事かぁ。苦手だなぁ」
そして、俺は神殿の中央に立った。
周りは何も無い石畳の広い空間。主神である太陽神ミサラは、自らの石像と共に姿を隠している。
気を付けないといけないのは、夜の神ムーイーも荷担している事。鳥の頭に両腕が翼って事で、空を飛んで攻撃してくるかもね。
鳥の頭じゃなく、鳥頭なら良かったんだけどねぇ。
「さて、第二段階。全力の四分の一で、どこまで出来るかな」
「念のため、第三段階。全力の半分の力に上げておけ」
「それだと、太陽神が救えないし、場合によっては精神の精霊にも害が及びそうなんだよね」
「まだ、救うつもりか?」
「いや、決めてない。状況次第って事で」
「ならいいが、決断する事を迷うでないぞ?」
「うん。判ってる。………、つもり」
俺は両手で槍を構え、上段からの切り下ろしを意識して高く掲げた。その使い方に合わせ、槍は先端が斧になったハルバートに姿を変えた。
槍としての長さは変わらす、突き刺すという目的ではなく、切り裂く事を目的にした、柄の長い斧だ。
そして、魔法力を斧に注ぎ込む。注ぎ込む量はハルバートが教えてくれる。
ああ、いい加減、コレの名前を決めておきたいねぇ。
とりあえず、名前は戦いが終わった後にすることにして、俺はハルバートを打ち下ろした。床の石畳に思い切り食い込ませるつもりでの強いスイングで目の前の空間を切る。
実際に空間が切り裂かれる事は無かった。だけど、始めからそこに居たという感じで目の前に太陽神ミサラが居た。夜の神も居るはずだけど、目には見えない。気配は何となくあるんだけど、隠れているらしく、何処に居るのかが判らない。
こういう時は、単に勢いを付けるためにハルバートを振り回している、って振りをした方がいいよね。しかもランダムなタイミングでグルグルと。
「卑しき魔法使いよ。我が神殿を荒らすとは何事か?」
「あぁ、そういう茶番はもういいから。さっさと精神の精霊を出してくれないかな? そうしたら、滅するのは無しにしてやる」
上から目線で言い捨てる。相手は尊大な性格って事なんで、ワザと怒らせて、冷静さを奪う作戦。まぁ、いつも通りかなぁ。
すると、いきなり俺の全身を何かの力が包み込むのが判った。
「!」
何故かは判らないけど、ハルバートを縦に構え、石突きの部分で石畳を魔法力を入れて強く叩いた。
その力の勢いで、波紋のような広がり方で何かの力が飛び散る。
これが神の戦い方か。距離も、場所も関係なく、いきなり影響力が襲いかかってくる。向こうから俺に届くまでの時間で、相手の攻撃を見極める、って事が出来ない。
まぁ、軽い力なら、何もしなくても弾き返せそうだから、ある程度以上の強い力で攻撃してきている。そのため、効果が出るのにほんの少しだけ余裕がある。
石突きで叩き壊す程度の時間は。
でも、何十回も続けられたら、いつ失敗するか判らないしね。こちらからも攻撃することにする。
太陽神と俺との間は十メートル弱。持っているハルバートは二メートル半ぐらい。
そこで、俺は足を踏ん張り、ハルバートを横薙ぎに振るった。
一瞬だけ怪訝そうな表情を浮かべたけど、直ぐ後に慌てた様子で左に十五メートルほど避ける。早い! 俊足ってレベルじゃない。一瞬、転移かと思ったぐらいだ。
俺の放った横薙ぎの一撃は、太陽神と同じように距離を無視して、太陽神の居た場所を切り裂いた。まぁ、避けられたんだけど、太陽神の焦った顔を見られたから得した気分だ。
とにかく、お互いの攻撃は距離が関係ない。こういう時は、たたみ掛けないとマズイよね。
まず、ダッシュし、太陽神の右斜め前を目指して走りながら、ハルバートを振る。この位置からなら、壁が邪魔で一瞬で移動というのも難しいだろう。
そういうポイントを探しながら移動し、息をつく暇も与えずに何度もハルバートを振った。
偶に太陽神の攻撃が俺を包むので、石突きで床を叩いて霧散させる事も繰り返した。
まるで将棋だ。いや、ダンスに近いかも知れない。
始めの数回で、お互いの攻撃タイミングが何となく判るようになった。当然、フェイントや溜めを作ってリズムを壊そうとしてくるんだけど、それすらも、予定通りという感じを受ける。
これは、俺が戦闘民族として覚醒したってわけでも無く、俺の中に居る精霊や、ヴァーレたちのハルバートが動き方を教えてくれるからに他ならない。
もし、ヴァーレたちが俺の武器になってくれなかったら、かなりやばかったかも知れない。いや、俺の命とかじゃなく、第三段階の力でのごり押ししか対抗手段が無かったかも、って事で。
