第八十四章 晃と闘技場 土地神の罠
俺の前に立ち、攻撃を仕掛けてきたアインが、浄化の光だけで消えていった。
大蜘蛛と合成改造されて、アルケニーのような姿にされていたのに、消えたのはアインの部分だけ。
「グラウ。アインはどうなったと思う?」
「ふむ。正確な事は判らんが、はっきりと滅びたとは言えんような感じじゃな。実際、滅びとるかも知れんが、そうでもない可能性もありそうじゃ」
「つまり、全く判らない、っと」
「嘆かわしい事じゃがな」
「まぁ、それは、後で考えよう」
細かいことは後回し。何しろ、周囲の壁や石畳から、黒っぽい粘液状のモノがにじみ出してきた。おそらく、俺に襲いかかってくるつもりだろう。
そこで、もう一度命のシンボルを掲げ、浄化の光を放つ。
でも、黒い粘液は一瞬引いただけで、特にダメージを受けたようには見えなかった。
「フォトン!」
光魔法のレーザー魔法を打ち込むと、その部分は焼かれて落ちた。でも、直ぐに湧き出てくる粘液で補われていく。
次に試したのは、粘り着く炎の呪文。対象を焼き尽くすまで燃え続けろ、という命令を組み込んだ火の魔法。
しかし、炎は粘液の表面を焦がすだけで消えていった。おそらく、燃やす対象が表面だけで、次々に湧いてくる粘液は対象外になっているんだろう。
今度は風魔法で真空の刃をぶつける。
コレも、当たった所は弾け飛んだけど、粘液は相変わらず湧き出てくる。
水魔法で凍らせてみたけど、後から湧き出てくる粘液が氷を乗り越えてきた。
気がつくと、周囲は黒い粘液で覆われている。
広い神殿内部の、俺の周辺以外が蠢くコールタールで埋め尽くされていた。
まぁ、まだ、余裕はあるけどね。
「念のため、第三段階に上げておいた方がよかろう?」
「これぐらいなら、第二段階で充分だと思うよ」
今度は本気で魔法力を注ぎ込み、俺の周囲を取り囲むように炎の円を作り出した。炎は溶鉱炉並みの黄白色の輝きを発している。
当然、粘液は炎に触れて次々に蒸発していく。発生したガスも不気味なんで、風魔法も併用して強い上昇気流を起こして外に出していく。
さらに、粘液が発生している場所にあたりを付けて、同じ炎を数カ所に発生させた。
すると、今度は粘液が上下に激しく蠢き、次にはその形を変えてきた。
「た、タコ?」
黒い粘液が、赤黒いタコの足に形質を変えて、それをムチのようにしならせて俺を叩き潰そうとしてきた。それも、何本も。
パッと見、二十本以上。タコでもイカでも無い!
「シャドウ バインド!」
闇魔法の、影で相手を拘束する魔法を唱えると、タコの足自身の影が、タコ足にからみついて動きを止めさせた。
同時に、炎をタコ足に集中させる。
今度は、ちょっといい匂いがした、ってのは内緒だ。
干涸らびるようにジリジリと焼く、ってのが理想だけど、そんなことも言ってられないので、一気に消し炭にするつもりで焼いていく。
せめて、醤油があればねぇ。
誘惑を断ち切るために、風の上昇気流を強くして、匂いも届かないようにする。
しばらくは様子を見ていたけど、炎の調子がいいので、神殿の中を溶鉱炉並みの温度を持つ炎でいっぱいにしてみた。
当然だけど、俺の周りは快適空間。炎の光での輻射熱さえも届かない。
俺自身にはまだまだ余裕があるので、周囲を燃やし続けながら、精霊視で粘液がさらに発生していないか確認してみると、実はまだ湧き出ているのが見えた。
懲りないねぇ。
俺としては持久戦になってもなにも問題無かったので、そのまま炎の中で佇んでいた。
「さて、次はどう出てくるかな?」
「あのネバネバの発生源はわからんのか?」
「土魔法で地面の下を探ってみたんだけど、あの粘液は石畳や壁の表面から発生しているみたいなんだよねぇ」
「なんと。なら、転移してきているようなモンなのか?」
「表現としてはそれが一番近いかな? 分裂して増えている訳でも無さそうだしね」
そこで、炎の様子が変わった感じがした。
精霊視で変化を感じた所を見ると、そこには溶岩で出来たゴーレムのような巨人が数体、俺に向かって歩いて来ている。
俺は一気に炎を消し去り、直にその溶岩巨人を見た。
「炎に対抗して、炎の巨人で来たかぁ」
「どうする? 今度は水魔法か?」
「いや。今度も火の魔法で行こう。いや、火と言うより熱魔法だけどね」
火の魔法は炎が主体になるけど、実際は熱を発生させる魔法だ。そして、「停止」という命令を組み込むと、今度は熱を奪うことも出来る。
溶岩の熱を内包した岩巨人に向けて、炎の熱を停止させる命令を打ち込む。
この場合、溶岩巨人自身の熱を維持する魔法力と、俺の熱を奪う魔法力の力比べてと言うことになる。
つまり、魔法力の支配が強い方が勝つ。
そして、俺に迫りつつあった溶岩巨人の七体は、白い霧に包まれたように見えた瞬間、ボロボロになって崩れ落ちた。
「いろいろやってくるけど、力自体は弱いみたいだねぇ」
「お主。第二段階だという事を忘れてはおらんか?」
「あぁ、確かに、元々の俺だったら、始めのネバネバの所でさっさと逃げるしかなかっただろうね」
「そうじゃな。じゃが、それで、相手の力量は計れそうじゃな」
「うん。たぶん、土地神よりは上。精霊よりは下。邪霊よりも若干下。俺たちが戦った邪なる闇よりは上、って感じ」
「普通の人間には荷が重すぎるようじゃな」
「土地神にとっても対抗出来るか怪しいね。状況によっては、複数で相手すればどうにかなるかな」
「それで、力の発生源は見つけたかの?」
「それが、この神殿内だとは思うんだけど、ぼやけててはっきりしないんだよねぇ」
「つまり、この神殿が発生源じゃというわけか?」
「それは、どうなんだろう? グラウは周辺探知でなにか感じない?」
「それがどうものぉ。近すぎて判らんという感じもあるのぉ」
今日のグラウは調子が悪いのかな?
