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第七章 晃と精霊 その壱 ノーム

 魔法使いがいる村はイケートンという名前らしい。はじめの街からは直接の馬車が出ていないため、別の馬車で村2つ移動した所で乗り換えるしかないそうだ。

 はじめはその村までまっすぐ歩くつもりだったけど、エイプリルによると直線距離で150キロ、曲がりくねった道を行くと踏破距離は230キロになるそうで、そうそうに諦めのセリフを吐き出した。

 選択肢は3つ。

 小型輸送艇で送ってもらう。

 馬を買う。

 馬車を乗り継いで移動する。

 あ、4つ目に諦めるってのがあったか。

 一人での移動だったら、小型輸送艇でもいいけど、同行者がいるのでNG。

 馬を買っても、乗馬が出来ないのでこれもNG。

 結局馬車を乗り継ぐことになったが、目的地までに一人当たり、金貨2枚銀貨4枚必要になった。

 俺の方はエイプリルに作ってもらった、まったく同質のコインだから問題ないが、レイミーの方には余計な出費をしいる事になった。俺の方から出そうと言ったんだが、一つ前の依頼で儲けたから懐は余裕があると言ってた。気を使わせちゃったかなぁ。

 せめて、馬には乗れるようになったほうがよさそうだね。


 乗り換えの村まで来て馬車を降りたあとにした事は、お尻を抱えながら、道の端でじっと動かないまま、悶えている事だった。


 「尻が痛い上に、腹が気持ち悪いし、なんか頭がフラフラする。」


 朝9時ごろから、午後4時ごろまで、昼休憩1時間、30分ぐらいの休憩を2回挟んで、踏破距離は約100キロちょっと。その間、尻は固い椅子に叩きつけられるは、内臓は細かくて強い振動に揺さぶられるは、三半規管はシェイクされ続けるはで、見た目ではわからないダメージをたっぷり喰らった。


 「だらしないな。この程度で根を上げるなんて、俺よりも弱いのか?」

 なんか優越感に浸った声で言ってくるように聞こえる。弱った相手をいじめるのはサムライの流儀から外れるよぉ。あぁ。剣士だったら関係ないか・・・。


 少し落ち着いてから、村の宿屋に向かった。乗合馬車の中継点だから、村という規模でも宿屋があるんだって。宿が無い村とかは、村長の家や商人の家に金を払って泊めてもらうらしい。


 ここの宿は、一人部屋が夕食付きで一晩銀貨2枚と銅貨6枚。4人部屋もあったが、ここは俺が出して、一人部屋を2つ確保した。


 夕食は、胡椒のかかっていない肉団子入りスープとナンみたいな練った小麦粉を焼いただけな感じのパンだった。この店で啓蒙活動をする元気は残っていなかったので、こっそり胡椒を砕いて、自分たちの分にだけ振りかけて食べた。後は、服も脱がないでベッドに倒れこんだと思ったら、朝だった。疲れが取れないよぉ、皆タフだねぇ。


 夕食と似たようなメニューの朝食を食べて、昼用の干し肉を売ってもらう。1日2食で、昼はオヤツ程度か、食べないってのが基本。移動中も簡単にトイレって訳にもいかないから、水とかもあまり摂らないってのが乗り合い馬車のマナーらしい。休憩時間に乗客が四方八方に散っていくのは、微笑ましくも臭くもあるね。


 そして、地獄のシャッフルタイムが始まり、昼の休憩でかすかな憩いを感じていた時、それが現れた。


 大カマキリ。

 高さ2メートル半、体長は4メートルぐらいだろうか、大きな鎌をもった、緑の昆虫が、森の中から羽を使って飛んできた。

 バババババという大きな羽音を響かせ、着地した時はちょっとした地響きを感じたほどだ。悲鳴が上がり休憩で外に出ていた乗客たちが蜘蛛の子を散らすように、チリジリに逃げ惑う。馬車に逃げ込もうとした乗客もいたが、カマキリに驚いた馬が足を滑らせて倒れ、馬車自体も倒れかけはじめたため、急いで引き返していた。

