第七十三章 晃と精霊の紋様 森
次の日もネイシャはグラウと空から探索。別行動で俺はせっせと獲物を運んだ。
二百人が当面生活出来るだけの食料だから、牛クラスの獲物が二十頭以上というのが俺の考えた概算だ。それに、ビタミン摂取のための野菜類も必要なんで、あちこちに転移して細かく集める必要のため一カ所に留まる事もなく動き回る事になった。
さらに、一時的とはいえ獲物を生かしたまま捕らえておくので、その獲物のための餌も必要になるだろうと予想された。
どうする?
何処かの草原そのものを転移して持って来てしまうというのが理想かもしれないけど、変に強化された俺の魔法力でもそんな事が出来るだろうか?
どうせならやってみる?
予定では、翼人たちを集めて食料的に落ち着かせたら、魔法を教え、慣れさせてから新天地を目指させる事になっている。
この一枚岩のテーブル台地では、雑草のような草がまばらに育つということはあるかも知れないけど、家畜が育つのに必要な牧草が充分に育つかというと、まず無理と言えるだろう。
だから、この地で長期間暮らすと言う事は基本的に無理と言える。
風魔法で長距離の移動も比較的安全に出来るようになるのだから、草も木も育ちにくい岩の上ではなく、肥沃な土地へと移動するのがいいよねぇ。
水を発生させる魔法の道具も渡すわけだから、良い条件の場所ではなくても、ここよりは住みやすいはずだ。
なら、どうせ一時的に役に立てばいいって事で、やるだけやってみようと思う。
場所は、水晶窟の近くの森。獣やモンスターは居るけど人は住まない森。一昨日、大雄牛のモンスターを狩ってきた所。
その森の中心地と思われる場所に降り立ち、一度転送魔法用目標陣を作って白翼の翼人たちの所に戻る。
その生活スペースからかなり距離を取り、一キロぐらいの場所に移動して再び転送魔法用目標陣を作った。
この場所に、森をそっくりそのまま移動させる。
とりあえず、イメージだけはそんな感じで。
はっきりと考えたイメージを実現させるのが魔法だから、イメージを育てるのが一番大事だよね。
そして、もう一度森の中心に転移で戻り、ちょっとだけ瞑想。さらに呼応で魔法力の補給を行う。その時に、俺が持って行こうとする森をイメージしたら、森全体の状況が手に取るように判るような感じになった。
まぁ、普段から変化のない森の全体像だから、本当に判っているのかは微妙だったけどね。
でも、俺の手の中に入った。という感覚はある。良い感じだからその感覚を放さないようにしつつ、砂漠の中にある巨大な一枚岩のテーブル台地に向かって、森ごと転移する。
転移魔法を唱えて、最後に力強く起動の呪文を唱えた。
瞬間。俺の背筋から俺の体力、体温、血流が、全て、ごっそりと抜け落ちた感覚が俺を襲った。
俺の「力」と呼べる物が、根こそぎ奪われた感じだ。
目は見開いているのに、光さえ見えていない。足から力が抜け落ち、脱いだ衣服のように、その場に崩れ落ちた。
『艦長! 艦長!』
あれ? なんだっけ? 何かの声が何かを呼んでいるような感じだ。
ああ、細かい事を考えられない。呼吸もするための力が抜けて、息を吸い込むのも疲れてやりたくない。かろうじて心臓が動いているみたいだけど、心臓ってなんだっけ?
ああ、疲れた。ぐっすりと眠りたい。
考える事さえ苦労する。何も考えず、意識そのものを溶かして拡散してしまいたい。
力の入らない身体は全て放棄。何もかも手放して、楽になりたい。
………………………………。
ドン!
苦っ!
な、なに?
いきなり腹にとんでも無い衝撃が!
痛さを感じる前に、驚きで飛び起きた。
同時にむせる。咳が止まらない。呼吸が激しく、涎を垂らしながら悶えた。
「ゲッホ、ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ! オエ。ってな、なんだぁ?」
俺自身の状況を咳き込みながら確認してみる。
どうやら、俺は森の真ん中で倒れたようだ。保有量に合わない魔法を使ったせいか? 全身から力が根こそぎ奪われ、軽く死にかけたようだ。
あのまま気付かなければ、本当に死んでたみたいだね。
見ると、俺の足の太さぐらいある木の枝が転がっていた。これが俺の腹に直撃したようだ。
『艦長。ご無事ですか? 身体状況をお知らせください』
「あ~、エイプリル。心配かけちゃったねぇ。大丈夫。身体に力は全然入らないし、気を抜けば呼吸も止まりそうなほど疲れているけど、生きる気力は戻ってきたよ。
このまま油断しなければ、体力が戻って、呼吸も楽になるだろうね」
『声を出すのも疲労を増すようですので、声も出さずに安静にして体力の回復に専念ください』
「ああ、しばらくはこのままで居るよ」
意識して呼吸をしないと止まりそうな感じがする状況で、一呼吸ごとに体力が少しずつ戻る様子を実感していく。
ただ、一回の呼吸をするためには、地面に置かれた十キロぐらいの荷物を持ち上げるぐらいの気力が必要だ。
体力的な事ではなく、精神的な方でね。
実際、体力は無くなったわけではないと思う。
その体力を使う気持ちという心の力が極端に減ったって事なんだろうね。きっと、医学的に見れば健康そのものって状態のはず。
こういう時に治療魔法はどう効くんだろうねぇ。
でも、魔法力が本気で残ってないから試せないかぁ。
呼応を使って一気に回復ってのもいいけど、呼応中の意識と外との時間のズレがあるから、怖くて呼応に入れない。
呼応に入って直ぐに戻ってきても、外では五分以上の時間がかかっていた、なんて状況だと、呼吸が止まっていないか心配になる。
五分以上止まってたら、酸欠が脳へ影響するかもしれないからねぇ。
ポーションは全て翼人たちに渡しちゃったしね。
ここは大人しく体力と精神力の回復を待とう。
でも、木の枝が落ちてきてくれて助かった。あれ? この枝、簡単に折れて落ちてくるような物じゃないよ? 生木で、無理矢理へし折ったって感じだ。
だとすると、この枝をへし折ったモンスターが近くにいる?
