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第七十章 晃と空飛ぶ魔法 ご神木

 ファイターから降り、レゼの家の横に停めてある小型輸送艇の前に立った。ファイターを見送り空を見上げると、朝の空の色から、昼の空の色へと変わる頃合いだった。


 時間的には、皆が起き出す頃かな。生活リズムとしては五~六時間ほどずれたようだけど、夜に早めに寝れば丁度いいリズムに戻れそうだ。


 小型輸送艇の後部ハッチを上り、中に入っていく。出入り口の直ぐの場所でガジェットの使役獣であるシンが寝ている。その横を通り抜けて皆のベッドスペースを抜けて、リビングスペースに入ると、俺の使役獣であるフクロウのグラウが飛んできた。


 「身体の調子はどうじゃ?」


 俺の肩に留まると、俺の顔を覗き込みながら聞いてくる。


 「グラウにも心配かけちゃったようだね。ちょっと特殊な方法で、心の傷も綺麗さっぱり消えたから今まで通りの代わり映えのしない俺のままだよ」


 「あの経験で何らかの成長もしなかったと言う事か?」


 「う、それを言われると、全くもってその通りとしか言えないんだよねぇ」


 「なんじゃ。苦労しただけ馬鹿を見たようなもんじゃな」


 「まったく無駄というわけでも無いんだけどね。コレを貰えたし」


 手の中でシンボルのコピー品を弾いて飛ばす。落ちてきたモノを空かさずキャッチ。


 「なんじゃ? それは?」


 「命のシンボルだって。光と闇、大地と海に育まれた緑のイメージだってさ。コレを使って癒しの力を使えば、邪霊を浄化する事が出来るそうだよ」


 「ほっほぅ。あのような危険な真似をしなくても済むというわけじゃな。誰に貰ったのじゃ?」


 「人を守護する天使様」


 「ほっ?」


 とりあえずここまで。これ以上はあまり言いたくないって気持ちが出てきたんで、まだまだ疑問を解消したい知識を司る象徴の一部であるグラウを無視する形にした。


 そのまま歩いて、リビングスペースのソファの所まで歩いていく。


 「お帰りなさいませ」


 一般家庭向きとして作られた生活支援ドロイドのメイが、シワの一つもないメイド服で迎えてくれ、見事なお辞儀を見せてくれた。


 「ただいま。皆はまだ寝てる?」


 そう聞くと、そのまま顔を横のソファに向けた。その目線の先を見ると、俺の対面のソファにファイエーが寝そべってスヤスヤという寝息を立てていた。


 「なんでベッドで寝ないかなぁ?」


 「ファイエーさんがここに入らしたのは二時間前になります。他の皆さんは昨日お出かけになったまままだお帰りにはなっていませんので、ここに誰も居ないと知った後に、眠ってしまいました。ベッドまでお運びしようかと思いましたが、みんなが帰ってきたら直ぐに起こして、というご要望でしたので、このような状態でお待ちする事にしました」


 「あー、皆まだターナの街に行ったままなんだね。うん、ファイエーはまだこのままにしておこう。ゆっくりでいいから朝食を用意してくれるかな? ファイエーと俺の分。それが出来てから起こす事にしよう。

 あっ、その前にコーヒーを一杯」


 「畏まりました。しばらくお待ちください」


 ファイエーは、魔法を道具化するという作業で工房に籠もってたから、それが完成したんで出てきたんだろうな。皆の前でお披露目しようとしたら誰も居なかったって事で、ちょっと不貞寝してるんだろう。たぶん、寝不足も積み重なって居るんだろうねぇ。


 そして、ハムとトースト、温野菜のサラダという朝食が出来上がり、ファイエーはそれを貪り食っている。ちょっと怖いよ。

 なんでも、夜を通して作業していたので何も食べていないそうだ。工房にもレンジで温めれば良いだけの保存食も置いてあったんだけど、その作業も面倒で結局は食べなかったそうだ。

 朝昼晩はメイがつまめる形式での食事を差し入れていたけど、夜は寝ているのが前提だからメイも工房へは行かなかったそうだ。まぁ、始めから夜中も作業すると言っておけば良かっただけなんだけど、疲れたら寝るという不規則な生活リズムだったんで自分でも何時起きているかという確定が出来なかったって。


 「はぁ………、はぁ~~~~。ごぉちそぉさまでしたぁぁ」


 グラスに入ったリンゴジュースを飲み干して、ようやく落ち着いた声を出したファイエー。


 「それで、どんな道具が出来上がったの?」


 「ふぁいぃぃ。えっとぉ、翻訳のぉ魔法とぉ、空飛ぶほうきのためのぉ水晶とぉ、ほうきの代わりの板ですぅぅ」


 翻訳の魔法を道具化した物は、十センチ四方のプレートだった。コレなら角を削ってやれば、ポケットにも入れておける便利アイテムって感じになるね。鎖を通す穴を開けてペンダントっていうの有りかな。


 そして、レゼやキャス、ターナの街の魔法使いは、精霊の加護を受けた精霊樹を魔法力の元にしているけど、その精霊樹の代わりになる魔法力水晶を作る事に成功したようだ。


 俺たちは魔法を道具化する時に、世界に漂う魔法力を吸収して貯え、必要な時に魔法力を取り出して使えるようにした水晶を魔法力の元として使っている。

 ただ、そのままだと属性の全くない純粋な魔法力でしかなく、使える魔法も限られたり、仕組みが大がかりになったりする。


 レゼたちの使っている空飛ぶ魔法のほうきという魔法は、空間魔法の加護を受けた精霊樹から直接魔法力を受け取っているため、紋章を描くだけで空間魔法を使用出来るようになっている。そこまでは簡単に出来るんで利用者が増えてたわけだけど、使える魔法が空間移動のみで、使う者に属性の適性が求められるという制限もあった。