溶岩巨人が粉々になって、それが消えた頃に、今度は氷で出来た虎が現れた。
俺が火の魔法で溶岩巨人を倒したんじゃなく、水の魔法で倒したと思ったのかもね。
それならと、今度も火の魔法の「停止」を撃ち込み、氷の虎を凍らせて粉々に打ち砕いた。
魔法力を感じるセンスがあれば、火の魔法を使ったというのが判るはずだけど、溶岩巨人の後に氷の虎を出してきたって所で、魔法を感じるセンスはあまり無いように見える。
次に現れたのは、金属の全身鎧を着た騎士風の剣士が十体。今更だけど、全身鎧を着た剣士と騎士って、区別がつかないよねぇ。馬に乗ってて貰えれば判るんだけど。
どう対応しようかと思ったけど、金属の鎧だけで中に人が入っていないのは精霊視で確認出来た。なら、遠慮無くって事で、どうせならコレも火の魔法で一気に溶かして金属の塊にしてやった。
なんか、哀れだなぁ。と、思っていたら、溶けた金属の塊が消えている。もしかして幻覚だった?
「グラウ? 今までのが幻覚だったってのはあるかな?」
「しっかりと精霊視で見えておったしのぉ。魔法力も感じたし、普通の目でも見えておった。それが幻覚だとしたら、ワシらには見抜く方法が無いということになるの」
「シャドウバインドでもしっかりと拘束出来ていたから、幻覚とは思えないんだけど、それさえも幻覚だったら、確かにお手上げだね」
どうやったら幻覚疑惑が解けるかな?
「エイプリル。以前、マジックハンドの呪文があったよね。物理魔法とかもあった気がするけど」
『マジックハンドは、力の制御が不完全ですが、強い効力を持つ未完成なモノと、弱い力ですが、繊細な動きが出来る完成した呪文の二種類があります。
物理魔法は、未完成型で、強制的に動かすので制御が出来ないモノでした』
今の俺なら、第二段階の力で、弱い力しか出せないモノでも、充分役に立つ感じだね。
「マジックハンドの弱い完成形の呪文を出して」
『了解しました』
ヘッドギアのアイシールドに、以前も使ったことのある呪文が映し出された。あまり使い勝手が良くなかったから忘れちゃってたんだよねぇ。
俺が呪文の復習をしている間に、今度は動物系のモンスターが七体現れた。
どれも初めて見るモンスターだ。
金属質の鎧を纏ったように見えるサイ。手足が異様に長いチンパンジー。体は三十センチぐらいなのに、一メートルを超えそうなトゲを持ったハリネズミ。六本の足と、額からドリルのような角を生やした猪。まるで人間の様な関節構造の腕を持ち、手には鎌のような形状の大爪を生やした熊。手足が長く、犬のようなスタイルを持つ大ワニ。まるで光学迷彩のように向こう側が透けて見えるヒョウ。
「全身鎧が溶けるってのに、今更こんなのでどうするつもりだろう?」
「ほっほう。もう手が無いんじゃないのかのぉ?」
「見たことがないのばかりだから、生け捕りにして、ガッスの親方の所に売りに行こうか?」
「あやつらにも手に余りそうじゃがな」
「向こうは本格的な冬に突入だし、そういう時期に生け捕りのモンスターは迷惑そうだね」
エイプリルからマジックハンドの呪文を教えて貰ったんで、それを唱えて起動させた。
まずは大熊を握り込む。
「グオオオオオオー」
熊の悲鳴? しっかりと握った感触もあるし、まだまだ力を入れられそうだ。更に力を入れて握り込んだら、バキバキと音を立てて、熊が握りつぶされた。
「けっこう力が出るねぇ」
「なんともえげつない光景じゃな」
次は角を持った大猪の角を握り、角度を付けて下方向に押しつける。
「プギャアアア」
大猪の悲鳴? と、共に、角が折れた。空かさず、その角を大猪の背中から心臓目掛けて突き刺す。
かなり暴れたんだけど、握った角にかける力を抜かず、強引に押さえ込んでいるうちに猪は力尽きた。
今度は手足の長いワニを握り、空中に持ち上げて、勢いよくハリネズミにぶつけた。
トゲに刺さったまま身をよじるワニと、ワニ潰されて瀕死になったハリネズミ。そこに、透明に見えるヒョウを更にぶつけてみた。一度じゃ死にそうもないんで、何度も、杭を打ち込むような感覚で。
そして、三匹が同時に力尽きた。
さすがに、原因はわからなくとも異様な光景が続いたため、チンパンジーモドキは俺から距離を取って警戒している。でも、サイの方はそんなことは気にせず、俺に向かって突進を開始した。
「よし! 力比べだ」
俺のマジックハンドで、金属鎧のサイの突進を食い止めることが出来るか試すことにした。
結果は、あっさり完勝。サイの鼻の頭の角を握り、押し返すと、簡単に止めることが出来た。更に押していき、サイを壁に押しつける。
ここで、なんでマジックハンドを選択したかを思い出した。調子に乗ってて、忘れてたよ。
「あのモンスターを投げて神殿の壁を壊したら、どうなるかな?」
「ふむ? 壁に穴が開くんじゃないのか?」
「幻でも?」
「ふむ。なるほどのぉ。なら、マジックハンドと言うヤツが届かない場所に投げるべきじゃの」
「あ、そうだね。幻覚に惑わされて、自分で壁を壊している可能性もあるんだね」
そこで、今の俺の位置から一番遠い場所に投げることにした。更に、投げた後、壁に激突する前に、チンパンジーを握って空中に持ち上げることにする。
マジックハンドは一本だけなんで、これで、惑わされての自作自演は回避出来るはず。
そして実行。
チンパンジーを持ち上げた瞬間に壁は大破し、大きな穴が開いた。サイは何事もなく立ち上がり、開いた穴から再びこちらに突進してきたけどね。
それを再びマジックハンドで押しとどめる。
あ、チンパンを握ったままだった。
何とも言いようのない音を立ててチンパンは潰れ、サイの頭を真っ赤に染め上げた。
サイの目にも血が入ったようで、突進を止めて、しきりに顔を振ろうとしている。
マジックハンドで押さえつけているせいで、後ろに下がることも、顔を振ることも出来ない状態だけどね。
最後の一匹なんで、これでトドメを刺すことにした。
一度マジックハンドをサイから離し、背中側の金属鎧の方を握り込む。そしてどんどん力を入れていく。
金属鎧はぶつかってくるモノには強いが、握り込む力には弱そうだった。まぁ、想定されない攻撃ではあるよねぇ。
そして金属質的ではない音を立てて鎧が凹んだ。
本当に金属なんじゃなく、金属に見えるだけの生物的な鎧だったようだ。まぁ、表面は金属でも、それを支える内部構造は肉質ってのは当然かぁ。
でも、硬い構造を持つ鎧が凹んだため、凹んだままで元に戻らない。そのまま自分の鎧で内臓が圧迫されたままになった。
マジックハンドを解除しても、自分の鎧で苦しみながらその場でもがいている。
なかなか死なないようだ。ちょっと哀れに感じたんで「フォトン」でトドメを刺した。
これで、動物系モンスターも全滅。次はどうでるかな?