折れた木の枝は五メートルぐらいの高さにあったようだ。それをへし折れるとしたら最低でも体高が三メートルぐらいにはなるかも知れない。もしくは空を飛ぶモンスターか?
呼吸が荒くなりそうなんだけど、極度の疲労で遅いままなのは幸運なのか? とか考えながら、周りを警戒して気配を探る。
森ごと転移したから、森に居たモンスターも当然一緒に来てるんだよね。もしくは、転移が失敗して元の場所から動いていないかも知れないけど、結局は同じ事だよねぇ。
でも、モンスターどころか、ネズミの動く気配すら感じなかった。風も凪いでいるのか、木の葉のざわつきも聞こえない。
確証はないけど、ほとんどの生き物が警戒して身を潜めているような雰囲気だ。
こういうイメージって根拠はないけどけっこう頼りになったりするんだよねぇ。だとすると、ドラゴン級のモンスターとかが居て、周りの生き物たちはそれを警戒しているのかな?
体調バッチリ、魔力たっぷり、っていう状況なら、ドラゴン級でもなんとか逃げる事は出来そうだけど、今の状態だと本気でヤバイかも。
気配を探り、せめて何処にいるのかぐらいは知ろうとおもうけど、何の物音も聞こえない。一番うるさいのが俺の呼吸音という状況で、ハァ、ハァという危ないおじさんを連想させる呼吸音だけが俺の耳に響く。
自分で考えて、自分でめげそうになった。危ないおじさんは無いよねぇ。特におじさんって部分が許せない! どうせおじさんと呼ばれるのなら、せめて「おっちゃん」って呼ばれたいよね? あれ? 賛同数が少ない?
そうしている間に少しだけ呼吸が楽になってきた。ほんの少しは回復したかな。力を抜いても呼吸が自然に出来るようになったのを確認して、俺は呼応に入った。
一瞬で戻るつもりだったけど、戻る事を俺の中の精霊に止められた。
光と闇の精霊に止められ、樹精が何かを主張してきた。なんか、自分のせいだと言っているようだ。
もしかして、枝を落としたのは樹精?
思いっきり肯定の意志が返ってきた。
えっと、もしかして、俺の気付けをするために強引に木に干渉して枝をへし折ったのかな?
その応えも肯定だった。
そっか、ありがとう。おかげで助かったよ。
その意志を込めて見つめると、ホッとした様子で喜ぶ樹精の姿を認識出来た。どうやら、他の手段は無かったが、やりすぎてはいないか心配になっていたようだ。
確かに結構な衝撃だった。けど、しっかり目が覚めたんで、正解なんじゃないかな。一度地面で跳ねてから腹に当たったみたいで、痛み自体も大したことは無かったしね。直接当たってたら内臓破裂だったかも知れないけど、結果オーライ。マジで無気力で死んでたかも、って状況だったしね。ホント感謝だよ。
その意志を返すとさらに喜んでた。
ありがとう。
再び感謝の心を示して、呼応から抜け出る。
魔法力が回復して、身体に力を入れる事も出来るようになった。スッキリした気持ちで立ち上がり、俺の腹を打った枝を肩に担いで歩き出した。
木の枝が樹精の仕業なら、なんで森の生き物は警戒してたんだろう?
「エイプリル。俺の現在位置は?」
『白翼の翼人の場所から、東北東に一キロの地点です』
「ああ、転移は成功したのかぁ。失敗かと思ってたよ。
森の規模と、元の場所はどうなってる?」
『半径一キロの円状に森が切り抜かれたように転移したようです。元の場所では円形に二メートルほどくり抜かれているように消失しています』
「ほぼ、俺の思ったとおりだね。俺のイメージ通りに無理矢理起動したから、限度を超えた脱力になっちゃったのかなぁ?」
『転移は失敗した場合は魔法力だけが失われ、位置は変わらないという前提も再考する必要があります』
「あとは、細かい実験を繰り返して調べていくしかないってことだねぇ」
結局、いつも通りに「魔法はよく判らない」という結論に達した。
それと、森の生き物が警戒してたのは、いきなりの転移で環境が激変した事を感じ取ったせいなんだろう。俺には感じ取れなかったけど、転移自体の衝撃も有ったのかも知れない。
それからスカイボードを出して森の上空まで上がり、薄い黄土色の砂漠の中にぽつんと一つだけの緑の森というシュールな風景を眺めながら白翼の翼人たちのテーブルの場所まで飛んだ。
突然目の前に森が現れて、逃げるとか、慌てるとか言う思考が停止していた翼人たちが、呆然と森を眺めてる。
白翼の翼人のグループは十人居た。今回、翼人の仲間捜しは三人が肉と水を担いでそれぞれ別方向に進み、残り七人はお留守番と言う事になった。
七人の内二人は子供で、四人は女、男は一人でバヤガの一人目の息子だそうだ。
そのバヤガの息子が俺を見つけて、慌てて駆け寄ってきた。
「あ、あれはお前の、い、いや、突然、目の前に森が現れたんだが」
一キロ四方の森が突然現れたと言う事が、個人の成せるワザかどうか、って考えたら、普通は無理だと思うよねぇ。
「ああ、俺が遠くにあった森を、そっくりそのままここに転移させた」
「え? ま、まさか」
「やっぱり、家畜を飼うには餌になる物が必要だしね。でも、ここの環境だと、あの森もあまり長く有り続ける事は出来ないと思う。翼人たちが集まって、何処か新天地を見つけるまでのつなぎとして、使い尽くすぐらいのつもりで利用してくれないかな?」
そう言って、俺は肩に担いでいた枝をバヤガの息子に手渡した。
「そ、そうか……」
あまりの事に、なんて言ったらいいか判らないって顔をしてる。まぁ、普通の反応だよねぇ。
「あ、森の中に住む動物たちも、モンスターも含めて一緒に転移してきたから、そういうのが森の外に出てくる事も考えられるから、警戒と対応を頼めるかな?」
「え? そう言われても、自分には……」
確かに、バヤガの息子が持っているのは鉈ぐらいだ。服も普通の服で、俺が買ってきた服に着替えていた。
そう言えば、ネイシャが力を付けたら使わせてみようと、大小二つの弓を買ってきておいた。その内の小さい方をネイシャが使っていて、大きい方はカバンに入れたままだった。
その大きな方の弓と、換えの弦三本、矢筒と矢を十本取り出して渡した。
「これで対応してくれ。できるか?」
「お、おう」
なんか、受け取って、フルフルと震えてる。普通に売られてるタイプの弓矢なんだけど、そんなに感動するほどの物かなぁ?