 それに、使えば使うほど精霊樹の負担になると言うおまけ付き。


 使っている街の連中は気にしていないようだけど、俺としてはあまり許せる話しではなかった。


 でも、同じ魔法は使ってみたかった。


 なので、魔法力水晶に精霊樹の代わりをして貰えるようにファイエーとエイプリルに頼んだわけだ。


 その結果として、エイプリルが用意した短めのサーフボードが空飛ぶサーフボードとして生まれ変わった。魔法力水晶を原動力にしているので他に迷惑をかける事もなく、誰でも使える道具になっているはず。


 「これは、もう使えるようになっているのかな?」


 俺はファイエーが持って来たサーフボードを小脇に抱えて、ワクワクしながら聞いてみた。


 「使えるぅはずでぇすぅ」


 もちろん俺は全速力で外に飛び出した。


 サーフボード型、と言っても、大まかなシルエットがサーフボードに見えるってだけで、フィンも無いし、やや反り返った感じがする細長い葉っぱ型の板ってのが正解かも知れない。


 でも、空中を飛ぶという目的ならこういう形がベストなんだろう、ってのは判るよね。


 そのボードを地面に下ろし、その上に乗ってみる。特にバランスを崩す事もなく板の上に立って、そこで魔法力を注ぎ込んでみる。

 今まで魔法を使ってきて、単純に魔法力を出す事ぐらいは簡単に出来るようになっている。


 足の下にってのは、ちょっとだけ苦労したけど、流し込み始めたら直ぐに慣れた。


 そして、ボードと繋がったという感覚が出来上がった所で、周りの世界が座標系のような区切りで仕切られているイメージが返ってきた。


 なにこれ? っと思ったけど、使う魔法が空間魔法なら、そういうモノなのかな? ということで、ボードの位置を上方向一メートルの座標に、というイメージを持ってみる。


 すると、ボードに乗った俺ごと、一メートル程の高さに持ち上がった。その際、移動の加重を感じなかったのはどういう事なのかな。


 転移魔法と同じで、目標の空間を引き寄せ、目標の空間に乗り換えて、空間が元に戻るという状況に乗って移動したって事かな?


 更に上方向へ座標を取って移動目標とする。


 するとスーッと周りの景色だけが動き、ほとんど移動した感覚がないのに上に移動していた。


 今度は前方、五十メートル、高さ十メートルの位置に移動目標を設定。込める魔法力も強めにしてみる。


 またも、移動した感覚が無いのに景色だけが後ろに下がっていく。


 うん、空間魔法で移動するのなら、これで正しいんだろうね。


 ……………………………。


 風を切る感覚も無く、波乗りのようなバランスを要求される事も無く、ただ空間を移動していく板にのっているだけ。


 判ってる! 判ってるよぉ! これで正しいってのは判ってるよぉ!!


 だけど! だけど! だけどぉ!! 空中を波乗りの様に飛び回りたいっていう夢を持ってもいいじゃないかぁ!


 俺は元の位置に座標を合わせて、ボードを飛び始めた地面の所に戻すようにした。その位置へ真っ直ぐに、静かに移動するボード。


 地面に降り立った俺に、ファイエーが駆け寄ってくる。


 顔の表情はちょっとだけ誇らしげという感じだ。実際の飛行を見て、大成功と思っているんだろうねぇ。


 でも、俺は地面に降り立つと、そのまま崩れ落ちて膝をつき、両手で地面を叩きながら、「これじゃないんだよぉ」っと静かに訴えるしかできなかった。


 お父さんに「お土産でガンプラ買ってきて」とお願いしたら、コレじゃないロボを買ってきたって感じかな?

 いや、コレじゃないロボを買ってきたらお父さんの株は上がっちゃうか。


 「あ、あ、あ、あのぉぉ、なにかぁ問題がぁありましたかぁぁ?」


 「いや、ファイエーは良くやってくれたよぉ。完璧に仕事をしてくれた。ありがとう。

 だけど、俺が想像としていたモノとはかけ離れていたんだよねぇ」


 実際、あれならスクーター型にした方が乗りやすかっただろうねぇ。わざわざボードの上で立つのは、バランスを取って、そのバランス次第で色々な起動を行うためだったわけだしね。


 その事を伝えたら、ファイエーは一度ボードに乗って飛び回った後、「なぁるほどぉぉ」と言って、ボードに乗っかったまま工房へと飛んで行ってしまった。


 いきなり使いこなしているね。


 あれなら、足の遅い仲間を乗せて移動したり、馬車の代わりをさせるとかの使い道も有りそうだ。素直に航空戦力になりそうだし、俺の拘りを除いたらかなりの利用価値が有りそうだねぇ。


 俺は小型輸送艇に戻り、メイの入れてくれたコーヒーを飲みながらエイプリルと飛行ボードの利用法について話してみた。


 「あんなに簡単に飛べるのなら、空中戦艦とか作れそうだよねぇ」


 『あのボードに搭載した魔法力水晶ですと、艦長と、あと一人ぐらいの容量しか無いそうです』


 「容量?」


 『はい。空間魔法の制御下に置くモノを体積で管理するようです』


 「その容量から飛び出しちゃったらどうなるのかなぁ?」


 『その部分だけが、空間的な抵抗を受けて、空間魔法の消耗を産むようです』


 「単に空気抵抗や慣性の法則で引きずられるだけじゃないんだ?」


 『それも有るようですが、魔法的な消耗が大きく、容量オーバーが倍になると空間魔法自体が発動しなくなるようです』


 「例えば、船の竜骨だけに空間魔法をかけて浮かせれば、船が空を飛ぶとかは無いんだねぇ」


 『どの地点で境界面とするのかが謎ですが、魔法力自体が何らかの自己判断をしていると推察されます』


 「転移でもそうだよねぇ。足の裏と地面の境界面を何処に設定するかってのは、実は難しい話しなんだよねぇ。そういう判断を魔法が勝手にしてくれているって事なんだね」


 「どえぇぇきぃぃまぁしぃたぁぁぁ」


 ファイエーがいきなり飛び込んできた。


 「な、なに?」


 ちょっとビビった。静かに会話してた所だからねぇ。


 「空間魔法をぉぉぉ、風魔法に変えてぇぇ、下から持ち上げるようにぃしてみましたぁぁぁぁ」


 へ? 風を下から?


