第4話 目が合った聖女
それから三回ぐらいの仕事をこなした。
内容はと言えば、あいかわらずボルドさんのパーティーの荷運びで、強くなりたいとは思いながらもあまり戦う機会はない。
明らかに僕は戦力不足だけど、それでもギルドからの賃金を分けてくれる。
おかげで、あと少しで目標の金額まで貯まりそうだ。
もちろん、それは僕のランクアップの申請登録料の為じゃないけど。
王国のセレスティア第一王女がこの街を視察にくる日‥‥その日は休みになった。
冒険者ギルドが休みなので、他の冒険者の人たちも仕方なく‥‥という感じだった。
僕はと言えば‥‥。
「さ、お兄ちゃん、そろそろ出かけるよ」
リナに腕をつかまれる。
通りには人が多そうで、それなら花がいつもより売れそうな気もするが、花の仕入れ先が休みになるので仕方がないそうだ。
僕達は路地をゆっくりと歩いていく。
一応は、一番まともな服を着ては来たけど、足元を見ればリナの靴はだいぶ年季が入ってきていて、あちこち色が剥げている。この靴は父さんが生きているときに買ってもらったので、サイズもあっていない。
お金が貯まればランクがFからEにあがる。
そうなれば今よりはちゃんとした仕事を受けることができる。
Eランクになって最初にもらったお金で、リナの靴を買おう。
「それがいい!」
思わず口に出てしまった。
「何が?」
リナは不思議そうな顔で見てる。
「何でもないよ」
何かあるわけでもないけど、こうしてリナと街を歩くだけで、自然と顔が笑ってくる。
大通りに出た。
そこは既にたくさんの人で賑わっていた。
道の中央は開けているけど、そこは姫の馬車が通るからだろう。
「お兄ちゃん、セレスティア姫って凄い美人なんだって」
リナは背伸びして通りの向こうに顔を向ける。
「見たことはないけど、聖女様だからね」
「いいなあ」
このヴェルセリオン聖王国では時々“聖女”が生まれる。
聖女は特殊な力で人々を癒し、王国に平和の光をもたらすと言われている。
勇者と同じく、聖女は王都の女性の憧れだ。
リナは家でも聖女のことを口にする。
今日、ここに来たいと言った理由は、まさにそれなんだと思う。
遠くからでも憧れの存在を見たい。そう思う気持ちはよく分かる。
僕もアルヴィンさんの戦う姿を、一度でいいから目にしてみたいと思うから。
「あ、来たみたい!」
歓声が響いて、少し遅れて姫様の乗る大きな馬車が向かってきた。
屋根のない車の上で、姫様が街道の人に手を振っている。
屈託のない笑顔は、まさに聖女に相応しい。
「‥‥綺麗ね」
リナは姫様から顔をそらさない。
僕は少しだけ布が薄くなってきているリナの服の裾を見ながら、心の中で顔をしかめる。
「‥‥そうだね」
短くそれだけ言って、僕も目の前を行き過ぎる姫様の横顔を見つめた。
「‥‥あ」
リナが小さな声を出した。
「何?」
「セレスティア様‥‥今、私を見た!」
「まさか」
「ほんとだってば」
そんなことを言っている間に、馬車はどんどん先に行ってしまう。後ろに続く護衛の兵士たちに遮られて、すぐに見えなくなった。
「聖女様かー、いーなー」
「リナにはリナのいい所があるじゃないか」
「‥‥例えば?」
「‥‥えーっと‥‥」
面と向かってどう答えていいか分からない。
はっきり言ってしまえば、よく分からない聖女より、今のリナの方がよっぽど僕を幸せにしてくれる。
「‥‥帰ろうか」
「あ、ごまかした」
「ははは‥‥」
僕達は来たばかりの道を戻っていく。
特に何かあるわけでもない、日常の景色。
だけどそれが一番だ。
家に着いた僕はドアを開ける。
「ただいま」
誰も返事をしてくれないのは分かっている。だけど、習慣で自然に口から出てしまう。
「ただいまー」
それはリナも同じだ。
大きな驚きも、飛び上がるような喜びもない。
だけどこうしてささやかな目標にむかって日常を送ることが出来る。
あたりまえのことだけど、こうしていられることが、どれほど尊いものだったのか‥‥。
その時の僕はまだ知らなかった。




