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第七十一章 晃とネイシャ 穴掘り

 エイプリルが設定した自動操縦で、俺一人を乗せたファイターは砂漠の上を飛んでいる。間もなく目的地が見えるという事だけど、目の前には砂漠の地平線しか見あたらない。


 もう少し高度があれば見えるのかな? そう思った時、コクピット内の全天モニターにガイドラインが描かれ、目の前の砂漠の地平線がそのままデカイ一枚岩の塊だという事が判った。


 大雑把な地図でも、東京の区の一つぐらいは有りそうだと思ったけど、大きめの市ぐらいは有るかも知れない。


 でかすぎて、個人ではその大きさを測れないという感じだ。


 そして、かなりの絶壁になっている山の麓にしか見えない位置にファイターは着陸した。


 ファイターから降りて、直接自分の目で見ても、岩と言うよりも単なる山にしか見えない。草木が無いから砂になりかけている岩肌が直接見えている。表面は比較的丸っぽい岩肌に見える。


 これは、フリークライミングとかやってる人には垂涎の的なのかも知れないが、俺が目指すのはこの大きな一枚岩の真下だ。


 砂漠とは言っても周辺は固い土で覆われているが、その土は乾いていて、掘り出したら直ぐに崩れていくだろう。

 もしも、砂漠に穴を掘るとしたら、大きな露天掘りで進むしか無くなる。


 予定では二百メートル程は真下に行きたいため、それで露天掘りにしたら半径六百メートルの円形の穴を掘っていかなければならないかも知れない。


 さすがにそれはやってられない。


 で、これだけ大きな一枚岩なんだから、直径十五メートルぐらいの穴を開けても大丈夫じゃね?


 と言う事を考えた。土魔法で岩に穴を開け、十数メートルおきに土魔法で硬化処理を行う。脆そうな所にはゲンブの硬化剤を塗布して補強。そのまま斜めに岩の中を進んじゃおうというわけ。


 しばらくして、工作機械を運んでいる筈の中型輸送艇が到着した。


 まずは作業用ロボットが計測を開始する。所々杭を打ち込み、その岩質を調べているようだ。さらに装甲車が出てきてビビった。もしも岩盤が崩れてきた時には一時的に装甲車に避難して、落ち着いてから土魔法で穴を掘ればいいという、一時避難場所と、俺用の休憩場所にするためと言う事だ。


 掘る穴は直径約十五メートルの円状。距離は約十五キロ、深さは二百メートル。一キロ進んだ時点で十三メートル下がればいい計算だ。勾配で言えば一・三パーセントの下り坂って感じかな。


 そして計測が終わったので、さっそく土魔法を使って試してみる。


 穴を開ける位置が、穴の中央がいいのか、自分が足を着けている所から上に十五メートル開けるか、そのどちらか楽か、と言う事を考える。

 十五メートルと言えば、マンションなら五階の天井ぐらいの高さだ。

 意識的には、高い、届かない、と思ってしまう。それはマイナス要素になりそうだったので、土魔法で足場になる柱を作り、約七メートルの所に立った。そして前方、岩の壁の向こうを見据えるつもりで土魔法を唱え、そして消去を起動した。


 付けて貰ったマーカーで作られた形をなぞって魔法を発動させる。


 天井はアーチ型。床は真っ平らという形で、綺麗に穴が開いた。それと同時に一気に風が中に吹き込む。

 その風が強く、俺の乗っていた土の柱が崩れて倒れ始めた。俺自身も風に煽られて空中に投げ出される。

 何故か、焦る事もなく風の魔法を唱え、俺自身を吹き上げさせる様に強い風を出す事に成功した。

 入り口からはかなり入ってしまったけど、無事に軟着陸を果たし、改めて俺自身の魔法の力を目の当たりにした。


 「えっと、今の一回で、どのくらい掘れたのかな?」


 『入り口からは約八十メートルですが、実質有効範囲は七十メートルと言えます』


 「七十メートルかぁ。十五キロを70メートルで割ると……」


 『回数としては二百十五回になります』


 「二百……。まだまだ先は長そうだね」


 『装甲車を呼び寄せます。計測が終了するまで中でお休みください』


 エイプリルの言葉に甘えて、やって来た装甲車に入った。中は宇宙戦用装甲服を着た兵士が十二人入れる設計で、俺が直立して手を挙げても天井に届かなかった。

 そこに、俺の生活用の物資が入ったコンテナが四つ置かれ、ユニット式のトイレとシャワールーム、ウォーターサーバーとコーヒーサーバー、簡易ベッドが置かれ、グラウの止まり木まであった。


 俺一人なら、これで充分だよねぇ。


 コンテナから毛布とシーツを取り出し、簡易ベッドのマットレスに巻き付けてベッドメイク完了。折りたたみベンチにも毛布を置いて、簡易ソファのできあがり。コーヒーサーバーに紙コップをセットしてスイッチを入れ、宇宙軍式コーヒーが出来上がるのを待つ。


 「ふぅ。なんか、調子がおかしいなぁ」


 ベンチに座って一息ついた。やっぱり、今日の俺の調子はいつもと違う。


 「なんじゃ? 何処か調子が悪いのか?」


 止まり木からグラウか聞いてきた。


 「いや。調子は良い。っていうか、良すぎるんだよね。転移魔法もいつもなら転移先を頭に思い浮かべるのが大変だったりしてたのが、頭の中に転移先のボタンが出来たみたいにしっかり選択出来た。穴を掘る土魔法も、前はこんなに凄くはなかった。たぶん、前なら半分以下しか掘れなかったはず。土の柱から放り出された時も、俺は『風魔法』っていう始めの呪文しか唱えて居なかった気がする。残りの部分はイメージで補ったというのは判るんだけど、そのイメージが呪文を唱えた時と同じぐらいはっきりしてたんだよねぇ」


 「何じゃ。魔法使いとして達人級にまで上達したと言いたいのか?」


 コーヒーサーバーから紙コップを取り出し、熱いコーヒーを啜る。


 「上達って言うのは、しっかり階段を上った状態を言うと思うよ。俺なんかだと、ようやく中の下か、中の中ぐらいの位置だったのが、いきなり上の中ぐらいになったって感じかなぁ。まぁ、上がどのくらいかってのは判らないんだけどね」