 「よ、よし! さっそく試そう!!」


 俺は、ボードを抱えているファイエーを抱えて外に飛び出した。


 小型輸送艇から十メートルほど離れた場所にボードを置き、前と同じようにボードの上に立った。そして足下にゆっくりと魔法力を注ぎ込んでいく。


 すると、ボードの下から風が吹き出た。


 ボボボボボ! という派手な風の音が、ババババババと変わり、ボードが不安定に揺れる。


 「来た来た来た! これは、ゆっくりだと逆にバランスを崩しそうだ」


 一気に魔法力を注ぎ込むと、ボードは俺を乗せて弾き飛ぶように持ち上がった。


 空中を上がっていくボードの上で、必死にバランスを取る。これって、バランスを崩したら一気に落っこちそうだ。だけど、それこそ、俺が求めていたモノの筈。


 ある程度上がった所で、バランスを前に倒す。すると、まるで滑り台を滑り落ちるように斜め下に落ちていく。

 良い速度になった所でバランスを戻し、水平にした所でまた魔法力を強める。

 すると、前に移動した速度を引きずったまま上に上がって行った。


 風はボードの『下側』から、『上側』に吹き上がるようだ。つまり、ボードが斜めになっていれば、風はボードの下方向から斜め上に吹き上がる。

 ボードが上下反転したら、風は上から下に吹き下ろす事になるようだ。


 水平移動していると風の抵抗で直ぐに速度が落ちていくけど、その時はまた前に倒して滑り落ちるようにする。


 滑り落ちるようにしても、魔法力を強めて下からの風を強くすると、前方に落ちながら高度を上げるという絶妙なポイントが見えてきた。


 前方に進みながら、今度は左右に傾けてみる。


 思った通りに円弧を描いてボードが廻っていく。


 下から吹き上げる風の強さを調整しながら、前方に傾ける角度の調整、そして、左右への旋回をしっかりと楽しむ。


 コレだよ! コレ!


 見上げているファイエーの目の前に降り立つために、旋回しながら高度を下げ、斜め下へと角度を付ける。速度が上がるけど構わず突っ込み、ファイエーの前で、ボードのヘリを掴んで一気に直立させた。同時に『下から吹き上げる』風を強める。


 ブレーキがかかり、一気に速度が落ちて、俺自身にも慣性の法則の加重がかかる。それを受け止めて速度が落ちたのを確認し、ボードを水平に戻して地面にボードを降ろす。


 地面にぶつかる寸前で、一度だけ風を強めて魔法力を切る。


 トン。軽い音を立ててボードが地面に落ちた。


 「はぁ、面白かった」


 「お、お、お、お、お、おおおお面白かったじゃないですぅぅぅ!」


 「あれ? こういう風に使うんじゃなかった?」


 今度はファイエーが地面に膝をつき、力尽きていた。


 「ファイエー? 大丈夫?」


 「こここ怖かったでですぅぅぅ。落ちたらぁぁどうするぅつもりだったんですかぁぁぁ」


 「ああ、風魔法で、自分自身を下から吹き上げさせるとか、ボードから離れた瞬間に転移魔法で地面の上に転移するとか、土魔法で地面を柔らかくするとか、水魔法で深い池でも作るとか、そんな感じでいいかなぁ? なんて、考えてたけど……」


 「………………………」


 ファイエーの無言が怖い。そこまで怒るような事なのかなぁ?


 「えっと、ファイエー?」


 「コレはぁ、しばらくぅぅ使用ぅ禁止ぃぃですぅぅ」


 「ええええ? せっかく俺のイメージに合う飛行魔法が手に入ったと思ったのにぃ」


 「安全をぉぉぉ考えますのでぇぇ」


 そう言うと、ボードを持って工房へ戻って行ってしまった。


 ああ、俺の飛行魔法の夢が歩いて去っていく。


 まぁ、ファイエーの言う事も判るんだけどね。海でなら倒れても溺れないようにするだけでいいんだけど、地上十メートル以上の高さで落っこちたら命は無いと思わないとね。


 スノーボードみたいに足を固定する仕組みとかを考えられるけど、それでも上下反転してしまった時の緊急脱出とかにはあまり役に立ちそうもない。

 ファイエーがどんな安全策を作り出すのか楽しみではあるね。


 でも、空間魔法で移動している実感がまるで無い、ってのは勘弁して欲しい。


 再び小型輸送艇のリビングでコーヒーを飲みながらエイプリルと会話。


 「風を受ける帆を持った船とかなら空を飛べるかな?」


 『空間魔法よりも魔法力を効率良く利用出来ると推測しますが、帆の破損や魔法力が途絶した場合の安全対策がありません』


 「パラシュートが有っても、開ききる前に地面に激突とかなりそうだしねぇ。一つの事故で全滅ってのはマズイよねぇ」


 『各個人で空間魔法の飛行ボードを持つという方法も有りますが、あまり現実的では無いと推察します』


 「一つの方法だけで空を飛ぶってのはリスクが高いんだね。重力魔法とかないかなぁ?」


 『ヘビーコアの件も有りますので、魔法としては存在すると推測します』


 「その呪文の開発が出来るかどうかってことだね」


 『実際に魔法力を受けて起動しているヘビーコアを調べてみるという方法も可能性に貢献できると推察します』


 「うん。そうだった。そのためにも、ジェイたちの状況を聞いて、俺が離れられる余裕を作ってもらわないとね。

 よし、そろそろ、どんな寝ぼすけでも起きている時間だろうね。ターナの街へ行ってみよう。

 ファイエーは一緒に行くかな?」


 『確認します。

 …………………。

 飛行ボードの改造が忙しいそうです』


 「じゃあ行ってくるよ。ファイエーの事よろしくね」


 「行ってらっしゃいませ」


 メイのお辞儀を見てからその場で転移魔法を起動。ターナの街の北の広場に作った転送魔法用目標陣へと移動した。


 「アレ?」


 『艦長? いかがしました?』


 「いや。なんか、転移が簡単に出来た。凄くあっさり。しかも、間違いで転移しちゃうような危うさも無く、しっかりと絶対に失敗しないというような自信も感じられるような確かさもあった」