こんな戦いじゃ、超振動ブレードもスタンガンも当たらないだろうし、第二段階の魔法だけじゃ、こっちが手詰まりになってただろうね。
そうなってたら、手加減や様子見が出来なくて、精神の精霊の事を調べる事も出来なかっただろう。第三勢力の事もね。
偶に、ハルバートとして振り回すんじゃなく、槍として突く攻撃も入れている。
横薙ぎの一閃で、魔法力で出来た三日月を飛ばすのは、ちょっとだけ溜が必要になる。槍の突きだと、一点集中だけど短い間隔で撃つ事が出来る。それらを組み合わせて、狙い所も上下左右に振り分けて突いたり、薙いだりしている。
太陽神の方も、いきなり俺の全身を覆うほどの力を使わず、目の前で破裂させる小さな目くらましの攻撃や、俺と同じような刃を飛ばす攻撃をしたりと、気の抜けない攻撃を繰り返している。
通常の戦いなら、一旦離れて息を整えたりも出来るだろうけど、今は距離が関係ない戦い方をしている。すると、俺の方がどんどん不利になっていく。
体重を軽くして貰っているとは言え、緊張による疲労や息も切れてくるからね。
太陽神は、どうせ呼吸なんて必要ないんだろうしねぇ。
なんか、ちょっとだけムカついたんで、ハルバートへの魔法力を押さえて、かすり傷レベルの攻撃をたたみ掛けた。今までは剣で切られたり、銃で撃たれるぐらいの強さだったんで、その攻撃力の落差に面食らっているようだ。
あ、なんか、ニヤリと笑ったよ?
もしかして、俺のスタミナ切れを確信したのかな?
俺としては、油断して、この程度の傷など物の数ではないわ、とか言ってもらう事を期待したんだけどねぇ。
均衡状態で、小さな傷の積み重ねは、きっと大きな負担になるはず。って思ったんだよ。
でもなんか、怒濤の勢いで攻めて来たよ。
ここが勝負どころ、って思ったんだろうね。こういう時はどうする?
俺は、こちらからの攻めを一時中止し、向こうの攻めを最小の力で捌くだけに集中する事にした。
まず耐える。そして同時に呼吸を整える事を優先させた。
しばらく後、太陽神が攻撃の手を弛めた。
ここが攻め時。かなり単純な手だったけど、俺がただの人間であると油断したようだ。
俺は(自称)冒険者だ。戦いの最中に回復させる事ぐらいできるさ。
………、なんてね。
今度は俺のターン。太陽神が怯んだ隙につけ込み、次々に攻め込んでいく。俺のターンはしばらく続くよ。
更に俺のターン。突きを入れた俺の攻撃が当たり、太陽神の腕を弾き飛ばした。
更に俺のターン。石突きで太陽神の腹に一撃入れ、体をひねって後ろ回し蹴りを顔に入れてやった。
更に俺のターン。石畳に倒れかかった太陽神に腹に、踏み潰すようにブーツのかかとを叩き込んだ。
精霊王の武器での攻撃じゃないんで、たぶん、ダメージはそれほどでもないはず。でも、文字通り足蹴にされて、太陽神のプライドはズタズタになったはず。
これからは、ハルバートの石突き部分で殴っていく。人間のように脳みそがあるか疑わしいけど、頭を中心に攻撃を入れていく。余裕を与えると反撃をくらうからねぇ。
そして、その目に攻撃の意志が消えた事を確認して、ハルバートの刃を太陽神の首に押し当てた。
「まだやるかい?」
悪役のセリフだけど、相手の心を折らないとならないから、仕方ないよね。
俺も純粋に美しいと思った太陽神の姿がボロボロだ。誰がこんな酷い事をしたんだろうねぇ。
人間のように打たれた所が腫れると言う事は無かったけど、その目に反撃の意志は無かったように見えた。
そこで、ハルバートを引き、刃を遠ざけたとたんに、太陽神は俺に反撃の一撃を撃ってきた。
一瞬早く、ハルバートの石突きで迎撃成功。
「なんだ。まだ、遊び足りないのかぁ」
そう言ってニヤリと笑い、俺はハルバートを振りかぶった。
そして、しばらくは遊びの時間が続き、俺がへとへとになる頃にようやく満足したようだ。
太陽神は、子供のように体を丸くして声も無く泣いている。うん、きっと、感激してくれたんだね。
俺がハルバートを掲げて近づいただけで、「ヒィィ」と言って、動かない手足を必死にビクつかせながら後ずさるくらい、喜んでくれたようだ。
「これで、ちゃんとした話しができるねぇ」
「お主……」
「何?」
「いや、なんでもない……」
「さて、パラヴェルトの太陽神。まずは、精神の精霊を返してもらおうか?」
そう言って、ハルバートの刃を太陽神の頬にピタピタと当てる。
「あ、あやつ、あやつに、言って、ヒィィ」
なんか、要領を得ないな。あっ、夜の神を忘れてた。なんで、出てこなかったんだ?