 「原因はアレかの?」


 「そうかなぁ。原因については色々有りすぎて困るよねぇ。もしかしたら、全部が微妙に影響していたかも知れないしね」


 「まぁそうかものぉ。じゃが、上達したのなら困る事もあるまい?」


 「今の状態がずっと続く保証が有ればね。もしかしたら、また本来の俺の状態に戻るかもしれないって状態じゃ、行動計画も立てられないしね」


 「あてには出来ないというわけか」


 「一歩一歩階段を上がってこの状態になったのなら信頼出来るけど、中間が抜けてるって感じだからねぇ。まぁ、しっかり俺の力になっているっていうのなら、余計な心配になるんだけどね」


 「安全な状態で、使えるのなら使って、危険な状況だったら、元の力量で事を起こすという心づもりというわけじゃな」


 「それしか無いよねぇ。今の力が、ドーピングとか、借り物の力とか、判る方法は無いかなぁ」


 「魔法力自体が謎じゃしな。そもそも、お主の力自体が謎な面も多いからのぉ」


 「謎ばっかりだねぇ。いつか、この謎も解けるのかなぁ」


 これは、俺の解決する謎じゃなく、後々のアカデミーの生徒たちが突きとめる謎なのかもね。


 コーヒーを飲み終わった俺は立ち上がって装甲車から外に出た。


 「計測は終わったようだね。どんな感じ?」


 『実質有効距離は七十五メートルと算出されました。高さも十五メートルを維持。内部の崩落は有りません。岩盤の質も良好で、作業が一年以内に終了するのであれば補強は必要ない可能性もあります』


 「それは朗報だね。どうせ、ヘビーコアってのを埋めたら、使わなくなっちゃう穴だもんねぇ。余計な手間はかけたくないよね」


 『ですが、土魔法により岩盤を消失させた時の真空状態は危険と判断します。クレーンを手配したいと進言します』


 「うーん、それよりも、ヘビーコアを入れて、その中央に足場を作るとかは出来ないかな?」


 『考察に値する意見と判断します。ヘビーコアを乗せる台車を制作中ですので、残りの作業はその完成を待ってからにしてください』


 ヘビーコアが入る前にもう少しやっておきたいと言ってみたが、結局エイプリルに押し切られて今日の作業は終了という事になった。


 歩いて穴の外で出ると、外は暗く陰っていた。場所は一枚岩の東側だから、太陽が西に沈むと早い内から影になって暗くなる場所のようだ。

 今日はレゼの家の横に停めた小型輸送艇まで戻って、メイの食事と自分のベッドで寝ようかと思っている。

 転移の一回や二回なら負担にならないぐらい調子が良いので、魔法力の無駄遣いっぽい感じがするけど構わないだろう。


 掘り始めた穴から少し距離を取った場所に、転送魔法用目標陣を新たに作る。


 これで、ここへは一瞬で来られる。あとは、小型輸送艇のいつものベッドへ直行だ。ジェイたちが帰ってきているのなら、ちょっとは相談に乗ってあげるつもりだ。


 でも、それは後回しになりそうだ。


 俺の足下に、一本の矢が突き刺さった。


 矢尻の方向から射出地点を探す。北側。二十メートルほど先の岩の陰から放ったようだ。


 『艦長?』


 「問題ない。あの程度だと、俺の目にでも刺さらない限り、傷一つ付けられないだろうね?」


 『同意します。しかし、油断無きようにと願います』


 距離が二十メートル。そして。突き刺さった勢いからすると、普通の野生動物でも致命傷にはならないレベルの弓矢だと思う。

 きっと、十メートル以内の場所から隠れて射るタイプの弱い弓なんだろう。だとすると、投げナイフや投網とかも使ってくるかな?

 あ、矢に毒を塗ってるはずだよねぇ。


 足下の矢を拾い上げてみると、毒っぽい物は塗られていないような感じだ。匂いも無い。いや、それどころか、矢と呼ぶのもお粗末な感じだ。


 先に矢尻は無く、木を折った時の裂け方を利用しているだけ。かろうじて、矢羽根の部分に鳥の羽を食い込ませてあると言う程度だ。


 「コレって、毒は使われてないのかな?」


 『画像解析では液体状の塗布は確認出来ませんでした』


 「つまり、真剣に俺を殺そうとはしていないって事なのかなぁ?」


 「わからんぞ。コレでも本気と言う事もありそうじゃ」


 「それはそれで厄介だねぇ」


 俺は風魔法を使い、身体の周囲に風の渦を発生させて防壁代わりにした。そしてそのまま真っ直ぐに射手のいる岩を目指して歩く。


 同時にもう一本の矢が飛んできたけど、風の防壁で簡単に弾かれた。


 更に近づくと、その射手が岩から飛び出し、小さなナイフみたいな物を構えて俺に飛びかかってきた。


 あっ。


 風の防壁で弾かれて飛ばされちゃった。


 「あれ?」


 一応、岩を回り込んで、二人目が居ない事を確認してから、飛ばされた射手を見る。


 射手は、子供っぽかった。いや、本当に子供かも。たぶん獣人なんだろう。背中にワシっぽい羽根を生やしている。でも、翼は役に立っていないようで、だらりと垂れ下がり引きずっている。もしかしたら折れているのかも知れない。


 よく見ると獣人という形式には見えず、タイプとしては翼人とでも言うのかも知れない。


 獣人だと、身体の形は獣と人間を合わせたという感じだけど、目の前にいる翼人の身体はほとんど人間だ。


 そして顔つきや体つきからは男か女かも判らない。ボロボロの布を身体に巻き付けて服っぽい形にしているだけのようだ。もう少しボロボロになったら包帯を巻いたミイラに見えたかも。


 そして、長めの髪はボサボサに爆発していて、汚れた顔で俺を睨み付けている。


 おそらく手製の弓を俺に向け、攻撃するか逃げるかを迷っているようだ。


 「なんで俺を狙う?」


 理由を聞いてみよう。俺の言葉はしっかり理解出来るはずだ。

 言葉が通じる事に驚いているようだが、俺に向ける弓は下がらなかった。


 「お、お前。メシ」


 一番聞きたくなかった単純な答えが返ってきた。


 「俺を殺して喰うつもりか? 単純に見ても、俺を倒せるほど強くないだろ、お前。

 返り討ちにあったら殺されて喰われる、ってのぐらいは判ってるんだろ?」


 「うっ」


 その一言がきっかけになった?