 『艦長の、レベルが上がった。ステージが上がった。と言うような状況でしょうか?』


 「うーん。かもねぇ。こういう感覚は初めてだから判断ができないね。とりあえず、気に留めておくって程度でいいか」


 原因と考えられるモノは複数あるしね。まぁ、使いやすくなってるんだから問題は無いよねぇ。


 そしてターナの街の入り口の結界をくぐり、街の中央を目指す。ここまでは特に変わりは無い。地下の邪霊を浄化したから、精霊樹の役割も終わっているはず。その場合、精霊樹はどうするつもりなんだろう? 木として根を張っているわけだから、移動は考えられないよねぇ。


 とりあえず、精霊樹に直接聞いてみようとは思ってる。まぁ、はっきりとした目標みたいなのは聞き出せない可能性が高いけどね。


 そして街の中心部。精霊樹の広場にやってきた。


 でも誰も居ない。ジェイたちが何処に行ったかの手がかりもない。まぁ、エイプリルに聞けばガジェットの状況は直ぐに判るんだけどね。

 で、特に焦る必要も無いんで精霊樹と会話してみようと思った。丁度誰も居ないのなら、周りを気にする必要も無いしね。


 中央の精霊樹に手を当て、目を閉じ、呼応に入る。


 心の中で『呼応』と唱えただけで直ぐに入れた。これもレベルアップのせいなのかなぁ。


 魔法力の世界に入り、手を当てている精霊樹を見る。そこには大人になりかけという感じの青年が居た。


 前は子供っぽい感じで、その直前はギリギリ人の形をしていたって程度だったのに、俺が呼応を行うたびに成長しているようだ。

 こんなに急激な成長をさせちゃってもいいんだろうか?


 とにかく、邪霊が浄化された事を考えて、その思考を読んで貰うようにと期待した。


 そして、帰ってきたのは必要が無くなった精霊樹は、精霊の加護を手放して普通の樹木に戻るつもりだという覚悟と、喜びのイメージだった。


 精霊の期待を成し遂げた喜びと、役目を終えた安堵。そして、微かに必要とされなくなった悲しみも感じた。


 なんか、このまま消してしまうのははばかれる。今まで邪霊を押さえつけるという任務を全うしてきたのに、あまりにもあっけない扱いじゃないのかな?


 俺は自分自身を振り返った。そこには明るい漆黒の宇宙に、光の精霊と闇の精霊、その中心に樹齢が居り、さらに樹齢の横に酒精が居た。


 その精霊たちに語りかける。


 精霊樹をこのまま普通の樹木へと戻して終わりにするつもりなのか? 何らかの労いや褒美みたいなモノは無いのか? と聞いた。


 精霊樹は精霊の加護を受け取る事が出来る樹木だった。だが、その加護は精霊樹自身が受け取り、精霊樹が成長するために使われる力だった。その成長の中で、精霊の加護を人や動物たちに分け与える力も持っていた。


 だが、今回は邪霊を押さえるために加護の力を取り込む事もせず、成長する力さえもその使命に使ってきた。そのため、樹木としての成長も歪になり、本来なら役目を果たした後は朽ち果てる運命だったそうだ。


 そこに俺が呼応で力を注ぎ込んだため、本来の成長の結果が出てきたそうだ。急に成長したわけではなく、本来の姿に戻ったというのが本当の所って事だ。


 俺の呼応ってどんだけ凄いの?


 で、本来なら朽ち果てて終わりだったんだけど、本来の精霊樹として成長しちゃったんで、予定してなかった未来の可能性が出てきたわけだ。

 そのせいで精霊樹自身もとまどい、どうするか考えている状態だそうだ。


 なら、普通の精霊樹として、精霊の加護を受け入れて更に成長したらいいんじゃないのかな?


 そう聞くと、精霊樹にもそれぞれの好みが有るようで、一部は俺の考えたとおりにこのまま加護を取り込んで成長したい、ってのと、加護を解放して朽ち果てたいというのと、加護を抱きかかえたまま今まで通りに生きたいという意見に分かれたそうだ。


 ならそれでいいんじゃない?


 精霊樹にも個性があるようで、一律に考えなくても良いんじゃないのかなぁ?


 精霊たちは『同じ扱い』に拘っていたし、生きたいという願いと朽ちたいという願いを一緒にするわけにはいかなかったようだ。


 で、俺からの提案。


 朽ちたいと願う精霊樹はとりあえず俺が預かって、他の場所に移植しても良いんじゃないのかな? って聞いてみた。


 精霊樹には移植という概念は無かったようで、それならという意見が出てきた。


 アカデミーに精霊樹のサンプルとして植えたいし、人との接触が嫌なら誰も来ないような場所や世界樹の近くとかに植えてもいいんじゃないかな。


 そう考えたら、世界樹の近くってのは大人気になった。


 朽ちたいと願う精霊樹はほとんど世界樹の近くへの移植派になった。

 アカデミーに来ても良いと言うのも居て、残りはここで成長したり、加護を抱えて生きていくそうだ。


 安心したし、あまり長い時間呼応に入っているのもマズイと思い、ここで現実世界に戻る事にした。戻る時に精霊樹たちに魔法力を注ぎ込む事も忘れない。ただ、前に失敗しているから、たっぷり注ぎ込むというのは無しで、適量ってのを意識しておいた。