弦の張り方を教えて、ボロボロになった古着を包帯状に切り裂き、握りの所の滑り止めにするように指示して弓の体勢が完成した。
グローブが必要かと聞いたが、自信を持って必要ないと返された。
そして試し撃ちには六人の女子供が見つめる中、十五メートルほど離れた位置に置いた木片を、見事打ち抜いていた。
もともと弓はやってたみたいだね。ここへも弓を持って避難してきたけど、新しい矢を作る事も、弦を用意する事も出来なくなって、泣く泣く焚き火の材料にしてしまったようだ。
聞く所によると、翼人たちは弓を自分で作り、その出来栄えと狩りの成果で一人前との評価を受ける事になるそうだ。
特に優劣は決めないけれど、いい弓を持つ者の所には、その作り方を教わりに人が集まり、尊敬を集める事になるそうだ。
それじゃ、俺が買った弓を貰うという行為はどうなんだ? って聞いたら、弓を貰うという事は特に問題無いそうだ。「自分で作った弓」という事が言えなくなるだけで、扱いとしては「修行中」という事になるようだ。
本当に良い弓なら、その弓をしっかりと勉強出来る事になるので、いい経験になるみたいだね。
でも、実際はそこそこの値段で買ってきた店売り品なんだよねぇ。エイプリルの作ったクロスボウは見せない方が良さそうだね。
バヤガの息子が嬉々として弓を射る姿を、子供二人が羨ましそうに見つめている。翼人たちにとっては弓が大人の証明みたいなモノのようだ。
とりあえず、防衛用に弓や槍を補充しておいた方がよさそうだね。
「エイプリル。ネイシャたちは?」
『十キロほど北にて黒い羽根の翼人たちと接触中です。グラウの説得により移動の準備を始めています』
「白翼の三人は?」
『それぞれ目標に接近中。明日には接触すると思われます』
「順調だね。ジェイたちの方は?」
『代表者を決める選挙が本日実施されています。投票期間は日没までとなっていますので、皆さんは投票所や周辺の警護をしています』
「そっちも順調だねぇ。代表者に選ばれそうな第一候補ってのは判るかな?」
『木こり衆の親方であるノウドが最有力候補です』
「木こり衆の親方?」
『はい。ボードとガードの父親になります』
「へー。会った事無いけど、良い感じの選択になりそうだね」
『今回の選挙はおおよその候補者を選抜する為のモノとして実施されましたが、ノウド以外の候補者が代表になる事を拒否しています。
実質、信任投票となりますが、過半数の賛成で当選とするか、無条件で当選とするかで意見が分かれています』
「基本的に、俺との対話用の街の代表なんだよね。その選挙で新しい町長になるかとかの設定もあるのかな?」
『はい。前町長への責任追及と、業務上横領などの罪を問うのが、始めの仕事となります』
「そっちの方の証拠とかは?」
『ジェンゲルンさんの要請により、レゼさんに嘘発見魔法を提供しました。
レゼさんにはターナの街の相談役という立場として、差別化として嘘発見魔法を覚えて貰い、候補者と選挙を運営するスタッフの不正看過に務めていただくとの事です。選挙後には査問官として前町長の裁判に携わって貰う予定だそうです』
「ん~。それだと、レゼの身の上が危険にならない?」
『身体的には従魔のマールが常に警戒していますし、立場的には、アカデミーの窓口になる予定という事実を使い、失うわけにはいかない人材としての立場を確立しています』
「まだ動き出していないアカデミーを使うのはどうかねぇ。魔法の道具を輸入したり、作り方を研究する組織のトップにするぐらいでも良いような気もするけどねぇ」
『今まで使用してきた魔法は、新技術が発見されていなかったため、研究という分野に対する理解が薄いようです』
「レゼのお父さんの時代で魔法研究が止まってるってことかぁ。文明としてあまり良い状態じゃないんだねぇ」
『あとは、有力者による搾取と贈収賄により努力が報われる事もなく、進化が止まっていたようです』
「色々、詰んでたんだねぇ。そこに、正義はともかく、公平さを取り戻す事はできるかなぁ」
『木こり衆は以前より公平さの回復を訴え、草の根運動的な活動をしてきたようですが、王都との繋がりのある町長の権力には正面から当たる事は出来なかったそうです』
「その町長も自分の兵隊にリンチにされてたから、大した権力では無さそうだけどね。
まぁ、研究に理解がないんじゃ、レゼたちの立場は危うくなっちゃうから、アカデミーの名前を利用するのも仕方ないか。
でも、そうすると、王都との関係も考えなくちゃならないね。王都の許可を取らずに他国と取引するようなもんでしょ?」
『この国は、周辺三カ国とは政治形態が異なるようです。
統治は各領主、及び町長、村長に任せ、国王は税金を取るだけで国の兵隊も持たず、治安の維持も行っていません』
「もしかして、周辺に他の国が無い?」
『はい。脅威となるのはモンスターぐらいで、豊かな森があるので食糧事情は良いようです。私兵はいますが主に個人に仕え、国という単位で作業を行う組織では無いそうです』
「もしかして、王都の方も腐ってる?」
『確認してはいませんが、王都でも贈収賄が当たり前のように蔓延っているそうです』
「うわ。正義はともかく、公平さが確保出来ないんじゃ、交流すべきじゃないよねぇ。
場合によっては、クーデターでも起こして、政変とかを演出する事も考えに入れておいた方がいいかもね」
『最悪の場合の想定として、考慮に入れておきます』
「そこら辺の事もジェイたちにしっかり話して、それを踏まえた対応をして貰うように頼んでね」
『了解しました』
あ~、丸投げって楽だ~。
まぁ、どうせ、俺が矢面に立って切り開かなければならないって状況になるかもね。ジェイたちを信用していないわけじゃないけど、ジェイたちの心に無駄な傷を付けたくはないしねぇ。