 カマキリは、倒れた馬を狙うようだ。逃げ惑う人間よりは、捕まえやすく美味そうに見えたんだろうな。

 そこへ、馬車の御者の交代要員だろうと思っていた男が、剣を構えて突っ込んでいった。

どうやら、馬車の護衛だったようだ。

 護衛がいるのなら、専門家に任せようと思ったとき、その護衛は一瞬でカマキリの鎌に引っ掛けられ、鎌の中に押さえられていた。早い。あれが野生の捕食動物の狩の姿か。以前テレビで見た、昆虫が一瞬でエサを刈り取る時の動きだ。間合いに入ったら、人間の反応速度じゃ対抗できないな。


 で、遠距離から、銃で攻撃することにする。

 スライドを引いて、片足のひざを地につけ、半分ほど座り込むように腰をおろし、腕を伸ばして銃を構え、目線と銃身を一直線に合わせる。照星を照門の間に来るようにして、狙うは頭。早くしないと護衛さんが喰われちゃうけど、焦らないで狙いに集中しろと自分に言い聞かす。

 レイミーは銃を知っているし、今回は落ち着いて銃を観察するようだ。俺が銃を撃ち終わったら突っ込むっという気概が感じられる。


 引き金を3連続で引く。


 見事命中。カマキリの頭が吹っ飛んだ。力が抜けて座り込むカマキリから、レイミーが護衛さんを担ぎ出した。どうやら無事らしい。安心したら、こっちも力が抜けたよ。


 残り6発あるけど、弾倉を交換する。しっかり安全装置をかけて、腰のホルスターに収める。この動作も慣れてきた。この場合、銃弾は10発撃てるってのも、はじめの内は気がつかなかった。すぐに撃つことを前提にした非常事態態勢で、薬室に銃弾がセットされて、撃鉄が上がったままの状態だ。薬室に1発、弾倉に9発。完全に戦闘体制が解除されたら、薬室の一発を排出して、撃鉄を降ろしてやらなければならない。


 ゲンブに積んであったこの銃しか知らないから、他の銃と同じか、違うかは判らない。まぁ、今更、他の銃を触る機会もないだろうから、かまわないんだけどね。


 助け出された護衛さんは、軽いむちうちと、肩と腕に切り傷、肋骨をいくつか骨折しているらしい、という状況だった。

 ファンタジー世界なら治療魔法ぐらいあってもよさそうだけど、その魔法使い自体が希少だと、どうしようもないよねぇ。せめて、魔法みたいに効く薬草とかはないものだろうか。

 そんな事を考えているうちに、レイミーによって、護衛さんへの応急処置が終わった。肋骨の治療は、タオルを胸に巻いてから元々つけていたブレストアーマーを着けてコルセット代わりにし、傷は水で洗ってから血止めに包帯を巻いただけ。衛生的には問題ありそうだけど、消毒液も血止めパウダーも無い世界なんだから、仕方ないか。


 応急処置が終わったあと、再びモンスターが現れそうも無いと安心した御者や乗客が戻ってきて、馬車を立て直し、さっさと出発しようという雰囲気になった。俺の銃は、結局レイミーしかしっかり見ていなくて、ほとんどは逃げるのに忙しくてそれ所じゃ無かったらしい。護衛さんもカマキリに喰われそうになっててパニックだったらしく、俺が何とかしたのはわかっていても、銃の事は気づかなかったようだ。


 そして、さぁ、馬車に乗り込もうとした時、もう一匹のモンスターが現れた。いや、モンスターじゃ無いかも知れない。元々の森の動物、全身を赤茶色の毛で覆われ、毛先は白っぽく変色、4足歩行と2足歩行を使い分け、2足歩行の時は高さ3メートルにもなる、1頭の巨大なクマだった。

 グリズリー。

 イヤリングを届けに来てくれたのかなぁ。歌ったら喜んでくれるかな?