 何故か弓を下げ、そして、そのまま倒れて気絶してしまった。


 結構ギリギリで生きていたらしいねぇ。


 放っておくのが自然の法則かも知れないけど、俺はその翼人を抱えて装甲車まで歩いていった。


 その間、翼人は目を覚まさず、時折痙攣を繰り返していた。


 装甲車の中に作ったベッドに寝かせ、治療魔法の診察で身体を調べる。


 かなりの栄養失調だ。背中の翼は肩胛骨から伸びている骨に繋がっていて、神経も筋肉も通っているようだ。でも骨が数カ所で折れ、折れたまま繋がってしまったようだ。

 他の骨も痩せ始めて、殴ったら簡単に骨折するぐらいスカスカになりかけていた。


 まず、精神魔法の催眠で痛みを感じないように言い聞かせる。これは眠っていても、言葉が通じるのなら効果が有るはず。


 そして翼の骨に思い切りチョップを入れた。


 思った通りに曲がったまま繋がった骨がぽっきりと折れる。正しい位置に直してから、その部分だけを魔法で治療して、そしてまた別の位置の骨をチョップで折る。


 ちょっと鬱になりそうな作業を繰り返して、なんとか翼の骨の修復が終了した。少し骨が歪に盛り上がった所もあるけど、切り開いて骨を削るという作業が必要そうだったのでそのままにした。


 今度は身体全体に治療魔法を施し、一時的に身体を活性化させる。


 そして水を口に含ませて、その様子を見る事にした。


 ここからは催眠術も解いてあるから、痛みや感触も感じるはず。診察では痛みを感じる場所は無かったはずだけど、痛みというのは外からは判らない場合も多い。その場合は自己申告して貰わないと、治療の目途もたたないんだよね。


 そのためにも、目を覚まして貰わないとならない。


 水を少しずつ、口の中を湿らす程度に与えていたら、ゆっくり目を開いて水をがぶ飲みし始めた。


 あっという間に紙コップの水を飲み干し、ウォーターサーバーで再度汲んだ二杯目も綺麗に飲み干した。


 そこで俺を見て驚いてた。うん、お約束の反応だね。


 「落ち着け。俺はお前を殺さない。俺はお前を喰わない」


 かなりビックリしていたが、一応臨戦態勢にはならなかったようだ。


 そしてコンテナをあさって、コーンスープの粉を発見。ウォーターサーバーの温水口からのお湯に混ぜて溶き、少し水を加えて冷ました物を与えた。


 空の胃袋には、まずはこういう物からでしょう。


 始めは警戒していたけど、味を知るとガブガブと飲み干した。もう一杯作って、今度は数枚のクラッカーも一緒に食べさせる。

 同時に治療魔法を唱えて、内臓を活性化させた。


 これで、やれる事は全てやったはず。明日になったシチューぐらいは食べられるようになるかも。


 「まずは寝て身体を治せ」


 そう言ってベッドに寝かせ、毛布をかぶせてやる。他人が居たら落ち着いて寝られないかも知れないから、俺は装甲車から出た。装甲車の後部ハッチは開いたままで、外が見えるようにしておく。


 俺自身は、装甲車を運んできた中型輸送艇のコクピットに潜り込み、そこの仮眠用ボックスに入って寝る事にした。

 装甲車のベッドよりも、こっちの方が安全性は高かったりするのは内緒だ。

 装甲車のハッチ前には作業ロボットを配置して、蛇や虫が入らないように見張ってくれと言ってあるけどね。


 エイプリルに、何か変化があったら起こしてくれと頼んで眠ろうと思ったけど、あの脂肪がほとんど無い身体と骨を思い出すとちょっと焦る感じがしてなかなか眠れなかった。


 それでも一度眠ってしまえば、かなりぐっすりだったけどね。


 翌朝。いつもよりも少しだけ遅い目覚めで仮眠用ボックスから這い出し、背伸びしてストレッチ。


 「おはよう。なんか変化はあったかな?」


 『翼を持つ子供は目覚めてはいるようですがベッドからは出ていません。ターナの街では、状況と代表者選びをする事を明記したチラシを配布するため、アカデミーの施設を使って作成する事にしました。これは私からの提案でもありました』


 「チラシ作成かぁ。順調に進んでいるみたいだね。でも、あの街の識字率ってどのくらいだろう?」


 『木こり衆の話しでは一割に満たないようです。そのため、チラシを配りながら口頭で説明するようです』


 「チラシを渡して、さらに言葉で説明して、後で聞いてないって言わせない戦法だね。うん、良い感じだねぇ。

 チラシの印刷はどのくらいかかるのかな?」


 『既に三千部の印刷を終えています。ターナの街の人口が千名前後という事でしたので、余裕を持って制作しました』


 「じゃあ、今日から配るんだね。配るのは木こり衆が?」


 『はい。それと、若干名の協力者がいます』


 「チラシを配って説明するだけなら良いけど、選挙とかなったら選挙管理委員会みたいな、不正を行いませんっていう宣言をした専用のチームが欲しいね」


 『それとなく提言しておきます』


 「うん。そんな感じでよろしく。

 さて、こっちは翼君の様子を見に行くとしよう」


 中型輸送艇から出て穴の入り口で待機している装甲車に向かう。後部ハッチの横で警備していた作業用ロボットに手を挙げて挨拶してから中に乗り込んだ。


 「起きてるか? 調子はどうだ?」


 そう声をかけると、毛布をはね除けて飛び起きた。一応、こちらを攻撃するつもりは無いようだ。


 何かを言いたげに見つめてくるが、まずは朝ご飯って事で勝手に作業を始めた。


 コンテナからシチューパックとハムとクラッカーを取り出す。この装甲車にはレンジが備え付けられて無かったので、ボールにお湯を入れてシチューパックを暖める事にする。


 そして、コンテナの一つをテーブル代わりにして、二人前の朝食が出来上がった。


 「さあ、食べよう。

 いただきます」


 まずは俺が喰って見せる。昨日はそれどころじゃ無かったけど、今になって警戒し始めているようだし、遠慮無くモグモグ食って安心させる。


 それが功を奏したか、直ぐに手を伸ばして食い始めた。一度食べ始めたら後は早かった。


 けっこう具沢山のシチューはあっという間に無くなり、追加でもう一袋暖める事になった。ハムも気に入ったようで貪っている。今回は俺一人の予定だったんでジュースの類はなかったため、紙コップには水を入れてあったが、それも何度もお代わりしていた。


 急に胃袋に入れたために途中で喰えなくなった様だけど、治療魔法で内臓を活性化させてたら直ぐに貪る事を再開してた。


 で、一応シチューは二人前でストップ。


 「今回はここまでだ。いきなり食い物をたっぷり入れたら、腹が壊れるぞ」


 そう言って、それ以上は我慢させた。頭ではもっと喰っておかないとって考えるんだろうけど、胃袋はそれに付き合えないからねぇ。頭の喰いたいっていう思いを我慢しないとね。