 そして目を開ける。


 目の前にはしっかり成長した精霊樹。呼応に入る前よりも太くしっかりしている。


 この木は風の精霊の加護を抱えている事が、なんとなく判る。そしてこの木はアカデミー派だ。


 今の呼応で精霊樹と俺との距離が近づいたって事なのかなぁ。


 「エイプリル? 俺が呼応に入ってどのくらいの時間が経った?」


 『約四十分です』


 「四~五分のつもりだったのに、こっちでは結構経ってるんだねぇ」


 そう言って肩を廻してみる。かなり凝ってる。現実では四十分も微動だにしてなかったようだねぇ。


 そして、カバンから色違いのタオルを三つ取り出し、軍用ナイフで切れ込みを入れ、細長い紐を何本も作っていく。

 白い紐はアカデミー派。水色の紐は無人の森。黄緑の紐は世界樹派として手近な枝に縛り付けていった。

 紐を縛り付けていないのは居残り派。


 「移植って、単純に引っこ抜いて持って行けばいいのかな? 何か知ってる?」


 『ゲンブにはデータが有りませんでした。ガジェットのデータに類似項目が存在します。掘り返す範囲でまずは太い根を切断するそうです。そしてしばらく放置し、細かな根が充分に成長してから土ごと移動させるようです。ガジェットのデータでは以上の内容しか存在しませんでした』


 そう言えば、ガジェットの記憶をコピーして持ってたんだよねぇ。でも、ホントに大雑把なデータしか入れられて無かったようだ。


 大丈夫かなぁ?


 後で、樹木の移植に詳しい人を探してみよう。土魔法も使えば、あまり傷つけずに移動出来そうだしね。


 そんな事を考えながら周りを見回してみる。その中に、居残り派の光の精霊の加護を持った精霊樹があった。

 近づいて手を当てる。俺の中の光の精霊が反応しているようだ。


 よくは判らないけど、暖かいモノが俺と精霊樹の間で行き来している。


 ここで、ふと、悪戯のように思いついた事があった。アレから受け取った命のシンボルを取り出し、精霊樹の幹に押し当ててみた。

 コピーの方だけど、押し当てたシンボルはそのまま幹の中に吸い込まれていった。


 「え?」


 どんな反応するかな? って程度の思いつきだったのに、まさか飲み込まれるとは思わなかった。でも、それ以降は特に反応は無く、あれは夢じゃなかったのか? という思いまで生まれてきた。


 ならばもう一度。


 カバンからコピーのシンボルをもう一つ取り出し、再び目の前の精霊樹に押し当ててみる。


 反応無し。


 一回きり? ならば、次は闇の精霊の加護を受けた精霊樹を探す。あった。人の居ない場所への移植を希望する水色の紐が縛り付けられている木の一本に近づき、その幹にシンボルを押し当ててみた。


 するとやっぱり飲み込まれいった。


 シンボルには光と闇、大地と海、そして樹のシンボルがある。ならばと、次は大地の精霊の加護を持った精霊樹を探す。


 居残り派の一本に見つけた。そしてコピーのシンボルを押し当ててみる。

 コレもすんなり飲み込んだ。


 次は海。海も居残り派。コレも余裕で飲み込んだ。


 最後は樹。今度は世界樹派の一本にいた。本当に飲み込ませても良いのか? という思いが今更沸き起こったけど、本当に今更だし、樹だけ飲み込ませないのもどうか? という感じでシンボルを飲み込ませた。


 反応を待つ。でも、何も無かった。結局シンボルを飲み込んだだけ?


呼応を使って直接聞きに行くか? という考えも怒ったけど、とりあえずこっちで出来るだけの事はしておこう。


 先ほどの風の精霊の加護を持つ精霊樹の所に行き、シンボルのコピーを押し当ててみた。


 今度は飲み込まれる事もなく、幹に押しつけたままの姿で残っている。やっぱり、シンボルに使われた5つの属性に限った事だったようだ。


 他の精霊樹でも試してみようとしたら、幹に押しつけたままのシンボルが剥がれなかった。


 飲み込まれはしなかったけど、幹に張り付いたまま動かない。木の皮が剥がれるかもって事も構わずに引っ張ってみたけどシンボルは取れない。


 諦めて、このままでいいか。と思った時に、ゾワゾワとする思考を感じた。周り中から俺に語りかけてくる感じがする。


 それを訳すと。


 「ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい」


 って感じだ。他の精霊樹もシンボルが欲しくなった? シンボルのコピーはバラ撒くためにいっぱい作ってきた。でも、全部で二十九本ある精霊樹全てに行き渡るほど持って来てたかな?


 カバンの中から取りだして見てみると三十個残っていた。コピーは三十六個作ってたんだね。ならここで残り二十三個使っても問題ないかな。


 それから一本一本、精霊樹にシンボルを貼り付ける作業を行った。無造作に押しつけても貼り付ける事が出来なかったのは驚いたけど、俺自身が落ち着いてシンボルを押しつければ簡単に張り付いて動かなくなった。

 そして、シンボルを貼り付けた精霊樹は、なんだか誇らしげに喜んでるという雰囲気を静かに漂わせていた。


 喜んでるのならいいかぁ。シンボルのコピーはまた作ってもらわないとならないけど、この雰囲気を生み出したのなら惜しくはないって感じだ。


 全てにシンボルを渡し終わり、その眺めを楽しんでいたら、ちょっと前とは違う事に気がついた。なんとほとんどが居残り派になっている。


 ここでもう一度呼応に入った。


 すると、ついさっきまでは青年風だった姿が、妙齢な良い感じのお姉さん風に見える。まぁ、性別は無いみたいだから女性に見えるのも偶然なんだろうけど、落ち着いた大人な性格になったという意味なのかな。


 そして、俺の中の精霊も交えるという感じで質問。


 「シンボルを飲み込んだのと、貼り付けたのが居るけど、その意味は?」


 そう口に出して言ってみた。ここでは言葉にする必要は無いんだろうけど、質問を明確にするためには声にした方が楽なんだよね。


 そして、精霊の方から答えが返ってきた。


 あのシンボルは神力へと繋がっている。つまり、神との縁が繋がったという事らしい。本来なら、喩え神との縁とはいえ直接繋がる事は無いそうだ。繋がりのあるシンボルを経由していても、神の方が気にしていないと意識に触れる事が出来ない。