数名だろうけど、こっちの都合だけで誰かの人生を根こそぎ叩き潰すって事になるんだと思う。
俺から見たら非道で、人として有ってはならない所業をしていても、本人からしてみたら自然とそうなって、誰もそれを咎めなかったから自然とその状況まで来た。
なんていう場合もある。
特に権力を持っていたら周りはイエスマンしか居なくて、気がつけば罪人として糾弾されている、とか思う場合も有るんじゃないかな。
そう言った者たちを相手にしても、しっかりと糾弾して、新しい秩序のために裁くという必要も出てくる。
それをジェイたちに丸投げするのは無責任だよねぇ。
その時は、ジェイたちの手柄を奪う形になっても、俺が一番風当たりが強い位置に立つつもりだ。
出来れば、汚れ仕事の部分だけ引き受けるのが一番だけどね。
「認識はして貰っても、汚れ仕事は俺に振るようにエイプリルの方で密かに調整してくれないかな」
『それもまた修行なのでは?』
「そうなんだけど、いきなりは良くないでしょう。一度、それをすべき所でためらって貰うのがいいと思うよ」
『皆さんは、あまり弱くはないと推察しますが?』
「あ~、弱いのは俺か。うん。そうだねぇ。
やっぱ、任せようか。
ためらわずに行けそうだったら、全部を任せて、最後の一押しでためらいそうなら俺に言ってくれ」
『状況的に切迫した場合はどうしますか?』
「こっそりと近くで覗くつもりだけどね。後は成り行き任せで」
『了解しました。王都への糾弾という状況になりましたら、連絡を密にします』
「よろしく。俺はちょっと昼寝をさせて貰うよ」
『はい。警戒はどうしますか?』
「装備のカメラとマイクだけで良いよ。あとは樹精に頼むから」
スカイボードで森まで行き、枝の上で昼寝をするための太い木を探した。
丁度いい枝振りを見せる曲がりくねった木を見つけ、寝ぼけて寝転がっても落ちないように工夫して軽く寝る事にした。
砂漠の真ん中で良い感じの木の日陰が、直ぐに眠りに誘ってくれる。
そして俺は夢を見た。
そこは俺の部屋だった。いや、アカデミーに作られた俺専用の執務室が隣接した部屋ではなく、日本で大学に通っていた頃の俺の部屋。マンションで六畳間の一室を子供部屋として与えられてから十年以上使ってきた俺の部屋だ。
ベッド、机、本棚、天井まで届く棚には着替えからオモチャまでが雑多に押し込まれている。
いつものように俺は事務用の椅子にもたれかかり、ギシギシとしたバネの音を聞く。
机の上に置かれたパソコンのモニターは暗く、何も映っていない。
「ああ、夢かぁ」
一瞬だけ、元の世界に戻ってきたのか、という期待をしたけど、自分の身体に現実感が無く、直ぐに夢だと気がついた。
部屋の扉を見てみたけど、夢なら扉の向こうには非現実的な空間でも広がっているかな。普通に廊下になって、両親の部屋や居間、トイレ、洗面所、風呂場、そして玄関へと続いているのかな。
本棚の本はかなり適当だ。色々な本が入っているのは判るんだけど、今まで見た事もないタイトルなのはどうなんだろうねぇ。
そこで、急にパソコンのモニターが明るくなった。
画面一杯に映し出されたのは、「魔法について」というタイトルと、挿し絵の入ったテキストの羅列だった。
「つまり、魔法について勉強しろって事かな」
勉強だから、俺の部屋が背景として選ばれたのかも知れないね。
ならば、落ち着いて、じっくりと読ませて貰おう。
かつて、この世界が壊れ、異世界が流れ込んだ時に、魔法とモンスターがやって来た。
それまでは、異世界はモンスターたちの意志力で支えられていた夢想の空間だったそうだ。
何も無い空間に、心の力で空間を作り出し、互いに力を出し合って生きるための世界を支えてきた。
光や闇、地、水、火、風などの属性も、効率的に世界を支えるために分けられ、それぞれに管理者としての精霊があてがわれていた。
世界を支えて、自分たちの生きる空間を作っていたが、この世界に来てその必要がなくなり、今まで世界を支えてきた力が魔法という力になった。
つまり、魔法とは世界を作り、支えるための力。
それ故に、何も無い所に水を発生させたり、土を生み出したり、消したりも出来る。
言ってみれば、神の力にも等しいモノだ。
俺が理屈で考えるような、エネルギー保存の法則はあてはまらない。力さえ充分にあるのなら、新しい世界さえ生み出せるんだろうな。
ただ、闇雲に力を振るっても無駄ばかりでしっかりとした結果を生み出す事は出来ないので、魔法を使うための紋様が決められた。
水晶に魔法力を蓄えて使えるように刻み込んだ紋様がそれだ。
転移魔法の陣に描いたモノもこれに含まれる。
これらは、それを司る属性の精霊が認めたモノで、認めると同時に力をやり取りする通路にもなるということだ。
この方式は、ターナの街が精霊樹に記号を刻み込んで、その記号で力を吸い出していたのと似ている。というか、まんまだね。
精霊樹の方は一本の木に何人もの人間が関わって、力を吸い出す一方だったけど、精霊相手なら相当な数の相手をしても余裕だろうね。
つまり、魔法の紋様は精霊が認めれば何でも良いという事にもなる。でも、同じ意味の複数の紋様というのも混乱するだけだよね。
要は、こっちが精霊の紋様を覚えれば、効率的に魔法を使えるようになるはず。
この紋様を言葉で表現したのが魔法の呪文になるが、言葉だと一直線の意味しかないので効率が悪いようだ。
図形で描いた紋様は、縦、横、斜め、更に円形に描けばループでの意味も出来て、何重にも効果を重ねる事が出来る。その分、描くのに手間とコツとセンスが要るようだが、必ず重複するように作る必要も無いらしい。