気がつくと、倒したモンスターたちが消えている。そして、最後のサイも今、目の前で消えていった。
「壁には穴が開いたままだね。すると、幻覚ってわけでも無いってことかな」
「とりあえずはじゃ。じゃが、なぜ、敵わぬと判っていて次々と出してくるんじゃ?」
「時間稼ぎ、かな?」
「なにか、強いのを準備しておるとかかのぉ? ワシは、お主の力量を計っているようにも見えたがな」
「だとしたら間抜けな試みだよね。俺、まだ第二段階の力しか使ってないしねぇ」
「他のモノから見たら、第二段階でもとんでも無い力量じゃからな」
「まぁ、それだったら、しっかりと勘違いして貰っておいた方がいいよねぇ。ちょっと手を抜いて、ピンチになったように見せてもいいのかもね」
「今更か?」
「うーん、難しいかぁ。例えば、魔法が効かないモンスターとか出てきたら、焦って逃げまどう、って事を見せられそうなんだけどね」
「魔法が効かないという存在は無いはずじゃ。この世に存在する物全てに精霊が関わるからのぉ。もし、効かないというのであれば、魔法力の押し合いで弾き返せるという状況のみじゃな」
「つまり、俺よりも魔法力の強い存在なら、俺の魔法が通じないと言うことがあるわけだ?」
「この世に、精霊王よりも魔法力の強い存在など居るわけが無かろう」
いつの間にかチートが山のように積み上がったなぁ。その上にあぐらをかいて座っている俺。降りようにもハシゴは既に取り払われている。
「うう、魔法が効かない、って狼狽えながら、超振動ブレードで無双する俺の夢がここに潰えた」
「何を夢想しておるんじゃ」
得意そうに魔法が効かないって事を慢心している敵に、拳銃を一発撃ち込んで終わり、ってのは、冒険者の夢だよね?
「とにかく、次はどんな敵を送り込んでくるんだろうね」
「時間稼ぎじゃったら、また、大したことのないモノじゃろうのぉ」
そして、今度は昆虫系モンスターが現れた。
ハリネズミのようなトゲを全身に持つ大ムカデ。全長一メートル、その後ろ足を大人の胴回りほどにした鈴虫。全身をサラサラロングヘアーで包まれた、タランチュラのような大蜘蛛。
「これは、もう、時間稼ぎ決定だね。エイプリル。周囲の状況変化は?」
『闘技場にて、大規模な魔法力の変化を確認しました』
「闘技場か!」
俺は、一気に火の魔法で熱を奪い去り、昆虫型モンスターを粉々にした。
闘技場なら周囲を散策したし、転移魔法で一気に移動出来る。でも、闘技場から出てくるのがどのくらいの規模か判らない。
「エイプリル。闘技場の魔法力以外の変化は?」
『現在、インセクターを向かわせていますが、魔法力以外の変化は確認されていません。上空からの可視、赤外、紫外、電磁波、振動共に大きな変化はありません』
「まだ、準備は整っていないって事かな?」
「なら、また、時間稼ぎの雑魚が現れるじゃろう」
そのセリフと同時に、今度はキメラが現れた。キメラと言っても、神話に出てくる山羊の胴体にライオンの頭、蛇の尻尾というキマイラじゃなく、遺伝的に異なる生物をぶつ切りにしてパッチワークしたような、哀れなモンスターたちだった。
胴体はレギオンコング、顔はファングキャット、オオカマキリの両腕に大サソリの尻尾。
スパークシープの胴体に大タコの前足、バランスの取れていない鹿のような後ろ足、ワニの頭。
大牛の胴体に、八本の蜘蛛の足、狐の頭、尻尾は大ムカデ。
その他諸々。
もう、生物への冒涜を越え、世界に対する陵辱でしかない。
せめて、苦しまないようにと、一瞬で熱を奪って粉々に砕いた。
「あんな事しても強い生物が生まれるわけないだろうに」
「全くじゃな。逆に弱くしているようにしか見えん」
「とにかく、闘技場の様子を………」
そこで、神殿の一番奥で、瓦礫の山になっている元神像を見つめた。なにか、魔法力じゃない何かを感じる。
なんだろう? 気になって仕方がない。
「どうした?」
「あの神像ってどんな神だったか判る?」
「さすがにあそこまで粉々だとのぉ」
「エイプリル。修復魔法があったよね」
『はい。ワズムルにて木製のテーブルを修復したのを確認しています。ヘッドギアに表示します』
ヘッドギアのアイシールドに映し出された呪文を唱え、粉々の神像を修復させる。
まるで巻き戻しのように像が形作られていくのは、見ていて面白かった。
そして修復完了。
「これは、なかなか」
石像は高さ五メートルはある女神像だった。薄衣を纏った立像だけど、下品な感じもなく、清らかさをアピールしていて、芸術に疎い俺から見ても美しく完成された像だった。
「うーむ。やはり、このあたりの情報はワシらには届かんようじゃな。この石像がなんなのか皆目わからんわい」
グラウがグチグチと文句を言ってる。余程、知らないと言う事を言いたくないようだ。
俺は神殿にある女性型の主像なのだから、女神像だと思ったけど、かつての女帝が自分を過剰美化して中央に置き、周りに神像を置いていった、という可能性も少しはあるんだったね。
と、言う事なら、と、他の神像も修復魔法で直す事にした。
修復魔法がけっこう便利だったから、反復練習用として利用させて貰った、ってことは無いからね。ホントだよ。
神殿の中で瓦礫になっていた石像が全て復活した。中央の一番奥に五メートルの女性の像が一つ。左右に三メートルほどのが五体ずつ。そして、今まで気付かなかったけど、入った入り口の真上に鳥の頭と両腕が翼になっている人の石像が一体あった。
そして、同時に石像の前に立ち並ぶ十二の土地神たち。
その中にはヴァーレとカーシャの姿もあった。でも、皆、半透明で、なんというか元気が無いという印象を受ける。
「私はパラヴェルトの太陽神、ミサラと申します」
丁寧な言葉遣いなんだけど、なんか、俺を下に見てるって感じがする。威張るわけでもないけど、俺の方が上の存在じゃなかったっけ?