「夜の神はどこだ?」
「ヒィィヒィヒィ~!」
ちょっと怒鳴り気味に言ったら、萎縮しちゃって話しにならなくなってしまった。
諦めて周りを見回す。居るのか? 居ないのか? 攻撃して来るのか? 来ないのか?
「グラウ! 夜の神の気配は?」
「ううむ。変わりが無いように感じるのぉ」
「始めから居なかった? 今もいるけど隠れてる? 太陽神を見て逃げたって事は?」
「困ったモンじゃ。それさえ判らんとは」
「あぶり出す、って事も出来ないし、無理矢理引きずり出すしかないか?」
「どうするんじゃ?」
「この槍で、俺の魔法力を込めて神殿をぶち壊していく」
「ヒィィィ」
震えていた太陽神が反応しちゃった。
「特権階級も居らんし、今、太陽神と夜の神を支えているのは、この神殿だけというわけじゃな。なかなかえぐい事を考える」
「精神の精霊の事を考えると、形振り構ってられない、ってのもあるしね」
もちろん、夜の神を誘い出すためのセリフ。実際、俺自身が寄り道しまくっている自覚はあるよ。
もう少し夜の神を煽る事になるかと思ったけど、さすがに神殿を破壊されるのはマズイと思ったんだろう、夜の神からの攻撃が来た。
それは、突然周囲が真っ暗になるというモノだった。まず、自分のフィールドにしてから攻撃してくるつもりかな。
「お主。見えておるか?」
「うん、バッチシ。でも、見えない振りしておくつもり。まぁ、第一手までは」
俺の中に居る闇の精霊のおかげで、完全な暗闇でもはっきりと見通せる。そこへ、石畳を蹴って走り迫ってくる夜の神が居た。
向こうが武器代わりの翼を広げたと同時に、俺は光魔法の灯りを明るさ全開で起動した。
「グッ!」
目がぁ~、目が~、って言いながら狼狽えてくれると思ったんだけど、イマイチサービス精神は無いようだ。
まぁ、人間じゃないので、目が眩むって事も無いようだ。一時的には見えにくくなるだろうけど、一瞬の時間稼ぎでしかなかった。
でも、隙としては充分。俺はハルバートを振りながら前進して、その刃を夜の神に食い込ませた。俺の魔法力は乗せていない。そのため、致命傷にもなっていないはず。
ハルバートに弾かれて、夜の神が飛んでいく。たぶん、一時後退ってのも合わせて考えているんだろうけど、その暇は与えられない。隠れ乗るの得意みたいだし、変な時間稼ぎをされても困る。
俺はハルバートを横薙ぎに振って、飛ぶ斬撃風の魔法力の刃を撃ち出した。
俺の攻撃に気付いた夜の神が一瞬で垂直上昇する。
ここに来て、空中を攻撃方法に入れた三次元戦法に切り替えるのか。
俺はマジックハンドを起動。ギリギリで呪文詠唱が間に合い、夜の神を握って。石畳の地面に叩き付けた。
ついでに、マジックハンドで、握ったままにして攻撃しようとしたけど、マジックハンドの魔法はかき消されてしまった。
自由になった夜の神に、攻撃のために突進している俺が迫る。
突進のままハルバートを突き出す。これは避けられた。そこで、足を踏ん張り、その場に止まりながら、ハルバートを横薙ぎにする。
ハルバートは夜の神の翼にぶち当たったけど、傷になる前に弾かれた。
あの翼は、見た目よりも固そうだ。
ハルバートが弾き飛ばされて、あさっての方向に向いているので、回し蹴りを入れて油断を誘ってみる。でも、これも翼に阻まれる。ハルバートの石突き部分が一番近い状態になったので、石突きをそのまま突き入れた。
これは翼に阻まれても有効打になったようだ。
怯んだ隙にハルバートの斧の刃を翼に叩き付けた。
同時に夜の神の右腕が半分ほどはじき飛んだ。鳥の頭がよく見えるようになった。
今度は俺の方が後方に飛び退き、ハルバートの先端を夜の神に向け、細かい突きを何発の入れていった。
始めは突きに俺の魔法力は込めていなかったけど、徐々に魔法力を注ぎ込み、滅する事は無さそうだけど、重症になりそうなぐらいの力で夜の神の残りの翼を吹き飛ばした。
最後に、夜の神の膝にハルバートの斧の部分を軽く叩き込み、膝の皿を砕いておいた。
たぶん、構造的には一時的に人の体になっていると思う。だから、今、一瞬だけは、歩けないという効果を発揮するはず。治そうとすれば、一瞬で治るとは思う。他の動物に変身したりする能力も持っているはずだしね。
まぁ、変身の一瞬の隙を突いて攻撃する、っていう意思表示みたいな感じかな。
