第24話 正義の天秤
「ヴァルトリンデ君は、学校では成績優秀だったと聞いていますよ」
王都の天秤機関の執務室の中、法衣を着た司祭のアンセルムが、穏やかな笑みを浮かべる。テーブル越しには、二人の若い女性が立っていた。
「優秀ではなかったのですが、この天秤機関に入りたくて頑張りました」
ヴァルトリンデと呼ばれた女性は、濃紺色の天秤機関の制服を規定通りにきっちりと着ている。髪は栗色で、肩に届かない長さで、まっすぐに切り揃えている。
表情は硬めで、緊張しているのがすぐに分かる。
「それは結構ですね。夢が叶ったということですか」
「はい」
「ですが、入ることで完結してはいけませんよ。我々は女神アステリア様の意志を代行する執行者としての責務があるのですからね」
「はっ!」
ヴァルトリンデはサッと敬礼する。
「だからと言って緊張する必要はありません。我らは同志なのです」
「‥‥わ、分かりました」
緊張したままのヴァルトリンデを見て、アンセルム司祭が笑って頷く。
「それからロミーナ君。君はヴァルトリンデ君と同じ地区の出身で同じ学校を卒業ということでしたね‥‥成績はまあまあだったみたいですが‥‥女神の恩寵があるみたいですね」
教会ではスキルは女神から授かったものという言い回しをしている。
「それがまあ‥‥【遠話】という役に立つんだか、立たないんだか分からないものでして」
ヴァルトリンデの隣に立っている明るい赤毛のロミーナという女性は、リボンタイを少し緩めており、髪飾りやブレスレットなど、規定外の小物をこっそりと身につけていた。
「確か【遠話】は、遠くに言葉を伝えることができるということでしたね。十分凄いと私などは思いますが」
「それが‥‥届くのは一言二言で、何度も触れた相手でないと伝わらないんですよ」
「それでも女神に愛されているからこその力です」
司祭は笑ってテーブルに肘をついた。
「それで、早速ですが君たちに機関として最初の仕事を与えます」
ヴァルトリンデが体を強張らせるのを見て、ロミーナは無言で笑った。
「先日、Cランクの冒険者が大通り裏の路地で殺された。まあ、当人も相当、酔っていたようなので、酔っ払い同士のいざこざが原因でしょうけどね。現場をまわってその辺の調書をまとめてください」
「りょ、了解しました」
「分かりました」
二人は会釈してアンセルムの執務室から出た。
扉が閉まった後、ヴァルトリンデは大きく息を吸い込む。
「あいかわらずリンデは真面目ねー」
「そうかな」
「そうそう、今日だって招集時間の一時間も前に来てるし。私なんてまだ寝てたって」
「‥‥それはそれでダメだと思うよ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「まあ、リンデが緊張するのも分からなくもないけどね。昔から言ってたじゃん。学校を卒業したら絶対に天秤機関に入るんだって」
「うん」
ヴァルトリンデは自分が着ている制服を見下ろす。
そこに天秤機関の印がついている、それを見ていると、本当に機関で働くことができたことを実感できた。
父親も天秤機関で働いていたが、女神の教えに反する暴徒に襲われて亡くなった。
幼いころから父親に、正義や悪、女神の恩寵などについて話を聞いており、いつしかそれが彼女の夢になっていた。
女神の恩寵を持っていれば、機関に入るのは難しくはなかったが、彼女にはなかった。自らの努力だけで天秤機関の一員となった。
それとは逆に幼馴染のロミーナは、ヴァルトリンデほど正義というものに熱を持っておらず、天秤機関への思い入れもなかった。
「とりあえず、招集は終わったし、これからどうする?」
「え? もちろん、現地調査に行くつもりだけど?」
「‥‥‥‥そう言うと思った」
真面目過ぎるヴァルトリンデに、ロミーナはため息をつく。
「じゃあ、そこに行くまでにちょっと寄り道して行こう。隣町に向かう前に、王都の大通りに焼き菓子のお店が出来たからさ」
「‥‥それは」
「じゃ、決定ね」
ロミーナに押されるように、制服を着たヴァルトリンデは、最初の任務地へと向かった。