「何処のどなたかは存じませんが、我らが像の修復を感謝します」
何処のどなたかは存じませんが? つまり、俺の事が判らないってことかぁ。
「ほっほっほう。だいぶ地に落ちたようじゃな。パラヴェルトの土地神どもよ」
なんか、グラウが煽ってる。
「む? 不遜なるしゃべるフクロウよ。妖魔の類に属すると見えるが何者なりや?」
右手の、太陽神と名乗った女神に一番近い位置にいる、逞しい体つきの男性神がたしなめるように言ってきた。
「ふぬ? 妖魔じゃと? ワシは知識の精霊の眷属ぞ。たかだか小国の土地神程度が何を言うか」
「小国の土地神だと? 我らを愚弄するとは、身の程知らずの妖魔よ。精霊の理も知らぬであろうモノが精霊の名を謀るな」
なんか、本格的にお互いの常識が噛み合ってないねぇ。まぁ、パラヴェルトの方が、俺たちを認識する力が無くなってるってのが原因みたいだね。
「精霊の理じゃと? ワシに……」
「グラウ。ちょっと止めて」
「ふぬ?」
「ちょっといいかな? パラヴェルトの神々よ。俺はアキラ。一応人間の魔法使いだ」
「魔法使いとな。また、いかがわしき輩ではないか。我らが像を修復したのは感謝するが、そのような者が居ていい場所ではないぞ。早々に立ち去るがよい」
「そう言って貰えるのなら助かるけどね。その前に、聞いておきたい事がある。
この国の特権階級に邪気を取り憑かせ、人の命を喰らう化け物にしたのはどんな存在なんだ?」
「なんの事だ?」
どうやら、この神とやらは、自分たちを奉っている人々の動向も関心が無いようだ。いや、それを知る事が出来るほどの力が無いのか?
「人の魔法使いアキラよ。私はヴァーレ。覚えていますか?」
「覚えているよ。そっちこそ、存在が希薄になって、記憶力が無くなっているかと思った。信仰が無くなって、そろそろ消えてしまう頃かな?」
「!」
俺のセリフに、その場にいた土地神が息をのむような衝撃を感じた様子が判った。
「カーシャの方は神殿の入り口で会ったよねぇ。石像を壊したのは誰だ? ここの特権階級の連中か?」
「石像を壊したのは、我らも見た事のないモンスターです。その時には、既に神殿は穢されていました。我らはそれに全く気付けませんでした」
「ちなみに、ヴァーレとカーシャが俺の所に来た目的って、信仰の復活を狙ってたのかな?」
「はい。それと、一部の民の粛正を頼みたかったのですが」
「一部の民って催眠魔法を使う特権階級?」
「はい。歪んだ信仰は我らをも歪めます。しかも、少ない特権階級のみが信仰するだけの我らの力は、既に存在さえ危うい所にまで来ています」
「何を言うか! 我らは神なるぞ。人ごときの信仰がなんの役に立つ」
どうやら、十二の土地神の中でも意見が分かれるようだ。
「身内での話し合いが足りないようだね。それに、残念だけど、特権階級は邪気を纏うブヨブヨモンスターに改造されてたよ。もう、誰も信仰する者はいないだろうね」
ヴァーレとカーシャは目を見開いて驚いている。神像が壊されても、一時的な事で、まだ何とかなると思っていたようだ。残念だねぇ。
「ほっほっほう。土地を守らない土地神なぞ、消えて無くなるのも当然じゃな。いやいや、土地神と呼ぶのもはばかれるわい。所詮、神になり損ねた妖魔の類というわけじゃな」
グラウがトドメを刺すように言い放つ。妖魔扱いされた事に怒ってたんだねぇ。
「今は、まともな人間は一人も居ない。まともに戻れそうなのは操られている奴隷だけだろうね」
「ふっ、ならば、催眠魔法にてその奴隷どもに崇めさせればいいではないか」
「なるほど。元々移り気な人間など、催眠魔法でしっかりと躾なければならんしな」
なんか、言ってる事が怪しくなってきたよ?
「で? 誰ぞ、催眠魔法とやらを使えるのか?」
「さぁ?」
ガクッと来た。
誰も使えないのかよ!
「えっと。なら、ここの特権階級に催眠魔法を教えたのは誰なんだ?」
「「「…………」」」
土地神たちは誰も答えなかった。知らねぇのかよ!