「さて、夜の神。精神の精霊が何処居るか教えて貰おう」
太陽神の方はやり過ぎちゃったからねぇ。聞けるのはこの夜の神だけ。
鳥の頭なんでイマイチよく判らないんだけど、どうやら俺を睨んでいるようだ。グラウはフクロウだから目玉は動かないんだけど、夜の神よりはたっぷりと愛嬌がある。この差はなんだろうね。
「精神の精霊を出せ!」
そうきつく言ってから、ハルバートにちょっと多めの力を込めて夜の神の片足を砕く。
悲鳴らしき声を上げてのたうち回っているのを、太陽神が震えて泣きながら見ていたよ。
「太陽神!」
「ウッヒィィ」
泣きながらだから、嗚咽も混じっている。でも、そんなので容赦しないよ。っという顔で判ってるよな? って態度で問いかける。
「せっ、せい、精神の、せい、精霊は……」
太陽神が吐いてくれると思われた所に、とんでも無い殺気が生まれた!
「グラウ! 防御結界! 全力で!」
殺気は何処から来るのかが判らない。俺はどこぞの剣豪でもないけど、俺を殺す事に躊躇しないその迫力だけは感じた。
そして、結界が間に合ったっと思った瞬間。俺の周りが光の噴射に包まれた。
殺意ある光。そんなモノが有ったのかと感嘆するぐらいの光だった。そして、防御結界の周りが光の粒子で包まれ、防御結界をたたき割ろうというという強い、乱暴な意志が過ぎ去った。
灼熱の地獄のような世界に周りが変えられている。
それを成したはずの存在を探すが、直ぐには見つからなかった。それは、神殿の屋根の部分がほとんど吹き飛び、石畳が蒸発する白煙で視界が安定しないせいだった。
近場を見てみると、太陽神も夜の神も消えている。いや、消滅したんだ。
なにか、やるせない思いを強引に押さえ込み、コレをした犯人を捜す。神殿の屋根がほぼ消えている事から、犯人は屋根の上の位置だろう。
未だに沸騰している石畳から熱を奪い取り、平均的な気温と同じ程度にしてから風で湯気を吹き飛ばして視界を確保した。
そして、夕方近くの、濃い色が混じり始めた空に、輪郭のはっきりしない黒い雲のようなモノを見つけた。
まるで、黒い雲で出来たように見える、巨大なドラゴン。
翼をはためかせる事無く空中から俺を見つめている。
「グラウ。あれって、なんだと思う?」
「………」
返事がないのでグラウを見てみると、空中の黒雲ドラゴンを見つめて震えていた。
それほどの相手、ってことかぁ。
「エイプリル? 見えてる?」
『ファイターよりの観測、並びに艦長の装備品からの映像も届いています。
視覚情報からは、偶然、雲がドラゴンの姿をとったように見えますが、その形態維持にも強い魔法力が影響していると推測されます』
「今の攻撃は、あれからのドラゴンブレスって事でいいのかな?」
『ドラゴンブレスと思われる攻撃は、確かに黒雲より発せられました。この黒雲は、ブレス発生の一コンマ六秒前に、突然現れました』
「? 何を言っておる? いちこんま、とはなんじゃ?」
「あ~、要するに、突然黒雲のドラゴンが現れて、グラウがゆっくり上昇する時の翼の羽ばたき、約二回分ぐらいの短い時間でドラゴンブレスらしき攻撃を行った、って事らしい」
「ドラゴン、なんじゃろうか? じゃが、力量がまったく読めん」
「俺も、あの場に、本当に存在するのかどうかも判らないや」
「ふむ。もしや、エルダードラゴンの長老が言っておった、騒動を巻き起こす方のドラゴンじゃろうか?」
「あぁ、その可能性は高そうだね」
その俺たちの言葉が聞こえたのかどうか、黒雲ドラゴンが再びブレスを放とうとしてきた。
「グラウ。防御結界踏ん張って!」
それだけ言うのが限界、ほとんど溜もなくブレスの光が俺たちを包み込んだ。
「ぐぅ。今度は、かなり本気のようじゃ」
「ぐらう。もう少し頑張っておいて。俺も光魔法で迎撃してみる。エイプリル。黒雲ドラゴンの位置は変わらない?」
『変化ありません。ヘッドギアにターゲットポジションを表示します』
俺はグラウの防御結界の直ぐ外を発生源にするレーザー魔法を唱えた。そして、ヘッドギアに表示された標的マークと俺のレーザー魔法の標準を合わせる。そして、第二段階ではかなり力を上げた魔法力を注ぎ込み、ブレスの中からレーザーを撃ち出した。
一瞬の後、ドラゴンブレスが止まる。
