第21話 背中は任せたよ
「おいドゥーガン、そろそろ店を閉めるんだが」
「ああ?」
酔いつぶれてテーブルに突っ伏していたドゥーガンは、酒場の店主の声に、面倒そうに顔をあげた。
「まだ良いだろ? 飲み足りねえ」
「あんたは良くてもこっちが困るんだ」
「金はある」
ドゥーガンは懐から硬貨を投げた。
それを見た店主はため息をつく。
「‥‥ドゥーガン‥‥あんたは変わってしまった。前のあんたは、そんなんじゃなかった。金回りは悪かったが、武器の手入れも鍛錬も怠らなかった。やっぱり、ネルのことを気に病んでいるのか?」
「ネルは死んだんだ!」
ドゥーガンが立ち上がると、テーブルは煽りを受けてひっくり返る。乗っていた銅貨が転がって消えていった。
「もう何処にもいないんだ! なのになんだ! どいつもこいつもネルの事ばかり!」
「とにかく今日は終いだ」
「けっ、せっかく売上に貢献してやってるってのに」
ドゥーガンは出口に向かって歩いていったが、足がふらついて、何度か壁に当たる。
「‥‥くそ。生きて帰ったのは俺なんだ‥‥」
大通りの裏にある路地‥‥ここを通って戻るのがドゥーガンの習慣だった。
それはこの通りの近くに、ネルの借りている部屋があったからであったが、彼女がいなくなった今でも、無意識に足が向いてしまっている。
昼間の雨で路地はぬかるんでいた。
「‥‥くそ!」
歩きにくさに悪態をついて、方向を変えようとした。
月が雲の影に入っていて辺りは真っ暗になる。
“背中は任せたよ”
「⁈」
突然、後ろから聞こえた声に、ドゥーガンは息を止める。
「だ、誰だ!」
腰の剣を抜いて振り返る。
「‥‥‥‥」
素早く辺りに視線を走らせる。
その言葉はドゥーガンとネルが良く言い合っていた、合言葉のようなものだった。
「‥‥‥‥」
声はすぐ近くで聞こえたが、誰もいない。遠くまで見渡してみても深夜の路地裏には出歩いている者はいなかった。
「‥‥‥‥気のせいか」
最近、気が張っている。
ネルの事は忘れなければ‥‥そう言い聞かせて剣を収めた。
鞘に剣の柄が当たる、カチンという音が鳴った直後、
“‥‥ぜ‥‥”
「ぐ!」
また声が聞こえた。
気のせいではない。
「誰だ!」
鞘を投げ捨てて、剣を握る。
“なぜ‥‥ドゥーガン‥‥”
「‥‥が‥‥」
それはネルの最後の言葉だ。
暗闇に姿はない。
「ネル、迷って出たか! お前は!」
闇雲に剣を振るう。
「俺はお前と違って、上にいくべき人間なんだ! だから機会があれば当然のことをする! あの時は‥‥お前を斬るしかなかった!」
剣で何度も宙を斬る。
ヒュンヒュン‥‥という、風切り音が静まり返った通りに響き渡った。
「はあはあ」
ドゥーガンは膝をついた。
「いや、違うな‥‥」
顔をあげて笑う。
「これは俺を‥‥嵌める為の罠だ。合言葉だって‥‥どこかで聞いていたに違いない」
剣を地面に突き刺して立ち上がる。
「俺が持っている金が目的か! 姿を見せろ、コソ泥が!」
“‥‥私は‥‥”
「‥‥‥‥」
足元から声が聞こえた。
ドゥーガンは視線をゆっくりと下に向けていく。
「‥‥‥‥ひ‥‥」
“私は‥‥ずっと信じてた‥‥それなのに‥‥”
足下の水たまりに、ネルの顔が映っていた。
射貫く様な眼差しで、ドゥーガンをじっと見つめている。