「こ、ここの土地神は、本気で使えない」
「全くじゃ。ここまで来ると清々しい程じゃな」
「こうなったら仕方ない。精神の精霊を呼び出して直接聞くしかないね」
「始めからそうしろと言っておるじゃろう」
「反論出来ないけど、自分で居られるかどうか、おっかないんだよぉ」
十二の土地神たちを無視して、俺は心を落ち着かせ、手を掲げ上げて「精神の精霊よ」と呼ぶ声を上げた。
ちゃんと、魚のバケツリレーをしていた所で見た少女っぽい姿をイメージして。
でも、指先に現れたのは精霊でなく、黒く歪んだ闇。
バチッ!
次の瞬間、俺は光の精霊と闇の精霊に挟まれて、指先に生まれた衝撃から守られていた。
「な、なに?」
「突然の無礼、申し訳ありません」
「申し訳ありません、精霊王。アレは邪なる闇に取り憑かれた精神の精霊です」
「え?」
突然のセリフに固まってしまう。光と闇の精霊が言うには、精神の精霊が邪なる闇に捕らわれ、その影響を俺が受ける事が無いように強く拒絶したそうだ。
指先に感じた衝撃はそのためで、怪我しそうな強さだったため、光の精霊が俺を衝撃から守るために現れ、邪なる闇の影響から守るために闇の精霊が現れたと言う事だった。
グラウも防御結界を作れるけど、衝撃の発生源が俺の指先だったために、何処を境界線にするか迷ったそうだ。
「邪なる闇ってのは、人の心へ影響する、っていう関係から、精神の精霊にとっても取り憑かれやすいって事なのかな?」
「はい。人に限った事ではありませんが、心を持つモノは、邪なる闇から破滅へと向かう影響を受けると思われます。
元々、精神の精霊は光と闇の両方の属性を持つ精霊のため、闇の影響を受けやすいのです」
闇の精霊の言う事だから間違い無さそうだ。
「俺に影響が伝わらないように拒絶した、って事は、まだ、邪なる闇に支配されてない、ってことでいいのかな?」
「完全に支配される事は永劫の彼方になるでしょう。ですが、精神の精霊の影響が強く出る所では、邪なる闇に影響される心が多くなると考えられます」
「それって、どんな場所?」
「一つは世界全ての心を持つ者たちの所。もう一つは、精神魔法を使う者の所です」
「そ、それじゃ、ここの特権階級も強く影響を受けていたって事かな」
「おそらく。
邪なる闇の影響により、先を見通せない、刹那的な快楽に溺れ、他者を労れない非情なる行いをし、他人により恨みの念を向けられて行くようになったと考えられます」
あれ? もともと、ここの特権階級ってそうじゃなかった?
「もしかして、逆も考えられない?
ここの連中が邪なる闇を呼び寄せながら精神魔法を使い続けたから、精神の精霊が影響を受けちゃった、って可能性は?」
「「………」」
光と闇の精霊が押し黙っちゃった。なんか、凄く高速で情報をやり取りしているような雰囲気がある。そして、グラウに向き直った。
グラウも思案しているような雰囲気だったけど、光と闇の精霊に頷く動作を見せた。
そして、光と闇の精霊は一礼して俺の中に戻って行った。後はグラウに任せるようだ。
「ほっほう。さすがは精霊王じゃ。お主の中にいる精霊も、お主の意見に関心しておる」
「じゃあ?」
「ふむ。あの特権階級の変わり様から言って、始めは特権階級じゃったようじゃな。その影響を受けて、精神の精霊が取り憑かれたようじゃ」
「結局、原因は特権階級の傲慢かぁ。まぁ、だからと言って解決策が浮かんだわけじゃないけどねぇ」
「じゃが、まずは特権階級の邪気を祓わねば、邪なる闇からの精神の精霊への繋がりを絶てんからのぉ」
「ああ、そっか、発生源が残ってたら、何をやっても無駄になるね」
気が付くと、周りにいた十二の土地神はヴァーレとカーシャを除いて消えており、ヴァーレとカーシャはまるで土下座のように頭を下げていた。
まぁ、今はかまってる暇はない、ってことで、邪気まみれになってるはずの特権階級を何とかするために居住区の方へと走り出した。
「エイプリル。闘技場の方は?」
『ヘドロ状の物体がにじみ出して、地下にある牢獄内の生物を全て取り込みました』
「え? あそこには改造されたのも居たよね?」
『闘技場で作業する奴隷たちも含まれます』
「な!」
なんてこったい。俺が回り道している間に、何人も死んだって事か?
元々、救えない命だった、ってのは理解出来る。けど、もしかしたら救えたかも、という思いが俺を責める。
判ってる。それが傲慢でしかない、って事は。
俺は完全無欠のスーパーヒーローじゃない。冒険モノには良くある定番の悩みだ。
でも、無惨に散った命を悲しむのはいいよね?
悲しめる事が、俺の、人間としての証でもあるはずだから。
いつか、気にならなくなるのかな? 慣れるんだろうか?
いや。そうならないようにする。いつまでも、メソメソと泣く人間でいたい。
風邪引いたかなぁ? 鼻水が出るよ。
俺は鼻をグスグスさせながら、居住区の屋敷に突入していく。
居間や寝室、時には廊下でゲル状の不快物体に浄化の光を当てて行き、最後にレーザー魔法でトドメを刺すという行為を繰り返した。
奴隷の命をすすり、特権という暴力で他人を傷つけ続けた連中に対しては、自業自得だという傲慢な俺が居る。
この傲慢さは、心の闇に属する考え方になるんだろうね。これが積み重なって、歪み、求めるようになると、邪なる闇になるそうだ。
怒るのもいい。恨むのもいい。それは、笑う事と、泣く事と同じ。
いつまでも笑い続ける事は出来ない。いつまでも泣き続ける事も出来ない。同じように、怒り続ける事はしてはいけない。恨み続ける事もしてはいけない。
そうしないと、心が歪むから。心が破滅へと向かうから。
そう、闇の精霊が俺に語りかけている。
声になって届くわけじゃないけど、感情として届けてくれている。
俺が邪なる闇に捕らわれないようにと。
そして、エイプリルのチェックで、全ての屋敷をコンプリートし、山頂にある特権階級の街から麓を見下ろした時、遠くの闘技場が、一体のモンスターに踏み潰されるのを見た。
直線距離で十キロ近くはありそうで、ほとんど点にしか見えないけど、蠢く巨大な何かが居るのは良くわかった。
ヘッドギアに望遠拡大映像を出して貰う。
円形コロシアムに似た闘技場から、まるであふれ出ているようなヘドロの塊だった。所々がタコ足だったり、サソリの尻尾だったり、鉄の鱗状だったりする。
直径で百メートルぐらいかな。高さは二十メートル弱だと思う。
スーパーヒーローじゃなく、ウルトラヒーローの出番だよねぇ。
「あ~、エイプリル? やっちゃって」
『了解しました』
エイプリルの返答から一呼吸後。闘技場と巨大怪獣が数万ものストロボフラッシュのような光を発した。何度も何度も、弾けるように光っている。
例えるのなら、煙の出ない爆竹を数万発、連続で点火、爆発させているような光り方だ。
その数秒後、雷のような爆音が聞こえてきた。
そして光が収まると、闘技場の形はほぼそのままで、巨大怪獣は真っ黒な消し炭になって白い煙をたなびかせていた。
お弁当、暖めますか?