空かさずに周囲の熱を取り去り、煙を吹き飛ばす。そして、空を見上げた。
そこには、何事も無かったかのような黒雲ドラゴンが、前と同じように見下ろしていた。
「エイプリル。俺の攻撃って外れた?」
『艦長の攻撃は黒雲ドラゴンの頭部に命中しました。頭部が消滅したためにドラゴンブレスは停止されたのを確認しています。しかし、約三秒弱と言う短時間で頭部が形成され治しました』
「えっとぉ、雲だから、………かな?」
『同じ推測に至っています』
「光魔法は有効そうだから、それで、あの黒雲を頭から尻尾まで吹き飛ばせばいい、とは思うんだけど、それだけじゃ、本当の意味で倒した事にはならない感じがするんだけど?」
「ふむ。ワシもそう思うな」
「要は、あの黒雲は影ってことだよね。本体が別次元に居るとして、どうやって攻撃すればいいか。きっと、向こうは、攻撃の力だけをこちら側に送り込んで居るんだろうしねぇ」
「む? べつじげん、とはなんだ?」
「あ、あぁ。言い方がおかしかったね。ちゃんと言えば、別の世界、って事だと思う。魔法の無かった人だけの世界、物が無い精霊の世界、二つを内包しているドラゴンの世界、そんな感じで、一緒には在るんだけど、交わらない別の世界ってヤツだと思う。
俺の中に居る精霊たちも、俺にとっては別世界に居るようなモンなんだよねぇ。そっちの方が近いかな」
「なるほど。重なってはいるが、交わらない世界か。確かに、あの黒雲の存在は、向こうのようじゃの。じゃが、どうやってこちらに引きずり出す?」
「この精霊王の武器って、太陽神を隠れていた所から引きずり出したよねぇ。それって、あの黒雲ドラゴンにも有効なのかな?」
すると、ヴァーレたちからの返答が頭の中に流れ込んできた。
「あぁ。太陽神は身内だったから、潜んでいる場所に心当たりが有ったんだね。
どうだろう? 精霊王の力をめい一杯上乗せして、同じような事すれば、なにか反応するかな?」
ヴァーレたちからの反応は不明と言う事だった。何しろ、こんな状況は初めてな事だし、なにしろ、精霊王の武器になる事自体が初めてだろうしねぇ。自分自身の事なら感覚的に判るらしいけどね。
「なら、一度試してみる?」
方策が見つからなければ、トライ アンド エラーだよね。
その時、再び黒雲ドラゴンがブレスを放ってきた。それをグラウが防御結界で受ける。
「ぐぅ! ち、力を上げてきておるぞ。これ以上なら保たんかも知れん」
「判った。次は転移で思いっきり逃げよう。じゃあ、またレーザー魔法で隙を作って、精霊王の武器ってのの性能を見る事にしよう」
あ、ちょっと、プレッシャーかけちゃったかな。ヴァーレたちがマジで焦っているのを感じる。まぁ、やって貰わないとねぇ。
そして、エイプリルに照準を出して貰い、ドラゴンブレスの中で、防御結界で耐えている状況から、光魔法のレーザーを撃ち出し、黒雲部分を吹き飛ばす。
黒雲ドラゴンの頭が吹き飛んだため、ドラゴンブレスが途絶えた瞬間を狙い、たっぷりと魔法力を注ぎ込んだ精霊王の武器、今は投擲用の槍になっているそれを、力任せに投げつけた。
俺が投げた速度よりも加速して飛んでいった槍は、黒雲ドラゴンの腹側、おそらく心臓に近い位置に突き刺さった。
まぁ、大きさ的に言えば、象の胸に楊枝が刺さった、って程度にしか見えなかったけど。
しかし、その槍が金色に輝くと、そこから世界が変わっていった。
まるで雲が物質化するように、ジワジワと黒い肌のドラゴンの肉体が現れていく。
あぁ、ドラゴンって、自分の胸を手や足で触る事が出来ない身体構造なんだねぇ。地上にいれば、地面にこすりつけるとか出来るけど、今は空中に浮かんでいるからねぇ。
ふと、四つ足の生き物たちは、自分の脇の下を触れない事に気が付いた。一応、命がけの戦いの真っ最中なんだけどね。
とりあえず、槍の周囲五メートル四方ぐらいは完全に実体化したようだ。まぁ、あれが、実体化なのか、次元の隙間から吸い出しているのかは判らないけど、俺たち側に来た事は間違いない。
これで攻撃出来るようになった。もっとも、まだ、九割は黒雲状態。ここで攻撃して、逃げられたら意味無いよねぇ。
そんな事を考えていると、金色に輝いていた槍の光が弱くなって来た。
「あれ? ヴァーレたちは、どうかしちゃった?」
「ほっほう。お主が込めた力が切れかかって居るんじゃろう」
