第六章 晃と傭兵の酒場 胡椒
次の日、俺はレイミーと合流し、そのまま森の手前にある雑草地に分け入った。目指すは葉がでかくて緑の線が数本入っているツタ植物。そのツタの一本に、鈴生りに出来ている実を採るために、布袋を持って藪の中に分け入っている。
レイミーにも袋を持ってもらって、採集を頼んでいる。はじめのそれを頼んだ時は、苦い顔をして「毒だぞ?」と言った顔が印象的だった。毒といっても辛いだけの、殺すことも中毒を起こすことも無い実というのは知っていたらしい。
午前中をかけて、手のひらほどの大きさの布袋2つが満杯になり、それを見つからないようにゲンブの小型輸送艇に乗せた。
小型輸送艇に成層圏外まで行ってもらい、ごくごくゆっくりエアーを抜き、真空乾燥させてもらおうというつもり。作れば真空ポンプぐらいは出来るんだろうけど、こういう目的のモノは無いって言うから、わざわざ作るまでも無く小型輸送艇に飛んでもらった。
2時間ぐらいかけてゆっくり真空にしてもらい、帰ってきた物はガチガチに固くなっていた。
酒場のカウンター席に座り、つまみと酒を注文して大銅貨と銅貨を置く。そして、見えるように乾燥した小さな実をナイフの柄で砕いた。あまり細かくはならなかったので、何度もやらなければならなかったが、砕くたびに出てくる胡椒の匂いがやる気にさせた。
皿に盛られた腸詰めに、指でつまんだ胡椒を振り掛ける。肉の中には入っていないから、表面に満遍なくかけてから、かじりついた。
相変わらず歯ごたえはいまいちだったが、ちょっと辛めだけど臭みを感じることも無く、美味い肉の味を感じた。
よっしゃー、成功!
この世界の人間にとっては、濃い味付けになるのかも。でも臭みを感じずに肉の味を楽しめるのなら。旨いと感じるかな。
相変わらずフォークもないので、じっと見つめていたレイミーに胡椒付き腸詰めを手づかみで渡した。
恐る恐る、先っぽだけって感じでかじるレイミーを見ながら、一本目を喰い終わって、酒を飲み込む。
そういえば、昔はワインに胡椒を入れて飲んだとか聞いたことがあるな。やってみるか? いや、ワインと言うより気の抜けたビールって感じだから止めておこう。
カウンターの向こうのオヤジに塩を少しくれと頼んだ時には、レイミーも一本目を食べ終わっていた。
「これは、凄いな。」
新しい味覚に目覚めたようだ。目がもう一本くれと訴えてる。
オヤジが出してきた小さな塩の塊を砕いて、胡椒と塩をあんまり付けすぎないように心がけながらまぶしていく。残り6本が塩、胡椒まぶしの腸詰めになった。
レイミーに一本、オヤジにも一本差し出す。もちろん俺も一本かじる。やっぱ、胡椒をふるのなら、塩味も濃いほうがいいねぇ。
贅沢を言えるのなら、ゆずとか、レモンとかも欲しかったかも。あと、粒マスタードも。
あ、オヤジが驚いてる。一生懸命咀嚼しながら、目が泳いでるよ。
どうしてだ、なにをした? なんでなんだ? って目をしながらカウンター越しに身を乗り出してきた。
「もう一本どうぞ。」
皿ごとオヤジとレイミーに差し出す。あ、オヤジが2本持っていきやがった。調理場に行って誰かに食わせているようだ。
オヤジが戻ってきて、また無言で身を乗り出してきたから、種明かしことにする。
出来てた2つの袋の内の1つを目の前に出して、中から乾燥した粒状の実を取り出す。
本来の胡椒なら、一つの粒は人差し指の爪ぐらいの大きさがあるんだが、この世界の胡椒は半分から3分の1ぐらいだ。でも味は胡椒していて、肉の臭みをしっかり消してくれる。
「これを砕いて、まぶしただけだよ。塩もまぶした方が旨くなったけどね。これを使えば、腸詰めを作る時に血をたっぷり入れなくても美味しい腸詰めが出来るはずだよ。」
袋をじっと見つめてくるオヤジ。手を伸ばしてきたから、サッと袋を取り上げる。
「いくらで買う?」
悪い笑顔を向けて、オヤジに聞く。きっと、吹っかけられると思ってるんだろうな。
「いくらだ?」
やばいヤツと取引することになるのか? って警戒した顔で聞き返してくる。
「そうだねぇ、思いっきり吹っかけて・・・」
「吹っかけるのかよ。」
「うん。思いっきり吹っかけて、銀貨1枚。」
「へ?」
銅貨10枚と同じと言われて、聞き間違いか? って顔で唸った。
酒が一杯銅貨3枚。つまみも腸詰め8本で銅貨3枚、夕食ならパンとシチューで銅貨4枚。健啖家なら、一食で喰っちゃうかも、って量で銅貨10枚。すなわち銀貨1枚。
「金貨一枚じゃなく、銀貨一枚だと?」
「うん、実際、適正価格としたら、銅貨5~6枚かなぁ。しっかり乾燥させる手間を含めたら、8枚から10枚って感じ?」