 とか考えていたら、いきなり、

 馬車が走り出した。

 えっ? ちょっと。最後の周囲警戒で見回りしてた俺とレイミーは、馬車に乗って無かったんだけど?


 もう見えなくなっちゃった。これが、人情紙風船かぁ。人の情けなんて、紙風船のように軽いものなんだねぇ。


 「仕方ないね。レイミー? いける?」

 銃を抜いてレイミーに覚悟するように声をかけた。走って逃げても追いつかれるだろうし、戦うしかない。一応、俺にはエイプリルの援護が期待できるから、平静をたもてるんだけど・・・。


 「正直自信は無いな。俺の剣じゃ、あの固い肉を叩き切るのは難しいだろう。」

 けっこう弱音を吐いてきた。でも、うん、あのガタイは脅威だね。半分以上を叩き壊す事を前提にした剣じゃ、あの肉体と毛皮のせいでダメージにならなさそうだし、日本刀のような切る刃物でも途中で止まっちゃいそうだ。それだけ、ごつくてでかい。


 「じゃ、俺の銃とスタンガンでやってみる。ヤツの牽制をよろしく。」

 言ってすぐに引き金を引く。今度は護衛さんがいないから、狙いは大雑把でもかまわない。

 でも、身体のほうに当たったのはたいしてダメージにならなかったようだ。やっぱ頭か?

 身体の痛みが俺のせいだとあたりをつけたクマさんが、4つ足でせまって来る。頭に狙いをつけた俺の銃と、レイミーの投石がグリズリーを撃つ。

 残り4発の弾を頭を狙って撃ち込み、すぐにスタンガンも打ち込む。

 スタンガンの方が効いた感じだ。身体を痙攣するように大きくのけぞり、自分自身でやったように見える動きで、後ろに倒れこんだ。

 スタンガンを口に咥えて、銃の弾倉を大急ぎで交換、スライドを引いて撃鉄を起こす。

 すぐにとどめを! と思っていたが、グリズリーは軽い動きで起き上がった。あまり効いてない?


 「やばいか?」

 なんて軽口を言いながら距離をとるため後ろに下がった。が、あれ? グリズリーの方が早くない?


 よく、マンガでは、大きく振りかぶってからクマの手が振り下ろされる、って表現されるけど、そんな溜めは無かった。一気に振り下ろされ、俺の銃が叩き落された。

 決まり手は、はたき込み~。

 よく暴発しなかったなぁ、変な関心していたが、目の前の状況は最悪。スタンガンを構える余裕も無い。背中の剣を抜く余裕も無い。腰のナイフを抜く余裕すらない。こんなことを一瞬で考えた。


 「はぁっ!」

 レイミーが息を吐き、身体ごとぶつかるように剣を突き立ててきた。先っちょがちょっと突き刺さったぐらいかな。

 グリスリーのなぎ払いで、レイミーが弾き飛ばされる。


 せっかくレイミーが決死の特攻で、かすかな時間を稼いでくれたのに、俺は動けなかった。

 全身が痙攣する。その動きはわかるのに、手足の存在はあまり感じられなかった。腹のなかから腰にかけてが冷たくなって、手足がむくんだ気持ちになるが、それでも動けなかった。