 「うう」


 やっぱりちょっと不満なようだ。でも、立場的に文句も言えない、とか思っているのかな。


 「昼には、また軽く喰わしてやるから我慢しろ。実際、腹は満足しているだろう?」


 そこでようやく納得したようだ。


 そして、これからが正念場。


 「さて、腹もふくれたし、落ち着いたようだから、シャワーを浴びて貰おう」


 使い方も洗い方も判らないはずだから、俺が無理矢理洗うしかないね。シャワーユニットの扉を開けて、温水を出しっぱなしにする。


 「ここで身体を洗うんだ。さっさと服を脱いでここに入れ」


 やっぱり逃げようとしたんで、がっしり掴んで服をひっぺがす。そして温めの温水シャワーの下に押し込んだ。

 ボディソープをたっぷり取って髪から洗い始める。何度も流しては洗い、流しては洗いと繰り返して暴れる翼人の子供を押さえつけながらの戦闘になった。猫を洗っているような気分だ。


 髪が終わったら今度はスポンジで身体をこする。


 うん。


 男の子じゃなかった。


 無かったよ。


 でもまぁ、身体全体がガリガリに痩せていたんで、女の子と意識する余裕もなかった。

 洗っているスポンジも、二度ほど交換したりもしたしね。


 それで、ようやく泡立ちも良くなった所でさっぱり流して終了。翼自体は水洗いだけにしておいた。


 次に苦労したのが下着と服。


 背中にデカイ翼があるため、大人用のランニングシャツを前後逆にして下から履いて、肩に引っかけるようにした。

 服は俺用の着替えしか無かったため、背中に縦のスリット二本を超振動ブレードで入れた。


 ダブダブだけど、前のボロ切れよりはマシだ。ボタンのかけ方やベルトの閉め方は判っているようなんで、後々聞いてくる事も無いと思う。


 靴だけはダボダボだと苦労するけど、今は仕方ないので我慢して貰おう。裸足よりはマシだと思う。


 そして、最後にトイレの使い方を説明して、実際に使って貰った。


 これはさすがに口での説明だけだったよ。正直、説明だけで精神ポイントががっつり削れていったしね。


 一通り終わって、ベッドとベンチに座って対峙する。


 「さて、色々さっぱりした所で、聞かせて貰う事がある。

 まずは名前だ。俺はアキラ。お前の名前は?」


 「………ネイシャ」


 そこからは、じっくり、ゆっくりと質問していき、ネイシャがなぜこの砂漠に一人で居たのかの話しを聞いていった。これには、俺の言葉を無条件で理解出来るというヤツが役に立った。


 まず、この近くにはネイシャの仲間は全く居なくて、言葉を交わす相手や、ペットの類も居ないそうだ。

 始めは、この場所じゃなく、違う所で家族と住んでいたという記憶があるけど、ずいぶん前にこの地に一人で放り出されたそうだ。

 それからは、腹が減ったら何でも食べてきた。ほとんどは虫、たまに蛇とかだと御馳走という感覚だったそうだ。


 うろ覚えで弓矢を作ってみて、離れた所から蛇を撃つのは噛まれる心配もないので重宝したそうだ。


 俺から見たら、長いヤリを作った方が便利そうだったけど、武器としては弓矢しか見た事がなかったらしい。


 何時から砂漠に? と言う質問には、ネイシャ曰く、「ずっと前」と言う事だけど、ネイシャの生活力や身体の衰弱加減から見たら、半年か、長くても一年ぐらい前って感じだ。それ以上だったら飢えて死んでただろうね。


 ネイシャ自身、生きる事を諦めかけていたようだ。


 数匹の虫だけじゃ一日のカロリーにはほど遠く、偶に発見出来る蛇も、確実に狩れるわけでもなかったらしい。


 常に腹を空かせている状態で、時々わけも判らず気絶する事もあったそうだ。


 俺の風の防壁に弾かれて、もう諦めてもいいと感じたと聞いた時は、不覚にも泣きそうになってしまった。


 まとめると、ネイシャは何処かの翼人の村にいたけど、何かがあって、一人この地に飛ばされた。その時に翼を折ったらしく、しばらくは痛みにのたうち回るだけの日々を過ごしていた。そして痛みが和らぐと空腹がネイシャを襲い、知識のない状態でのサバイバルが始まった。

 そして、飢えも限界に来た所で、偶々俺と遭遇した。


 話しを聞き終わった所で昼食にすることにした。内容はほとんど同じシチューとハムとクラッカー。今度はゆっくり喰えと念を押しての食事になった。

 でも、やっぱり早かったけどね。味わう事もせずかっ込むのは、味わうような食事をしてこなかったって事もあるんだろうねぇ。


 食休みが終わった所で、装甲車の外に出て翼を見せて貰った。


 翼を広げるのはかなり久しぶりで、ちゃんと出来るか不安だそうだ。

 実際に広げようとしたら、なかなか力が入らなくて、横に広げたら垂れ下がってしまった。


 栄養失調と骨が折れたせいで使っていなかったため、筋力が落ちてしまったようだ。


 栄養補給とリハビリに時間がかかりそうだねぇ。


 結局、しばらくは俺がメシを食わせるから、ネイシャ自身は身体を治す事に専念する事と言ったら、泣き声を上げる事もなく、ポロポロと涙を流しまくった。


 この砂漠でのサバイバルで、子供らしく泣く事も諦めてたんだろうね。


 そんな事をしている最中にヘビーコアと台車が到着した。小型輸送艇三艇での派手な輸送になった。台車や足場などは一部を分化して運び、現地であるここで組み立てる事にしたそうだ。そのため、組立て終わるまでは俺の作業も出来ない。


 仕方がないので、離れた場所でネイシャのリハビリを行う事にした。


 リハビリと言っても、ラジオ体操モドキをするだけだけどね。急にたっぷり喰ったせいで身体の方も動かしてやらないとならないので丁度いいタイミングだ。

 ネイシャには出来るだけ翼を広げて、へたり込まないように力を入れ続けたまま、前屈や屈伸、ひねりやその場ジャンプなどをやらせ続けた。


 スタミナが無くて直ぐに疲れるようで、一つの動作ごとに休憩を入れていったんだけどね。


 本当に少しずつ体力を付けて行かなければならない。下手したら身体を壊しちゃうからねぇ。でも、少しぐらいなら治療魔法で直してしまえそうなんだけど、それは内緒だ。簡単には治らないって思っていた方が自分を大切にするだろうしね。