円形にループするようにだけにして、起動させる前に魔法力を注ぎ込めば、注ぎ込んだ分と時間に比例してしっかりと強化されるようにも出来る。
あっ、呪文を強化する紋様ってこれだったんだ。
あれは、単純になんでも強化って感じだったけど、それぞれの属性や呪文に合った強化紋様にすれば、もっと効率的で強い呪文になりそうだ。
そして、紋様の意味を覚える状況になった。
一つの紋様に複数の読みや意味があるので、漢字を覚えるのに似ている。しかし、ここは夢の中。メモをとる事も出来ないので、ひたすら脳みそに焼き付けていくしかない。
目が覚めたら、一気に書き写す事を前提に、目の前の紋様と意味と読みを覚えていく。単純に紋様だけだと覚えにくいので、魔法の効果も確かな具体的な紋様の組み合わせで覚える事にした。
空間魔法の転移も、紋様で描いて貰ってそれを覚えるという形式にしたが、紋様で描くと一つの図形で四倍以上の情報密度になる。
簡単に言うと、呪文を四回唱えるよりも強くて確実な魔法が起動出来るというわけだ。
俺が森を転移させた時も、この紋様を使ったら脱力で死にかけるという事も無かったらしい。
本当に効率が悪いみたいだねぇ。今まで使ってきた詠唱による魔法起動は、「単純詠唱」と呼ぶ事にしよう。
魔法を覚えるのには単純詠唱からが良いのは明白だしね。
ただ、紋様を描いて魔法を起動させるのはどうしたらいいのかな?
そう疑問に思った所で画面が切り替わり、光魔法を使って空中に紋様を描く方法が映った。
ああ、光魔法で作った紋様でも、魔法の力が流れて魔法起動のための媒体になりうるのかぁ。これは便利だね。って思ったら、闇魔法に関しては光魔法では媒体にならないそうだ。
その場合は、空中に闇魔法で紋様を描けば良いらしい。
じゃあ、火の魔法を使う時は、炎を使って紋様を描いたら? って思ったけど、それは効率的には余り意味がないそうだ。可能なら風で紋様を描くのが良いらしい。これは、五行思想の相克とか相生とかの関係に似ている。
こっちは五つだけじゃなく、光、闇、火、水、風、土、空間、樹、とかが複雑に絡み合っているみたいだけどね。
他にも有りそうだしねぇ。
風の中には雷や音も含まれ、土の中には金属も含まれる。水の中には海や氷が含まれ、火の中には温度という概念も含まれるみたいだ。
そう考えたら、目の前の画面に紋様がずらずらと描き出されてはスクロールしていった。
覚えられないよぉ。
泣き言を言ったら、今度は、「強制記憶 する? しない?」というヤバそうな文字が出てきた。
ヤバいっすよ~タモさ~ん。
とか言いながら、「する」って方を指で突いた。タモさんって誰?
突いた瞬間に俺の部屋は消えて、俺の身体も輪郭がぼやけてきた。これからは意識だけの状況になるようだ。
そして、紋様が一つずつ現れては意味や読み方、発音などが俺の頭の中で再生されていく。
不思議な事に、次の紋様になっても、直前の紋様の事が頭から消えない。次々と現れる紋様で頭がどんどん一杯になっていくようだ。
他の事を考える余裕も無くなり、ひたすら紋様を意識の最前面に置いていく。
自分の状況だとか、これからどうなるのか、だとかの雑多な思考が完全に停止し、紋様を思い出す事ばかりを続けている。さらに新しい紋様を覚え、また思い出す、覚えて、思い出すという事を何千回も繰り返しているような感覚だけが続いた。
そして、俺は目を覚ました。
曲がりくねった木の、枝の根本に身体を置いて昼寝していた格好のままで。
「エイプリル? 俺、どのくらい寝てた?」
『約三十分ほどです』
「濃い三十分だったなぁ」
『夢を見ましたか?』
「ああ、精霊へ繋がる紋様と紋様の描き方、使い方を教えて貰う夢だった」
そう言って、指先を立てて光魔法を唱え、空中に紋様を描いていく。指先の光をちょっと押し当てるだけで一つの紋様が描かれて固定されるのは楽だけど、頭の中にしっかりとその紋様を思い浮かべなければならないのはきついかもね。紋様をしっかりと覚えるまでが大変そうだけど、慣れたら数個の紋様を一片に作れそうだ。
最後に円形に同じ紋様の列を描いて完成。
しっかりと魔法陣の形になってる。
書式は、「空間魔法」「二点間」「繋ぐ」「移動」というモノ。始めの「空間魔法」というので属性を宣言して、「二点間」というのは「別の物」という意味もある紋様。「繋ぐ」というのは、「一つにする」とか、「合体させる」とかの意味も持つ紋様。「移動」は「動かせる」とか、「結果」とかの意味もある紋様だ。
始めの空間魔法の宣言で、次の紋様が別の場所という意味に限定され、そのために三つ目が繋ぐという意味に限定される。最後は、別の場所に繋ぐのだから、結果ではなく、移動という事になる。
出来上がったのは「転移魔法」だ。
だけど行き先を考えていなかった。
そこで、転移出来る行き先を表示させる文章を紋様で描いてみた。書式は、「空間魔法」「二点間」「繋ぐ」「移動」「可能」「一覧」「選択」の意味の紋様を真横に一直線に置いただけ。
すると、丸く切り取られた各地の映像が映し出された。これは、俺がイメージした形に準じてる。
でも映し出された一覧には、転送魔法用目標陣を作った事の無い場所の方が多い。
え? こんなに転移出来る場所がある? 周辺三カ国ではケルス先生の家や、それぞれの王城の入り口、何度も通った古着屋や雑貨屋、レイミーの新しく作った家や、ファイエーの家もあった。
どうやら、場所的にしっかりと覚えた位置が登録されるようだ。
さらに、大陥没の地下を思い出してみると、その場所がリストに加わった。
「これは便利だ」