 砂漠の砂の一粒が、衛星軌道上から地上を見下ろして、地上の全てを見ている神に意識して貰う事が出来るだろうか。

 見えてはいるだろうけど、個別に意識して貰う事は難しいだろう。


 神の力を代理として執行するアレは俺を直接見ている。そして、俺と精霊たちは本当に親密な関係になっている。そこに、アレから受け取ったシンボルを直接取り込む事で、アレの意識を向けさせる事ができたそうだ。


 移動要塞の残骸にいるアレも、このような精霊樹であれば「繋がり」を無碍にする事もなく、アレの臣下的な扱いを許してくれているようだ。


 「つまり、精霊樹はアレのご神木みたいなモノになったって事かな?」


 俺のつぶやきに、肯定の意識が流れ込んでくる。なら、この地をアレに祈りを捧げる聖地にしちゃった方が良さそうだね。

 そう心に思った所、精霊樹の方から多くの賛同が返ってきた。


 ここに教会を建てる? いや、教会とすると変な教義とか神の代理人とかが出てきそうだから、単純に神と精霊に感謝する場所、ってのが良いんだよね。

 なにか良い方法は無いかな? とりあえず、ここを管理する団体みたいなモノも作らないとならないかな。


 「シンボルを飲み込んだ精霊樹は、繋がりが強く出来上がったって事かな?」


 五つの精霊樹から肯定の意識が返ってきた。


 「なら、精霊樹から人へ神託みたいなモノを伝えるとかは出来そう?」


 今度は疑問的な意識が返ってきた。肯定でも否定でもなく、疑問かぁ。受け取る側の資質も関係しそうだね。


 「判った。とりあえず、ほとんどの精霊樹はここで聖地を作る事に強力してくれるんだね。他へ行きたいというのは?」


 応えてきたのは、鋼の精霊、知恵の精霊、戦いの精霊、豊饒の精霊の加護を受けた精霊樹だった。しかも、アカデミーへ行きたいそうだ。


 なんという幸運。


 細かい事は後で管理する人材を交えて考えようということで、俺は呼応を解いた。


 「今度は何分ぐらい?」


 『約二十分です』


 「この時間感覚のズレがあるから、呼応は簡単には使えないよねぇ。

 ………………………………。

 さて、ジェイたちを探さないとね。

 で、何処に居るのかな?」


 『現地点より西に進んだ伐採場のあるエリアです。現在は屋外にて会議を行っています』


 エイプリルはあっさり教えてくれた。


 「ここの事はジェイたちに任せてみたいから、ジェイたちがしっかり語り尽くせるようにゆっくりと行く事にしよう」


 ゆっくりと、まるで散歩のように歩き出した。肩に乗ったグラウは何も言わない。きっと、俺が呼応の中で体験した事も見ていたんじゃないかな。勝手な推測だけど、グラウはこの世界の神と繋がっているような気がする。


 神とは言っても、移動要塞の残骸にいる天使の親神では無くて、この世界の中の神様。


 精霊の上の存在に位置する、世界が存在するが故に生まれた神様。


 グラウなら知識の神様に繋がっていて、その大元に俺たちの情報を流しているんじゃないかな。俺としては後で自己紹介する必要が無いからっていう理由で、別に構わないと思っているんだけどね。


 でも、この世界の中の神が、人が力を付ける事に賛成するかどうかが判らない。


 どんな種類の神が居るのかも判らないし、場合によっては人に敵対する事を存在理由にする神も居るかも知れない。


 今回、精霊樹をアレと繋げちゃったのも、場合によってはこの世界の神の頭の上を飛び越してやっちゃったのかも知れない。


 「ねぇグラウ? もしかして、神との戦争とかって事になったりするのかなぁ?」


 「ほっほ。そうなったらどうする?」


 「どうしようっかねぇ~」


 ホント、どうしよう。精霊の力でさえ押さえられないのに、その上の神の力なんて想像もつかないね。アレは手を出してこないだろうし、大事になったらさっさと逃げるしかないねぇ。


 そして、本当にゆっくりと歩いていたら40分以上もかかってしまった。


 材木を板材にするためのエリアがあり、その外側には材木を保管、乾燥させるためのエリア、その外側には切り出した木を材木にするために整える作業エリアがあった。

 その少しだけ北側に作業小屋があり、その周りは切り開かれた広場になっている。


 その広場には掘り起こされた木の根や丸太が乱雑に放置され、それを椅子代わりにしてジェイたちや木こりたちが思い思いに座って話し合いをしているようだった。


 そこへひょっこり俺が顔を出した。


 もっとも、ジェイたちと俺はほとんど同じ格好をしているので、木こりたちには直ぐに区別がついたようだ。しかも俺は肩にフクロウを乗せているから、一度でも見たのなら間違わないだろうねぇ。


 すんなりジェイの所に通された。


 「アキラ! 大丈夫ですか?」


 「まるで問題ないよ。まぁ、アレと同じ事は金輪際やりたくないけどね」


 ジェイの後ろの位置に立って、簡潔に受け応える。レイミーは俺の腕を抱え込んで泣きそうな目でじっと見つめてくるんで、ちょっと焦ったけどね。


 「本当に、もうやらないでくださいね。こっちも生きた心地しませんでしたから」


 「大丈夫。コレ貰ったから、同じ事でも負担無く出来るようになったらしい」


 そう言って、ジェイにシンボルのコピーを放り投げた。ジェイはそれを受け取り、裏表と眺めている。


 「なんです? コレ?」


 「物としては命のシンボルって事になるんだけど、コレ持って祈れば神様のお使いが力を貸してくれる事もあるかも、って物なんだ」


 「らしいとか、かも、とかって、なんかあやふやですねぇ」


 「まぁねぇ。本当は、俺がコレを使って癒しの力を使えば、邪霊を浄化する力が貸して貰える、っていう物なんだよね。だから、それ以外の力はほとんど無いとも言えるんだよねぇ」


 「ならこれは、邪霊の浄化に役に立つっていうだけで良いんじゃ無いんですか?」


 「実はねぇ。広場の精霊樹がこのシンボルを飲み込んじゃって、ご神木に進化しちゃったんだよねぇ」


 ジェイは受け取ったままのシンボルを危ない物として認識したようだ。手を伸ばして自分から遠ざけようとしている。


 「大丈夫だよ。精霊樹が飲み込んだってのは、精霊樹が自分から飲み込んだという、精霊樹ならではの力だからね」


 「ごしんぼく、ってのはどういう意味になるんです?」


 「神様の木って事なんだけど、その神様はどんな神様かってのは聞いて無かったな。まぁ、その神様のお使いである天使は、この世界で人が弱い存在である事を嘆き、人を守護する事を存在意義としているみたいだね。

 このシンボルは、その天使と繋がってるんだ」


 「神様とか、天使とか、その、邪霊の浄化がそんなにも辛かったのか………とか、えっと」


 そこは、父さん、酸素欠乏症にかかって……、とかじゃない?