「なんとか、俺の力を渡す事は出来ないかな?」
「本来なら、手から離れようが、目に見えぬほどの遠くであろうと、繋がっているモンじゃがなぁ」
「なんか、不具合とかあった?」
「ふむ…………。ほっ、そうじゃった。お主、あれに名を与えておらんかったな?」
「名前?」
「そうじゃ。あれは新しき器じゃ。じゃから、新しき名も必要なんじゃ」
確かに、ヴァーレやカーシャたち、とか、パラヴェルトの土地神たち、とか、呼べば呼べそうだけど、精霊王の武器の名前じゃ無いよねぇ。
「えっと、どんな名前がいいんだろう?」
「お主の好きにせい。どんな惨めな名前でも、それがアレの名になるんじゃ」
「グラウ? 楽しんでる?」
「ほっほっほう。なんの事じゃ?」
さて、色んな形になるみたいだけど、基本は槍なんだよねぇ。でも、槍の名前を付けると、槍じゃない時に違和感がありそうだし。適当に、響きがいいだけの音の羅列でもいいんだけど……。
「うん。なら、ガンナー、って事にしよう」
「ほ? どんな意味じゃ? お主の事だから、何かしらの意味があるんじゃろう?」
「俺の時代の神話に、神の持つ槍ってのがあって、確か、狙いを外さず、投げても戻ってくる、って記述を見た事があるんだよね。その槍の名前を正確に発音すると違う言葉の響きになるけど、俺は強引にガンナーと読んだ事があるんだ」
まぁ、無理をすれば、ガンナーとも、読めるはず。…………、かも。
「その神話の槍の名、そのままじゃマズイのか?」
「あ~、一つはその名前が呼びにくい、ってのと、その槍を持っている神が、あまりいい感じじゃ無いんだよねぇ。あっちこっちに子供作って、その子供が色んな騒動起こしてたり、戦争と、知識と、魔術と、狂乱の神とか言う話しもあったしねぇ」
「ふむ。なるほど、後は、あちこちに子供を作るだけじゃな」
「え? なんか言った?」
「なんも言っておらんよ。さて、槍の名前が決まったのなら、正式に命名するがよい」
「命名? どうやるの?」
「特に決まっておらんよ。ただ、お主の声を聞いている精霊たち全てに、槍の所有者と槍の名前を言って聞かせればよいだけじゃ」
「命名って、本人に言うって感じじゃなく、精霊、要は世界に認知してもらう、って事なんだ?」
「何を言っておる、当然じゃろう。………、ほっ、そうじゃったな、人はその場その場で名を騙る事も多かったのぉ」
「そうだねぇ。普通は一つの街の中や国の中でしか通じない呼称で呼び合ってるんだよね。世界規模だと、そう言うわけにも行かないって事なんだねぇ」
「そうじゃ。精霊は世界全てで共通じゃ。というか、一つじゃからな。どんな場所でも風は風じゃ」
「あ、グラウの知識で、ガンナーって言葉に、何処かの言葉がかぶらない? 同じ音で、別の意味を持つっていう地方とかあるかな?」
「ふむ。がんなぁ、というモノじゃ無いな。近い物は有る事はあるが、間違えるレベルではないな」
「良かった。じゃ、ガンナーって名前は使えるね」
「ふむ。さっさと宣言してしまえ。せっかく引きずり出した部分が黒雲に戻りつつあるぞ」
ヤバイ、早くしないとならないね。
俺は精神を集中して、世界に自分を一体化させるように意識を広げていく。今は第二段階だから、これは無理をしないと、なかなか出来ない。でも、それだから助かっている。この意識を広げるのは気持ちいいんだ。快楽とは違うけど、心が楽になる、とか、解放される感じで気持ちいい。だけど、そのまま解放していくと、ホントに自分の心を失っちゃうと言う危険がある。
心が解放されたら、本当の精霊王になっちゃうだろう。たぶん、そのまま戻れなくなりそうなんだ。
だから、第二段階で、世界との一体化がちょっと無理しているし、気を抜けば現実に引き戻される、という今の状態じゃないと、この一体感を感じるような状況は怖い事になるのでできない、というか、やりたくない。
今は安心してできるけど、気を抜けば出来なくなるので集中力は必要なんだけどね。
「精霊王である晃が告する。我が精霊王の武器をガンナーと命名する。ガンナーよ、我が力を使い、我が武なれ」
なんだろ。なんか自然に言葉が出たよ。これはちょっと気持ち悪い。けど、言いたい事は言えてる。便利だけど気持ち悪いなぁ。