 その次の日からは本格的な穴掘り作業が再開された。


 台車は高さ一メートルの低い台に、タイヤが何本も取り付けられてシャコタン状態になっている。その上にヘビーコアが乗せられ、その周りを固定するように鉄骨が組まれ、中段に足場とそこに行く階段が作られている。


 ヘビーコアを乗せた台車は装甲車が押していく事になって、装甲車の前面が台車にがっちり固定された。


 そして、俺自身は宇宙服を着て魔法を唱える事になった。


 一瞬ではあるけど、真空に近い状態になるようなのでエイプリルからのとっても強い要請で着る事になった。俺自身も、真空で目玉が破裂なんて嫌だしねぇ。

 宇宙服は深海に潜った時にも使用していた物で、ちょっとした装甲服みたいなものだ。パワーアシストもついていて、出力を上げれば戦闘用パワードスーツと呼べなくもない。まぁ、そういうのは、そういうので、別口で有るんだけどね。とにかく、俺自身は拳銃やマシンガン程度の脅威ならまったく傷つけられる事がない状態だ。


 念のためネイシャとグラウは装甲車の中で待機してもらう。俺が何をしているかは装甲車の中のモニターで確認出来るし、エイプリルは俺にもしもの事があった時にはネイシャも救護要員にするつもりのようだ。

 まぁ、使える物は何でも使う、と言う事だね。


 周囲の安全確保と俺の腰から伸びている命綱がしっかり手すりに接続している事を確認し、手を伸ばして目の前の岩盤に向き合う。


 今回は用意も万全なので、ちょっとだけ本気を出してみようと思う。


 もちろん、今までが手抜きというわけでは無かったけど、余裕を見ていたのは確か。次に何かあるかも、という想定で全力を出し切っていなかったっていうこと。

 そこで、今回は腹の底まで力を出し切るつもりでやってみようと思った。


 集中して土魔法で目の前の岩盤を消去する事だけを考える。


 ぽっかり開いた穴をイメージ。目指すは十五キロ先の、一枚岩の中心地。


 そして、土魔法を起動。


 一瞬。全ての音が消えた。


 その一瞬後に、爆音と共に暴風が吹き荒れた。


 ヘビーコアが台車ごと引きずられ、手すり付きの足場に乗っている俺も暴風で思いっきりシェイクされる。

 命綱があるから風になびく旗のようにバタバタと振り回される。


 ヘビーコアが壁をガリガリと削り、台車が上下に跳ね上がる。


 ヤバイか?


 そう心配した次の瞬間には暴風は終わっていた。そして、終わったと息をついた瞬間に、逆側からの暴風に再び翻弄された。


 ヘビーコアを乗せている台車のタイヤが吹き飛び、装甲車も傾いて接続部がねじられている。


 どうにかしないと、と状況をよく見ようとした時には、暴風は終わっていた。


 「お、終わった?」


 手すりの命綱でぶら下がりながら何とか呟いた。まだ少し、風が荒れているという感じだけど、暴風という状態では無くなったようだ。


 『艦長? ご無事ですか? 艦長?』


 「ああ、俺は大丈夫。それよりもネイシャとグラウは大丈夫かな?」


 『打ち身が数カ所有るようですが、大きな怪我にはなっていないようです』


 少し安心したんで、ゆっくりと命綱をたぐって足場に上り、歪んで外れかかっていた階段を下りて装甲車に向かった。


 装甲車自体はさすがと言うべきか、まったく被害を受けていない。どこも歪んでいないようで、後部ハッチも素直に開いた。


 「グラウ! ネイシャ! 大丈夫か?」


 中は灯りもついていて、車体が傾いているのを除けば壊れている所は無いようだ。まぁ、コンテナやベッドはぐちゃぐちゃになっていたけどね。


 「な、何があったんじゃ?」


 「うう、痛い」


 「とにかく二人とも、そこから出て」


 ピョンピョンと床を跳ね回りながらグラウがやってくるのを受け止め、肩に乗せてやる。さらにネイシャを引きずり出し、腕を引いて装甲車から出た。


 三人? で改めてトンネル内を見てみる。


 真っ暗だ。


 俺にはよく見えているんだけどね。グラウもフクロウなんで、それなりには見えているだろうけど、ネイシャには何がなんだか判らないだろう。かろうじて、装甲車の中から漏れている灯りが自分の足下を見えるようにしているぐらいか。


 光魔法の灯りを強く作り、十五メートルの先の天井付近に飛ばした。いや、確かに強めに作ったんだけど、あまりにも明るすぎて目がくらんじゃったんでね。


 その一個で結構な明るさになったけど、光源が一つなんで影の部分が余計に暗く見える。


 穴の奥に向かって同じぐらいの灯りを複数作って、等間隔で天井付近に固定していく。これで、文字を読めるぐらいには明るくなった。


 そして、改めてトンネル内の惨状を見回す。


 ヘビーコアの乗った台車はタイヤが外れてへたり込んでいた。ヘビーコア自体は何ともないようで、トンネルのギリギリの大きさをキープしていた。

 トンネルの大きさは十五メートルを基準に作っている。ヘビーコアは一番長い所が十二メートルだ。台車は高さ一メートルで作られているので、余裕は二メートルしかない。

 高さは二メートルの余裕だけど、横は一・五メートルずつだ。台車の幅はヘビーコアよりも狭く作ってあるけど、今回はそれが災いして、台車だけが滑ってタイヤに横方向の力がかかって軸が壊れたようだ。


 もともと、ゆっくりと真っ直ぐに進むだけ、というコンセプトで作られていて、タイヤ一つ一つが独立した固定になっている。簡単に言えば、横回転しないキャスターみたいな作りだ。

 そのため、横方向の力には弱い。今回限りの使い捨てという要素も弱さの原因の一つだろう。


 「エイプリル? 台車の修理はどのくらいかかるかな?」


 『予備部品の輸送に時間がかかりますが、それを含めて十二時間で完了すると推察します』


 「いやぁ、ごめんね。思いっきりやったらどのくらい掘れるか、って思って試してみたんだけど、こんな事になるとは思わなかった」


 『結果的に致命的な損害は有りませんでしたが、艦長自身の考慮が足りなかったという事実はあります』


 「はい。ごめんなさい」


 『ですが、艦長自身の力量を試す上では、状況的に合理的であったと推定されます』


 「うん。どうせ魔法を使うなら、役に立つ使い方が良いモンねぇ」


 『結論として、一言有っても良かった。と判断します』


 「はい。全くその通りです。申し訳ありませんでした」


 声かけ確認は基本ですね。指差し点呼も必要かも。


 結局午前中で穴掘り作業は中断。修理は夜通しエイプリルが行うから、作業再開は明日って事になるね。

 その間、何もしないというのも有りなんだけど、ネイシャの翼のリハビリを行う事にした。


 栄養失調から回復したわけではないので、動かすと言うよりもしっかりと神経を通すというような感覚的なリハビリ。

 話を聞いたら、しっかりと飛んだ記憶はなく、気がついたら翼の骨が折れていて、いつも引きずっていたそうだ。邪魔だから切り落としたいと何度も思ったらしいが、その手段が無くて諦めていたそうだ。