『曖昧な記憶に頼らずに、転移先が選べるようになったわけですね』
「うん。この紋様を使って、転移用のスクロールも作れるかもね。これで、危険なモンスターから逃げられる率も上がって、冒険に便利になるだろうね」
『艦長が見た夢は、精霊たちによる情報提供だったわけですね?』
「俺が無茶して死にかけたから、きちんとした魔法の使い方を教えておこう、って思われたみたいだね」
『艦長が学ばれた知識を文書化する事はできますか?』
「強制記憶とかで覚えさせられたけど、早めに文字にして残しておかないとならないね」
そして、ヘビーコアを搬入したトンネルの前に置いてある小型輸送艇の場所を選択し、空中に描かれた転移魔法を起動させた。
魔法陣に手を当てて、手から魔法の力を注ぎ込むだけ。
強引に転移で持って来た森から、小型輸送艇前に一瞬で移動した。転移自体の感覚は変わらないけど、使われた魔法力は今までの二割程度という感じだった。
魔法力の消費がこれだけなら、使える人も多いだろうね。これはホント良い物を教えて貰った。
「夕方前にネイシャたちを迎えに行くから、ほどほどの所で声をかけて」
『了解しました』
エイプリルにタイマーになって貰い小型輸送艇のリビングで、クリップボードの用紙に覚えさせられた紋様を描いていく。紋様の形は一つにつき、意味も読みもいくつもある。同音異義語もけっこうあるけど、魔法の属性によって使われる意味が違ってくるのでかぶる事はないようだ。
ただ、黙々と書き写していく。
『艦長時間です』
ただ、黙々と。
『艦長。ネイシャを迎えに行く時間です』
「え?」
集中と言うより熱中し過ぎて時間を忘れたって感じだ。
「ゴメン。何回ぐらい呼びかけてくれた?」
『五回になります』
「なんか、一つの事に集中しやすくなってるのかなぁ」
『継続観測を行いますか?』
「適当な感じでよろしく。
じゃ、ネイシャとグラウを迎えに行くよ」
紋様を書き写していたクリップボードをテーブル脇のマガジンラックに放り込み、スカイボードを手にとって立ち上がった。
外に出てスカイボードの下に爆発的な風を起こして、一気に上空へと飛び上がる。そして、前傾姿勢で前に進みながら風を強めて上昇も行う。
陽は傾き、地面に近くなり、まぶしさが和らぎ、直視出来ない程では無くなる。
暗くなる前にネイシャを回収しないとね。
「エイプリル。ネイシャの位置をナビゲート」
ヘッドギアのアイシールドに半透明の矢印と距離が浮かび上がる。この矢印の先にネイシャが居るわけだ。
ふと、思いついた。
ネイシャの所に向かう前に、白翼の翼人たちの所に向かう。
丁度火を焚き、夕食の準備を始める所だった。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「はい。どういった事でしょう」
俺の声にバヤガの息子が対応してくれる。
「これからネイシャを迎えに行くんだけど、黒い羽根の集団と一緒に居るらしいんだよね。で、直ぐ喰えるようになってる肉と薪、水を入れておける革袋が欲しいんだ」
「あ、はい、判りました。ナイフなどはどうしましょうか?」
「たぶん、そう言うのは持ってるだろうと思う。明日にはここに到着するはずだから、今晩の分で充分なはず。ここは明日の受け入れ準備を頼むよ」
白翼の翼人の女性二人が、森から取ってきたと思える葉っぱで肉を包んだ物を渡してくれた。あと、これは俺が大量に買ってきた革製品の中にあった革袋の水筒だね。それから、一晩分の焚き火用の薪をカバンに入れた。
「出来ればで良いんだけど、煙が良く出る焚き火を明日の朝からやってくれないかな。目印になる狼煙にしたいんだ」
「ああ、そうですね。判りました。明日の朝にでも森から何か取ってきましょう」
「じゃあ、俺はネイシャと合流して帰るから、また明日」
そう言って手を振り、スカイボードを飛び上がらせた。
今度こそ、ネイシャの居場所を指し示す矢印に沿って飛んでいく。白翼の集団の所から真っ直ぐに向かった方が目標にもなるだろうしね。
そして直線距離で七キロほどと言う所で移動中の集団を発見した。その数十五人プラスネイシャとグラウ。
スカイボードを下から支える風の力を弱め、ゆっくりと黒翼の集団の前に降りていく。
槍と手製の弓を構えて俺を睨み付ける男たちを無視して、当然のように余裕を持って地面に降り立つ。
「ネイシャ。夕ご飯だから迎えに来たよ」
「アキラ!」
俺に抱きついてくるネイシャ。そのほのぼのとした光景に毒気を抜かれる黒翼の男たち。
このままネイシャを連れて帰ったら怒るかな? なんてお茶目も考えついたけど、とりあえず説明だけはしないとね。
「こんばんは。初めまして。俺は元々翼を持たない種族の人間です。名前はアキラ。魔法使いです」
「魔法使いか。本当に魔法が使えるというのなら、水や食い物を出して貰いたいモンだ」
よく判らない人物を見極めるための言葉なんだろうけどねぇ。
「あ、すみません。とりあえず肉は始めから持って来てたんで、これは今の内に渡しておきますね」
更に毒気を抜かれた感じで目を丸くしてる。ゴメン。本当にすみません。機先を制するつもりがのれんに腕押し、ぬかに釘って感じでスカされちゃったよねぇ。
それから、白翼の所でもやったように、縦横二メートル。高さ一メートルぐらいの石の桶を作り出し、その中に水を注ぎ込んだ。
「どうぞ」
そう言って、俺はその場から離れる。それまで目を丸くしていた黒翼の翼人たちは、一瞬だけ呆けた後に、水に飛びついた。
一応、女子供を優先する気概は見せていたけど、直ぐに全員で頭を突っ込んでいた。
あっという間に水が減っていく。そこに、俺が手を伸ばし、ホースで放水するように水を噴き出させ、子供を中心に皆の頭の上から水を振りかけていく。