という声が何処からか聞こえたような気がした。
転移を使って闘技場の手前の広場に到着。
周囲には呆けて闘技場を見つめている奴隷がけっこう居る。この現場でなら、相当な大音量が響き渡っただろうから、その音で少しは正気になっているのかな。
でも、自我を持った感じでは無い。ちょっと残念。
ここで浄化の光を使えば、少しは解放されるかな?
催眠魔法を使って催眠を解くと言う方法も考えたけど、精神の精霊がヤバイ状態だから、それも出来ないしねぇ。
ここでも、古典的な方法が通用するかな?
俺は両手の手袋を外して、生の手をすりあわせる。
そして。
パンッ! パンッ! パンッ!
俺は三回、響き渡るように手を強く叩いた。
「俺に注目せよ!」
手を叩いた範囲に聞こえるぐらいの声量で言うと、全てでは無いけど、かなりの奴隷たちが俺の方向に顔を向けた。
「俺が数を三つ数えてから手を叩くと、お前たちの心を縛っている楔が解かれ、お前たちはお前たち自身の心を取り戻す!
もう一度言う!
俺が数を三つ数えてから手を叩くと、お前たちがかかっている催眠魔法は解除される!」
古典的な催眠術を解く方法。子供の頃にテレビのバラエティ番組で見た記憶がある。催眠術ごっことかやった記憶が朧気ながらあった。
子供の頃見たっきりで、その後は全然見なくなったなぁ。
「三! 二! 一!」
パンッ!
手が痛くなる事を覚悟して、思い切り叩いた。
じっと、その結果を待つ。
「駄目か?」
いくら待っても奴隷たちは自主的な動きを始めなかった。
「仕方ない。
注目!
闘技場は危険だ。急いで闘技場から離れろ!
動かない者が居たら、そいつも強引に出も連れて行け!」
その俺の叫びで、ノロノロと動き出す奴隷たち。
「どうやら、催眠は解けなかったみたいだねぇ」
「以前のエルダードラゴンの時は上手くいったのにのぉ。
浄化の光は試さんのか?」
「あ、あの御者のセリトは、浄化の光だけで正気に戻ったんだったね」
ノロノロと歩き始めた奴隷たちに浴びせるように、俺は命のシンボルを掲げて強く光らせた。
そして、ノロノロと歩いていく奴隷たちを見つめる。
ノロノロと歩いている。
「あれ?」
「一人一人、ひっぱ叩かないとならんのかものぉ」
「うっ。どうしよう?」
奴隷たちは数十人は居る。正直面倒くさい。
「今は、闘技場から離れるだけで良しとした方が良さそうじゃな」
「あ、そうだね。一人一人説明するとか、その時間も無いか」
闘技場から離れる動きを続ける奴隷たちの間を縫って、俺は闘技場へと走り始めた。
今度は、正面の入り口から入る。地下の収容施設の方は、あまり見たくない状況だろうしね。
そして、闘技場の戦いを見せるその舞台へと上がった。
「消し炭になってたはずだけど、やっぱり消えてるねぇ」
「残骸を消す事に意味があるんじゃろうか?」
円形の広場になっている闘技場の一階。上は空が見えていて、広場を囲むように階段状の観覧席が作られている。
まるで、料理を乗せる皿のようだ。
「グラウ、エイプリル、周辺状況は?」
「何も感じんな」『状況に変化無し』
ゆっくり、探るように闘技場の中央へと歩いていく。
「とにかく、この騒動の黒幕と、モンスター発生の根元と、精神の精霊を探さないとならないんだよね」
「その全てが一つという場合もあるじゃろうがな」
「それだと、手間がなくていいんだけどねぇ。
グラウ。精神の精霊を救う方法は?」
「うむ。お主には再び負担をかける事になるかも知れんが…」
「うん。了解」
俺の中に取り込んで、闇の精霊による浄化を時間をかけてやるしか無いって事だね。
「じゃが、順番を間違えるでないぞ。取り込むのは危険が無くなってからじゃからな」
「そうだね。もしくは、取り込んだら、グラウに転移させてもらう事にしよう。場所はお任せで」
「うむ。判った」
グラウはデフォルトで転移魔法が使えるようになっている。周辺探知、防御結界、転移魔法という、セキュリティポリスも真っ青な仕様だ。しかも、威力は最低限度だけど、一通りの魔法も使える。更に、知識の精霊を通して情報を取得出来るので、世界そのものである精霊の知識を使える。俺の中にいる精霊限定だけど、精霊たちと会議みたいな事もやっているようだ。
ぶっちゃけ、俺よりチートなんじゃない? 武力としては役に立たないだろうけど、サポート系としてはぶっちぎりだよねぇ。
俺のサポートだから、有効利用出来てないのかな?