 「まぁ、神様とか、天使とかは忘れて良いよ。

 それで、邪霊の浄化とかには俺じゃなくてもある程度は力を貸してくれそうな雰囲気があったから、念のためにそれは一つずつでも持っていて欲しいんだ。

 俺が居ない時に邪霊と遭遇したら、逃げるにしても、持っている方が良さそうだからね」


 「えっと、エイプリルさん?」


 『艦長の言葉は全て事実です。神という単語を信用する必要はありませんが、邪霊との遭遇を考慮した場合、そのシンボルを所持している事は大きな意味を持つと推察されます』


 「判りました。コレはしっかり持っておく事にします」


 ジェイ? 俺の言葉って、そんなに信用ならない? ねぇ? ねぇ?


 少し半泣きになりながら、レイミーにもシンボルを渡す。さらにキャスがひょこっと顔を出してきたので二つ渡した。


 「おう。あんた、俺にもくれるか?」


 木こり衆をまとめるボードが言ってきた。たぶん、キャスと同じ物が欲しいんだろうなぁ。一個をフリスビーの要領でボードに飛ばした。それを難なく受け止めるボード。


 「で、コレってなんなんだ?」


 判ってないのにくれって言ったのかぁ。


 「要は邪霊に対するお守りだよ」


 「邪霊かぁ。それって、あんたらが退治したんじゃなかったか?」


 「ああ、退治というか、浄化ってヤツなんだけど、まぁ、同じと思っていいか。

 ターナの街の地下に有った邪霊は居なくなった。それと同時に、この街の精霊樹は役目を終えて、精霊の加護を解放して朽ち果てていくそうだ」


 「なんだって!」


 木こり衆は二十数名居たが、その半数近くが立ち上がって驚いていた。ここの結界が消えるという事は、結界の縁ギリギリで木こりを行っている彼らにしたら死活問題だろう。木を切る場所はほとんどが結界の外らしいが、切った木を直ぐに結界内に運び込んでから枝切りなどの作業をするそうだ。切った後も乾燥させるのに時間もかかるし、結界が無ければ、モンスターと戦いながらの作業になってしまう。


 「それで、結界は消えるのか?」


 ボードが代表して、一番聞きたい事を言ってきた。


 「それが、このシンボルを渡したらご神木になっちゃったんだよねぇ」


 「ああ? どういう事なんだ?」


 そこで、俺は精霊に聞いた、精霊樹のあり方を説明した。

 本来は精霊の加護を受け取った精霊樹は、その精霊の特性を受け継ぐ精霊樹に成長する。しかし、ここの精霊樹は、精霊の加護を自分自身には使わず、他の多くの精霊樹と協力して結界と邪霊の押さえ込みを行ってきた。そのため、樹としては成長を二の次にしていたために、その本体は歪な成長になっていた。

 だから、必要が無くなったら朽ちていくしかないという状況だった。


 「そこに、俺が魔法力を注ぎ込んで足りなかった成長力を補ったうえ、シンボルを使って上の存在と繋げちゃったんだよねぇ。

 だから、今はちょっとした大木みたいになってるし、精霊樹たちはその場所を、神と精霊に感謝の祈りを捧げる地、という聖地にしたがっているんだよね」


 「えっと、よく判らんが、つまりは、結界は消えないって事か?」


 「逆に強化されるかな。その前に、俺とガジェットの土魔法で植え替えとかしないと、木と木の間が狭くって問題にもなりそうなんだけどね。その時は、木こり衆の手も借りたいんだけどいいかな?」


 「精霊樹の植え替えかぁ。確かにアレが成長して大きくなったら拙そうだな。木こり衆で良ければいくらでも貸そう。

 結界が消えないのであれば、俺たちとしては問題ない」


 「そうだな。成長した精霊樹をそのままにしておくと、結界にも影響が出そうだしな」


 ボードの言葉を、補佐役のガードが捕捉する。そして、ガードの方が俺に聞いてきた。


 「精霊樹が成長しても、あんたの言う事を聞くのか?」


 ちょっとだけ、何を聞いてきたのかが判らなかった。直ぐに思いついたけどね。

 それは、俺が精霊樹に命令すれば、精霊樹が結界を狭める事になるのか、という事だね。


 「そっちにとっては残念だろうけど、邪霊を浄化した事で俺に対する精霊の扱いはかなり上がってる。俺が望んでいると言えば、精霊樹だけじゃなく精霊さえも協力してくるのが多く居るという状況になってる」


 「邪霊とはそれほどのモノだったのか」


 「単純な力なら、精霊に近いモノを持っていたし、その心根は単純にして醜悪。精霊自身が浄化しようとして失敗し、精霊樹を使って押さえつけるしかなかった、という程のモノだからねぇ」


 「そんなモノが地下に有ったのか。街に被害が出ないで済んで良かった」


 「被害はあったかもねぇ」


 「何?」


 「邪霊は、『恨み』の塊だった。例えば、強いモノに弱いモノが喰われるというのは当たり前だけど、喰われる弱いモノにとっては、当たり前だなんて言われて納得するわけがない」