その俺の意図に気付いた翼人たちは、じっと立って静かに水を浴びていた。まぁ、子供たちははしゃぎ廻っていたけどね。
それからしばらくは水に打たれていたけど、慣れた頃には髪の毛を手櫛で何度も梳いていた。
もうしばらく水を出しておこう。
ようやく落ち着いた所で、石の桶に再び水を注ぎ、少し離れた所に焚き火用の薪をカバンから取り出して置いた。
あまり凝った物は必要ないだろうってことで、石のテーブルだけを土魔法で作り、俺からのサービスはここまでという事にした。
この準備が終わるまでに、翼人たちは乾いていたけどね。
「俺が飛んできた方向に、白翼の集団が生活出来るように場所を整えています」
「白翼の集団か。大体半年以上前に、俺たちを追い立て廻したヤツらだ。そんなヤツらを信じられるのか?」
「そんな感じの事を、白翼の方でも言ってましたね。でも、そちらが憤りや恨みを持っているとかは、俺には関係無い事です。
俺の方は、勝手に命令させて貰います。翼人たちは元の一つの集団に戻ってください」
「命令か?」
「そうです。命令です。これは、他の翼人たちにも命令する事にしています。当然、白翼の集団にも命令しています」
「お前は、何の権利があって俺たちに命令するんだ?」
「なんの権利もないですね。
でも、命令を押しつけるだけの力はあります。風の魔法で空も飛べますし、水の魔法で綺麗な水をいくらでも出せる、ってだけじゃ無いです。火の魔法で二十人ぐらいは一瞬で燃やし尽くす事も出来るし、土の魔法でロックジャイアントのようなゴーレムも作り出せる。
俺の命令に従わないという選択肢は存在しません」
「なぜだ。なぜ、お前は俺たちに命令する?」
「ネイシャとは、八日ほど前に東の外れで出会ったんです。その時のネイシャは、翼の骨が折れて、折れたまま骨が繋がってました。言葉もほとんど忘れかけ、栄養失調で干涸らびる寸前でした。で、俺がこのまま連れ回してもいいけど、出来れば本来の居場所が見つかればいいな。と言う事で、翼の一族には元の集団に戻って貰おうと思ったんです」
「種族の違う娘一人のためにやってるという事か」
「まぁ、翼の一族が元の集団に戻らないと、翼の一族は遠からず全滅する、っていうのも有りますけどね」
「あ…………、あぁ………」
黒翼の代表は天を仰いでから、大きなため息をついた。
「そうだな。確かにそうだ。
今のままなら、俺たちに未来はない。俺たちはお前の命令に従うとしよう。
そう、力ずくで命令に従わされるんだな」
「白翼の集団とも約束したんですが、翼の集団が一つにまとまったら、魔法を教える事にしています。
風魔法で、こういう場所でも舞い上がる程の風を生み出したり、綺麗な水を生み出すと言う事が、出来るようになりますよ」
「本当か!」
「ええ。ただし一つの集団にだけ教えるというつもりは有りません。あくまでも翼の一族が集まったら、全てに対して同時に教えます」
「………、なるほどな。判った、俺たちは全面的にお前に従う事にする。なにかやる事はあるか?」
「そうですねぇ。実は白翼の所に森を一つ持って来たんですが、森と一緒に森に居るモンスターも持って来ちゃったんですよねぇ。まぁ、元々そのつもりだったんですが、普通に野放し状態なんで、森から出て子供を襲うという事も考えられます。ですので、白翼の人たちと協力して、周辺警護をお願いします」
「も、森を持って来た、って?」
なんか、情けない顔をされちゃった。これってどういう意味だろうねぇ。
「まぁ、それは、明日、白翼の所に合流してから確認してください。今は肉を焼いて食べて、英気を養って貰うだけですね。
白翼の所にモンスターを十頭近く持って来たんで、当面の食料は心配有りません。なので、その肉は食べ切っちゃっても構いませんよ」
あっ、また塩とコショウを忘れてた。カバンに残ってるかな?
調べたら、岩塩が一塊と、コショウの実がツタに付いたままのがあった。それを取り出し、実だけをこそぎ落とし、土魔法で作った器の中に入れる。そして水魔法で水分を抜き取り乾燥させ、土魔法で作った擦り棒で砕いていく。同じように岩塩も別の器で粉にして渡した。
「塩とコショウです。肉に振りかけて焼けば、ちょっとだけ辛くなりますが肉の臭みを消してくれるので美味しく食べられるようになりますよ」
カバンの中にはメイが焼いてくれた柔らかいパンもあるけど、十五人分は無いので出さない事にした。
「じゃあまた明日。白翼の所で合いましょう」
そう言ってからネイシャとグラウを呼び寄せ、空中に紋様を描いて転移魔法を作り出し、トンネル前の小型輸送艇を目指して転移した。
「ほう。新しい魔法を覚えたのか?」「ほうほう?」
「新しい魔法じゃなく、魔法に使う精霊の紋様を教えて貰ったんだよ」
グラウの質問とネイシャの言葉真似を聞きながら小型輸送艇の後部ハッチをくぐり、リビングスペースまで入っていく。
「ネイシャ。顔と手を洗って。ネイシャが終わったら俺も洗うからね」
簡単に済ませようとするネイシャを力ずくで押さえ込み、丁寧に手を洗わせ、顔もしっかりと洗わせる。ハンドタオルを渡して俺の番。液体石鹸を顔と手に撫で付けて水でマッサージしながら石鹸を洗い流していく。
さっぱりした所で、ネイシャがタオルを渡してくれた。って、これって、君が使ったタオルだよ? 少し湿ったタオルで顔と手を拭き、夕食の準備を始める。
「グラウ。夕ご飯が出来るまで、ネイシャに勉強させておいて」
「いきなり大役じゃな」「じゃなー!」
バタバタと走り回る音や、飛び交うメモ帳を背中に感じながらメイが作った柔らかいパンを切り分けたり、ハムやチーズを盛りつけたりする。今晩はビーフストロガノフのレトルトパックにしようかな。ライスが有ればいいんだけどねぇ。