 銃を叩き落された時に、その圧倒的な力の差を思い知らされたようだ。


 この位置じゃエイプリルの援護も無いだろう。動ければ、エイプリル特製の剣で倒せるはずなのに・・・。


 グリズリーが迫る。


 死ぬのか? 死ってのは、けっこう簡単なんだな。人生、2回目の死の覚悟だった。


 そして、

 グリズリーの足元の地面が、畳半畳ほどの広さで、突然盛り上がった。

 地面は2階建ての家の屋根ぐらいの高さまで持ち上がり、その上にいたグリズリーを空中に放り投げた。


 地響きを立ててグリズリーが落ちる。


 「何をしておる。さっさと、とどめを刺さんか。」

 その声でようやく自分を取り戻した。

 飛び起き、スタンガンを連続発射。長いほうの軍用ナイフを取り出して、グリズリーの頭を、何度も突き刺した。


 すでにスタンガンで死んでいたらしい。動かないグリズリーの頭をグチャグチャにして、それを自分がやったんだと意識した時に、吐きそうになった。いや、吐いた。たっぷり。


 今までの死の恐怖と、脳みそグチャグチャを自分がやったってのと、無茶苦茶吐いたってので、思考停止状態。


 しばらくして、ようやく落ち着いた時には、今更ながらにレイミーの状況を考えることが出来た。


 「レイミー無事か?」

 なんか、手遅れって感じのセリフを言って、自分の剣を回収していたレイミーを見る。

 欠けた所も無さそうだし、動きも問題無さそうだ。軽く手を上げて、剣を鞘にもどし、こちらに歩いてくる。


 そして、改めてグリズリーを眺める。

 死んでる。死因は銃とスタンガンによるショック死。死後、執拗に頭部を滅多刺しにされており、個人的な怨恨がある可能性も示唆される。

 犯人はこの中にいる! 俺だ!

 共犯は、レイミーともう一人。とどめを刺せと声をかけてきたヤツがいるはずだ。

 そして、石の柱よろしく、グリズリーを放り投げる程の力で、不自然に盛り上がった地面。これは、アレだ! きっと魔法だ。地属性の魔法を使う魔法使いがいるはずだ。


 そう思って、回りをキョロキョロと見回す。それを見てレイミーも周りを見回す。


 誰もいない。石の柱を見てからレイミーを見ると、同じ気持ちなのか、頷いてからまた回りを見回す。


 「なにをキョロキョロしとるんじゃ。」

 吃驚して声のした方に向き直る。さっきまで5メートル以上の高さにそびえ立っていた石の柱が、腰の高さぐらいになっており、その上に小人の爺さんが座ってた。

 こども、じゃなく、こびと。明らかに人間の大きさじゃない。しかも白くなった髭をたっぷり湛えた、見るからに元気な老人風。例えるなら、魔女の継母に城を追い出された姫がお世話になった、あの小人っぽくみえる。

 その出現状況とその容姿に、また絶句状態になる。さすがはファンタジー。ながれいし~と叫びたくなる。


 「ふふん? まぁ、危なかったのぉ。だが簡単にとどめをさせる道具を持っていたんじゃな。余計な手出しだったかのぉ?」


 「あ、いや、本当に危なかった。助けてくれなければ死んでた。あ、ありがとう。」

 会話をしなくちゃって気持ちで無理矢理声を出す。

 よく見れば、腰のベルトに大小さまざまな大きさの金槌ややっとこ、ニッパーのような金バサミ、トングの様な物や金属製のはしなどが吊り下げられてた。鍛冶屋と言うより金属細工師という感じだ。


 「ふぉっふぉっふぉっ。しっかり礼は言えるようじゃの。次の機会には酒という礼があれば、いいんじゃがのう。」

 ニコニコとしなが、それだけ言うと。なんと、薄くぼんやりとしていって、消えてしまった。


 絶句。


 「なんだったんだ? あれは。」

 ようやく絞り出したセリフに、


 「もしかしたら、なんだが・・・、もしかしたら、ノームかも知れない。」


 「ノーム? あの、4大精霊とかいう?」

 地の精霊ノーム。水の精霊ウンディーネ。火の精霊サラマンダー。風の精霊シルフ。ファンタジーの定番だねぇ。


 「詳しく知っているわけじゃない。見たのも初めてだし、本当にノームかもわからないんだが・・・。」


 「判っているのは、ノームらしき存在に助けられた、ことだけだな。」


 「あぁ。」

 そこでまた、会話が途切れて、沈黙の時間が流れた。


 「とにかく、ここから離れよう。馬車を追って、出来れば文句の一つも言ってやろう。」

 そして、ひたすら歩き続けた。馬車には追いつけなかった。酷いよねぇ。

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