 「う、そうだな」


 「喰われる痛み、恐怖がその相手への恨み、その状況への恨みになって、少しずつ増えて凝り固まり、濁っていったのが邪霊になったんだ。

 それは、その場にあるだけでも、周りに恨みの感情をまき散らしていた。地下にいたモンスターもその影響を受けていたよ。

 上から精霊樹が押さえつけていたとはいえ、真上にあるこの街が、影響を受けないわけもないよねぇ」


 「どんな影響があったんだ?」


 「ほとんどが理不尽な恨みから発生した邪な感情を浴びてたって状況だから、普通に正しい事を正しく行う事が当たり前、っていう人間でも、人を裏切って楽したい、とか、自分だけが得したい、とかの欲求に逆らいにくいって感じがずっと続いていた、って所だと思う」


 「そういう感情ってのは、誰にでも、何時でもあるんじゃないのか?」


 「有るだろうね。でも自分を律して、それに負けないようにしようと頑張ってるんだよね。その頑張っている所に、今回だけはいいじゃないか、とか、明日からやればいいじゃないか、とかって誘惑する力が普通よりも強くなっていたと思う。

 実際、その誘惑に負ける人間の数が多くなってたんじゃないのかな?」


 「ああ、そう言われてしまうと、全く反論出来ないな。町長の事もあるし、その取り巻きたちの事もあるし」


 周りの木こり衆もウンウンと頷いている。


 「あれ? ここら辺に住んでる木こり衆には、そういう影響が少なかったのかな?」


 「ん? そうかな? どう思う? ボード」


 「俺には難しい事は判らんが、確かに下卑た野郎は中央に多かったな。俺がまともだと思うヤツらってのは外縁部の連中だけだ」


 「確かに、この街も影響を受けていたようだ。すると、邪霊が居なくなった今なら、それも治るということか?」


 「それはどうかな。人ってのは、一度楽を覚えると、辛い日常には戻りにくくなるっていう生き物だからねぇ。

 一度ガツンとやって、辛いけどそれが普通って状況に戻す必要もあるかもね」


 「ああ。確かにそうかもな。ここで、まともになるようにしないと、この街は終わってしまうと言う事だな」


 「この街の対応が悪ければ、俺たちがこの街を滅ぼす。それは間違いない」


 周りの木こり衆が静かに息をのんだ。中にはまだ俺たちの実力を疑う者も居るようだけど、精霊樹の姿を見れば考えを改めるだろう。


 「と、言う事で、ジェイ! 後は頼んだよ」


 「え、え、え、え、え? アキラが復活したんで、肩の荷を降ろしてたんですが?」


 「いやぁ、他にちょっとした仕事を頼まれちゃってねぇ。俺一人で充分に対応出来る単なる穴掘り作業なんで、皆で行く必要もないからね。なら、ここはジェイたちに任せて、同時進行でやっつけちゃおうって思って」


 「アキラ? 危険は無いの?」


 レイミーはまだ泣きそうな目のままだった。


 「モンスターが出るって事で言えば、ここの方が危険だね。俺は、周りに生き物が少ない砂漠の中にあるでっかい岩山に、穴を掘りに行くだけだから。

 だから、ガジェットはここで皆の警護を頼むね」


 「アキラ。せめて、細かい方針とか、どう誘導するかとか、最終的にどんな形にするかとか、打ち合わせしません?」


 「ジェイ? 頼んだよ。

 ジェイの頑張りで、この街が滅びるか、栄えるか決まっちゃうわけだしねぇ」


 「ア、ア、ア、アキラ~!」


 「レゼ、キャス、二人は俺たち側と街側の中間に立って、意見の取り纏めをしてください」


 しっかりと頷くレゼ。そして辺りをキョロキョロして、リーリーに突っつかれているキャス。


 俺は木こり衆を指差して。


 「ターナの街としての意見もしっかりまとめておいてください。俺たちの言い分を聞くだけだと、全ての財産を持って行かれると思うぐらいじゃないと街の為にはなりませんよ。

 それで、俺たちと良き関係を結べるのであれば、良い物をプレゼントしましょう」


 キャスに近づこうとしてリーリーに追い立てられていたボードが振り返った。


 「良い物ってのはなんだ? 精霊樹関係か?」


 「例えば、南の王都とこの街をつなぐゲート」


 「げーと?」


 「転移魔法はわかるかな?」


 「ああ、お前さんが目の前から消えたヤツだろう?」


 「そう。ある場所から、ある場所へ、魔法で一瞬にして移動するってヤツだけど、結構な量の魔法力を持っていないとできない。レゼとキャスも、ようやく一回だけ転移魔法を使えるようになったんだけどね。

 それを魔法が使えない者でも使えるように道具にしちゃった物がゲートなんだ。

 その道具を二カ所に置いて、片方の道具に乗って起動させれば、次の瞬間にはもう片方の道具の上に乗っている、という事になる。

 これを、王都とこの街に置けば、途中の旅の苦労が無くなるってわけだ」


 「そ、そいつはすげえ。ここの材木も、送り放題ってことか」


 「大きさが制限されるから、丸太一本は無理かな。材木にした物ならいけると思うよ」


 「すげえじゃねえか! モンスターに襲われずに一瞬で、ってなったら、今までの三倍は無駄が無くなるってことだよな」


 「大きな丸太の状態で欲しい、っていう要望には、今まで通りってなるとは思うけど?」


 「ああ、そうだとしても、材木の方を一瞬で運べちまうなら、街道を行くための護衛をそっちに回せるしな。なにより、王都との連絡が直ぐつくようになれば、それだけでも損な事にならなくなる。こいつはでけえぜ」


 ボードの横では、ガードがしきりに頷いている。


 「うん、まぁ、それも、街が上手く廻るようになったらって事だね。

 じゃあ、任せたよ」


 そして、レイミーの腕をゆっくりと外して、俺は一旦、レゼの家の横に停めてある小型輸送艇へと転移した。

 その転移に合わせて、空からファイターが降りてきた。


 こんなに早くお任せが出来たのなら、ファイターは降ろしたままで良かったかも知れないねぇ。


 まぁ、それは過ぎた事として、俺はファイターのコクピットに乗り込んだ。


 次は砂漠ステージだ。

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