そして、実際に葉の付いたツタをカバンから出して見せた。
「これか!」
思い当たる所があったらしいね。
門の外に出た方がよく取れる雑草って感じだけど、それでもあまり危険は無さそうだし、子供のいい小遣いになる、ってぐらいの価格が丁度いいと思うんだよね。
唸って考えている。もう種明かししちゃったから、自分で採ってきて作れば、金もかからない、って考えてるんだろうな。
「よし、買った。」
あれ? 買うの? と思っているうちに、カウンターの置くにある箱から銀貨一枚を出して、俺の目の前に置いた。
「さっ、寄こせ。」
と言って、胡椒のつまった袋1つを取り上げた。確かに売ると言って、買うと言われたんだから、この流れはおかしくない。けど、
「まさか、買うとは思わなかったよ。」
「どういうつもりだ?」
「美味しいご飯が、どこでも食べられたらいいな・・・っていうつもり。」
正直に言ったんだけど、暫らく考え込んでから、「けっ!」っと言って引っ込んじゃった。どう理解したんだろう。
横にも、どういうつもりか、って目で言ってるお嬢さんがいるんだけど。きっと、儲けるチャンスをふいにした、間抜けな男、とか思ってるんじゃないのかな。
実際、俺にとっては胡椒で味付けした腸詰めよりも、艦内食堂のレトルトの方が美味いし、行軍食と呼ばれるレーションでさえ味としては勝ってるんだよねぇ。だから、胡椒の価値を本当にはわかってないのかもね。
さて、ここまでは上手くいった。次だ。
「シチューに入れる肉を炒めるのに、アレを使うのかい?」
戻ってきたオヤジにそう確認してみる。それを聞いて、また奥に引っ込んじゃった。それは考えてなかったのか。肉料理には塩・胡椒ってなるのは、もう少し先かなぁ。
「オヤジさんは、アレをどうする? 自分で収穫してきて、乾燥させ、自分の店でだけで使うのかな?」
何故か、俺とレイミーの前に酒の入ったジョッキを新たに出してきた。サービスいいね。
「お前は、どんな事を考えてんだ?」
「いやなにね。傭兵の仕事の仲介場所だけじゃなく、そういう採集の仕事の仲介場所になってもいいんじゃないのかなって。
たとえば、袋一杯分の実で銅貨5枚、って依頼を常に出しておく、とかね。集まった実はしっかり乾燥させて、街の人間や商人に売るようにすれば、怪我が治るまでのつなぎとして傭兵が小遣い稼ぎできるし、街の子供も小遣い稼ぎできそうだなって思うんだ。」
他の商人とかが似たような事を始めようとしても、傭兵相手には下手なことが出来ないとか考えるんじゃないかな。商人は護衛とかで傭兵を使うこともあるし、ある程度の味方になってくれると思うんだ。
「なるほどな。客としての傭兵は歓迎だが、依頼を待って居座るだけのヤツは迷惑だしな。」
うわっ。そういう傭兵が後ろにいっぱいいるのに、そんなセリフを・・・。
「おもしろい。そういう商売もありだな。まぁ、損もしそうにないし、やってみてもいいかもな。」
やった。なかなか乗る気になってきたようだ。あと一つ。
「あそこの壁、空いてるな。あそこに、依頼の紙を張っておくのもよさそうだね。他にも、家の解体を手伝ってくれとか、薬草を採ってきてくれとかの依頼も張っておくとかにしたら、仕事上がりの酒が売れるんじゃないか?」
「あぁ。口入屋ってやつだな。確かにこの街には口入屋がないから、都合もいいかもな。」
「オヤジさん、口入屋のある街出身だったのか。」
「あぁ、王都だ。つまらん事だ。」
聞いちゃいけないみたいだね。黙ってよう。
「じゃぁ、口入屋の仕事も知ってるんだねぇ。」
「あぁ、王都の口入屋はってのは、半分は奴隷売買だがな。」
「あー、そういうヤツかぁ・・・。」
奴隷を使うってことには抵抗あるなぁ。平成日本人としては。
「あぁ、そういうヤツだ。」
なんとなく、お互い会話が続かなくなった感じだ。一応、種は蒔いたから、結果待ちでいいのかな。
「あぁ、そういえば、お前はあの実をなんて呼んでるんだ?」
思い出したようにオヤジが聞いてきた。
「いろんなヤツがいろんな名前で呼んでるんだろうな。俺は胡椒。胡椒の実と呼んでるよ。」
その後、夕食のシチューは、胡椒で肉の臭みを取った、野菜の甘みがしっかりと出ている美味いものだった。酒場にたむろっていた傭兵が、とんでもなく驚いていたのが面白かった。
明日の朝に、また酒場の前で待ち合わせということで、俺は艦に戻った。装備の点検と弾倉の追加確認。長距離の移動ということで、レーションも追加してから、ゆったりと風呂に入り、柔らかいベッドでぐっすり眠った。