便利な道具も使い手が……、止めよう、これ以上考えると風邪引いちゃいそうだ。
俺が考えを停止させるという心の戦略的撤退を敢行しているうちに、敵の準備も終わったようだ。
俺を中心に円を描くように六体のグネグネが現れた。そして、盛り上がり、変質し、まるで鏡のように輝く銀色の金属鎧に変わっていった。しかも、全体の形としては神話に語られる半人半馬のケンタウロスに似ている。
馬の首の付け根から上が、人の腰から上という形。蜘蛛の体に女の上半身というアラクネーと同じような感じ。あの神話って、ああいうのが好きだよねぇ。
グネグネが変形して見えているのは鎧だけなんで、中身が入っているとは思えないけど、そもそも中身が必要な生き物じゃないよねぇ。
しかも、馬の速度と力を利用するために騎馬に乗って戦うなら、馬の首という弱点と障害物が無いケンタウロス型が効率的なんだろうね。
ピカピカの金属鎧で出来たケンタウロスは、ちょっとしたロボットモノに出てくるメカみたいだ。左手には同じ金属材質らしい、銀色に輝く丸い盾。右手には円錐形を長く引き伸ばしたような形の馬上槍を構えている。
「あの金属。普通では無いようじゃの」
「ピカピカだから、レーザー魔法じゃ反射されちゃうかもね」
「何? そんな事があるのか?」
「光魔法だから、鏡で反射出来るんじゃないかな。全ての光を完璧に反射できる鏡ってのは存在しないはずだけどね」
反射率一パーセントでも、俺のフォトンを打ち返されたら相打ちにはされる危険があるねぇ。
「なら、光魔法は止めて、火の魔法を使うか?」
「熱を奪うのは意味が無さそうだけど、溶かす事は出来るかな」
金属鎧は神殿でも出てきて、さっさと溶かしちゃったのに、同じ轍を踏むつもりなのかな。と思っていたら、ケンタウロスロボの周りに霜が出来ている事に気付いた。
「あ、あれ、氷の属性でも持っているのかも知れない」
「なるほど、光と火と水を封じてきたわけか。なかなか考えているようじゃな」
「どうしよう。第三段階になれば余裕で溶かせるし、今の第二段階でもめい一杯やればいけそうなんだけど、手の内を全て見せるのも癪だよねぇ」
「ふむ。極々弱く火の魔法を使って、敵わぬと見せてやるのも手じゃな。じゃが、どうやって倒す?」
「見せていないのを見せる事もないよね。だとすると、一度見せたマジックハンドかな」
「ワシなら、多少は力を上げて、見えない手に対抗するじゃろうのぉ」
「そうだねぇ。それも、負けて見せようか。で、一時撤退して、追いかけてくる様子を見る、って事にしよう」
「逃げ場所はどうするのじゃ?」
「闘技場の周辺を一回りしてから、神殿に誘ってみようかな」
方針も決まったし、まずは負け戦を見せてやるとしよう。
俺は火の魔法で普通の溶鉱炉並みの火柱を正面のケンタウロスロボに向けた。まぁ、当然のように余裕で立っていたけど、問題無いと確信したんだろう、俺に向かって突進してきた。
他の五体も一緒に。
まず、マジックハンドで正面のケンタウロスロボの突進を受け止める。
「うん、やっぱり力を上げてきているね」
俺は力負けしているように見せながら、正面のケンタウロスロボに向かって走り出す。周りからも突進してきているから、突破口は少し押さえつけている正面のロボだけだ。
その正面のロボの横をすり抜け後ろに回り、突進にだけ特化したロボの第一撃をかわす事に成功した。
「これはかなりきついねぇ」
ここの所、ほとんどが瞬殺してばかりだったから、戦いの状態になったら体が重く感じる。
体力的に弱くなったわけじゃなく、自分の動きのイメージと合わないという感じで。
「体の動かし方の勘を取り戻すために、ここで少し、体を鍛え直そうかな」
「馬鹿な事を言っておらんで、自分の足を見てみぃ」
グラウの指摘で左足を見ると、ズボンの一部が凍っていた。この繊維自体は真空にも耐える物だけど、周りの水分と一緒に氷になったら足の自由が奪われる事になるね。
ちなみに、俺自身は熱さも冷たさもやり過ごせるようになっている。精霊王って便利だ。
本来なら、俺の着ている服も影響を受けないはずなんだけど、俺の意識が薄れた場所だったらしく、影響を受けない範囲がぼやけたようだ。
「もしかして、俺が意識を失ったら、あの氷でも凍らされちゃうのかな?」
「そんな事はないはずじゃ。お主、体の動かし方の勘と言ったな? つまり、考えている体と、実際の体にブレが有ったんじゃろう。そこが弱くなったようじゃな」
「なるほど。魔法と同じで、あくまでイメージ優先って感じなんだね」
とにかく、体を鍛え直さないとアクロバットが出来ないって事だよねぇ。なら、無茶な動きをしないようにしながらここから脱出しないとならないわけだ。
六体のケンタウロスロボが、俺の方に向き直った。
無理じゃね?
ちょっと、手持ちのカードだけじゃ脱出の手が考えつかない。癪だけど、見せてない魔法を使うしかないのかな?
見せていない方法なら、いくらでも勝てそうなんだけどねぇ。
この囲みから抜け出せればいいだけなんだけど、あの六体の目を逃れるほどの動きは出来そうもない。
目を逃れる?
「目くらましって、有効かな?」
「はて、あやつらがどうやって見ているかも問題じゃな」
「この闘技場全部を光魔法の灯りで、めい一杯照らしたらどうかな?」
「ほほう。やってみる価値は有るかものぉ。じゃが、それが効かなかった場合はどうする?」
「癪だけど、土魔法で落とし穴作って、ヤツらを下の収容所に落っことしてから闘技場を抜ける事にするよ。
風魔法で竜巻作って巻き上げたり、鉄で鎖作って縛り上げたりとかも出来るんだけどねぇ~」
氷の塊に閉じ込めたり、重力で荷重をかけて重くさせたり、闇の中に閉じ込めたりとかも、いろいろ出来るんだよぉ。あぁ、瞬殺したい。
色々な鬱憤を溜め込んでから、光魔法の灯りで闘技場全体を明るく照らした。
ヘッドギアのアイシールドは下りている。自動調光で真っ黒なサングラスになったけど、周りの明るさのせいで少しだけ目が眩むほどの光が周囲を包んでいる。
ちょっと、やりすぎたかな?