俺が俺の不気味さに凹んでいても、この命名は成功したようだ。再び槍が金色に輝きだし、黒雲ドラゴンを引きずり出そうとしている。
すると、胸から広がった実体化が腕まで伸び、その手が見えてきた。
そこに、何かを握ってる。
「グラウ! あれ!」
「ふぬ! まさか、精神の精霊か?」
黒雲ドラゴンの指一本に握り込まれている少女の姿があった。しかも、黒いモヤに半分以上包まれているようだ。
「ガンナー! 精神の精霊の救出を優先!」
俺の声を受けて、投擲槍の形状だったガンナーがドラゴンの胸から抜け落ち、空中でその姿を変えた。
基本は馬上槍。円錐を長く引っ張ったような形状になる。でも、今回はそこに螺旋状の刃が突き出ていた。
「おお! ドリル!」
男の魂がここに顕現!
どうやら、ガンナーは俺の記憶を参照しているようだ。それはそれで問題ありそうだが、ドリルを作り出すんなら、充分許容範囲だね。
ドリル馬上槍のガンナーは、空中で姿勢を変えると、そのまま精神の精霊が掴まっている指目掛けて、回転しながら突っ込んだ。
さすがに、精霊王の力で回転するドリル馬上槍に、指一本じゃ敵わなかったようだ。
指が緩んだ隙に、ガンナーは精神の精霊を救い出す事に成功した。
ガンナーは金属の翼に変形し、精神の精霊の背中にくっついてゆっくり下りてきた。
黒雲ドラゴンの方は、精神の精霊を逃がした段階で諦めたのか、そのまま雲に戻り、そして消えていった。
「ドラゴンの方は逃がしちゃったようだね」
「成果としては充分じゃろう」
周りを見回すと、神殿は無くなり、俺の周り以外の石畳も無くなっていた。溶けたと言うよりも吹き飛ばされたと表現する方がもっとも近いだろうけど、地面がガラス状になっている場所も所々にあった。
まるで核爆発みたいだ。範囲五十メートル四方限定、ってのは無いだろうけどね。
「エイプリル。周辺の放射能をチェックして」
『溶岩由来の放射線を感知しましたが、規定以下の量と観測されました。溶岩温度の降下と共に減少中。その他、人体に影響する放射線で、最小規定を上回るものは観測されていません』
「ありがと。引き続き周辺の警戒をよろしく」
『了解しました』
「グラウ? 太陽神と夜の神はどうなったかな?」
「おそらく……」
「そっか、そりゃ、そうだよねぇ」
ギリギリまで弱った所まで俺が追いつめ、そこにドラゴンブレスだもんねぇ。コレについては後で考える事にしよう。
俺は降りてきたガンナーから精神の精霊を受け取り、両腕で抱えて様子を見た。精神の精霊は十才程度の少女という見た目で、真っ黒な貫頭衣を身に着けている。ゴスロリとか着たら似合いそうだ。
肉眼的にはそう言った少女なんだけど、精霊視で見ると黒いモヤに包まれて、姿が見えなくなるほどだ。
「何処でやっても同じだから、ここで始める事にするよ。下手に移動させるのもマズイからね」
「ふむ。転移の術で空の精霊が影響を受けるのもマズイしのぉ」
「転移の魔法って、空の精霊っていうのがやってるんだ?」
「今更何を言っているんじゃ。お主は始めから空間魔法と言っておったじゃろうが」
「あ、うん、そうだねぇ。っていうか、まんまだなぁ、って思った」
兎にも角にも、まずは周囲でくすぶっている熱を火魔法で取り去り、土魔法で何本かの柱を作った。これは、壁にすると行動が阻害されるけど、隠れる事が出来る物は欲しいという感じで。天井は無し。いつ、黒雲ドラゴンが来るか判らないんで警戒用に開けておく。
そして、中央の位置にダブルベッドサイズの台を作り、その中央に座った。
これで準備完了。
俺は右手に命のシンボルを握り、抱えている精神の精霊を見た。全く動いていないんだけど、かなり苦しがっているのは判る。この実体化しているのも、実は精神の精霊自身の意志だというのも判った。
早く解放してあげないとね。
「闇の精霊、頼むよ。行くよ。『メルト イン ダークネス』」
俺の腕の中から、精神の精霊が消えた。そして、精神の精霊がどれだけの苦しみを感じてきたのかを、その心でもって感じる事に。
ならなかった。
「あれ?」
消えたはずの精神の精霊が目の前に座っている。すっかり元気そうで、正座して俺にお辞儀をしてきた。
「えっと? あれ? どうなった?」
俺は混乱している。
俺は俺の頬に軽くビンタを入れた。
十のダメージ。俺は正気に戻らなかった。それとも戻った?