 良かった。切り落としていなくて本当に良かった。


 翼を動かす筋力もほとんど無くなっているので、それが復活するのは早くても二~三ヶ月先だろう。

 人の身体の変化ってのは、基本的に三ヶ月を目安に見る必要があるし、治療魔法でも筋肉を鍛えるという方法は無い。


 つまり、少なくとも三ヶ月はネイシャをしっかり面倒見ないといけないってことだ。


 もしくは、ネイシャの両親を見つけるという選択肢もある。ただ、この残酷な世界で、ネイシャの両親が生きている可能性は低いんだよね。


 世知辛い話しだねぇ。


 暗くなりそうな展開を頭の中で考えつつ、ネイシャを連れて開けた場所に移動する。

 そして、まずはネイシャに翼を広げて立っていて貰う事にした。


 少し離れた場所から風魔法を唱え、少しずつ風をネイシャに向けて吹かせていく。


 「ネイシャ! 風を翼で受けるだけで良い。翼の角度を変えて、風から受ける力を感じてみて」


 一定の風がずっと吹き続けるという不思議な状況を、ネイシャは楽しんでいるようだった。


 更に風の力を強めると、今度は翼が上に持ち上がるという感覚を感じたようだ。それを強引に降ろすと、そのせいで身体が浮き上がる。

 実際に足が離れる事は無かったようだが、身体が地面から離れる感覚を感じたようだ。


 そして、身体が浮いたまま後ろへと引きずられる。


 翼を倒して空気抵抗が少なくなるようにし、身体全体も前傾姿勢で前に歩いて元の位置に戻る。


 でも身体を浮かせるとまた後ろに下がる。


 そんな単純な繰り返しを、ネイシャは楽しんでいた。


 「羽ばたきを教えたいな。グラウ、お手本を見せてあげて」


 その言葉で、フクロウのグラウは俺の起こした風の中を飛んでいった。そして、ネイシャの斜め前の位置で反転し、風の中でグライダーのように滑空する。


 時々、前進するために羽ばたいて見せ、翼の広げ方と使い方を、良く判るように見せていた。


 本当に見事だった。滑空状態の時は風切り音さえしない。羽ばたく時も力強く数回の羽ばたきをゆっくりと見せ、まさにお手本と言える飛び方だった。


 「さすがにこれは俺じゃ、教えられないからねぇ」


 で、十分ほどでグラウは戻ってきた。なんでも、疲れたそうだ。飛ぼうと思えば飛べるけど、基本的に短距離走のタイプらしい。

 そこで、俺も魔法の風を止めてネイシャに休憩をとらせる。ネイシャはもっと遊んでいたかったようだけど、明日の筋肉痛を考えるとこれ以上はやらせられないしね。


 丁度そこへ切り離された装甲車が出てきたので、昼ご飯にすることにした。


 その前にネイシャと協力して装甲車の中を片付ける。装甲車がシェイクされちゃって、中の荷物がバラバラだ。

 二つのコンテナの蓋はしっかり閉まっていたけど、開けっ放しだった方は中のレトルト食品が飛び出していた。ベッドや毛布、ネイシャ用に取り出していた服も飛び散っている。


 レトルトパックの方は食べ物だから踏まないように、と言う事を言い含め、それぞれのコンテナへ突っ込むように頼んだ。きっちり整理して収納するのは今の時点では諦めるしかない。


 そして、足下と座る所を確保した所でシチューとパンのパッケージを開けて昼ご飯にした。デザートにはフルーツプレートという、レトルトパックされた果物を板状に固めた物。ちょっとしたスナック感覚でビタミン類を補給出来る。

 時々、治療魔法でネイシャの内臓を活性化させてやる事も忘れない。実際はベッドから起きられない筈の栄養失調状態だ。


 本当に魔法って便利だねぇ。


 便利すぎるけど、そのせいで手抜きになったら一気に不調が襲いかかって来そうだから、ちょっと目を離す事ができない。


 それからシャワーを使わせ、一人で出来るように教え込んだ。一回目の時は何度も洗ったけど、それがシャワーの基本だと思われるのも面倒なんで、一回分のシャワーの使い方として念を押して教える事になった。


 シャワーが終わったらお昼寝タイム。軽く寝てていいよと言ったら、あっという間にぐっすりだった。けっこう身体が疲れていたようだ。


 眠ったネイシャを起こさないようにしながら、装甲車を出て掘ったトンネルに入っていく。


 「二回目の魔法でどのくらい掘れたのかな?」


 『現在の観測では十キロになると推定されます。現在作業用ロボットを向かわせていますので、後ほど正確な数字を報告出来ます』


 「角度はどうだった?」


 『勾配はコンマ八パーセント。十キロ先の地点で約八十メートル不足しています』


 「急角度にするのは危険だから、七十メートルの位置から掘り直しだね」


 『ヘビーコアを入れたままでの作業だったため、風が強くなったと推測出来ます。ヘビーコアを抜き、装甲車に身体を固定してでの作業なら、最大限の魔法力でも大きな被害は無いと推測します』


 「ああ、七十メートルの地点からなら、角度を付けて削るっていう作業だしね。先に風魔法で風を送って、気圧を高めておくってのも良さそうだね。

 岩盤の崩落の危険は?」


 『現在計測中ですが、今のところ問題になる箇所は見つかっていません』


 とりあえず、今の俺に出来る事は無いってのが判ったので、トンネルを出て外に出た。丁度、小型輸送艇が修理用の部品を運んで到着した所だった。


 『小型輸送艇の方に生活施設を設けました。今晩からはそちらで寝泊まりしてください』


 「ああ、ありがと。ちょっと今からワズムルの街に行って、ネイシャ用の服とかを買ってこようと思ってる。グラウとエイプリルで、ネイシャの様子を見ておいてくれるかな?」


 「ああ、かまんぞ」『了解しました』


 グラウが装甲車に向かって飛んでいるのを見てから、転移魔法でワズムルへと飛んだ。




 ワズムルの王都。街の中の西にある空き地に描いた転送魔法用目標陣に到着した。


 考えてみれば、この空き地も何時までも空き地じゃないんだよねぇ。ちょっと怖い賭けになっていたようだ。この街にはレイミーの家もあるから、今度はそっちに転送魔法用目標陣を作って移動するようにした方がいいね。