そして夕飯を食べ終え、ネイシャをシャワールームにたたき込み、交代で俺がシャワーから出る頃にはネイシャはぐっすりと寝ていた。
ここからは声を潜めて、物音も余り立てずに行動することになる。
そして、夕方前までやっていた精霊の紋様を書き起こす作業を再開した。
「ほう。それが教わったという紋様か。いったい何時の間に教わったんじゃ?」
「昼寝した時に夢で教わったんだよ。それでも覚えきれなかったから強制記憶とかで無理矢理覚えさせられたんだけどね」
「なんじゃ。強制記憶で覚えさせられたのなら、急いで書き起こす事も必要ないんじゃないのか?」
「ジェイたちに教えるにしても、俺が活用するにしても、しっかりと書き写した物が必要だし、エイプリルやファイエーに研究して貰うのにも必要だしね。
それに、強制記憶ってのがなんか怪しくて信用できないんだよねぇ」
それからは、また、黙々と書き写すだけの作業になった。そして、約一時間で作業は終わった。
ちょっと大変な事かもと思ったけど、量としては大したことは無かったようだ。紋様の数としては七十八個。一つの紋様の意味が、水魔法の場合、土魔法の場合とそれぞれ変わったり、全属性に関わる紋様や、一つの属性にだけ使われる紋様があったりと、ちょっと面倒だった。
それに、光魔法で空中に紋様を描く為の呪文やコツなどを記述。紋様の組み合わせ方で、既存の呪文を構成したり、強化したりする凡例を一通り書き写した。
実は、これが一番時間がかかった。
「エイプリル。これは取り込んでくれた?」
『はい。艦長が記述中にデータとして入力済みです』
「良かった。二度手間にならないで済んだね。じゃあ、エイプリルの方で整理して、コピー本を作ってくれるかな。とりあえず二十部ほど。
俺用、ジェイたち用で、あとは控えで。
あっ、ファイエーには完成しだい、直ぐに渡しておいて」
『了解しました』
確実に大きな前進になる仕事を終わらせたという思いでかなり力が抜けた感じだ。今夜はぐっすり寝られそうだ。
そして、本当にぐっすり寝られた。まぁ、寝過ごした、とも言うけどね。
「アキラ~」
ネイシャが今にも泣きそうな声で俺に語りかける。なるほど、お腹減ったのね。
「ネイシャ、おはよう。今、朝ご飯作るから、顔洗っておいで」
本当に嬉しそうな顔で洗面台の所に駆けていく。本当にお腹減ってただけなんだねぇ。
朝食はピザにして、オーブンに冷凍ピザを放り込み、俺も顔を洗いに行く。顔を洗って戻ると、ネイシャはオーブンの前でしゃがみ込み、じっと中を見つめて待っていた。
そして、アツアツのチーズが伸びるのに悪戦苦闘しつつ、一人前プラス半人前分を平らげてた。
そんな姿をじっくり見つめ、なんとなく幸せな気分になっているのは、お父さんスイッチが入っちゃったのかなぁ? もしかしてお母さんスイッチ?
翼の一族が集合して、ネイシャの親戚でも居たらネイシャを任せるつもりなんだけどね。
食器を片付けたらお茶をして少し休憩。トイレを済ませてからネイシャと共に空に舞った。
白翼の所に行くのもスカイボードじゃなく、転移で一瞬で移動すればいいのに、とか思ったけど、空からじっくりと状況を見るのは必要に思えた。
翼人たちの問題が解決したら、埋め込んだヘビーコアが魔法的に稼働する事になるからね。
周辺に見逃した翼人たちや、他の人たちが居ないかを確認しながら空を滑った。これはネイシャにも言ってある。出来るだけ「何か」を見つけてくれってね。
「アキラー! 変!」
早速見つけたかな?
ネイシャの指差した先には、緑が生い茂る森があった。
「ああ、言ってなかったねぇ。あの森は昨日、俺が遠くからここに持って来たモノなんだ」
「なんじゃと?!」
驚いて食い付いてきたのはグラウだった。
「ほら、ここんとこ、魔法力が異常に上がってるみたいでしょ? 出来るだけやってみようって挑戦したんだよね。そしたら、あの規模の森を持ってこれちゃった」
「これちゃった、って、一人で出来る規模を超えとるぞ?」
「だよね~。実際にやった時は、全身から力が抜けて、死にかけちゃったんだけどね」
「おい。この間の反省が生きとらんぞ?」
「はい。ごめんなさい。ってか、転移魔法だったら、失敗した場合は使う魔法力が無駄になるだけの筈だったんだよねぇ。それが、俺が死にかけるほど魔法力を奪い取られて、強引に成功したって感じなんだよね」
「それでも、これをするだけの力は持っていたというわけじゃな」
「まぁ、死にかけたから、精霊が紋様と詳しい使い方を教えてくれたって感じなんだけどね」
「おぬし。また同じ事をできるのか?」
「正直やりたくない。紋様を組んで起動させれば、効率的には出来るようになるみたいだけど、流石にあの規模は、失敗したら本気で死んじゃうかも知れないからね」
「出来なくはないが、不測の事態が有れば死に直結するレベルの魔法というわけじゃな」
「こっちの命が危険とか言う状況なら考えなくはないけどね。まぁ、やってはいけないという線引きは出来たかな。
ただ、魔法力の増量期間が終わったとか、そんな事があったら、全部無駄かも知れないけどねぇ」
オンラインゲームのイベントで、攻撃力二倍とかいう期間があると、その後の操作が上手くいかなくて死にまくり、なんて事もあるからねぇ。
このまま魔法力増量で行くと調子に乗って死ぬかも知れない大魔法を使うかも。だけど以前の状態に戻ったら、それはそれで自分の強さを勘違いして自爆しそうなんだよね。
贅沢な悩みってのは判るけど、今後の事も考えると増量のままの方が良さそうだけどね。