「えっと、記憶が飛んでるんだけど、取り込んだ後、どうなった?」
「何を言っておるんじゃ。お主の言い方じゃが、ワシが羽ばたきを一回するぐらいの間しかなかったわい」
「あれ? どういう事?」
「ふむ? ふむ。闇の精霊の言う事には、お主が精霊王になったせいで、浄化の力が強く、正確になったそうじゃ。じゃから、精神の精霊を侵しておった邪気を余裕で浄化出来たそうじゃ」
「あ、なるほど。でも、第二段階でもそこまで出来ちゃうんだ?」
「いや、お主の中でなら、全力と同じじゃよ。あくまで、お主の心の負担と、外への影響力を絞っているようじゃでな」
「なるほど、なるほど。自分の事なのに、良くわかってないモンだねぇ」
そして、俺の前で正座している精神の精霊をまじまじと見てみた。
姿形はさっきと変わらない。顔も生気が戻って、よく見ると美少女だ。普通だったら十年後が楽しみだ、って感じなんだけど、精霊だから十年後も変わらないんだろうな。
「えっと、精神の精霊? はじめまして、俺はアキラ。よろしくね」
見た目と実際の年齢は違う、ってのは判っているのに、どうしても少女を相手にしている感じになる。おまわりさん、こっちです。って、誰かが叫ぶんじゃないかとビクビクしちゃうよ。
で、精神の精霊の返事は、またしても、深々としたお辞儀だけだった。
「えっと、喋れない? それとも、口聞きたくない?」
「ああ、お主は知らなかったな。精神の精霊は、自ら喋る事を禁じておる。なにしろ、その声を聞いたモノの心を支配してしまうからの。
それに、笑う事も、泣く事も、怒る事なども、表情として出す事を禁じておるんじゃ」
そういえば、生気は戻ったけど、人形のように無表情だった。けっこう整った美少女顔なんで、気付かなかったよ。
落ち着いて、長く見ていくと、少しずつ不気味に見えてくる。あ、失礼だよね。反省。
「は~、なかなか大変だね~。辛くない?」
俺の問いかけに、精神の精霊は一瞬驚いたような、微妙な反応を見せたが、直ぐに無表情に戻ってから首を左右に振った。
「もしも泣きたくなったら、協力するから、遠くの星の世界にでも行って、一緒に泣こう」
月軌道よりも離れた所でなら、影響も少ないんじゃないかな? ただそれだけの思いつきだったけど、精神の精霊には衝撃的な話しだったのかな。
なんか、プルプル震えてる。
「あ~、そ、それで、精神の精霊は、しっかり元気を取り戻しているのかな? 力は戻ってる? もし大丈夫なら、ここの奴隷たちを解放するのに、手を貸して欲しいんだけど?」
何故か、下向きで目を合わせてくれないまま、こくりと首を縦に振った。
なんだろ? 嫌われた? けど、人助けには仕方なく協力する、って感じ?
まぁ、奴隷解放に協力してくれるならかまわないけどね。
そして、飢餓寸前の奴隷は催眠にかけたまま食事をとらせ、催眠状態のまま体調を取り戻させる事を優先させた。
他の奴隷も、完全には解かないで、他の奴隷の生活を支援させつつ、徐々に解放していく事にした。
あとは、代表者選びをさせて、このままこの国の住民にしてしまおう、って思ってる。
ああ、始めに催眠を解いたセリトにも手伝って貰おう。上手く家族を見つけられたかな?
これから、奴隷をある程度集めて、催眠状態で自己申告して貰いながら、解放へと向けた状態を作っていく。
今日はもう、日が暮れそうだけど、特権階級の所や闘技場あたりで、仕事が無くなった奴隷も居るから、明日にしようと言うわけにもいかない。
かなり疲れてきたんだけど、まだまだ休めそうもない。