ケンタウロスロボは、盾で自らの目を覆っているようだ。ほとんど、何も見えていないと確信。
俺は闘技場の中央を突っ切り、出口へと走った。そして、まるで制限時間があるかのように光魔法が弱くなって消えていく様を演出した。
丁度、俺の脱出がギリギリって感じで、脱出先が判るように。
これで、追いかけてくる事が可能だろう。
「密かに、引力の精霊に頼んで、俺の体を軽くして貰ってもいいかなぁ?」
「目くらましでお主を見失なっとる程度じゃから大丈夫じゃろう」
すると、体がかなり軽くなった。走るための蹴り足の一歩で、四~五メートルは跳べる感じだ。
「こんなモンでどうじゃと聞いてきておるぞ」
「充分。三分の一は軽くなったかな。これ以上だと、何らかの魔法を使ったってのが丸わかりになりそうだから、気を付けないとね。引力の精霊にお礼を言っておいて」
一応、全力では逃げないで、追いつかれたら横に逃げてやり過ごす事にする。それを続けるためにも、体力の消耗を押さえて、余裕を隠して動かないとね。
「これで、逃げ回る目途は立ったね。グラウ、エイプリル、周辺の調査をお願い。本体の出所を探して」
「うむ」『了解しました』
それから、ケンタウロスロボの馬上槍付きの突進をギリギリでかわし続けるという闘牛モドキの鬼ごっこが始まった。
相手は六体。全部出てきてくれたから、闘技場の調査も可能だろう。俺は、ケンタウロスロボを引っ張り回し、魔法力などの影響がどのように分布しているかの調査を補助するのが役目。
だから、出来るだけ、色々な場所に引っ張って行かないとならない。
グラウは翼を使って飛び回り、周辺探知を繰り返している。エイプリルは、インセクターやファイターを使って魔法力と光学的観測などで調べている。
それぞれが役割を果たしてこそ、作戦が成功する。
ってのは判ってるけどね。
非常に疲れる。
逃げ切らないように、後少しだと思わせるように引き付けているから、ギリギリの回避と言う事になる。
別にギリギリじゃなくてもいいんだけど、余裕を見せると攻撃担当と警戒担当に分かれて包囲してくるため、その後の逃げ場所が少なくなってしまう。
包囲されて移動しにくくなると、同じ場所をグルグル回る事になったりするんで、無駄な消耗をすることになるしね。
ギリギリで、後少し、っと思わせると、たたみ掛けるように攻撃してくるんで、それを避ければ、その後の移動先は楽に選べるというパターンだった。
まぁ、一気に六体分の攻撃を避けないとならないけどね。
立ち止まって、その馬上という位置から振り下ろしで攻撃されるのが一番怖いんだけど、使っている得物が馬上槍のためか、突進攻撃しかしてこない。
攻撃パターンと得物の使い方から見て、あまりいいAIは使っていないようだ。
攻撃され、ギリギリで避け、ダッシュで逃げて次の場所、そしてワザと追いつかれて、攻撃される、という繰り返し。
ゲームのボス戦でハメ技をしている気分だ。
まるっきり同じ避け方をしても、同じように避けきる事ができるしね。単調な繰り返しって精神的に疲れるんだよねぇ。しかも、体力も疲れて減ってきているし。
『艦長に状況報告』
ようやく、待ちに待った声が聞こえた。疲れたせいで、ルーベンスの絵を見ながら眠ってしまう所だったよ。
『魔法力の偏りを、神殿と闘技場の二カ所で感知しています。その強さは逃亡作戦が始まった時間より変化が観測されません。
よって、現在位置にて、六体のモンスターを全て破壊する事を意見具申します』
「つまり、ここのケンタウロスロボを全滅させて、闘技場の魔法力がどう動くか見るって事かな?」
『はい。魔法力は感知していますが、全く変化が有りません。闘技場より離れた状況になっても変化が見られませんので、闘技場の方は単なる罠である可能性が推測されます』
「なるほど。判った」
俺は空を飛んでいるグラウに手を振り、グラウの意見も聞く事にした。
ケンタウロスロボから走って逃げている俺の肩に、グラウが器用に留まった。
「グラウ! エイプリルが、全く変化を見つけられないから、一度、こいつらを破壊して様子を見るって事を提案してきた。そっちは何か見つけた?」
「ワシも同じじゃな。魔法力の流れも見えんかった。あれらを叩き潰して、その時の変化を見るというのはいい意見じゃと思うぞ」
「じゃあ、土魔法で一気に潰すから、また周辺探知をよろしく」
俺のその言葉で、グラウが再び翼を広げて空に舞った。
そして、グラウが安定飛行したのを確認してから後ろに迫るケンタウロスロボの位置を確認。土魔法を唱えて、地面から土人形を作るように命令文を追加していく。
場所はケンタウロスロボの足下。岩で出来たデカイゲンコツを作り出して、そのゲンコツでロボを叩き潰す。しかも、六体同時に。
「いっくぞー!」
エイプリルとグラウへの合図代わりに、大きく叫ぶと同時に、振りかぶって地面を握り拳で叩いた。
「ノームのゲンコツ!」
いや、特に必要な文言じゃ無いんだけどね。何となく必殺技みたいに叫んでみたかった。
まぁ、格好いいセリフじゃ無かったのは、俺のネーミングセンスのなせる技、って事で。
『艦長に状況報告。命令の発信元は神殿である可能性が高いと推測されました』
漫画みたいにぺちゃんこになったケンタウロスロボを見ながらエイプリルの報告を聞いていると、グラウも俺の肩に戻ってきた。
「ほっほ。どうやら神殿が本命のようじゃな」
「エイプリルと同じ結果って事だね。闘技場はデカイのを作るためだけの罠って事かぁ」
俺は息を整えながら、消えていくケンタウロスロボの残骸を見つめていた。