 冒険者ギルドを作ったら、街への帰還用の目標陣を作っておく方がいいよねぇ。その前に、転移のアイテム化も必要かぁ。もっとファイエーに頑張って貰わないとね。


 そして、街の中で古着を扱っている店に入って、身長と体つき、そして女の子だと言う事を伝えて何着か選んで貰って購入。古着屋でも下着類は新しい物を置いてあったのでそれも購入。

 別の店で靴も四足ばかり購入し、櫛も買ってみた。


 武器屋で作業用のナイフと投げナイフ、小型の弓と通常サイズの弓、矢を三十本と矢筒を二つ、弦の換えを十二本ほど買ってカバンに入れた。


 武器屋を出ると、空に二頭のドラゴンが舞っていた。ワズムルの国章を描いた前掛けみたいな物を付けていて、直ぐにワズムルのドラゴンライダーだと言う事が判るようになっている。


 俺と同じように空を仰いだ街の住民たちも、どこかしら誇りを感じさせる表情を見せていた。


 良い感じに馴染んでいるようだ。


 安心した思いで心が軽くなった。その場で転移呪文を唱え、レゼの家の横に付けた小型輸送艇の所へ飛んだ。




 小型輸送艇には留守番のメイだけだった。ジェイたちは相変わらずターナの街へ行っているそうで、ファイエーも工房に引き籠もっているようだ。


 まず、ファイエーに連絡を付けて貰い、空飛ぶ魔法の進捗状況を聞く事にした。


 丁度起きていて、空飛ぶ魔法のボードについては完成報告をするタイミングを待っていたそうだ。


 出来上がった風魔法と、空間魔法のボードは、機能的には以前のモノと変わらなかった。安全対策としてファイエーが用意したのは、腰に装着するボックスで、空間魔法で空を飛ぶ仕組みと変わらない物だった。


 「つまり、空中で放り出された時にこのボックスを起動させれば、人、二人分ぐらいなら空中に漂ったり、ゆっくり降りる事が出来るってわけだね」


 「ふぁいぃ。ほうきやぁ、ボードほどじゃぁありませんがぁ、移動もできますぅぅ」


 「もう、このボックスだけで良いような気もするけどね」


 「念のぉ為のぉ物ですのでぇぇ、それだけでの利用はぁぁ、お薦め出来ません~」


 ファイエーは、ボードタイプの他に、スクータータイプの物も作っていた。俺が言ったスクーターという言葉をエイプリルに聞いて、エイプリルがスクーター型の筐体を用意したそうだ。

 スクーター型と言っても、大まかなシルエットがスクーターっぽく見えるって感じで、タイヤも無く、ハンドルは単なる手すりになっている。簡単に言えば、手すりのあるボードに椅子を取り付けたという形だ。椅子の中に水晶などの魔法システムを入れてあり、シートの後部は荷台になっていた。


 お買い物に便利だね。


 ほうきに跨るよりも楽が出来るのは確かだ。


 俺個人としてはタイヤがあってもいいんじゃね? とか思ったけど、整地された場所なんて一カ所もないからタイヤが回る可能性はほとんど無いね。


 「このスクーター型は十台ぐらい作れるかな? 二台をレゼたちにあげて、残りはターナの街に寄付しようと思う。

 魔法のほうきで飛んでたのはレゼたちだけじゃ無かったはずだしね。

 エイプリルの方で全部作れるかな?」


 『可能です。完成後はターナの街に居る皆さんに届けてよろしいでしょうか?』


 「そうだね。ここに完成したスクーターはファイエーが使ってみる?」


 「ふぁい。そうしますぅ。けっこうぅ便利ですよぉ」


 「手すりの所に籠を取り付けて、そこにライを乗せて飛ぶってのが楽しそうだね」


 「ををを、そんな方法がぁぁ」


 「ジェイとレイミーには、実際に見てもらった後に希望を聞いてから作るってことでいいね。ガジェットには、エイプリルが内蔵型を作れるかな?」


 『了解しました』


 「俺は、風魔法型と空間魔法型のボードと落下防止用のボックスを貰っていこう」


 「ふぁい。それでぇ、他に何かぁ必要なものはぁありますかぁ?」


 「そうだねぇ。ボードの方はギリギリカバンに入るだろうけど、スクーター型はドラゴンのカバンとはいえ、入れるのは面倒そうだよねぇ。

 だから、便利に使えそうな小型化ってのも考えてみてくれるかな?

 大型のモンスターや空飛ぶモンスター相手に戦える手段になって貰ったら便利そうだからね」


 「ふぁいぃ。考えてぇみますぅ」


 と言う感じで後はお任せになった。そして、メイに柔らかいパンを貰って転移魔法でネイシャの所に戻る事にした。




 装甲車の中に入ると、ネイシャはまだ眠ったままだった。


 そのまま寝顔を見てほんわかしたいって気持ちもあったけど、このまま寝かしちゃったら夜に寝られなくなりそうだ。

 心を鬼にして起こし、寝ぼけているネイシャの前に服と下着、靴を取り出していく。

 服や下着の背中部分に翼用の切れ込みをナイフで入れ、その場で着替えさせていく。


 女の子の着替えだよ。


 骨の浮き出たあばらや、骨の太さしかない太ももを見てムフムフできる性癖なら喜んだかもね。


 しっかり着せて、自分一人でも着られるかと聞いたらクエスチョンマークで返された。まぁ、おいおい覚えて貰おう。


 念のため、治療魔法の診断で身体のチェック。うん、エイプリルに強めの下剤を用意して貰おう。


 着替えが終わったら、またもう少しだけ身体を動かす運動。負担にならない程度で、動かし続けるのが重要って話しを聞いた事がある。まぁ、やり過ぎたらエイプリルが止めるだろう。


 そして外に出て、小さい方の弓を渡し、弦も渡して、弦の張り方を教える。下の方に引っかけたら、強引に弓をしならせて、上の端に巻き付けると言うだけ。このしならせ方で弓の強弱も決まるが、弓自体の質もイマイチなので一定の所で決めておいた方が良さそうだ。


 まぁ、練習用と言う事で、下手な使い方もした方が良い経験になると思う。


 よく見ると、弓自体に滑り止めが無く、ネイシャにグローブも渡していなかった事に気付いた。今回はあまり力を入れず、形だけやらせるだけにしよう。あとでバンテージを握りの部分に巻くとか考えた方が良さそうだ。


 矢筒に矢を十本ばかり入れて渡すと、ネイシャはそれを太ももに巻き付け始めた。きっと、そう言う姿を見た事があるんだろう。背中には翼があるから、なるほどと関心した。


 的は用意してなかったんで、近くの岩にナイフで三重丸を削って描き、その真ん中に撃ち込めと言った。距離は五メートル。筋力の落ちたネイシャには、これでもきつい距離かも知れない。


 「本気でやらなくて良いよ。とりあえず、飛ばしてみるだけってつもりでね」


 職人の作った本物の弓を見てから、ネイシャはテンションが上がりまくっている。手製の弓を使っていたが、それと比べると雲泥の差ってのが判るんだろう。

 力を入れすぎないように言っておいたはずだけど、かなり限界まで力を入れて引いているようだ。見ていて指が痛々しい。


 「エイプリル。ネイシャの指に合うグローブって有ったっけ?」


 『在庫を確認します。

 ……………。データー上は搭載されているようですが、現在現物の確認を行っています』


 「まぁ、無ければ、グローブ作ってる職人に特注で頼むって事も出来そうだからいいけどね」


 『確認しました。一ダースのみ存在します』


 「じゃあ、それと、バンテージとかってあるかな?」


 『消炎剤入りマッサージクリームと一緒に送り出します』


 「うん、よろしく」


 エイプリルとの交信を終えてネイシャの元に歩き出す。既に二十回以上撃っていたようだ。


 「ネイシャ。今日はそれまで。指を見せて」


 渋るネイシャを強引に止めさせ、酷使された指をみてみる。赤く腫れて切れかかっていた。けっこう痛かったはずなのに、興奮して喜んでいたから気付かなかったかな。

 俺が手を取って指を開かせた時に、初めて痛いって事に気付いたようだ。


 治療魔法で治していく。


 治った手を不思議そうに見つめているネイシャ。ワキワキと閉じたり開いたりしている。そして、治ったんだからまた出来ると思ったようだが、それをさらに強引に止めて、矢を回収させる。


 うん、子供っぽいねぇ。ほのぼのしちゃうけど、それが許されるほどの身体状況じゃないのは事実。魔法の力で一時的に活性化しているだけで、魔法の効果が無くなると生命維持だけでギリギリの身体に戻っちゃう。そんな状態じゃ、摂取した栄養も吸収されなくなっちゃうからねぇ。


 小型輸送艇の方に入って、これからの生活施設を確認してみる。内容は今までと同じで、ベッドも四つあって二つは折りたたまれている。


 リビングスペースに入ってネイシャをソファーに座らせ、冷蔵庫からリンゴジュースのボトルを取り出す。これはゲンブに積んであった補給品の方のリンゴジュース。これの方が保存が利くからここに来たってわけだね。メイの作ったリンゴジュースの方が新鮮なんだけど、メイが居ないと管理も出来ないから仕方ない。


 ネイシャにとっては初めてのリンゴジュース。栄養吸収の上でも、こういうのをしっかり飲んで貰わないとね。


 コップにジュースを注ぎ、ゆっくり飲んでみるように促す。


 味を調えるために砂糖も多めに入っているはずのリンゴジュースは、ネイシャにも直ぐに受け入れられたようだ。一口飲んで味がわかったら、ごくごくと勢いよく飲み始めた。


 ちょっと止めて、ゆっくり飲むように言い含める。不調な胃袋がビックリしちゃうよ。


 弓を置いて、矢筒を外すように言うと、この世の終わりかと言うような悲しい目で見つめてきた。


 ここなら誰も取らないし、弓の練習はまた明日もする。その弓はネイシャの物だよ。という事を何度も言うはめになったけどね。


 それから、一番大事な言葉の問題を話す事にした。俺はどんな言葉でも理解出来るようにされているからいいけど、ネイシャの言葉は片言以下の酷い物だった。


 ネイシャが意志を込めて「あー」と言うだけで俺には判るんだけど、ネイシャ自身は語彙をほとんど持っていない。

 この砂漠で言葉を交わす相手も居ない。元々子供だから、多くの語彙を持っていなかったってのが重なって、必要のない知識としてほとんど忘れているんだろう。


 言葉を教えなくちゃならないか?


 そこで、何処の言葉を教えるかで悩む事になった。


 もし、ネイシャの仲間との合流を成し遂げたら、言葉が違うと馴染めなくなってしまう可能性が大きい。かと言って、ネイシャの集団の言葉も判らない。

 言葉が無いと、論理的な思考が阻害される可能性があって、感情が優先される行動をとりやすくなる。

 弓を置けという事でも、感情的に置きたくないという気持ちが優先されてたしね。


 知恵を育むには言葉って大事なんだよねぇ。


 知恵?


 「グラウが居たんじゃないか!」


 「何じゃ? ずっと居たぞ?」


 「ああ、いや、そうじゃなくて。ネイシャの仲間が何処にいるかというような事は判らなくても、ネイシャの仲間が使っている言葉は判るんじゃないのか?」


 「ふむ。確かに判るな」


 「じゃあ、ネイシャに、その言葉で話しかけてくれるかな。俺って、どんな言葉でも会話出来るんだけど、そのせいで言葉を教える事が出来ないんだよね」


 「なるほどのぅ。教えるのは言葉だけでいいのか? 文字はどうする?」


 「もちろん文字もだね。数字と一緒に計算も教えておかないとねぇ」


 それから、グラウ先生による外国語講座が始まった。


 まずは簡単な挨拶から始めていくけど、それを聴いたネイシャがまた涙を流したのは、良い傾向なのかどうか。


 文字については、俺のカバンに入っていたクリップボードの紙束に、ペンで絵を描く事から始めた。ペンの使い方から覚えないとならないし、いきなりあれもこれもだと知恵熱出しちゃうかも知れないしね。


 これで、ネイシャに対して出来る一通りの事が出そろった。


 あとは、これを根気よく繰り返して一人前にしないとね。


 実際は俺がネイシャに対してそこまでする必要は無かったはずなんだけど、一度手を出しちゃったのなら、有る程度以上の所までは面倒見ないとならないって教えられてきたからね。


 ジェイたちと別行動になったから、寂しくなったってわけじゃないからね!

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